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ぼくとお父さんと彼女といっしょ。
「ー!!!ーーー!」 檜佐木家にやちるの声が響き渡る。 何事だと修兵が顔を出す。 「修ちゃん!は?どこ!?」 何を慌てているのか草履を脱がずに縁側から入り込んでいた。 足跡が廊下に付いているのを見て修兵の口元がひくっと動く。 「ちびっこ……お前な…」 修兵の苛つきにやちるは気づかない。 「いないの?」 「ん?ああ。まだ帰ってきてないぞ」 今日は休みだった修兵。 隊長代行となってから仕事量は確実に増えたが、部下たちが修兵に倒れられては困ると 休みだけはきっちり組み込まれていた。 「そうなんだ…」 シュンと萎れた花のように肩を落とすやちる。 唇を尖らせ少し震えている。 あ。泣きそうだ。子どもがよく見せる泣き出す手前の顔だ。 「どうした?と喧嘩でもしたのか?」 修兵はしゃがみやちるの目線にあわせる。 「修ちゃ〜ん」 最強と呼ばれた戦闘集団十一番隊の副隊長には似合わない顔だ。 くしゃりとやちるの頭を撫でる。 と出会わなければ、こういった態度をすんなりすることはなかっただろう。 「で?どうしたって?」 「あ、あのね。実はね」 【その弐】 やちるはを連れて十一番隊隊舎へと顔を出した。 以前からのことを紹介したい人がいたのだ。 それがようやく叶いそうで、やちるの気分はすこぶる良かった。 「剣ちゃんに早くを会わせたかったんだー」 「ふーん。よく聴く名前だけど、その人ってやちるの家族?」 「うん。あたしに色をくれた人」 「色?」 「えへへ。今度その話してあげるね」 やちるはにっこりと笑う。 「が修ちゃんと出会って世界が変わったように。あたしも剣ちゃんと出会って変わったんだよ」 そんな話をやちるから聴くとは思わなかった。 でも、自分以外にも似たようなことがあるのだなとしんみりは思った。 「たっだいま〜」 ガラリと一室の扉を開ける。 陽気なやちるとは違い、室内にはゴツイ柄の悪そうな男ばかりが揃っていた。 「お帰りなさい。副隊長」 「ちゃんと仕事してからでかけてくれないっすかね?俺に全部回してどうするんですか」 柄の悪い男たちの中でも雰囲気が違う男が二人。 スキンヘッドの男と眉と目元にハネのようなものをつけている男だ。 はその男たちのことは一方的に知っていた。 少し前に友だちとハマって買った菓子のオマケカードに載っていた人たちだ。 スキンヘッドの方が斑目一角。もう一人が綾瀬川弓親。 二人はやちるの後ろにいるに気づく。 「副隊長。お客さんですか?小さいお客さんですね」 弓親がくすりと笑う。 中に入ってとやちるに促されはお邪魔する。 ようやくわかった。 剣ちゃんというのが十一番隊隊長更木剣八のことだと。 「あれ。剣ちゃんは?」 やちるがキョロキョロ室内を見渡すがその姿はない。 「さあ?知らないっすけど」 「もう〜せっかく連れてきたのに〜」 ぷくぅと膨らました頬だが可愛らしく映る。 それもすぐに戻り、剣八の帰りを待つことにした。 やちるが当然するわけもなく、へ茶などを弓親が出してくれた。 ちょこんとその場に座るのだが、二人に自己紹介をしていなかったことに気づきは礼儀正しく頭を下げた。 「はじめまして檜佐木です。よろしくお願いします」 「檜佐木?ああ、あいつの息子だって賑わしていた奴か」 少し前に九番隊の副隊長に子どもがいたとかで大騒ぎになっていた。 詳しい理由などは別に一角は興味もないし、どうでもいいと思っていたがそれなりに彼の耳に入っていたようだ。 「へぇ。あの人のねぇ」 またもくすっと笑う弓親。 だがその笑い方が少々の癇に障る。 「君のお父さんとは僕、戦ったことあるよ」 「え」 「僕が勝ったけどね」 の目が瞠る。 「おい、弓親」 「ちょっと甘いよね。君のお父さん」 「九番隊とウチじゃ違うだろ」 「なんか…その言い方だと、修兵が弱いみたいじゃないか」 は膝の上で拳を握る。 白い肌が赤く変わるくらい強く。 「僕よりは弱いんじゃないのかな?」 「修兵は弱くなんかない!すっごく強いんだ」 彼が戦っている姿を見たのは一度きりだ。 それでも今も鮮明に焼きついている。 家族の仇を討ってくれた。 「それに死神同士で本気で戦うなんて」 死神が相手に戦うのは虚だ。 所属は違うが、修兵が仲間に刃を向けるなんてことを思うのは嫌だった。 「ああ。ちょっとそうなっただけでね。でも負けは死を意味するものだよ」 「十一番隊で甘ったれたことしてたら簡単に斬り捨てられるぞ」 弓親に修兵が負けたのは、修兵の弱さ、甘さの所為だと二人は言った。 には二人へ対して納得よりも悔しさしか湧かない。 死神ではない自分がわからない世界なのかもしれないが、修兵は決して弱くないとは信じている。 「まあ。どっちにしても。彼行かなくて良かったよね」 「行く?」 「そう。お父さんの上司は敵だったんだよ。心底尊敬しているみたいだったからね」 もしかしたら一緒に尸魂界から去ってしまったかもしれなかったね。 などと平気で口にされた。 悪気などまったくない言葉だがには突き刺さる。 一度だけ会った事のある修兵の上司東仙要。 確かに修兵の口から尊敬している人だと聞かされたことはある。 もし。 もし本当に。修兵がその人と共にどこかへ行ってしまったらと思うと急に震えが来た。 「しゅ。修兵はどこにも行かない!好き勝手言うな!」 別に行くとは口にしていないのに、不安と辛さと心苦しさなど負の感情が沢山湧きあがり交じっていく。 「修兵は弱くない。俺にとって一番強い人で頼れるんだ」 が声を荒げるなど滅多にない。 人に向かって怒鳴るなど。大人に対してそういう態度を取るのも初めてだ。 修兵へ正直に自分の気持ちをぶちまけたのとは全く違う。 「修兵のこと悪く言うな!」 は立ち上がる。 爪が食い込むくらいに握りしまった拳。 唇も強く噛締める。 震えている小さな両肩。 「…」 「俺にとって修兵は望みを繋いでくれた人なんだ」 何も知らないくせに好き勝手言うなとは吐き捨てた。 「あ。」 やちるがへ触れようとするがパチンと振り払われた。 「帰る」 やちるの顔を見もしないでは出て行った。 「怒らせるつもりはなかったんだけどねぇ」 「言わなくてもいい話だったろうに…まったくよ…って副隊長!?」 やちるの目には涙が溜まり、頬はこれでもかというくらいに膨らんでいる。 「なによ!つるりんたちのバカ!」 やちるはそこらにあったものを二人に向かって投げつける。 悪いのは余計なことを言った弓親なのだが、半ば八つ当たりの如く一角の方が被害は大きかった。 「ってことがあったの」 「そ、そうか…がね」 副隊長が五席に負けてしまったことをに知られてしまい面白くはなかった。 だが同時にがそこまで自分のことを信頼、慕ってくれているのだなと思うと微苦笑してしまう。 きっと本人に向かっては簡単に口にしないだろう。 「その後、色々がいそうな場所を探したけど。…見つからなくて」 「霊圧探って探せばいいだろうに」 戦闘能力はずば抜けて高いやちるだったが、それは無理な話だった。 やちるの探査能力は低かった。 それに今の精神状態ではそれが余計に上手く行かないのだろう。 「に嫌われたらどうしよう」 自由奔放。周りの戯言など気にもしないようなやちるが激しく落ち込んでいる。 「別にちびっこの事をが嫌うことはないと思うけどな。ありがとうな」 修兵はもう一度やちるの頭を撫でた。 「のこと、友だちだと思ってくれているんだな」 「当たり前だよー!はあたしの大事な友だちだもん!」 何を今更というような目を向けてくるやちるに修兵は軽く噴出す。 修兵は立ち上がる。 「あいつのことだから、浮竹隊長の所にでも行っているんじゃないか?」 霊圧を探ってはいないが、が駆け込むような場所は限られているはずだ。 浮竹か日番谷の所だろう。 だがやちるは首を横に振った。 「いないのか?」 「うん。さっきウッキーのところも、シロちゃんのところも行ってきたけど来ていないって」 子どもでもやちるは副隊長。 すぐにでもを追いかければ簡単に追いつくはずだが、その二箇所には行っていないらしい。 「家にも帰ってきていないなら、どこに行ったの?」 「どこって…」 あと予想できるのは恋次とイヅルぐらいだろうか? だが大人たちだけでなく、最近のにはちゃんと同じ年頃の友だちもできているようだし。 その子らの家のことなど修兵は知らなかった。 (確か、カツシロウって名前のダチはいたよな) でもどこのうちの子は知らない。 (あれ。ちょっと待てよ…俺、あんまの交友関係把握できていない?) いつも一緒にいる恋次たちは別として、ご近所の友だちのことを知らないのはどうなのだろうか? 修兵は親として、それは駄目なのではないかと急に焦りだす。 「修ちゃん?」 「あ。いや…こ、公園行ってみたか?いつもアイツが友だちと遊んでいる公園」 ここからは遠くない場所にある公園。 浮竹ともそこで顔を合わしている。 「ちょっと行ってくる!」 やちるは来たときと同じように慌てて飛び出していった。 とりあえず、修兵はやちるが汚していった廊下を掃除しようと掃除道具を取りに行くのだった。 「君変わったね」 「何が?」 「だって、副隊長のことでそんなに感情露にするなんて。初めてじゃない?」 やちるがを探し回っているなどつゆ知らず。 はのところにいた。 正確には九番隊副隊長室。 は修兵の補佐役なので、常にこの室で雑務に負われているらしい。 今日修兵は非番であるが、は通常勤務だ。 十一番隊隊舎から飛び出してきたはそのままどこへ行こうかなどと考えずに歩いていた。 修兵が予想したとおり浮竹か日番谷のところにでも顔を出そうかと考えていた時にと出くわしたのだ。 膨れっ面のにどうしたのかとが心配そうに訊ねるので、は正直に白状することにした。 ただ、他人に聞かれたくない話だったので、仕事をやりながらではあるがが副隊長室で聞いてくれた。 「べ、別に。そんなことは…」 「今まで隠してきたからかな。もう隠す必要ないからお父さん大好きーって気持ちめいっぱい出しているみたい」 「な!なんだよ。姉ちゃん。なんか、それって」 はくすくすと笑う。 修兵が知ったらどんな顔をするのかなどと余計に考えてしまい笑いが止まらない。 修兵が普段とは違った顔を見せるのはの前だけだ。 少し厳しい副隊長の顔は消えて優しい父親の顔になる。 血の繋がりはなくとも、この二人は親子なんだなと改めて思い知らされた。 「と、とにかく!俺は嫌だったの。修兵のことを悪く言われて」 「うん。わかっているよ」 は困ったように少しだけ目線を落とす。 「うちと十一番隊は少し折り合いが悪いからね…まあ…あそこはうちだけに限らずってこともあるけど」 戦闘に向いていないとされる。 医療を専門とした四番隊のことも弱いだの役立たずなどと平気で言うことがあるくらいだ。 「あまり気にしない方がいいよ?周りはなんて言おうが、私はそんなことは思っていないし」 「本当!?」 の顔がパッと晴れる。 「修兵のこと弱いとか、情けないとか、そんな風に思わない?」 「うん。思わないよ?とても頼れる格好いい副隊長だと私は思うけど」 はにんまり笑みを浮かべる。 小さく良しとガッツポーズまでしているが、それはには見えていない。 ただの表情が明るくなったことには単純に。 「本当に副隊長のこと好きなのね、君は」 とほのぼのした目線を向けていた。 「ふー…こんなもんか。元々足跡消すだけだったしな」 修兵は珍しく雑巾がけをしてしまったと軽く息を吐きながら額を腕で拭った。 が帰宅する前に終わってよかった。 少々機嫌がよろしくないようなので、廊下が汚れているのを見たらいつもの倍の文句を言われてしまうかもしれない。 「にしても。どこまで行ったんだ。アイツは…俺の昼飯どうするんだよ」 自分で勝手に食えということだろうか? でもどうせ食べに行くなり出前をとるならばと一緒のほうがいい。 一人で飯を食うのは嫌だ。 とりあえず掃除道具を片付け始める。 昼飯のことはそのあとでいいかと思いながら。 「修ちゃん!いないよー!」 「あ!ちびっこ!」 せっかく綺麗にした廊下をまたもやちるの乱入によって汚されてしまった。 やちるは無意識に地団駄を踏む。 「もう〜どこに行っちゃったのよー!」 「お、お前…はあ」 また掃除をするのかと盛大な溜め息を修兵はついた。 一角と弓親お初でした。まぁ、修兵が負けたのは事実ですからね。
それでもご立腹な息子君が可愛いとか思ったり…w
07/05/01UP
12/07/15再UP
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