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お父さんといっしょ。
【其ノ拾五】 浮竹に抱えられている。 恥ずかしくも泣いてしまい誰にもその顔を見られたくなくて浮竹の肩に顔を埋めたままだ。 浮竹が「シロさんちに行こうか」などと言っていたが本当にこのまま言っていいのか迷う。 でも修兵に出て行けと言われてしまい帰る場所がない今の自分にはどうすることもできない。 どのくらい歩いたのだろうか? 少しばかり人の声が耳に入る。 「た、た、隊長ぉ!」 「浮竹隊長。どうなさったんですか、その子どもは」 「うん。ちょっとな」 「ま、まままま、まさか隊長のこ、こど、こど」 「違う。この子は俺の友だちだよ」 「友だち。ですか、はあ」 数人の死神が浮竹を囲んでいる。 彼らの会話を聞きながら「ああシロさんは本当に隊長さんなんだ」なんてことをぼーっとしながら考えた。 隊長ならば家族皆を養うことは簡単なのだろうなと以前話したことを思い出す。 「とりあえず、この子と話があるから」 「はい」 浮竹は再び歩き出した。 暫く歩きようやく到着した場所。 池に囲まれた一軒の庵。いや庵と言うほど粗末ではなく立派なものだ。 室内で下ろしてもらった時に気づいた。 浮竹の肩口がぐしょぐしょに濡れている。 「あ。シ、シロさん…じゃなくて浮竹たいちょ…う」 「おいおい。急に隊長はないだろう?今までどおりシロさんでいいんだぞ」 「で、でも」 「俺は君と友だちだと思っているからな。急に呼び方を変えられたら悲しいな」 だから今までどおりと浮竹は念を押す。 な?と笑ってくれるからも頷く。 何故だろう、浮竹の笑顔を見てまた涙が零れた。 今まで当たり前だと思っていた人の優しさがいつもの倍に感じて特に今。 誰かが自分に言葉、顔などを向けてくれるのが嬉しくて。 「あの、シロさん」 「ん?なんだい」 「シロさんの着物汚しちゃったから」 言われて浮竹は気にした様子もなく羽織を脱いだ。 「なーに。すぐ乾くさ。君お腹空かないかい?食べたいものがあるなら用意してあげよう」 「い、いいよ。そこまで…」 浮竹はの前で屈み小さな子どもの頭を優しく撫でた。 「シロさんはお腹空いちゃってね。何か食べたいんだ、だったら君の好きなものが食べたいな」 だから一緒に食べようという。 本当はも腹は好いていた。だから食べてもいいのだが遠慮が出てしまう。 ただでさえ迷惑をかけたと思っているから。でも空腹には勝てずに呟いた。 「俺。親子丼が食べたい」 浮竹が用意してくれた親子丼を向かい合ってもそもそと食べる。 なんで、ここで親子丼を食べているのかなと考えながら。 でも自分も図太い性格だと認識した。 修兵に出て行けと言われて泣いた癖に空腹には勝てずに親子丼を食べている。 「君は親子丼が好きなのかい?」 「多分」 「多分ってなんだい」 浮竹は笑う。 だって本当にそうなのだから。 修兵と店屋物を頼んだ時にいつもメニューを見ても親子丼を頼んでいた。 きっと言葉からそれを選んでいた気がする。 玉子とか好きではあるが。 浮竹はそれ以上聞かず食後のお茶を暢気に啜っている。 ここに連れてきてくれたのはいいが、浮竹は何も聞かない。 自分の方が家は無くなったとは言ったが、何故とかどうしてなどと理由は聞かなかった。 が話してくれるのを待っているのだろうか? 箸を置いて浮竹の顔を覗きこむように伺い見る。 「あ、あのね。シロさん」 「うん?」 「…俺……俺………」 何をどう言えば良いのか言葉が出ない。 「俺の方から聞くのもどうかと思うのだけどね。君、お義父さんと喧嘩した理由は?」 「喧嘩、なのかも、よくわからない。しゅ……義父さん、急に俺のところにいて楽しいのかとか言うし」 「急に?」 「そしたら…シロさんのところにでも行けば………っふ…」 ぼんやりと歪む視界に口をぐっと噤む。 先ほどまでは空腹に勝てないとか図太い性格だとか思っていたのに、修兵から言われたことを思い出すときつい。 「なんで俺のところなんだろうなあ。俺は君のお義父さんを知らないのだが」 浮竹は腕組みをしながら首を何度も傾げている。 は素直に言うべきか迷う。 隊長をしている浮竹ならば修兵を知っていても可笑しくはない。 少しばかり顔を歪めてしまう。 最初から浮竹が死神で隊長をしているのを知っていたならば養子であることなど言わなかった。 今更思っても仕方のないことだが。 「よくわかんないけど……俺とシロさんが一緒に居るのを見て思ったみたい」 「昼間の公園か…それだけで家を出ろと言うのは可笑しくないかい?」 「…お、俺が全部悪いんだ…俺が」 「君が?」 膝の上でキュッと拳を握った。 *** 修兵は静まり返った居間に一人でいた。 が飛び出してしまったのだから当然だ。 追いかけることもできず、ただ一人で。 カチカチと時計の音がやけに耳に入る。 普段気にならない音が全部耳に入る。 静か過ぎる部屋の中。がここに来る前に戻っただけなのに。 日が暮れても灯りもつけずにいた。 不思議と空腹感はない。 ぼんやりと肘枕をしながら横になっていた。 ガラガラと玄関で音がした。 「!」 思わず反応してしまう。 だが音の主はではなかった。 いつも通りに恋次が顔を出したのだ。 「ちぃーす。檜佐木先輩。飯貰いに着ました…って、あれ?」 薄暗い檜佐木家。 「阿散井か」 なんだとおもいっきり恋次を睨みつける修兵。 一度身体を起こすがすぐまた横になってしまう。 機嫌悪いと恋次は思いながらも薄暗いままなのが気になり勝手に灯りをつけた。 「先輩。暗いっすよ。目悪くしますよ」 「………」 「あとで吉良も来る予定なんすけど…は?」 いつもならばこの時間は台所からいい匂いを漂わせている。 仕事帰りで疲れている時に嗅ぐと余計に腹が空いてしまう。 でも何もない。 「先輩?」 「……ならいねーよ。だから今日は飯を期待しても無駄だ勝手に食え」 「はあ?なんすか、それ」 「うっせー。いいから帰れ」 「別にいいっすけど、がいないんじゃ先輩の飯どうなっているんすか?なんなら食いに行きましょうよ」 「俺はいい。腹空いていねーから」 「はあ」 「吉良にも言っておけ。来ても意味がねーって」 「んじゃあ、俺帰りますよ」 「おう」 意味もわからず恋次は檜佐木家を出る。 友だちの家にでも泊まりに行ったからいないのだろうか?などと恋次は思いながら。 修兵はが恋次の所にはいないのだと感じた。 恋次の所にでも言って理由を話し彼が様子を見に来たとでも思ったのだが あの様子じゃ全く知らないようだ。 知っていたならばきっと嫌味でも言いながらそれとなく探ってくるだろう。 「……俺が馬鹿なんだけどな……」 ごろりと寝返りを打つ。 何もやる気がしない。 ふと思った。 どうしてを引き取ったのだと。自分が何故子どもをと。 それを知ったときの恋次とイヅルの反応はわかりやすかった。 「…先輩、いつの間に…」 「あなたの子よって押し付けられたっすか?」 あからさまに言い放つ二人の後輩に修兵のこめかみがピクピクと動く。 「じゃなかったら誘拐っすか?まずいっすよね、現役副隊長が誘拐って」 「阿呆が!」 ガツンと恋次の頭を遠慮なく殴った。綺麗にハマっていい音がした。 「こいつは訳あって俺が引き取って養子にした」 「………へぇ」 「なんだよ、吉良」 冷ややかなイヅルの視線に思わずムッとする。 「檜佐木先輩に子育てができると思わないので」 「う、うるせーな。なんとかなるだろうが」 「先輩が父親って…イメージないっすね」 「お前に言われたくないぞ、阿散井」 「初めまして。君の名前は?」 イヅルは二人を無視して大人しく座っていたに笑顔を向けた。 は緊張していますと顔に出ているのがすぐにわかる。 「えっと。…です」 「君か。僕はイヅル。吉良イヅルだよ。よろしくね」 「は、はい」 イヅルににこりと微笑まれては少し頬が赤く染まる。 そこに恋次がわりこんだ。 「んな硬くなるなって。俺は阿散井恋次。恋次でいいぞ」 その時のの顔は緊張を残しながらも嬉しそうだった。 それはそうだ。 大勢で一緒に過ごしていたのに急に一人残された。 ようやく這い出てきた場所で新たに自分を見てくれる人ができたのだから。 もう少し時間を前に遡る。 それは雪が今にも降りだしそうで空が厚い雲に覆われていた日だった。 流魂街の比較的治安のいい地区で時折虚がでるという。 なぜ流魂街にと思う。 虚は現世で死んだ人間が心をなくして成り果てた姿だ。 身内を襲い魂魄を食らう。段々と欲望が抑えきれずに色んな人間を襲う。それが虚だ。 それを退治するのが死神の役目の一つでもあるのだが、流魂街に出たと言うのがいまいちよくわからない。 でもそのようなことを考えているうちに、今もまた流魂街の住人が襲われるかもしれない。 東仙に調査をしてくれと頼まれて修兵は部下数名を連れて出た。 と言っても流魂街は広い。 瀞霊廷の周り東西南北に広がっている。闇雲に探し回るのは得策ではない。 とりあえず被害が出たという西の一角に行ってみることにした。 「…全員駄目のようですね…」 現場に到着し部下の一人が惨状を見て言った。 悔しいという気持ちより虚しいという気持ちを出している。 一番最近虚に襲われた場所。 「まだわからん。一人でも生存者がいるかもしれない。探せ。それと虚がいないとも限らないからな警戒怠るな」 そこは施設のような場所だった。 貧相だが温かみがある家。 木々に囲まれそこだけ流魂街とは切り離されたような場所だった。 そう思えたのは最初だけで家の中に入れば悲惨で。 裏に回れば無残に破壊されていた。 流魂街では擬似家族というか、何の繋がりもない者同士が家族となって暮らしてる。 治安の悪い場所ならばたった一人で生き延びなくてはならない。 大袈裟だが地域によって、いや、東西南北1〜80までの地区に別れ数字の多い地区ほどに治安が悪い。 だから住む場所によって差が激しいのだ。 ここは比較的いい場所だったから余計に虚の出現と言うのに納得が行かない。 修兵は家の中、特に二階が酷い有り様なのに表情を顰める。 まだ乾ききっていない血の匂いが充満している。 倒れている人々の多くは子どもだった。 大人は二人ほどいた。 だがすでに階段で事切れていた。 「檜佐木副隊長」 「人数もう少し回してくれるよう連絡してくれ。このままじゃ酷い…」 「は、はい」 溜め息しか出ない。 調査らしい調査なんかできやしない。 だがせめて亡くなった人々を埋葬してやりたい。 「でも…なんで“ここ”なんだ?」 流魂街は先ほども言ったとおり広い。 東西南北320も地区がある。住む人の数だってその何十、何百倍もある。 でも、虚が選んだのはここだった。 他にも被害が出た地域を当たってみたがこれと言って目立つものはなかった。 ここは少し街から離れてはいるようだが、賑やかさや人の数から言えば来る途中に通った場所の方が…。 「単に無差別で襲っている…のかもな」 だとしたら今後の被害を出さないためにも九番隊以外にも各所に協力を求めなければならないだろう。 流魂街は広い。果たしてそれを止められるのか微妙なのだが。 「せめてどんな姿してるとかがわかればいいのだけどな」 と言っても生存者0なのが現状だ。 長期戦になりそうで嫌だ。 修兵は一度家を出る。周りをもう一度確認しようと思い。 面倒臭そうに何度も頭を掻きながら歩く。 家の裏手に回る。 裏には洗濯物などが散らばっていた。畑もいくつか残っている。 普通に暮らしていたのだろうここで。 擬似家族だとは言いながらも階段で倒れていた大人が親代わりで子どもたちを育てていたのだろう。 「…なんだ?…地下室?」 歩いているとコツンと何かにつま先が引っかかった。 取っ手のようなものだ。 修兵はしゃがみ開けてみた。 古臭い感じはしたが修兵が簡単にあけることができたので以前から使用はしていたのだろう。 「誰かいるか?」 梯子がかけてあり下に降りれるようになっている。 一応と思い声をかけるが反応はない。 だが…いる。 「おい。出て来い。何もしねーから」 薄暗くてよくわからないが六畳ほどの広さの地下室。 鍬や鎌など農具が置いてある。 仕方なく修兵のほうが中へ進んでみる。 修兵が地下室へ入ったことで隅の方で小さな塊が動いた。 「……いるじゃねーか」 「!!」 修兵はニヤリと笑むがそれが相手を余計に怖がらせたようで小さな塊が震えだした。 「わ、悪かった。別に脅かすつもりはなかったんだ。なあ、お前ここんちの子か?」 恐る恐る顔をあげて修兵の顔を見た小さな塊。 それがだった。 二人が親子になった話。
06/08/23UP
12/06/04再UP
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