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ほんの少しの出来事で。
「うわっ。いつも見ていた場所だから、なんか変な感じ」 凌統に手を引かれて歩く緑広がる草原。 これといって何があるってわけじゃない。 振り返れば見慣れた一軒家に緑の葉が生い茂っている桜の木が立っている。 いつもはあそこに自分がいた。 だが、今日は凌統に頼んで思い切って“外”に出てみた。 「こんなんで喜んでもらえるとは思わなかったけどねえ」 凌統は微苦笑する。 本当に何もない場所だから。 だがそれが彼女らしいと思ってしまう。 「ここが公績君がいる世界なんだね」 乱世とはいまだに言われているようだが不思議とそんな雰囲気は感じない。 「まだ怖いかい?」 横に首を振る。 「怖くないよ。公績君がいてくれるから」 繋がるはずのなかった二つの世界が繋がった。 繋がるには条件があった。 凌統とが二人その場に揃わないとそれは叶わない摩訶不思議な出来事。 なぜそうなったのかは誰にもわからない。 これから先のこともわからないが、は勇気を出して凌統のいる世界へと一歩踏み出した。 だが。二人はまた別の世界とも繋がりを持ってしまった。 遠呂智と名乗る者が凌統のいる三國時代とのいる、いや、がいた世界よりも過去の戦国時代を融合させて 新たな別世界を作ってしまった。 可笑しなことになり、は間の悪いことにもとの世界には帰れなくなってしまった。 たった一人で放り込まれたらと思うと怖かったが、には凌統がいた。 それに、凌統以外の知り合いもいたのでなんとかなっている。 とりあえずは凌統たちと合同を共にすることが第一とした。 だが孫呉は遠呂智に敗北した。 その為君主孫堅は遠呂智の人質となり、孫策は遠呂智に仕方なく降り、孫権たちもそれに従い苦汁の日々を送った。 孫堅だけでなく、他の孫呉の将も幽閉されてしまいそれを盾にとられていた。 凌統、甘寧、陸遜は間髪それから逃れられ、反遠呂智勢力として他の国々の武将たちと手を組み反乱軍を作った。 いくつもある反乱軍だが、遠呂智の勢力に押され散り散りとなり、凌統は元孫呉の軍と戦うのに嫌気が差して別の場所を求めた。 そうして辿りついたのが織田信長率いる軍であった。 「…うわっ。あれが織田信長…あっちは豊臣秀吉、明智光秀。うわ、うわ〜」 教科書の中の有名人が目の前にいることには感動を覚えた。 しかも聞けば武田信玄、上杉謙信などの名将も同じ世界にいるらしい。 歴史が得意とか好きというわけではないが、実現不可能な出来事が可能となっている今。 の目は輝いていた。 「明智光秀は肖像画よりすっごい美形だよね…」 凌統たち三国志に出てくる武将たちも世間様では有名なのだが、は先にも述べた通り 歴史には疎い方だ。 世界史よりもまだ日本史の方が知っている。 だが、普通にこの二つの世界がの知っている歴史のまんまだとは断言できないが。 「どうした?」 いつもより興奮気味のに凌統が話しかけた。 「…は〜」 「おいおいサン俺のことを無視するなんて酷いんじゃないのかい?」 凌統は苦笑交じりでの肩にポンと手を置いた。 「え?あ、公績君。なに?」 「なにって言うかさ。どうしちゃったのかと思ってさ」 「あ、うん。だってさ、有名人が近くにいるから」 「信長さんのこと?」 「うん!だって私のところじゃ超が付くほどの有名人だよ!歴史が苦手な人でも知っていて 日本人が選ぶ好きな歴史上の人物のベスト3に必ず入るほどの人なんだよ!」 両手を合わせ、目を輝かせている。 「なんか見た目が予想以上に渋いじゃない?なんかすっごく影があるし」 「中身よりそれが重要なんじゃないの。の場合さ」 なんだか凌統には面白くない。 「べ、別にそんなんじゃないもん。でも普通ならば有り得ないことが今起っちゃったから」 「そんなもんかね〜だったら話かけてきたら」 はブンブンと首を大きく横に振った。 ついでに手まで交差させて。 「いい!なんか緊張する!何話していいかわからないもん!」 顔を真っ赤にさせているに凌統は心底面白くなくなる。 「別にただのオッサンだろ。何考えているのかわからない」 「公績君それは失礼だよ。織田信長って人は本当にすごいんだからね」 「あーそうですか」 「早く武田信玄と上杉謙信にも会ってみたいな〜 最初は可笑しなことになっちゃって不安とか恐怖とかあったけど、今はすごいドキドキしちゃってるんだ」 携帯でもいいから何か残せる物があればいいのにとは思う。 残せたとしてもそれを家族や友人に見せることはできないだろうが。 「はオジサマ趣味なんだな」 「な!何それ!別にそんな趣味ないもん!」 凌統に鼻で笑われたような気がした。 だからムキになって反論してしまう。 「だってオッサン相手にキャーキャー言ってるじゃん」 「人の話聞いてた?私は普通に有名人に会いたいって言ってるだけなのに」 「俺のこと放っておくくらい?」 見下ろしてくる凌統の視線が痛く感じる。 「べ、別に公績君のこと放ってなんかいないもん…公績君のほうが私のこと放っているのに」 思わず顔を伏せてしまうだが、小声で呟く。 だが後半は凌統の耳には届かなかったようで、凌統はスッとから離れてしまった。 「公績君のバーカ……別にいいじゃない、少しぐらい」 反乱軍にいたとはいえ、は戦うことはできない。 勝ったり負けたりの繰り返しだった反乱軍では何の役にも立たない自分が腹立たしかった。 戻れなくなってしまった自分の世界のことを思うと悲しみや悔しさ色々な不安がこみ上げているが それを感情に出さないようにしてきた。 周りの者も似たようなものだと思った。 一人だけわーわー喚くのもどうかと思ったわけだし。 でも凌統と共に反乱軍を離れて信長の率いる軍へと合流した時、反乱軍にいた時に感じた不安が少しではあるが消えて安心感が湧いてきた。 焦る気持ちが失せたから。 きっと大丈夫。そんな気持ちになる。 だからと言うわけではないが、少しだけはしゃいでしまった。 自分のことばかりだと思うが、周りに目を向ける余裕がまだまだ足りなかったのだ。 「こんな時に興覇君がいてくれたらな…興覇君のバカー!なんで肝心な時にいないのよー!」 思わず叫んでしまった。いない友だちのことを。 「ねー。どうかしたの?」 肩を落としてしまったに声がかけられた。 声をかけてきたのは小喬で一緒に陸遜もいた。 「あ、小喬ちゃん、陸遜さん」 二人ともここに来る前に少しだが一緒にいた時期があったので顔見知りだ。 それに二人とも元々は孫呉の武将であるから凌統の仲間でもある。 「甘寧殿の馬鹿って聞こえましたよ」 陸遜は小さく笑っている。 「あ、あ、うん…あ、別に興覇君が悪いわけじゃなくて…」 聞かれてしまったことに恥かしさを覚える。 髪を掻きながらなんでもない振りをする。 でも小喬たちは「見ていた」ようで、特に小喬の方が目ざとく突っ込んできた。 「凌統さんと喧嘩でもした?」 「え、え。喧嘩はしていないと、思うけど」 「でもでも〜凌統さんどっか行っちゃったし」 「少し機嫌が悪いみたいだなって気がしたんですよ。あまり気になさらないでください」 陸遜はややこしくしない為に話を終わらせようとするが小喬はどんどん突っ込んでくる。 「ねえねえ。ちゃんと凌統さんって恋人同士なんでしょ?凌統さんもてるから気をつけなきゃ!」 小喬なりに助言を与えたようだ。 「こ、恋人同士…え、あの…そう、なのかな…」 だがは即答できないでいた。 凌統に一度好きだとは言われた。 『もう一つ言っておこうか』 『何を?』 『俺がを好きだと言う事を』 返事は?などと要求されることもなく。 も凌統のことは好きだが、それを面と向かっていまだに言っていない。 だから恋人?と聞かれても答えられなかった。 「ちゃん。早く仲直りしたほうがいいよ?好きな人といつも一緒にいられるとは限らないんだよ?」 小喬の言葉が、心配してくれているとわかるのだがそれはの胸を深く突いた。 自分より年下の小喬。 幼い言動に態度だが、彼女にはすでに旦那様がいて、今は敵同士となっている。 だから余計に小喬の言葉に重みが感じられる。 「殿。あなたもご存知だと思いますが。凌統殿はあの通り少々素直じゃありませんからね」 ここはが頭を下げて丸く治めたほうがいいと陸遜も言った。 は自分が悪いとか、喧嘩をしたとか、そういうわけではなかったが。 自分のせいで凌統の気分が害したのならば謝ろうと二人の言葉に頷いた。 *** 「…大人気ないっつーか…カッコ悪い」 一方凌統も反省をしていた。 があまりにも自分以外の男を見て目を輝かせていたのが面白くなくて。 別にあの人に憧れているとか、好きだとか言ったわけではない。 歴史上の有名人に会えた嬉しさというのは誰にだってあるだろう。 もし凌統も目の前に漢の高祖劉邦やその好敵手項羽、始皇帝などが現れたら高揚してしまうかもしれない。 「…次にどんな顔をして会えばいいんだっての…」 どっかり木箱の上に座り込み溜め息をついた。 をこの世界に連れて込んでしまったのは自分のせいだと思っている。 のいた世界と凌統のいた世界。凌統は平気で行き来をしたがは違った。 最初から怖がっていた。 でも大丈夫だと言い聞かせて連れてきたら運悪く遠呂智の出現で世界が可笑しくなった。 最悪だ。 せめて自分の手で彼女は守る。そう誓い今までやって来た。 「相変わらず余裕のない男だって思われただろうね…」 ここに甘寧でもいれば良かったのに。 あいつは今どこにいるのだ。 甘寧がいれば、多少雰囲気が変わっただろうに。 「ハッ…何考えているんだか」 親の仇である男は今では凌統にとって良き友になっていたようだ。 「凌統さまやないのー。こないなところで何なさってますの?」 「阿国さん。いや、別に」 番傘を差して優雅に歩いてきた女性。 その手にしている番傘が得物だと聞いたときは驚いたものだが。 「今日はあのかわいらしいお嬢さんは一緒やありませんの?」 「あ、ああ。ちょっと今は…」 凌統は苦笑する。 「何か悩み事でもあるなら、うちで良ければ聞きますえ?」 「悩みねえ…」 自分は心の狭い人間です。 そんなことを考えていたとはなんとなくの前でなくても格好悪くて言えやしない。 だから、適当に話を変えたくなった。 本当に適当だった。 「阿国さんは本当女性らしいねえ。優雅で大人で」 「あら、なんですのん。急にそないなこと言いはって〜褒めてもなんも出へんですよ」 ホホホと微笑しながら凌統の肩を軽く阿国は叩いた。 「いやいや、阿国さんに惚れられた奴は羨ましいと思うよ」 「ええ男はんにそないなこと言われると困ってしまいますわ〜 うちから見て凌統さまに大事にされている子の方が羨ましいですわ」 「俺にねえ…本当にそう思っているんだか」 自嘲気味にポツリ呟いてしまう。 「あら、やっぱり喧嘩でもしはりましたん?」 阿国は番傘を閉じ凌統の顔をのぞきこんだ。 「いや、別に。阿国さんみたいな女性、周りがほっとかないでしょ?俺だったらほっとかないね」 「もう〜いややわ〜本気でそないなこと思うてないくせに」 コロコロと笑う阿国。 「凌統様にはちゃんとかわいらしいお嬢さんがおりますやないの思うてもいないこと口にしたらあきまへんえ」 「ん〜もうちょい阿国さんくらい色気があるといいんだけどね」 「そないなことになったら困はりますの凌統様のほうになりますえ」 「ないない。そんなこと」 誰とは口にしていないが、誰のことを話しているのかは一目瞭然だった。 壁に耳あり障子に目あり。 話のネタにされた誰かさんがそれを聞いてしまっていた。 「色気がなくて悪かったですねー!公績君の馬鹿!謝ろうと思ってきたのに、もう知らない!」 「へ?…あ、!」 凌統のことをキツク睨み、は背中を向けて足早に去ってしまった。 スッと血の気が引くとはこのことだろう。 「あらまあ」 阿国も多少は驚きつつも別段何かをするわけでもなくいる。 凌統はまたやってしまったと右手で顔を覆った。 「コラー!凌統さんのバカー!なんてこと言うのよ!」 「あ。小喬様。ちょっと」 物陰から小喬が飛び出し凌統に抗議する。陸遜も慌てて姿を見せて小喬を抑えようとする。 「ちゃんの方から歩みよってくれようとしてたのにー凌統さんってば他の女の人と仲良くしているんだもん!」 「…あーそれは…」 「ちゃんのこと追いかけもしないで!このまま本当に離れても知らないからね!」 凌統に向かってべーっと舌を出す小喬。 「行こ!陸遜さん。ちゃんが心配だよ」 陸遜の手を引き小喬は行ってしまう。 何も反論できなかった自分に嫌悪してしまう。 「凌統様。早う仲直りしたほうがええですよ。織田軍は凌統様のほかにもええ男はんがいわしますから。傷心のお嬢さんをとられてでもしたら大変ですわ」 本気なのか冗談なのかわからない阿国の言葉。 ほんのちょっとした事から起ってしまった出来事。 今すぐを探し謝るべきだが凌統は動けなかった。 「凌統様?」 「少し頭を冷やしてからにしますよ」 「ほなら、うちは行きますえ」 凌統を残し阿国もその場を離れた。 一人になった凌統は頭を抱える。 「本当っ。俺って馬鹿だな」 ほんの少しの距離なのに。の続編と言うか、オロチ設定です。
07/07/04UP
12/01/09再UP
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