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ほんの少しの出来事で。
「公績君の馬鹿!どーせ、私には色気なんかありませんよ!」 両手を振り上げ空に向かって喚いてしまう。 「お子様」 なんてことを何度も言われたくらいだ。 この場合意味は少し違うだろうが。 「公績君は阿国さんみたいな人がいいんだ…」 力なく下ろした両手。ただだらしなく。 「そうだよね。私じゃなんの力にもなってあげられない。ただのお荷物だもん」 自分のことだけで精一杯で。 凌統のことを何も気遣うことをしなかった。 この可笑しな世界に来てから、いつも凌統が自分を守ってくれていた。 「ごめんね、公績君…」 チャリっと胸元で音がした。 「あ…」 それは以前凌統が贈ってくれた首飾り。 守り石がついているから、いつでもを守ってくれるぞ。 なんて凌統が言っていた。 色々あって、すぐにの手元に来ることはなかった代物だ。 だが今ではにとって一番大事なものとなっている。 守り石もそうだが、やはりと思う。 自分は随分と凌統に守られていると。 「うー…ちゃん落ち込んでいるよ〜どうしよう、陸遜さん」 「ど、どうしようと言われても。第三者の口出しはあまりしない方が」 のことが心配で追いかけた小喬と半ば強引につき合わされている陸遜。 二人が物陰からの様子を窺っていた。 凌統の馬鹿!と叫んだかと思うと今度はがっくり肩を落としている。 何をどうしたら良いかと小喬は困ってしまう。 「口出しってーだって、陸遜さんは心配じゃないの?ちゃんのこと。ちゃんかわいそうだよー」 「それはそうですが…」 「第三者とかっていうより友だちだもん!」 「そうなんですが…」 小喬の言うとおり友だちであればなんとかしてあげたいとは思うが、 二人の問題に自分たちが、口出しして余計に拗れてしまったらと思うと陸遜にしてもどうにもできないでいた。 しかもだ。 小喬が間に入ろうものならば確実に拗れる。 彼女は凌統よりもの気持ちに移入してしまっている。 「そっとしておいた方がいいのではないですか?凌統殿が来られると思いますし…」 「来ないじゃん。凌統さん」 を追いかけてこないというのが小喬には余計に腹立たしく感じるようだ。 「そ、そうなのですが…まいったな…」 「陸遜さんが慰めてあげなよ」 「え…ぼ、僕がですか?…それは…」 内心凌統に要らぬ誤解をされたくないと感じてしまっている陸遜。 凌統は普段冷静に判断できるのに、彼女が絡むとどうもいつもとは違い精彩を欠くというか 子どもっぽさなどが出てくる。 過去の甘寧に対しての行動がいい例だった。 (本当、甘寧殿がいらしてくれればよかったかもしれないですね…) ではないが、なぜここにいないのだー!と叫びたくなる。 「ほらー陸遜さん!」 小喬が陸遜の背中を押す。 「ちょ、ちょっと待ってください!小喬様!って…あ…」 「どうしたの?あー」 二人ははたと動きを止めた。 の姿が消えていた。 「あれーちゃん。どこ行っちゃったのかな…」 「本当ですね…」 キツネにつままれたような感覚に陥る二人だった。 「凌統さん!」 引き返し再び凌統のもとへ駆け寄った小喬。ついでに陸遜。 さきほどの場所から動かず一人でいたようだ。もう阿国の姿はない。 「凌統さん、大変!」 「どうかしたんですか?」 さっきは散々人に文句を言っていた小喬なのに、今度は慌てている。 「あのね!ちゃんが消えちゃったの!」 「…が?…消えた…」 興奮している小喬を遮り陸遜が前に出る。 「消えたというと少々語弊があるかもしれませんが。お一人でどこかへ行かれてしまったようです」 「………」 「ですが、下手をして遠呂智軍の兵士にでも見つかったら危険です」 凌統は走り出した。 彼女に何か起きてしまったらと思うといてもたってもいられずに。 走り出した凌統を見て小喬と陸遜は笑った。 *** 「あれっ。じゃねーか。よっ!」 「…興覇君?……興覇君だ!」 こんな時にいてくれたら良かったのに。と何度も思った人が今目の前にいる。 いつもと変わりなく、陽気に気軽に声をかけてきた。 はかけより甘寧に抱きついた。 「お、おわっ!な、なんだよ。どうした?」 「興覇君の馬鹿!興覇君がいなくなっちゃうから、私、公績君と喧嘩して」 今、なぜここに甘寧がいるなどというのはどうでも良かった。 「いや、俺の所為だと言われると困るんだけどな。ま、話してみ?聴いてやっからよ」 ポンとの肩を叩いた。 は頷き、甘寧にこれまでのことを話した。 織田信長の軍と合流したこと、そこでのちょっとしたいざこざなど。 甘寧は聴き終えると豪快に笑った。 笑い事ではないのにとは甘寧を睨んだ。 「悪ぃ。でもよ、別に俺の所為でもなんでもねーじゃん」 「興覇君がいてくれば、喧嘩せずに済んだかもしれないし…」 「そんなに頼られているとは思わなかったぜ」 少し気恥ずかしい。 「それで?はどうしたいんだ?」 「私?…私は…公績君に守られてばかりいるから、そこをなんとか」 「違うだろ」 ペチっと甘寧はの額を叩いた。 何をするのだ突然。わけがわからない。 「お前がまずしなきゃいけないことは、凌統と仲直りすることだろ?守られていたっていいじゃねーか」 「興覇君…」 「お前は力がねぇ。戦えるわけでもない。それにアイツがお前を守りたいって思うのは当然だろ?」 の胸元で揺れた首飾りに甘寧が指差した。 「アイツにとっては大事な奴なんだからさ」 「興覇君」 ニッと笑う甘寧。 「私、自分のことしか考えていなくて」 「別にいいじゃん。それが普通だろ」 「そう…かな?」 「誰もそれが悪ぃなんて言ったか?」 は首を横に振る。 「それに、そういうことを考えるようになったってことはよ。少し余裕ができたんじゃねーの?」 確かに。 反乱軍で雑用をしていても、心のどこかで不安がいっぱいだった。 でも織田信長という人物と出会っただけで、彼の軍と合流したことで安心感が湧いた。 思えば凌統とも、あんな些細なことで揉めたのも久しぶりだ。 「な?」 「うん」 不思議だ。 「今度はアイツの支えになってやれよ。ま、凌統にしてみればと一緒にいれば問題はなさそうだけどな」 「興覇君…あ。興覇君は?今どうしているの?」 急にここへ現れたということは彼も織田信長の噂を聞きつけやってきたのだろうか? だとしたらこれから一緒にいられるかもしれないと思うと嬉しくなる。 「良かったら、一緒に行こう?ね?」 甘寧は軽く顎の辺りを指で掻いた。 「興覇君?」 「俺か…俺はよ…今」 「え」 血の気が引いた。 「俺、今遠呂智軍にいるんだよ」 消えたと聴いて、もしかしたら二人が離れたことでは元の世界に帰ってしまったのではないか? そんな風に凌統は焦ってしまった。 いや、焦るというのは可笑しいだろう。 今、この世界は可笑しい。 だから元の場所に戻れたならばそれは彼女にとっては良い事だ。 でも。 (このまま別れたら後味悪いっての!) 度量の狭い男だと思われたままで、他の女性を褒めまくって情けない。 この世界に彼女が来てしまったのは偶然で、自分の所為だ。 そんな彼女を傷つけるような真似をしたままなどそれは絶対に嫌だ。 は凌統にとって、大事な。とても大事な人だから。 凌統がしばらくを探しまわっていると、その声が聞こえた。 「興覇君…あ。興覇君は?今どうしているの?」 見つけた。 そう思い駆け寄ろうとしたが、誰かと話している。 興覇君? 甘寧が一緒にいるのだろうか? 「良かったら、一緒に行こう?ね?」 の懇願するような声に凌統は拳を握る。 にとって甘寧は大事な友だと言っていたが、それ以上のような気もして。 それでも、彼が一緒に来るというのは悪いことではない。 自分もどこかで甘寧を頼っている部分があったし。 このまま何もなかったように気さくに声をかけようか。 「興覇君?」 「俺か…俺はよ…今」 「え」 だが、凌統はその言葉で怒りが沸々と湧いた。 「俺、今遠呂智軍にいるんだよ」 「甘寧!」 咄嗟に二人の前に飛び出していた。 「よぉ!凌統。久しぶりだな」 「アンタ…今、なんて言った!」 「公績君」 陽気な態度の甘寧が小憎らしい。 「遠呂智軍にいるって言ったことか?」 「それは孫策様と一緒にいるってことか?」 だったらまだいい。 孫呉は遠呂智軍に牛耳られたままだ。 「いや。曹丕の元だ」 「甘寧ッ!」 思い切りその横っ面を叩いてやろうかと思った。 だが甘寧は呵呵と笑う。 「興覇君?」 「安心しろよ。別に遠呂智に忠誠なんざ誓っちゃいねーし。そろそろ…」 「?」 「ま、いいってことよ。そのうちわかるさ。俺は単に散歩していただけだ。じゃあな」 もう戻ると、甘寧は二人に背を向けた。 別にわざわざ戻らなくてもいいではないかと思うが、甘寧が決めたことをとやかく口出すすることはできない。 甘寧の姿が小さくなった時、彼は振り返って叫んだ。 「あ!お前ら、どうでもいいけど、俺がいなくたって仲良くやれよー!さっさと仲直りしちまえ!」 「か、甘寧!」 彼らしさには声に出して笑った。 「?」 「興覇君らしいなあ…」 「そうなんだけどさ、最後の一言は余計だっての…」 これから自分がちゃんとしようと思っていたのに格好悪いではないか。 凌統は後頭部を掻き、に背中を向けた。 「あのな。…」 何から言おうか凌統は迷う。言葉が中々出ない。 だが、振り返り強くを抱きしめた。 「公績君…」 「悪かった。いっぱい、色んなこと」 ふわりと掠める凌統の匂い。 耳元で囁く、少しつらそうな声。 「がこんな目に遭ったのも俺の所為だって…あの時、無理やり連れ出さなきゃお前はさ」 「違うよ。公績君の所為じゃないでしょ?」 も凌統の背中に腕を回した。ポンポンと軽く子どもをあやすように叩き。 「。それでも俺は」 「そんなに責任感じなくていいよ。私の方こそ公績君に沢山迷惑かけてさ」 「迷惑なんかしていない。俺はがいてくれるだけで頑張れる。 孫呉の仲間とはいまだにバラバラだし、上手く行かないことも多いけど。がいてくれるから…」 何もできない、力のない自分だけど。 凌統は必要としてくれている。 目に見えないものだが、それが凌統の力になっているのだろうか。 この可笑しな世界に引き込んでしまったことを凌統は悔いているようだが、それは彼の責任ではない。 「私はね。こんなことになって最初は不安だったし、今も少しそうだけど…それでも」 今度は自分の番だ。 素直に気持ちを伝えよう。 あやふやだった答えを。 「公績君がいてくれたから。私のことを守ってくれたから。だから大丈夫だよ」 「…」 「ちゃんと言うね。私は公績君のことが好きです。あなたと出会えて良かった」 凌統はそんな言葉が返ってくるとは思わず抱く力を弱めの顔を見た。 は恥かしいから見ないで欲しかったのだが、顔を真っ赤にさせつつも笑んでいる。 「公績君と一緒にいられるから。今はそれが一番の幸せかな」 だからそんな背負わないで欲しい。 誰も凌統の所為だなんて思っていないから。 悪いというならばそれは遠呂智だろう。 「公績君好みの子ではないと思うけど」 少しだけ意地悪を言ってみる。 だが弱気だった凌統の顔がいつもの皮肉屋に近いものになっていた。 「なんだ。知らなかったのかい?俺の好みはみたいな奴だよ」 「大人の女性じゃないのに?」 「そんなのこれからいくらでもなれるだろう?」 「なれるといいなー」 「なれるさ。それより俺は好みの渋いオジサマにならないと困るだろうな」 ニヤっと余裕を感じられるようになった。 は馬鹿じゃないの!といつもと同じ反応をした。 「。が俺のこと好きだといってくれて嬉しい」 「ずっとずっとそう思っていたんだけどね」 凌統は伝えてくれたのに。自分は何も返事をしていなかった。 ようやく言えてすっきりした。 「俺は今も気持ちは変わらない。が好きだ」 だから、これからも君を守ろう。 責任とかではなく。心の底から愛しい人を守りたいと願ったのだから。 愛しさを籠めて、凌統はの唇に優しく触れた。 07/07/28UP
12/01/09再UP
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