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ほんの少しの距離なのに。
【星涼し】 「お疲れ様です、凌統殿。少し休まれてはいかがですか?」 鍛錬場にて一人で身体を動かしていた凌統に陸遜が声をかけた。 水が入った竹筒を持って。 「軍師殿。そうだな、少し休もうか」 素直に竹筒を受け取り、近くに腰を下ろす。 陸遜もその隣に座る。 「毎日暑いですね」 「あぁ。でも、風が少しずつ冷たくなってきた」 「もう夏も終わりって所でしょうか」 「だな」 「凌統殿。もしかすると、近々戦になるかもしれません」 陸遜が真剣な眼差しで凌統を見る。 突然、話題を変えたように見えるが、凌統は軽く頷く。 「らしいね。一応噂は聞いてる」 「噂で済みそうにないですよ…」 「へぇ」 竹筒の水を一口飲む凌統。 「って事は、殿は劉備の要請を呑むわけだ」 「はい。呂蒙殿が指揮を執られると思います。凌統殿にも出陣の命が下ると思いますが」 「俺がいつでも出れるよ。最近暴れたりないからね、やるなら早い方が嬉しいね」 陸遜はくすりと笑む。 「頼もしいですね」 「んで、用はそれだけかい?」 「まぁ、一応。凌統殿の様子を見に来たって言うのもありますし」 「俺の様子?別にいつもと変わらないけどね」 凌統は竹筒を置いて立ち上がる。 軽く腕を回す。 再び鍛錬でも開始するようだ。 陸遜はそんな凌統の背中に向かって話す。 「最近の凌統殿は大人しいって皆さん言ってますよ」 「大人しいってなに。しかも皆さんって」 「甘寧殿とやりあうこともないようなので」 陸遜は周りがあまり口にしないよう気遣うことでも平気で口にする。 わざとなのかは凌統にはわからないが。 でも、別に凌統は陸遜のそう言うところは嫌いじゃないから気にはしないが。 「一々、あんな奴のために時間を割くのって馬鹿馬鹿しいじゃん」 「そうですか?」 「そうだっての」 との一件いらい、凌統は甘寧とは殆ど顔を合わせない。 戦らしい戦もここ最近ないので、軍議と言うのもあまりないので会わない。 向こうも同じ事を思っているのか姿を殆ど見せないし。 「結構、面白かったのですが、残念ですね」 「面白いって…」 「多分、次の戦ではお二人は一緒だと思いますが大丈夫ですか?」 「……さぁね」 陸遜は戦に乗じて凌統が父親の仇でもとるとでも思っているのだろうか? 甘寧が降った頃の自分ならばそうしていたかもしれないが、残念。 今ではそんな気すら起きない。 干渉さえされなきゃいいと思っている程度だ。 それに、孫権に敵討ちは禁止とまで言われているし。 丸くなった、大人しくなったと見られても仕方ないとは思うが。 ただ、色々あって許せない気持ちはまだ強い。 「詳しいことは呂蒙殿から話されると思いますから」 「わかった」 凌統は陸遜の方は見ずに返答し本格的に身体を動かし始めた。 陸遜は竹筒を持って凌統に軽く頭を下げてその場を離れた。 「甘寧か…」 凌統は陸遜の姿が消えてからそう呟いた。 故意かどうかはわからないが、何度かあった戦の度に彼の軍と組まされることがあった。 戦での相性はいいってことなのだろうか? 『うん。できれば凌統君に会わせて仲良くしてもらいたいかな』 ふいにの言葉が浮かんだ。 『きっと私の友だちとも凌統君仲良くやれそうだよ』 あれは甘寧のことだったんだ。 今頃になって冷静に思えた。 何故、今って気もするが。 と会わなくなってからどのくらい経っただろうか? 一度だけ、あの場所へ行ったが世界は繋がることはなかった。 に贈ろうと思っていた首飾りも今はどこにあるのかはわからない。 陸遜が持ってきてくれたが突き返してしまった。 「……今頃…」 甘寧と仲良くやっているのだろうか? 自分といる時より楽しそうに見えた。 あいつはそういう奴だ。 誰とでもすぐに打ち解ける。 父を殺した奴だと周りも知っている、わかっているはずなのに。 それを口にすることなく楽しそうに笑っている。 最初の頃はそれが堪えられなかった。 自分の居場所が無くなったような寂しさも感じた。 だから、との時間ができたのは嬉しかった。 自分だけの時間。 他は誰も知らないこと。 それがよりによって甘寧に見つかって、踏み込まれて、壊れた。 でも。 自分も悪かったとは少し反省した。 の話しをちゃんと聞かないで、こっちから切った。 聞けば少しは変わっただろうか? 「無理だな、そんなの」 今だから冷静になって考えられる。 「…お前は俺のことどう思っているんだろうな……」 思慮の狭い男。 単なるガキ。 あまり良い感じには思われないように思う。 「だったら、てめーで聞いてみりゃいいじゃねーか」 「…?…か、甘寧っ」 いつのまに? 甘寧が睨みつけるかのように立っている。 「何の用だ」 「はっ。ここはてめー専用の場か?」 鍛錬をしに来たと言うことか。 だったら、自分はここにいるつもりはない。 すぐに立ち去ってやる。 「待てよ」 甘寧は凌統を引き止める。 「俺はアンタには用はないんでね」 「てめーには無くても俺はあるんだよ……ほら」 甘寧は懐から取り出したものを凌統に向かって放る。 「?これ、なんでアンタが…」 受け取った物を見て凌統は甘寧を睨みつける。 それは凌統がに贈ろうと思っていた首飾りで、所在がわからなくなっていたものだ。 「確かに渡したからな」 「………」 甘寧はまっすぐ凌統の目を見る。 凌統はすぐに目線をそらす。 「お前が落としたのを俺が拾った」 それはに渡そうと思った日。 信じられないものを見た日。 「だから、陸遜に頼んでお前の所に届けさせた」 「………あぁ」 だが突き返した。 いらないって。 ケチがついたようで嫌だったから。 「アイツ、お前が受け取らなかったからって俺のところに置いていきやがった」 「………」 だったら捨てればいいじゃないか。 持っていたってしょうがないのならば、凌統は心の中で舌打ちする。 よりによってこいつの元にあったのかと思って。 「しょーがねーから、その後、に届けた」 凌統はハッと顔をあげる。 「そしたら、は俺にお前へ渡してくれと言うし」 「それは…」 「どういう意味でだと思うよ?」 凌統は首飾りを軽く握り締める。 萎れた花のように凌統は弱々しく答える。 「…は…受け取る意志がない…からだろ……」 「あーそうかい。ならそう思ってろや」 甘寧は鼻で笑い、凌統に背を向ける。 「俺はこれからここで一汗流すんだ。やる気ねーならとっとと行けや」 「なっ」 「もうすぐ戦だって話だしな。お前も行くんだろ?だったらそれ持って行けや」 「馬鹿にしてんのかっ?」 「……がお前に持ってて欲しいんだと。今の自分よりはそれが必要だとさ」 「・・・」 凌統も甘寧に背を向ける。 そして鍛錬場を後にした。 急いでもしょうがないのに、凌統はあの場所へ向かっていた。 はいるだろうか? いたところで会えるのだろうか? あれから随分日が過ぎた。 どんな顔をして会えばいいかわからない。 だけど、自分は走っている。 がいるかもしれない場所に。 「………」 昔は多くの木々があっただろう場所。 でも戦火によって一本だけしか残ってない桜の樹。 「いるわけない……か…」 桜の樹に寄りかかり座り込んだ。 「…」 首飾りをジッと見つめる。 「今の俺には必要…か…」 自分から渡したとしてもは同じ事を言っただろうか? 何故、必要なのか? 「ごめんな」 色々なことに。 直接会って言うべきだろう言葉だが、言えない気もする。 凌統は立ち上がる。 「何故必要か、今度会えたら教えてくれるか?…」 それより会ってくれるか?こんな自分に。 不安は残るが、戦から戻ったらもう一度ここに来よう。 凌統は首飾りを懐に入れて歩き出した。 少し歩いた所で、ピアノの音色が聞こえたような気がした。 なんとなく、泣きたくなった。 06/01/31UP
12/01/09再UP
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