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ほんの少しの距離なのに。
【青星】 学校は冬休みにはいった。 本来ならば大好きなピアノを毎日遠慮なく弾け嬉しいはずなのだが顔は晴れない。 最近の娘の様子に親が心配をしているようだが、なんでもないとしか答えるしかなかった。 それでも、このまま遠ざかるのは嫌だからと冬休みに入ってから曾祖母の家にまた足を運ぶようになった。 「うわ、がっちがちだぁ」 寒さと練習不足の所為で鍵盤に触れる指がぎこちない。 それでもなんとか弾いてみる。 「うん……やっぱりいいな」 下手でもピアノに愛着はある。 自分の勇気が少なかったために離れていた。 「また最初からやり直しだね」 でも、いい。 時間は沢山あるのだから。 ふとカタカタと揺れる窓に目が向いた。 あれ以来交わることのない世界。 二人はどうしているだろうか? 凌統と甘寧。 きっと二人ともここにはもう来ないだろうなって思った。 変なところで意固地になる凌統。 そんな彼に遠慮して甘寧は遠ざかるだろう。 友だちができて嬉しかったのに。 壊れちゃったのがとても悲しい。 その原因は自分なのだから。 曾祖母の家は普段使われていない。 一番使用頻度が高いのはピアノのある部屋だ。 だから、そこを一番多く利用しているに曾祖母の家の大掃除を命じられた。 と言っても、他の部屋は軽く掃除機をかけるくらい。 面倒なのは窓拭きくらいだ。 一人でやれと言われてもとりあえずは一日で済みそうだ。 「もう今年も終わるんだなぁ」 年が変わるわけだが、生活してる分には特に変化はない。 単に12月から1月になるだけだ。 昔ほどはしゃぐことはない。 ふと向こうのお正月ってどんなものだろうなと思った。 武将さんたちには新年の宴とかあって、お殿様の挨拶から始まって盛り上がるのかなとか。 「聞いてみたかったけどな、残念」 は窓拭きを終えて中に入りバケツなど道具を片付けえる。 「よし、終わり!自分の部屋も終わってるし、残りはゆっくりできるね」 じゃあ思う存分ピアノを弾こうか。 ゆっくりできるとは言ったが明日からはまた当分弾けそうにない。 掃除は済んでも他にもやることがあるのだ。 椅子に座ってピアノを前にして深く息を吐いた。 軽く鍵盤に触れる指。 あの曲が届いたらいいなと思って弾く。 カノンを。 (凌統君にちゃんと謝りたかったな) 彼も気にいったというこの曲を謝罪代わりに弾く。 交わる事のない世界に向かって。 「………?」 窓が少し明るい。 なんだろうって思い目線を向けると窓の外は雪世界だった。 「ゆ、雪?嘘!?」 演奏を止めて窓に駆け寄る。 雪だ。 雪が降っている。 しかも何日も降り続けているのだろう、地面は真っ白だ。 の住む地域は基本的に雪が降らない温暖な場所。 各所で雪が降りました。 などとニュースで流れても、ここではそれが雪ではなく雨だというのが多い。 数年に一度雪みたいなものが降るって事はあるが それも決して積もることなく消えてしまう。 「い、異常気象?」 ここでこんな雪なのだ、他の場所ではどうなっているのやら? だが。 「や、やーっときやがった!おせーぞ、!」 「え?」 窓の外から声がした。 は窓を開けると小刻みに震えた甘寧が立っている。 「こ、興覇君!うわ、寒い〜」 外から入ってくる冷たさはのいる場所の数倍だ。 「イジイジすんの、終わったか?」 「え、イジイジって」 「あいつに凌統に会いに来たんじゃねーのか?」 大掃除に来ましたとは言えない。 でも、ピアノを弾いている時は凌統の事を考えていたのは確かだ。 「うん、もう一回だけでいいから…ちゃんと凌統君と話したいって思った」 「一回だけでいいのかよ…まったく」 甘寧はブツブツ言いながらも懐から取り出したものをに向けて放った。 慌ててはそれを受け取る。 「なに、これ」 受け取った時軽く音がした。 見るとそれは首飾りで音がしたのはついていた石たちが触れたためのようだ。 一番の中心ともいえる青い石は少しばかりくすみはしているものの、見ていると穏やかになれる。 不思議な石だ。 「お前が持っておけ。本当は俺からじゃなくてアイツからの方がいいんだけどな…」 「アイツって凌統君?」 「あぁ」 甘寧はその首飾りのことをに説明する。 二人で会っていたあの日に凌統が持っていたもの。 賊討伐の折にへの土産として凌統が購入したものらしい。 それを落とし、陸遜の手から彼に渡してもらおうとしたのだが、頑として受け取らず 困った陸遜が甘寧に渡したのだ。 陸遜の話ではその石は持ち主を守ると言われているらしい。 「陸遜はのことを知らないからな。俺の手からお前に渡せばってな」 「そっか……」 あの日。 「興覇君には沢山迷惑かけちゃったね」 「んなことねーよ。元々アイツと仲が悪いのは俺の所為だからな」 「興覇君」 「うぉ、くそ寒ぃ〜お前、中々ここに来ねぇからよ〜」 「あ、う、うん…なんとなく来辛くて」 甘寧は腕を摩って寒さを忍んでいる。 でも、限界のようだ。 に背を向ける。 「俺の用事はそれだけだ。お前のもとに渡って良かった。んじゃあな」 「……あ、待って興覇君!」 「あん?ぐぇ」 駆け出そうとしたら、の腕が伸び甘寧の襟首を掴んだ。 「な、なんだよ!」 「っと…あ、ご、ごめん」 も窓から落ちそうになる所だった。 「どうした?」 すぐさま手を離した。 甘寧は襟を整え、と向かい合う。 「これ。凌統君に渡して」 甘寧に差し出す首飾り。 「はぁ?何言ってんだよ」 「これって持ち主の事守ってくれるんでしょ?だったら凌統君に持ってて欲しいから」 「あのなぁ。俺の手から渡せるわけねーだろ?他の奴らが届けても無理なものを」 「でも!渡して欲しいの!」 「………」 「お願い!」 は手を合わせて甘寧に頼み込む。 「お前には必要ねーのか?」 「今の私より凌統君のほうが持ってるべきかなって…」 「そっか。わかった……ただな」 から首飾りを受け取る甘寧。 軽く髪を掻きながら。 「すぐにはアイツの手に渡るとは思うなよ?俺からなんて言ったら絶対受け取らないだろうし」 「……うん」 「言付けもできねぇ」 「うん」 「それでもいいのか?」 「うん。お願いします」 「俺が面倒臭がって捨てちまうかもしれねーぞ?」 「しないよ、興覇君はそんな事。現に今日、私に会うまで何度もここに来てくれたんでしょ?」 「そ、それは…まぁ、そうなんだけどよ…」 指で頬を掻く甘寧。 甘寧は一度首飾りを見てから再び懐にしまった。 「いつになるかはわかんねーけど、アイツにちゃんと届けるから」 「ありがとう。お願いします」 は深々と頭を下げた。 「……。俺も多分ここにはもう来ねぇ」 「え」 「少なくとも。お前とアイツが仲直りするまではさ」 だから、その時までさようならだ。 は唇を軽く噛む。 そして頷いた。 「じゃあな」 甘寧は雪が降る中を駆け出す。 その背中が見えなくなるのと、世界が途切れたのは同じだった。 「………」 目の前にはいつもの海が見える風景。 雪など降ってはいない。 でも、窓枠に少しだけ向こうからの雪が残っていた。 「凌統君にちゃんと届くといいな……石が凌統君を守ってくれますように」 それから、今までどおりはピアノを弾きに曾祖母の家に訪れる。 だが二つの世界が交わることなく、季節は過ぎていくのだった。 |