ほんの少しの距離なのに。




ドリーム小説
「今日もいい天気だねぇ」

何しているんだ、は。
俺はもうすぐ帰る。
土産話結構あるんだ、沢山聞かせてやるよ。





【無音】





凌統が山賊討伐を命じられてから早数週間。
集落を荒らしまわっていた山賊は塒ごと早くに発見でき片付いた。
それでもすぐに戻れなかったのは荒らされた集落の復興に手を貸していたからだ。
他の集落は問題ないか見回ったりもした。

これも仕事のうちだからしょうがないと思っていても、どこかでつまらないと思えることがあった。
一つはに会えないと思ったこと。
本人は自覚していないが、あのゆったりした時間は凌統にとって結構重要なのだ。
時間が許す限りの隣でピアノを弄る。
彼女みたいに演奏などはできないが、軽く鍵盤に触れるだけでも楽しい。

それには苛立つ自分を抑えてくれる。

「あいつの方が年下なのにな…俺の方がガキみたいだ」

くすりと笑んでしまう。

「凌統殿!こちらにおいででしたが」

「どうしたのさ、軍師さん」

陸遜が凌統の元へ駆け寄ってくる。

「別にどうもしませんけど。この辺りはもう大丈夫って事で建業へ帰る日取りを決めませんか?」

「帰れるの?」

「一応。そのご相談をしようかと、太史慈殿もすでにお呼びしています」

幕舎の方に。
だからあなたもと陸遜に言われてしまう。

「わざわざ捜してもらって悪いねぇ。空いている誰かに頼めば良かったのに」

「私が空いていたからですよ」

「そりゃご苦労様でした」

凌統は歩き出す。
陸遜も慌ててその後を追う。

もうすぐ帰れるのかと思うと自然と頬が緩んだ。

のために土産まで用意してしまった。
山賊に襲われた集落にたまたま行商に来ていた商人から買ったものだ。
前々からには何か贈ろうと思っていた。
オルゴールと言うものをもらった礼もあるし、いつも愚痴ばかり聞かせちゃっているし。
何か一つでも良いから何かないかと探していた。

女性に何かを贈るならば、その人に似合った玉なり着物なりを贈れば良いだろうと思っていたが、の住む世界では着物は邪魔になりそうだったし、玉を使って着飾るような雰囲気もしなかった。
それに華美なものはに似合わないと思った。
彼女自身があまりチャラチャラしたものをつけていなかったし。

「これは?」

「これは私どもの故郷の守り石でございます」

「へぇ守り石ねぇ」

手に取ったのはくすんだ青色の石。
その石を中心に左右に小さな紅い石と白い石がついている。
首飾りになっているが、くすんでいる青なのにどこか惹きつけられる。

「これ…売ってくれって言ったら怒るか?」

「そんな、とんでもない。怒るなんてこといたしませんよ」

これも商売品の一つですからと商人は言う。

「石の方があなた様を惹き付けたのでしょうね」

「は?石が?」

「はい。もう長いこと売り出しておりますが、不思議と買い手がおりませんで…」

でもこの石のおかげで今まで無事に行商できていたとも思えるらしい。

「この石はきっとあなた様をお守りくださいますよ」

「あ、えっと…贈り物にしたいんだけど、平気か?」

「構いませんとも。あなたの願いもこめて差し上げれば宜しいかと」

「じゃあ、買う。俺にこれ売ってくれ」

にこれだと思った。
身につけなくてもいい。持っていてさえくれれば。
自分が側にいなくともの身を護る多少の助けになればと思った。

「俺がいない時、お前がを守ってくれよ」

あとは、これをに渡すだけだ。
それから数日後に凌統は帰還の徒についた。



***



「え、凌統君帰ってくるの?」

「おぅ。もうすぐな」

甘寧がそれをに伝えに来た。
家の壁に背をつけて拱手している甘寧。
は窓枠に腕をつけて甘寧の方を見ている。

「早ければ明日にはつくんじゃねーの?知らせは前もって届いたわけだからな」

「そっか。凌統君元気だといいなぁ」

「ってことは陸遜も帰ってくるのか。また煩くなるぜ」

「そんな事ばっかいって〜お仕事溜まってたら興覇君が悪いんだからね」

「俺の仕事は戦場でだ。細けぇことはしたくねーんだ」

「もう〜」

とか言いながらも互いの顔を笑っている。
ふと甘寧は笑みを消す。

「ま、当分また俺はここに来るの止すわ」

「え!なんで」

「凌統がこれ見たら嫌がるだろ」

「……でもさ、夜も駄目?」

「駄目。来ねーから、俺」

少し前はそうしていたが、もう甘寧は来るつもりはないらしい。

「なんでよ」

「もう本格的に夜は寒くなったからな、が風邪でもひいたら大変だろ」

もし寝込まれでもしたら困る。
は大丈夫だと言うが、甘寧は頑として聞かない。

「凌統君……仲良くして欲しいなぁ」

「だから、おめーが深く考えるのは止めろ、これは俺とあいつの問題だ」

「でもさ…興覇君悪い人じゃないって知ってるし…」

「……ありがとな。でもいいんだよ、凌統の前じゃそんな話するなよ」

甘寧は腕を伸ばしの頭をくしゃりと軽く撫でる。

「…うん。まだ遊びに来てよね?」

「またな」

それで甘寧は帰るつもりだった。
だったのだが…

「何してんだよ、あんた」

「凌統君!」

「ちっ、お早い帰りだな…ったく」

凌統が息を切らして駆けて来た。
なぜ、ここに甘寧がいるのだとキツク睨み付ける凌統。

、なんでこいつがここにいるんだよ!」

「あのね、凌統君」

は悪くねーよ。俺が勝手にここに来ただけだ」

「馴れ馴れしく呼ぶな!」

「あーそうかい…じゃあどうしろってんだよ」

甘寧は面倒臭そうに言う。
今、甘寧が何を言っても凌統には逆効果にしかならないような気がする。

「凌統君のときと同じなの!興覇君もここが見えて、その話をしたら」

(興覇…君ってなんだよ…)

握り締める拳に力が入る凌統。

「興覇君は凌統君が思っているような人じゃないよ、だからね」

「もういいっての……なんだよ……」

最初見た時我が目を疑った。
なんで、と甘寧が楽しそうに話をしているのだと。
近づいた時に聞こえた会話では一層親しみを感じられて。
どうも自分の知らない所で会っていたようで。

自分だけ何も知らなかったのだと思うと悔しくて。

居心地のよい場所を嫌いな奴に取られてしまった。

そんな気がした。

「俺に隠れてこそこそ会ってたんだ」

「こそこそだなんて、そう言う訳じゃ…」

「同じだろ!」

の身体がびくりと揺れる。
初めて感じる冷たい視線。

「…勝手にすれば…俺にはもうどうでもいいから」

「おい、凌統」

凌統の言葉には大きく目を見開く。
甘寧が凌統の肩を掴むが思い切りそれを拒む。

「触るな!」

甘寧の手を振り払った時に何かが凌統の手から落ちた。
だが凌統はそのまま振り返らずに走り去った。

「おい、凌統待て…!何してるんだよ。追いかけろ」

「え?…うん」

だが。

「………」

、どうした?」

「………」

窓枠に手をかけるが、そっちに行けない。
足が動かない。

「どうしたんだよ、早くしろって」

「……怖い…」

「は?」

「怖いの!」

「凌統にまた言われる事がか」

「違う!違うの!」

が感じる恐怖。
それは。

「その先に行くのが怖いの…」

の身体が崩れる。

「おい!」

甘寧が部屋を覗くとはしゃがみこんで泣いていた。

「…ごめん、興覇君。ごめんね…」

「馬鹿、なんで俺に謝るんだよ。俺は謝られる事なんてしちゃいねーよ」

仕方ないと甘寧は頭を掻く。

「俺も行くからな。しっかりしろよ、凌統にちゃんと言えよな」

無理かもしれないが、諦めずに何度でも話せ。
甘寧はそう言う。

甘寧が歩き出すと、足先に何か引っ掛けた。

「あん?」

何かと思って拾うと首飾りだった。
そう言えばさっき凌統の手から何か落ちたが、これがそうか?
振り返ってに渡そうかと思ったがすでに家がなくなっていた。
も帰ってしまったのだろう。
さてどうしたものかと思うも、このままにはしておけないので甘寧は懐にしまいこんだ。
あとで誰に頼んで凌統に渡してもらおうと思って。



***



いつの間にあの二人は出会っていたのだろうか。
凌統は寝台の上に寝転びそんな事を考えていた。

凌統は太史慈や陸遜とは別に単騎で建業へと戻ってきたのだ。
孫権へ急ぎ伝達する事があったので伝令隊ではなく凌統が早馬で戻った。
その用件は陸遜から渡された書簡に全て書いてあるので帰還後にすぐに済んだ。
孫権からはゆっくり休んでくれと言われて下がったのだが、休む気になれずに
がいるかわからないのに急いであの場所まで行ったのだ。

そしたら甘寧がいて…

酷く言うならば裏切られた気がした。

同時になんとなくそう思える部分が今までにもあった。

に友だちができたと言ったのは甘寧の事だったのかと。
甘寧が悪びれた様子もなく馴れ馴れしい態度をとっていたのが急になくなった時期と合う気がした。

二人は影で自分のことを好き勝手に言っているのだろうとか嫌な事ばかり考えてしまう。

尊敬すべき父が突然いなくなって。
心地よい場所が突然奪われた。

「なんで俺ばっかり…」

二度とあそこには行くものか。
大事なものを奪う甘寧が嫌いだ。
人の気持ちを知っていてあいつと親しくするが嫌いだ。

だから、二度と会うものか。










05/10/30UP
12/01/09再UP