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ほんの少しの距離なのに。
【月の暈】 「あ〜もう!あそこに忘れてきちゃうなんて〜」 夜22時過ぎ。 は曾祖母の家の前にいた。 玄関の鍵を開け中に入る。 電気をつけて奥へと進む。 昼間、ここへ立ち寄りピアノを弾いていた。 その時に友だちから借りたノートをこの部屋に置いてきてしまったのだ。 明日返すのだから朝立ち寄れば良いのだが、生憎そうも行かなかった。 そのノートを使ってこれから勉強をする所だったから。 勉強と言うと聞こえが良いが、ようはノートの中身を写させてもらうだけなのだが。 流石に何日も借りっぱなしは良くない。 「はぁ、ついてないなぁ」 部屋の明かりをつけて中を見回す。 「あった…もう…」 一度この部屋でバックから取り出したのが間違いだったのだ。 いーや。ちゃんと忘れないで持って帰れば手間がかかる事などなかったのだ。 ノートを見つけたことだし、そのまま引き返そうとした時。 窓を叩く音がした。 「?」 振り返ると甘寧が手を振って立っていた。 は窓に駆け寄り開ける。 「興覇君。どうしたの?こんな遅く」 「それはこっちの台詞だな。おめーこそどうした?」 「わ、私は忘れ物を取りに着ただけだもん」 「へぇそうか」 「そう言えば久しぶりだね。あの時会ったきりだし」 初めてあってからもう何日経っただろうか? 甘寧とは久しぶりと言えるくらい日が経っている。 「そうだな。久しぶりだな」 「凌統君に気を使っているんだ」 「…まぁ、そう言うことになるか」 「でも、今日はどうしたの?あ、いつも夜にここ来てた?」 は、普段夜はいないことを説明する。 この家の持ち主は亡くなった曾祖母で自宅は少し離れた所にあると。 「そうか。いや、今日はたまたまだ。ここで酒飲んでた」 「お酒?」 酒瓶をに見せる甘寧。 「一人で?しかも少し寒いよ?」 「別にいいじゃねーか。俺は飲みたい時に飲むんだよ」 飲み始めてそんなに時間も経っていないらしい。 「おぅ、おめーもう帰れよ。遅くなると親御さん心配するだろ」 「あ、うん……」 甘寧はまだここで飲んでいくつもりらしい。 「あのね、今度はいつ会えるかな」 「あ?別にそんなの考える事もねーだろ。おめーは凌統と逢うのが目的だろ」 「凌統君とも会うの楽しいけど、興覇君とも会いたいよ。だってせっかく友だちになったのに」 「そりゃどーも」 「私ね、大体週末はここにいるの」 大抵は凌統がその時間に来るのが多いが。 「決めた!夜会おう、興覇君」 「あ?何言ってんだ。そんなの駄目だ危ねーだろ」 「大丈夫だよ、ここら辺犯罪ってほとんどないし」 「んなのわかんねーだろうが」 甘寧はそれだけじゃないと思う。 「でもいいでしょ。じゃあ1時間だけ!夕飯食べたらここに来るから」 「勝手に決めるなよ」 「興覇君が来るまで待ってるからね」 「おい、!」 「じゃあ、明日の…夜20時頃ね。そっちの言葉だとなんて言うのかな…」 とにかくそのくらいの時間だとは一方的に決めてしまう。 そしてまた明日と窓を閉め、明かりも消してさっさと帰ってしまった。 残された甘寧は頭を少し乱暴に掻く。 目の前にあった家は跡形もなく消えている。 とりあえず、酒の続きだと甘寧は桜の木に背をつけて座った。 「…知らねーぞ、あとでどうなってもよ…」 後で犬みたいにキャンキャン言われるのは自分じゃねーかと甘寧は溜め息を吐いた。 結局、甘寧は約束の時間に訪れた。 窓を開けてすでに待っていた。 「あー約束守ってくれたね、良かった」 「俺が来るまで待ってるなんて言うからだろ。何かあったら不味いじゃねーか」 は窓の側に椅子を置き座っている。 甘寧は家の壁に背中をつける。 「やっぱどこの世界でもお月様あるんだね」 の目に映る月はそちら側のものだ。 「あのさ、普段興覇君は凌統君とどうしてるの?」 「あ?なんだよ、いきなり」 「なんとなく興覇君からは凌統君に敵意みたいのがない感じするし」 「…まぁ嫌いじゃねーな。一応俺も孫呉に加わっているわけだし」 もし凌統の父のことがなければ馬鹿を言い合えるような間柄だったのかもしれない。 そうは考えるもすでに過去の事。 通り過ぎたことで元に戻る事はない。 でも謝る気など甘寧はなかった。 「興覇君はなんで孫呉に来たの?」 「前に仕えてた奴ってのがいけすかなくてよ。こき使うだけ使って後はそのまんま。 やってらんねーって思ってな。駄目もとで孫権様に帰順を申し出たら登用してくれたんだよ」 「あー仕える君主が悪かったんだ」 「だな。最初はこの俺でも居心地の悪さとかあったけど、何だかんだ言って俺みたいな奴を 構ってくれたりする奴らが多くてな。今では楽しくやってるさ」 たまに今でも、古くからの文官らには煙たがれるが、自分の働く場所はそこではないから気にしない。 割り切って考えているつもりだ。 「凌統君はそれ知ってる?」 「さぁな。俺の話なんか聞きたくねーだろ」 「そうなのかな…」 「凌統が心配って顔だな、」 ニヤリと笑う甘寧。 は否定できなくて薄っすらと頬を赤く染めた。 「だって…興覇君悪い人じゃないから、凌統君も仲良くしてほしいなって思ったし」 「…やめとけ。余計なこと言って文句言われるの嫌だろ?これは俺と凌統の問題だ」 「……うん」 悪い人じゃなくても戦になれば人を斬るんだぞと甘寧は口に出したくなるが、彼女の住む世界はそうではないのだろう。 これからもきっと多くの人間を斬るだろう自分。 沢山恨まれるだろうとも思う。 でも止める訳には、立ち止まるわけにはいかないから。 「もういいだろ。俺ぁ帰る。も帰れ」 「え!まだ1時間経ってないよ」 「冷えてきたからな、このままだと風邪ひくぞ。んで凌統に会えなくなっても知らねーぞ」 「そんな簡単には風邪ひかないよ」 「いいから帰れ。女が一人でふらふらするもんじゃねーぞ」 「心配してくれるんだ、興覇君優しい〜」 「うっせ。俺はそっちの世界の事まで知らねーんだ。何かあっても助けてあげれねーんだからな」 「まぁ、そうなんだけどね。じゃあ帰る」 「おぅ」 「また来週。七日後の同じ時間に会おうね」 今日だけじゃないのかと甘寧は顔を歪める。 「来るまで待つからね」 そして昨夜と同じように一方的に言っては帰ってしまった。 甘寧も昨夜と同じように溜め息をついた。 *** 週末になると凌統がここへ来る。 一週間に一度だけ夜になると甘寧がここに来る。 甘寧には無理やり約束をつけているようなものだが。 それでも二人に会うのはには楽しくてしょうがない。 凌統とは一緒にピアノを弾いてみるし、甘寧からは別の角度からの孫呉の話が聞けるし。 「最近さ」 「うん」 「あいつが大人しくて気持ち悪い」 「は?」 凌統が呟いた一言には上手く反応できない。 「あいつって?」 「………甘寧」 ボソっと、面白くなさそうな。 彼の名前も出すのが嫌だと言わんばかりの凌統。 「ふーん。大人しくて気持ち悪いってなんで?凌統君にするとそれは願ったりなんじゃないの?」 「そ、そうなんだけど…なんつーか…調子狂う」 「ふーん。じゃあどうしたの?って聞いてみたら」 「ば、馬鹿!そんなことできるかっつーの!」 「できるよ」 「嫌だ!」 は苦笑する。 甘寧の事を気にしている様子の凌統なのに、自分からは何もしたくないらしい。 「凌統君はなんかガキっぽいね」 「………」 あ、怒らせたかな?それとも拗ねちゃったかな? は言いすぎたかと横目で凌統を見る。 凌統の顔は赤い。 甘寧と話すようになって、凌統の方が一つだが年上だと知った。 でも、なんとなく比べちゃいけない気がするのだが甘寧の方が精神的に大人だなぁと思う。 自身は彼らに比べてまだまだ子どもなのだが。 は何も言わないでピアノを弾き始めた。 「………」 凌統は初めて聞く曲だった。 少し前まではいつもカノンって曲をは好んで弾いていたのだが。 ゆったりとした流れにぼーっと聞いてしまう。 「なぁ…これなんての?」 「タイトル聞いたら凌統君怒るかもよ?」 「なんだよ、それ」 は手を休めずに笑いながらも曲のタイトルを教える。 「ヘンデルの“私を泣かせてください”って言うの。今の凌統君にぴったり」 「ど、どこがだよ……」 「さぁ、どこがだろうね」 も今度は笑いもしなかった。 なんとなく凌統を見て思った。 なんだか泣きたそうな顔をしているなぁと。 凌統は他の誰かに甘寧の話をしないのだろう。 きっと周りも気を使って言葉に出しそうな感じもしない。 憎くてしょうがない、親の仇なのに。 甘寧の性格を目の当たりにして、憎みきれない部分ってのが出てきているのかな。 はそう思った。 勝手な解釈なのだが。 自分しか言えないのならば聞いてあげるよ。 だから、泣いてもいいのだよ? *** 「よぉ」 いつもの週末なのに凌統ではなく甘寧が姿を現した。 「どうしたの?昼間に会えるなんて珍しいね」 「凌統の奴、昨日からいねーんだ。それ教えてやろうと思ってよ」 「いない?」 甘寧の話では昨日から急遽凌統は巷を荒らす山賊の討伐に向かったとのことだ。 この地から少し離れた場所にあるとかで賊の討伐自体は難しいものではないが 移動に少し時間がかかるらしい。 そして討伐後もしばらくは近隣を見回る予定らしい。 「凌統君一人?」 「なわけねーだろ。今回は太史慈と陸遜って奴の軍も一緒だ」 多すぎじゃないのかと甘寧には思えたらしい。 凌統なら大丈夫だろうと甘寧は言った。 太史慈と陸遜と言う冷静な者がそばにいるわけだしと。 「口煩いのが一人減って俺はのんびりできるけどな」 「あー凌統君のこと?酷いよー」 「あん?違う、違う。煩いのは凌統じゃなくて、陸遜だ」 意外だ。 でも凌統の話では彼の前では甘寧は大人しいらしいし。 「あいつよ、人の顔見ると説教ばっかすんだよ。呂蒙殿に迷惑かけるな!もっと真面目に仕事しろ。とかよ」 ただでさえ、呂蒙からも難しい話を聞かされることもあるのに、さらに反対側から陸遜の説教を聴かされる。 太史慈も呂蒙も凌統の口から聞いた事がある人。 陸遜は今回初めて聞いた。 「興覇君、その陸遜さんとは仲悪いの?」 「別に悪くねーよ?まだまだガキだからな、構うと面白ぇ」 ニシシと甘寧は笑う。 「あ、じゃあ周泰さんって人は?」 「あ?旦那?あーあの人とよく手合わせすんだよ。すげー面白いな」 寡黙な男だが、得物を持たせて刃を合わせるだけなのが色々見えて面白いと言う。 にはわからない世界だなと思いつつも一度見てみたいかもそんな気がした。 05/10/21UP
12/01/09再UP
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