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ほんの少しの距離なのに。
【乾風】 「よぉ、久しぶり」 「あ、凌統君!久し…ぶ…り…!!?」 はテストも終了し、無事夏休みに入った。 凌統が久しぶりと言って来たことに異論はない。 嬉しいし。 でも、その姿を見たら驚くでしょ、普通は。 「あ、あ、な、なに。どうしたの、凌統君!その姿は!」 「煩いな。どうもしないって」 「いや、するよ、するって!あ、そ、そうか戦?この前言った何とかって場所での戦で怪我したのね」 「赤壁な」 曹操と言うでっかい敵と戦うとか言ってしばしの別れがあった。 そしてようやく終わったらしく凌統はここに戻ってきた。 でも無傷ではなかった。 右の頬は少し腫れているし、手や腕も包帯が巻かれている。 「戦って私にはわからないけど…やっぱ凄いものなんだね。凌統君ボロボロだぁ」 「ち、違う!コレは戦の傷なんかじゃないっての!」 「え?」 しまったと口元を手で覆う凌統。 「戦の傷じゃないの?」 「あ、あぁ……」 「じゃあ、何?」 「………した」 「はい?」 小声で呟くもの耳には聞こえない。 聞き返すと、凌統は顔を真っ赤にして声をあげた。 「喧嘩だ、喧嘩!あの馬鹿と殴り合いしたんだよ!」 「……あの馬鹿?」 そう言われてもにはそれが誰かなんてわからない。 でも戦じゃなく喧嘩での怪我ならば心配はないのだろうか? 「くそっ、腹たつ…」 凌統は前髪を掻きあげる。 喧嘩はガキの頃だってしたことないのに… 「あの馬鹿って誰?」 「は知らなくていい。耳が腐る」 「あはははっ、何それ」 凌統はヒョイと境界線を超えて窓枠に腰掛ける。 凌統が平然と入ってくることにははいまだにドキッとしてしまう。 なんで簡単に入ってこれるのだろうか? もしかしたら戻れなくなるかもしれないのに。 「ま、この包帯は大げさに巻かれたんだよ。大した傷でもないって」 そう言って凌統は手に巻かれた包帯を取ってしまう。 「あ、駄目だよ。怪我しているなら取っちゃ駄目」 「いいの。ほら、なんでもないだろ?」 凌統は包帯を外した手を見せる。 「見た目じゃわかんないよ、骨かもしれないし…凌統君が黙っているだけかも」 「信用ないのな」 凌統は軽く笑う。 「喧嘩でそこまで怪我をしたってことは相手の人は?凌統君が一方的にやられただけなの?」 そうしたら凌統が負けたってことになる。 「俺が負けるかよ。特にあんな奴に負けてたまるかっての」 「だから、そのあんな奴って誰?」 「話したところでは知らないよ」 「ふーん、そうなの?」 何度訊ねた所で凌統は答えないような気がする。 でも面白い。 いつも澄ました感じ、クールに決めているとでも言うのか? そんな凌統が“あんな奴”とやらの事になると表情を一転させる。 (凌統君が口にした人って孫策様しか知らないけど、会うこともなく亡くなってしまったしなぁ) 他の人のことは知らない。 だから余計にどんな人なのか気になると言える。 凌統にこんな顔をさせる人物なのだし。 喧嘩をしたってことはその人も似たような感じの人なのか? (同属嫌悪って言うよね……ふふ、俺様が二人か) 「何、笑ってんのさ」 凌統は眉を顰める。 「ん?あ〜凌統君は教えてくれなそうだとは思っていても、相手がどんな人かな?って気になったからね」 「………」 「あ、そうだ!凌統君の周りには他にどんな人がいるの?」 「なんだよ、急に」 「知りたくなったから。私…顔は知らないけど、孫策様の話しか聞いたことないし」 いや、正確には孫策の義兄弟周瑜の事は聞いたことがあったはずだ。 「そうだっけ?」 自分のことですらあまり話さない凌統だからこれも無理かなとは思う。 だが、凌統は以外にも話してくれた。 「孫策様の後を継いだのは弟の孫権様だ。若いながらもいい君主だと俺は思うよ…酒癖は悪いけどな」 困ったように笑う凌統。 酒の席で痛い目にあったのだろうか? 孫権がどんな人でこんな事があったとか話してくれる凌統。 凌統の説明が上手いのか、だんだんとの脳裏には孫権像が出来上がっていく。 その他にも孫権を支える孫策の義兄弟だった周瑜に孫権の護衛の周泰の話も聞けた。 孫家には末の姫がいてと年は変わらないがお転婆でしょうがないとかも。 ほかの仲間たちの事も凌統は話す。 「呂蒙殿や子義さんにはいつも面倒かけているかもな」 「二人は凌統君の先生みたいな感じ?」 「呂蒙殿には、そうだな、色々教わる事が多い。子義さんは…」 父が亡くなった後、負抜けた自分をいつも叱咤してくれた。 「兄貴みたいな人かな」 「ふーん。いいなぁ、会ってみたいかも、その子義さんやお姫様とか」 「姫様とならばすぐに打ち解けるだろうね…少し煩そうだけどな」 「元気な方なんでしょ?聞いたら怒られるぞ〜」 「が黙っていれば問題ないし、連れてこようか?姫様」 「え…」 ここに? そのお姫様には会ってみたいと思う。 でも、ここにってのはちょっと嫌だなと思った。 「お姫様もここがわかるかな?ウチのお母さんにはそっちの世界見えなかったようだし…」 「あ、そうだよな。自分が普通に出入りしているからなんとも気にもしなかったな」 少し嘘をついた。 確かにの母親は窓の向こうの繋がった世界が見えなかった。 でも最初の頃と今は違うから今も同じだとは限らない。 それに孫策がに会いたいと言ったと話を聞いた時はも会ってみたいとは思ったのだが。 今回は少しばかり嫌な自分が出てきた。 凌統は気づかなかった? 「………」 「どうした、?」 「あ……ゴメン!少し嘘ついたかも」 「は?」 言ったら呆れるかな? 嫌われてしまうかな? でも黙っていられない。 「あのね…凌統君がお姫様をここに連れてこようか?って言った時… 少し嫌だなぁって思っちゃった。お姫様が嫌いとかじゃなくて…この場所が…」 「ん?」 「今の凌統君との時間をね、他の人に邪魔されるの嫌…かな?…って」 「…」 言ってしまった後で物凄く後悔をした。 恥ずかしくなって、急に汗も吹き出てくる。 「わ、わーゴメン!本当、我がままだし、何を言ってるのかな〜って自分でも思うし、だから!」 きっと凌統ならば 「あれ?サンは俺に惚れちゃってるわけ?」 みたいな軽口をついてくるだろう。 そう思った。 でも 「俺もそう思う」 「へ?」 「俺もと同じ」 「そ、そうなの?」 「簡単に周りに教えるのってつまらないじゃん」 「でも凌統君は孫策様に教えたでしょ?」 「あ、あれは孫策様が目ざとく感づいたんだよ」 「ふふふっ、そうだっけ?」 「そうだっての」 凌統も自分と同じ気持ちなんだ。 良かった。 もう少しだけは、二人の時間でいさせてください。 *** 夏休みに入っただから、毎日曾祖母のこの家まで来てピアノを弾いている。 凌統が初めて聞いてからに比べればマシになったなとは思う。 ま、凌統自身音楽に関しては詳しくないから、そう感じるだけだ。 凌統も執務の空いた時間にちょくちょくここに来る。 桜の木に背をつけて昼寝したり、のいる部屋に上がり込んだり。 本当に自由に動いている。 今日は珍しくピアノに触れている。 「…すごいな。いい音だよな…」 隣に並んで鍵盤を厭きることなく押す凌統。 「何か覚えてみる?私が教えてあげるよ」 「が?自分が勉強中の身なのに教えれるのか?」 「うーん…わかんない」 「なんだ、そりゃ」 くっと笑う凌統。 思わずそれに見惚れてしまう。 相手は男性なのに、普通に綺麗な顔立ちだなって思う。 「なーに俺に見惚れてるのさ、そんなにいい男?」 「な、何言ってるのよ、違う…けど違わないような」 「はぁ?」 「凌統君は綺麗な顔立ちしているなぁとは思う。喋ると俺様な性格が出るけど」 「なんだって?俺ほど周りに気を使う奴はいないぞ?」 凌統はガッとの首に腕を回し、頭を少し乱暴に撫でる。 「わ、止めてよ。もう!人のことどっかの悪がきみたいな扱いしないでよ」 「あ、そうだったな。は一応女性だしな」 「一応は余計です」 凌統は腕を離すと再び鍵盤に触れ始める。 は乱れた髪を整える。 ふと思った凌統は誰にでもこうなのかな? 男女問わずに人に触れることに躊躇する事はないのだろうか? そう言えば、戦に行く前の凌統は礼だとか言っての額に口付けた。 (ほかの女の子にもそうなのかな?…まぁ凌統君はその辺上手そうだし) だとするとそれに過剰に反応すると惨めになるような気がする。 「……ピアノの音はいいよな……あれは耳障りだ……」 「は?何が耳障りなの?」 凌統が呟く。 たまに何かの事を吐き捨てるように言う凌統。 何に?と聞いても凌統は苦笑いし答えてくれない。 だが、今日はピアノの所為か、辛うじて聞き取れるくらいで呟いた。 「…鈴の音…」 「鈴の音、嫌いなの?凌統君は…私は好きだけどなぁ」 はニコリと笑う。 「がま口財布についた小さな鈴とか可愛いよ」 「…べつに俺だって鈴が嫌いなわけじゃないって…」 「じゃあなんで?」 「持ち主が嫌いだ…」 「持ち主?それはこの前殴り合いの喧嘩をした人とか?」 話からすると呂蒙って人や周泰って人ではないとはわかる。 まして兄貴分だと言う子義さんって人でもないだろう。 「………甘寧…」 「かんねいさん?」 が聞き返したところで凌統はバッと顔をあげを見る。 「お、俺…あんたに何言ってんだ!?」 「凌統君の喧嘩友だちさんの話」 「と、友だちなんかじゃないっての、あんな奴…」 「そうなの?甘寧さんは鈴を、持っている人なんだね」 「あんな奴にさん付けするな」 「え、だって私会ってもいない人のこと呼び捨てになんかできないけど?」 「そ、そうだけど…」 そうか。 前からの凌統が機嫌を悪くする原因の人は甘寧と言う人のことなのか。 「仲悪いんだ」 「最悪だ」 「俺の前で平然と笑いやがって…あいつは父上を殺した奴だ」 「あ……」 前に言っていた。 凌統の父が戦で亡くなったと。 その仇と言える人物が仲間になったと。 凌統にはその人物の行動が頭に来るらしい。 その日、はそれ以上甘寧については聞かなかった。 「頭来るな。アイツ、どこにでもうろちょろしやがって」 「ふーん」 「なんだっての。態度でかいし」 「ふーん」 「俺に平気で話しかけてくるし」 「ふーん」 は相槌を打ちながらピアノを弾いている。 でも返事は適当だが顔は笑っている。 最近の凌統は愚痴ってばかりいる。 それが父親の仇だと言う甘寧に関してだ。 そんな時の凌統は子どもっぽくて笑える。 とりあえずは聞き返しせずに聞いているのみだ。 「あー腹たつな」 「そう?」 「あ、悪い…まただ。またに愚痴った」 「いいよ、私は。聞いてて楽しいし」 「楽しい?どこが」 「凌統君から見た甘寧さんってのがそんなに悪い人には感じないなぁ〜って」 凌統は少しムッとする。 には甘寧に対して好意的に写るらしいから。 「あんな奴…」 「前にも言ったよね?悩み過ぎないように頑張って」 「……そうだったな」 「兄弟喧嘩っぽいけどね、凌統君の話は」 一瞬凌統の細い目が大きく見開いた。 だが、すぐさまそっぽを向いて呟いた。 「あんなのが兄弟なんて御免だな」 はくすくすと笑う。 きっと明日も凌統の口からは甘寧の話を聞かされるのだろうなと思うと。 05/09/11UP
12/01/09再UP
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