ほんの少しの距離なのに。




ドリーム小説
せっかくここからだって時にあの人は逝っちまった。
アイツにも会わせることなく。
だが、立ち止まってもいられないから進む。

そうしたら、運悪く……
また大事なもの失くしちまった。
最悪だ。





【遠雷】





「最近、凌統君来ないなぁ〜」

話に出てきた孫策様とやらに会いたい、会えると思っていたのに。
最近どころか、ここ一月ほど凌統は姿を見せない。
彼は戦場にでも行ってしまっているのだろうか?

「つまんない……」

今までは独りででピアノを弾くことになんとも思っていなかった。
むしろ邪魔をされなくて良いと思っていたほどだ。
なのに、今では常に凌統が側にいることが当たり前になっていて
音楽なんてそんなに詳しくないだろう凌統の感想を聞けるのが楽しみになっていた。

勿論、ピアノの感想だけでなく普通に話しているのも楽しいのだ。

「あ…雨降ってきた…そうだよねぇ、梅雨入りしたし」

凌統のいる世界も梅雨入りして毎日雨なのだろうか?
だとすると、雨の中わざわざココに来ることもないだろう。
は室内だが、凌統はそうじゃないし。

「今日は私もこの辺にしておこうかな」

窓を開けっ放しにしておいては風邪を引いてしまうかもしれないし。
ピアノにもよくないかもしれない。
その手の専門の知識はにはないからわからないし。
は楽譜などを片付け、最後に窓を閉める。

「明日は晴れて、凌統君も来ればいいな…」

もあと少しするとここには来れない状況になる。
そうなる前にちゃんと凌統に伝えておきたいし。

「テスト前は勉強しないとね、やっぱ」

ここら辺が学生としては悲しい定めのようだ。



***



「公績殿、大丈夫か?」

「……?」

凌統は太史慈に声をかけられるまで気づかなかった。
雨が降っていることに。

「あ、子義さん…」

「身体を冷やすな、風邪を引くぞ」

「平気でしょ、雨の中戦をすることだってあるしさ…ほら、この間の戦も雨だったわけだし」

「公績殿…」

そんな哀れんだ目で見ないで欲しい。
俺は平気だから。
そう思う。
でも、周りにはそうは見えないようだ。
雨が降り身体が濡れてもじっと動かない凌統を見れば誰だって。

「今は戦の最中ではないだろう。あれは終わった」

「そうでしたね。大勝利ってトコでしょうね」

「そのような言い方はよせ」

「本当のことでしょうに……」

「いいから、もう中に入れ」

太史慈に腕を強く引かれた。

「あーあ、子義さんも濡れちゃったね、悪かったよ」

「俺はお前ほどではないから平気だ」

「そうですか……」

「しっかり身体を拭いて温めてから寝ろよ」

「どうも」

太史慈はそう言って去っていく。
凌統は自嘲してしまう。

(俺は何をやっているのかねぇ)

最近立て続けに起こった出来事に気持ちが追いついていない。
頭では理解していてもだ。

自分の仕事場である部屋に戻って身体を拭いた。
ただ、この部屋にもあまりいたくない気分が強い。
今まで自分はここで補佐役として使用していたから。

「ちっ…」

ただ屋敷に戻っても同じような気がする。
ふと自分の机の上に置いたモノに気づき手を伸ばす。
そして壁に背をつけて床に座り込んでしまう。

「………」

それはから貰ったオルゴールで、蓋を開けるといつも彼女が弾いていた曲が流れる。
オルゴールを床に置いて凌統は目を瞑る。

(そういや、に会ってないな……心配…してるわけないか…)

なんとなくだが、オルゴールでは物足りない。
ピアノが聴きたい。

「会えば少しは変わるのかねぇ…今の気持ちが…」



***



「あーまた降って来た。鬱陶しいなぁ」

は曾祖母の家に来たとたんに雨に降られてしまった。
一応傘は持っていたので大した問題ではないが。

「ま、いっか」

雨が降ったとしても、夕方頃にやんでくれればいいし。
ここから実家まではすぐだ。
あまり気にすることもないだろう。
はそう思いピアノの部屋へと向かう。
やはりと言うか、まだ世界は繋がっておらず窓の景色はいつもと変わらない。
凌統と出会った頃に咲いていた桜に変わって、今は紫陽花が目に入る。

「やっぱり、凌統君来てないや…忙しいのかな?」

待っていればそのうち来るだろう。
いつものように窓をあけ、ピアノと向かい合う。
自分はお弁当持参で夕方までいるつもりだ。

はいつも通りにピアノを弾き始める。
自分は少しは上達したかな?
凌統のおかげか、人に聞かせるのことを苦と思わず楽しみ始めていた。
まだ少し照れがあって凌統以外の人に聞かせてはいないが。

今度凌統に聞いてみようか?
音楽なんて興味なさそうで感想を求めた所で素直に答えてくれそうにないが。
最近の自分の演奏はどうですか?と。

「素直に答えてくれそうにないか…ふふっ」

なんとなくその表情が見えて笑えてしまう。

がピアノを弾き始めて30分ほど過ぎた頃。
窓から日の光が差してきた。
雨でも止んだのかなと思い視線を窓に移すと凌統が立っていた。

「凌統君!」

「よぉ」

「久しぶりだね。最近会わないから忙しいのかな?ッて思ってたけど」

「まぁな。色々あったんだよ…」

凌統はいつもみたいに桜の樹に背をつけて腰を下ろした。

「あ、なんだ。そっちは晴れてるんだ」

「昨夜までは降ってたみたいだけどな、そっちは雨か?」

「うん。降ったり止んだりでちょっと滅入るよ」

「そっか」

久しぶりに会った凌統に自然と頬を緩ませてしまう。
やはり友だちに会えると言うのは嬉しいものだ。

「あのさ、孫策「いいから黙って弾いてなよ」

「う、うん…?…」

凌統は機嫌が悪いらしい、の言葉を遮ってピアノを弾けという。
しかも黙って。
は孫策様はいつ来るの?って聞こうとしただけなのだが。
仕方なく、と言うよりそれで凌統の機嫌が直るならばとは黙って弾き続ける。

(何やってんだよ、俺は……が悪いわけではないのに)

が何を聞こうとしたのは大体予想がつく。
それを口にするのが自分は嫌だったから。

でも隠す必要もない話だし。
と思う反面には関係ない話だと思う。

「凌統君、お仕事で嫌な事でもあった?」

「あ?なんでそう思うわけ?」

「眉間にしわよってる〜仕事ってわけでもなくなんか嫌な事でもあったのかな?って」

「……別に」

「そ?なら、いいけどさ。でもさ」

「ん?」

「うぬぼれちゃうぞ、私」

「は?」

何故そんな風に思うのか、凌統は不思議に思う。
窓から見せるは少し嬉しそうに笑っている。
自分は何か言ったか?

「凌統君はここに癒しを求めるのかな〜?って思ったから」

自分のピアノ演奏を楽しみにしてくれているのかなと思うから。

に癒しを求めるって言いたいのか?そんなことないよ」

「別に私に、じゃなくてピアノかな?って思っただけだよ」

「へー」

がそんな風に考えているとは思わなかった。
でもピアノが聞きたいと思ったのは事実だ。
苛々している時に、からもらったオルゴールを聞きつつも物足りなさを感じていたのだから。

「ま、少しは中っているかもな」

「ん?」

「いや、別に」

凌統は軽く首を横に振った。
少しは落ち着いたのか、先のような不機嫌さは見られなかった。

「なぁ、

「なに?」

「孫策様に会わせるって話しただろ?」

「うん。いつ来るの?」

凌統の事をたくさん知っているらしい人だ、会って色々話をしたい。
この場所を他の知ってしまったのは少し残念だが、凌統は孫策を信頼しているようだし。

「来ねぇ」

「え?」

「もう、あの人は来れないんだ、ここに。勝手にさっさと逝っちまった…」

これからだって時によ。
凌統が呟いたのが聞こえた。
孫策は亡くなってしまったと言うことか、はどう反応すればと色々考える。
考えるが、凌統は返事など期待していないようで言葉をどんどん続ける。

「この間の戦で父上も殺された」

「……凌統君、あの」

「しかも最悪な事が続くもんで……父上を殺した奴が孫呉に降ってさ…」

キッと空を睨みつける凌統。
それっきり凌統も黙ってしまった。
孫策のことはともかく、自分の父の仇の話はにせずとも良かったのに、ポロッともらしてしまった。
きっとは言葉が出なくて困るだろうに。
言ってしまってから後悔した。

それでも先に口を開いたのはだった。

「孫策様が亡くなってしまったのも、凌統君のお父さんが亡くなってしまったのも、残念だったねってしか言えない」

「別に、にどうしろとは言ってない、悪い」

「あーもっと気の聞いた台詞でも言えれば」

「だから……俺の独り言だ、気にするな」

「大きい独り言だね」

「あぁ」

はくすくすと笑う。

「それでさぁ」

「あ?」

「凌統君はこれからどうしたいの?そのお父さんの仇って人が同じ軍にいるんでしょ?」

「…どうって。殿があいつを迎え入れちまった以上、俺にはどうにもできないさ」

「ふーん。じゃあ武将さん辞めちゃえば?」

「は?何言って…」

「その人の顔見ずにすむじゃん」

「辞められるわけないだろ…孫策様との夢があるんだし、このままだと俺が逃げたみたいだ」

「そうだね。だったら、悩みすぎなように頑張って」

「なんだよ、それ」

凌統は呆れたと言う顔をしている。
はいまだ笑ったままだ。

「人間関係はどこの職場でもあるものだよ。もっと大人になろうね」

「あんたに言われたくない。つーか、は俺よりガキだろうが」

「そうだね、まだ高校生だし。凌統君いくつ?」

「24」

「え!?その歳で俺様の性格なの?直した方がいいよ?うん、やっぱ大人になった方がいいよ」

「んだと!!」

凌統は立ち上がりズカズカと近づいてくる。

「あはは、怒らせちゃった、ごめん」

「うるせー」

凌統はこっちと向こうの世界との境界線でも止まることなく、ヒョイと窓枠から入ってきた。

「りょ、凌統君!?」

この前も近づいては来たがそこを越える事はなかったのでは驚きピアノを弾く手を止めてしまう。
そんなに凌統は腹がたったのだろうか?
の前に立ったかと思うといきなりくしゃくしゃとの頭を撫でた。

「えあ?凌統君?」

「ありがとな、。少しは気が晴れた」

「あ…えーと…生意気言ってごめんなさい」

「こっちが礼言ってるのに、謝るか?」

「だって……無責任っぽい気もしたし」

「んな事ないよ。俺は言ったろ?少しは気が晴れたって」

「……うん」

「も一つ礼だ」

そう言って、凌統はの額に軽く口付けた。

「凌統君!?」

「はは、ガキにはこれで十分。さぁて、帰るか」

顔を赤くするに対してニヤッと笑う凌統。
そしてそのままに背を向けて外へと出た。

「じゃあな、

「あ、凌統君!」

は立ち上がり慌てて窓へと駆け寄る。

「俺、しばらくまた来れないからさ。戦でウサ晴らししてくるわ」

赤壁で曹操って言うでっかい敵と戦うんだよ。
そう凌統は言った。

「ま、また来るよね?」

「あぁ、暇になったらな」

「気をつけてね」

「あぁ。またな」

凌統はニッと笑いそのまま行ってしまった。




「また来るってさ……絶対だよ、凌統君」

戦が身近にないには凌統の大変さはわからない。
だから父親が殺されたと言われてもどう反応してよいかわからなかった。
無責任な発言しかできなかったが、凌統の気が少しでも治まったならば良かった。
そう思いたい。

でも、戦はなくならないわけだ。
今度は凌統自身が危険な目に遭ったらと思うと不安だ。

「でも、凌統君は来るって言ったから……待ってようかな。ピアノ弾いて」



凌統自身。
に会って良かったと思った。
単なる愚痴だったのに、に言っても何も変らないのに。
それでも、一生懸命くれる言葉を考えてくれたんだろうなって思いたい。



今の天気と一緒でようやく凌統の中も晴れてきたようだ。










05/06/25UP
12/01/09再UP