ほんの少しの距離なのに。




ドリーム小説
暇さえあると、凌統はあの桜の木の元へいく。
何をするでもなくぼーっとしていると、聞こえてくるピアノの音。
あれが聞こえると、が来たなって自然と口元が緩む。
だが、待ってました。なんて言うと期待されたかと思われたりするのが嫌なので

『あんたも暇だな』って苦笑する。

は言われると、『ピアノが弾きたいからここに来るの』って唇を尖らせる。

この不思議現象を凌統は解明するつもりはなくに、ピアノが聞けるだけでいいらしい。
今の所よりピアノの方が興味ある。

だが、毎日のようにきていたが急に現れなくなった。
凌統も暇ではないので自分がいない時間に来るのかなと思ったのだが
いつもが現れる朝に合わせて行って待ってみるがまったく姿を現さなくなった。

「今日もこないんだ…別に待ってるわけじゃないけどさ…」

誰に言い訳するわけでもなく凌統は呟いてしまう。
でも面白くないと感じているので、その場で寝てしまう。





【風光る】





日が傾き始めた頃にピアノの音が聞こえた。
これはが練習中だって言った曲だ。

「…やべ、俺長いこと寝ちまったのか…」

仕事をサボりにサボってしまった。
周瑜や父にばれたら煩く小言を貰うだろう。
いや、恐らく言うのを待っているだろうな…

「あー凌統君起きたんだ」

…」

ピアノを弾きながらはニコりと笑んだ。
いつもが演奏中のときは寝ていることの多い凌統だが、今日はなんとなく恥ずかしさが出てしまう。

「すっごく気持ち良さそうに寝てたね」

「うるさい」

凌統は顔をそらす。
機嫌悪いのかな?とは思ったのだが、凌統の頬が少し赤いので照れているのだとわかる。

「久しぶりだな…」

「あ、そうだよね。この間までは毎日会ってたもんね」

長い日は一日中だったり、数時間程度だったり時間は違うが毎日必ず顔を合わせていた。
その頃には最初は『凌統さん』と遠慮がちに呼んでいただったが、今では『凌統君』になっている。
凌統は最初から変わらないが。

「春休み終わって、今、毎日学校行ってるから中々ピアノ弾きにこれなくて」

「学校?」

「帰ってくるの夕方だし、いくら近所迷惑にならないと言っても夜弾きに来るのもね」

ここら周辺はの家と曾祖母のこの家、後は数十メートル感覚でぽつりぽつりと民家がある程度だ。
ピアノに夢中になるとずっと弾き続けているなので、夜遅くに歩かせるのが両親としては心配なのだ。
平穏な町と言えども夜、何が起きるかわからないし。

「そっか、忙しかったのか」

「だから週末にならないとね」

「じゃあ、今も練習中だって言う…なんとかのカノンって奴上手くならないな」

「パッヘルベルのカノン!凌統君覚える気ないでしょ?それにそんなに私、下手かな?」

「最初に比べて聞けるようになったとは思うけど、いまだ変な音だすじゃん」

フッと鼻で笑う凌統。
は悔しがるがその通りなので言い返せない。

「もっと練習して上手くなって凌統君に認められなきゃ!」

「なんだよ、それ。俺はそんなに偉くもないっての」

「その割には下手とかいっぱい言うでしょ?」

「だってさ、人が気持ちよく寝ている時に音がぶっ飛ぶんだぜ?」

「ぶっ飛ぶなんてそんな酷くないよ〜」

「そうか?」

凌統は声に出して笑う。
ただ、はまだ気づいていない。
凌統の言葉には皮肉も困れているが小さいながらも本音が隠されていることに。


最初に比べて聞けるようになったとは思うけど→いつもちゃんと聞いています。

人が気持ちよく寝ている時に→のピアノは聞いていて心地よい。


まぁ、本人にそれを言えば全否定するかもしれないが、彼のことをよく知っている人間ならばそう思うだろう。
にはまだ判断つかないだろうが、少なくとも凌統はといる時間が好きなのだ。
違う、俺はピアノが聞きたいだけだ…ってこれにも否定しそうだが。

「でもね、最初は誰かがそばで聞いているのって嫌だったんだよ?」

「なに?俺、邪魔なわけ?」

「話は最後まで聞くの!」

「はい、はい」

「私の場合誰かに習ったんじゃなくて独学だからね。
人に聞かせるほどのものじゃないから恥ずかしいって、ほとんど、遊びで趣味だから」

友だちにだって聞かせたこともない。
家族はがピアノを弾いているのを知ってはいるが、なるべく邪魔をしないようにとしている。
でも凌統は違った。
お世辞もなくはっきり下手くそってに言う。

「だからかな?凌統君が次に聞いてくれる時には下手って言われないようにしようとか思うようになってさ」

いつの間にか、人に聞かせるのが苦じゃなくなった。
まだ趣味の域だろうが、それでも一人でも聞いてくれている人がいる。

「まだ言われちゃうけどね」

「…前ほど下手じゃないよ」

「本当?」

「あぁ」

凌統は今度は顔を背けることなくに向かって言った。
その言葉では微笑む。

たった一人の観客。

今の自分には彼がいるだけで十分だ。

「あ、そうだ」

「なに?」

「桜もう散ってるでしょ?」

「……あぁ、そうだな。葉の方が目立つ」

「凌統君と出会った時は咲き始めだったけど、満開の時期も過ぎちゃったよね」

今では花びらが多く散っている。
凌統のそばにある木も曾祖母の家の庭に咲いている木も。

「それがどうかしたのかい?」

「なんとなくだけど…桜が全部散ったら、凌統君ともお別れなのかな…って」

「………」

桜の咲き始めに理由もわからず一つの空間が繋がった。
まったく文化も風習も違う世界がなぜか、ここだけ繋がっている。
凌統とが二人が揃っている時だけ。
片方だけがそこにいても世界は繋がらない。

は互いの場所にある桜が二人を会わせてくれたのかと考えた。
だから桜が散ってしまえばもう凌統に会えないということだ。
最初は驚きもしたが、今ではこの時間がとても楽しい。
一人で夢中でピアノを弾いていた頃よりも、凌統と話をしながらの方が楽しい。

だから、せっかくの時間がなくなるのは嫌だ。寂しい……

は少し顔を俯かせ、ピアノを弾く手を止めてしまう。
しばし二人の間に沈黙が訪れるが、破ったのは凌統だった。

「大丈夫じゃないの?」

「え…?」

「なんで繋がってるとか、そんなの俺にはわからないし、知るつもりもないけど。
桜が散ろうが、俺とあんたがここにいれば繋がるんじゃないの?」

「そ、そうかな?」

「なぁ、気づいてるかい?」

「なにを?」

「繋がってる部分、最初は小さな窓ぐらいの大きさだったのに、少しずつ大きくなってるぜ?」

「え!?」

は気づかなかった。
彼女からは普通にこの部屋の窓からしか向こうの風景がわからないのだ。
だが、凌統がいる場所からは最初はぼんやりと窓枠が宙に浮いている感じだったが
少しずつ鮮明さとその範囲が多くなっている。
がいなくなればそれも消えてしまうので凌統はあえて言わなかった。
は絶対に窓枠に近づかないし、自分も触れることはなかったから。

「じゃあ、大丈夫かな?」

「だと俺は思うけど?」

「良かった」

は胸を撫で下ろす。

「なに?そんなに俺に会えなくなるのが嫌だったの?」

「え、あの、違う!…くない。違わないよ、せっかく友だちになれたんだし」

凌統は意地悪そうに笑うが、が頬を染めて反論するが、そうだと認める。

「へー」

「凌統君は?私と別れるって思ったら嫌?」

「そうだな〜ピアノが聴けなくなるのは嫌だな」

「えー私よりピアノ?」

「さぁね」

くすりと笑う凌統。
は面白くないと文句を言うが、凌統だって内心はホッとしている。
いや、まだわからない。
いつ本当にこの時間がなくなるのかってのはわからないわけだし。
に言った言葉は自分を納得させる言葉だったのかもしれないし。

「ほら、手が止まってる弾けってなんとかのカノンっての」

「パッヘルベルのカノン」

一向に覚えようとしない凌統に苦笑するがは再びピアノを弾き始める。
凌統にちゃんと聞いてもらえるように。



週末にしか来れないと言ってだったが、凌統は別に気にすることもなく
自分が暇な時はこの場所を訪れるようになっていた。
に会えずともこの場所がお気に入りになっていたからだ。
が来れば自然と世界は繋がるわけだし。

桜がほとんど散り、桜の木は緑の葉で覆われるようになっていた。
桜が散っても二人が別れることなく会えているのは、嬉しかった。


「まぁな。俺なんかよりずっと詳しいつーか精通してるんだよ」

「へぇ、じゃあ私のピアノ聞いたらなんて言うかな?」

今は凌統の知り合いで音楽に詳しいという人がいるって話をしていた。
珍しく凌統の口から他の人のことが聞けると思わなかったから少し嬉しい。

「多分眉を顰めてばっさり切り捨てるな」

「やだ、怖いよ、その人」

「だってさ、大勢で演奏している中でたった一人が間違えるじゃん?
そうすると周瑜殿はその演奏者の方を見るんだよ、で、周りはあいつが間違ったのかって気づくわけ」

それくらい音楽に関しちゃ精通しているそうだ。

「ちなみ酒飲んでいてもだぜ?」

「へーすごい人だね。ね、凌統君の周りって他にどんな人がいるの?」

いつもはお互いのことなどあまり聞くことなどしなかったが、凌統が話してくれたのだからと聞いてみる。
凌統は答えないかなと思ったのだが、答えてくれた。

「俺が今仕えている人は孫策様って言うんだ。誰にでも気軽に接してくれる気のいいお方だ」

「へぇ。若いの?おじさん?」

殿って言うとにはオジサン系しか想像できなかったらしい。

「若いよ、俺より少し上ってとこだな。孫策様は周瑜殿と義兄弟なんだぜ。
まったく性格の違う二人なんだがこれが上手くかみ合っていてよ」

凌統は孫策を尊敬、好きなんだなってには思えた。
皮肉も何もなく素直に自分の思ったことを言っているのだから、気づいているだろうか?

「会ってみたいけど…無理かな、やっぱ」

「どうだろうな。今の所第三者が現れると切れちまうし…でももしかしたらそのうち会えるかもな」

「だといいね」

凌統は結構前向きに発言する。
根拠などどこにもないのに、何も考えていないだけかもしれないとも言うが。
そこで話は変わり、今度は凌統がに訊ねた。

「なぁ、他の曲って弾けるのか?」

「他の?…一応弾ける。やっぱずっと同じ曲だと厭きちゃう?」

「いや、別に厭きないけど。はそれしか弾けないのか思ったからな」

「弾けますー」

「じゃあ、今度弾いてもらおうかな」

「なんで、今度なの?今でも弾けるよ?」

「いや、練習期間与えてやろうかと思ってな」

「もう酷いな〜そんなことなくても弾けます。今聞かせてやるからね」

「おっと、残念。俺はもう行かないとね、と違って暇じゃないからさ」

凌統は立ち上がり服を軽く払う。

「私だって暇じゃありませーん」

「へーそうかい、悪かったな」

くすりと笑う凌統。

「じゃ、悪いけどまたな、

「うん、またね凌統君」

凌統が背を向けて歩き出す。
しばらくその後姿を見ていただったが、景色は段々とぼやけていつもと同じ風景に戻った。
海が見える、綺麗な青に。









05/05/04UP
12/01/09再UP