我很寂寞




ドリーム小説
さよなら…と言った方がいいのかな?





【4】





最近の馬超は機嫌が悪かった。

「従兄上、もう少し落ち着いていただけませんか?」

「あ?落ち着いてるさ」

「どこがですが…」

馬岱は軽く息を吐く。
馬超の機嫌が悪いと執務に影響が出るので困るのだ。
この機嫌の悪さで、すでに提出しなくてはいけない書簡が何個も溜まっていく。

原因はわかっている。

と言うより一つしかない。

だ。

との事で馬超の苛立ちが上昇しているのだ。

(喧嘩なさったのなら、誤ればいいのに従兄上も素直じゃないのだから)

長年付き合っている従兄弟なので、馬超の性格は把握している。
でも、把握しているからこそ黙っているのだ。
口煩く言うものなら、さらに馬超の機嫌を損ねるのだから。

でも馬岱が考えていたこととは少し違った。
二人は別に喧嘩はしてない。

では、なぜ?



話は数日前に戻る…

「申し訳ありません。殿は誰ともお会いにならないと…」

門前で月英にすまなそうに言われた馬超。

「そうか…」

が熱を出したと聞いたので見舞いに来た馬超だったが、は会わないと言った。
昨日の様子が変だったから気にしていたのだが。

「馬超殿、殿の熱は今だ下がらないのですよ。だからお気を悪くしないで下さい」

「…あぁ…」

「すぐよくなりますから。起き上がれるようになったら馬超殿に一番にお知らせしますわ」

月英にそう言われて仕方なく馬超は引き返したのだ。
だが、以降その連絡はまったくないのだ。
孔明に問うが、彼は首を振るだけ。
孔明邸に行くも月英に止められ会うことならず。

おかげで馬超の苛々が溜まっていくのだった。
一方で頼子も気にしていた。

「最近、ちゃんと会えなくて…」

殿と?」

趙雲が頼子の下を訪れていた。
彼は必ず一日に一度、暇があれば頼子の下へ行く。

ちゃんが風邪引いたって言うから、姜ちゃんとお見舞いに行ったけど会えなくて」

「そうか…」

趙雲も馬超の機嫌が悪いことを知っていたのでなんとなく想像がついた。

「でね、手紙書いたの。ちゃんに。早く元気になってねって…でも返事も来ないの」

「まだ起き上がれないのじゃないのか?」

「かな?…姜ちゃんがね、この前ちゃんに声をかけたら様子が変だったって言うしなんだか心配で」

「様子が変?…そう言えば…」

趙雲は先日の事を思い出す。
自分が同じように話しかけてもは頭を下げただけですぐに立ち去ってしまった。
あの時は馬超と喧嘩でもしたのか?ぐらいにしか思わなかった。

「え、なに?ちゃんなにかあったの?」

「いや、私もよくわからないよ。そうだな、諸葛亮殿にでも聞いてみればいいさ」

「そうだよね、一緒に暮らしてるから孔明先生なら知ってるよね」

「早く一緒に遊べるといいな」

「うん」



***



殿、具合はどうですか?」

月英がの部屋に入ってきた。
は上体を起こしていて外を眺めていた。
そしてゆっくりと月英のほうを向いた。

「あ、大丈夫です。本当ご迷惑かけて済みませんでした」

「いいのですよ。貴女が早く良くなればいいのですから…殿」

「はい?」

「先ほど馬超殿がまた来てくださったのけど…良かったのですか?会わなくて」

「………」

馬超空いた時間になると足を運んでくれるのだ。
でもは馬超に会おうともしない。
馬超だけでなく他の人にも。

「何があったのですか?貴女の様子が可笑しいと孔明様も心配してます。勿論私も」

「なんでも…ないです。風邪うつしたら大変ですし…」

殿…」

は月英に心配掛けまいと笑ってみせる。

「明日にはちゃんと仕事しますから!」

「では、夕餉は精のつくものにいたしましょう。殿が早く元気になるように」

月英は今はこれ以上は聞くまいと同じように笑って部屋を出た。
あの日、月英は驚いた。
突然の夕立。
酷い雨の中はずぶ濡れになって帰ってきた。
何時間雨に打たれていたのだろうか?身体は冷え切っていた。

城から孔明邸まではそんなに離れていない。
なのにの濡れ方は尋常じゃなかった。
帰宅した孔明に話を聞けばはいつもと同じ時間に城を出たはずだと言う。

そしては夜中に熱を出してしまったのだ。

「…明日は…明日は起きないと」

熱はとっくに下がっている。
城に行きたくなくてずっと部屋から出ないのだ。
月英には悪いと思いつつ馬超らと会うことを断らせてしまっている。
流石に何日もそんなことはできない。

明日は行かなくては…



***



殿、あまり無理はしてはいけませんからね」

「はい」

執務を開始する前に孔明にそう言われた。
何も聞かずただ見守ってくれていた孔明。
言いたくなれば聞いてあげますよ…と孔明はのことをそっとしておいたのだ。

きっと孔明にはが城へ行くのを嫌がっていたのをわかっていたのだろう。
ほとんど日中は孔明の執務室からを出すこともなかった。
帰りも心配だからと孔明と一緒だった。

そんな事がしばらく続いた。

「え、…来てるのか?」

「えぇ、僕見ましたけど」

姜維から聞かされた時、馬超は正直ショックを受けた。
何も知らされることがなく日が過ぎていたから。

「どこでだ?」

「どこって、丞相の所ですよ。殿は丞相の手伝いでしょう?」

ならば孔明の弟子である姜維がを見た所で不思議ではない。

「なんだよ…アイツ俺には顔も見せないでよ…」

「忙しいのではありませんか?休んでいた分仕事も溜まるでしょうし」

あ、書庫の整理。
あそこへ行けばに会えるだろうか。

「馬超殿?」

「あ、悪い。ありがとな姜維」

「いいえ」

馬超は姜維に軽く手を振って急いであの書庫へと向った。
地道に片付けると言っていた
今忙しいのは、きっとそこの整理もやってるからだろう。

「………」

けど、その書庫の前に来て愕然とした。
書庫は鍵がかかっていた。
鍵は閂から錠前に変わっていた。

の姿などどこにもなかった。

「おい」

たまたま通りかかった文官の一人を馬超は捕まえ呼び止めた。

「なんでしょうか?」

「この書庫、鍵替えたのか?」

「あ、えぇ先日」

「ここの整理は?」

「あぁ我々で済ませましたよ。悪戯が酷くて鍵を変えたのはその為ですよ」

「そっか、悪い呼び止めて」

「いえ、では失礼します」

文官は馬超に一礼して歩き出した。
馬超はもう一度書庫の方を見た。

「…悪戯が酷い?…」

あの文官は確かにそう言った。
ほとんど人の出入りのないこの書庫。
なのに悪戯が酷いとは…

「あ…そう言えばの奴」

がこの書庫の整理をし始めた頃に整理したものがずらされていたとか
せっかく片付けたものが滅茶苦茶にされていた。

何よりも、一度はここで閉じ込められた。

「なんだよ…それって」

馬超は考えたくない事が脳裏に浮かぶ。
言葉にしたくないから今は黙っておく。
とりあえず、に会おう。

に会って話がしたい。

今はそれだけだ。

でも、それは馬超自身に悲しい思いをさせるだけであった。




「…緊張するなぁ…」

は馬超の執務室の前に立っていた。
この所ずっと馬超を避けていた為に、いざ馬超の下へ行かねばならないと思うと緊張と罪悪感が出てしまう。

馬超の下と言っても書簡を届けるだけだ。
別に馬超に直接渡さなくても誰かに渡せばいいのだ。
は軽く息を吐いて扉をノックした。

「失礼します」

「あ、殿ではありませんか。お久しぶりですね」

ニコッと笑って出迎えてくれたのは馬超の従兄弟の馬岱だった。
は執務室に足を入れる。
今は馬超は留守のようだ。
は安堵した。

「あの丞相から渡すよう頼まれたものです」

は馬岱に書簡を手渡す。
馬岱はそれを受け取り、いつも通りにに話しかける。

「風邪を引いていたとか。もう大丈夫なのですか?」

「あ、はい平気です」

は早く帰りたい気持ちでいっぱいだった。
でも何も知らない馬岱は色々訊ねてくる。
もしかしたら馬岱は馬岱なりに馬超が戻ってくるまでの時間稼ぎをしているのかもしれない。

殿、従兄上と喧嘩でもしたのですか?」

「え!?」

「最近従兄上の機嫌がよくないのですよね。まぁ殿と喧嘩したのかな?程度には思っていたのですけど」

馬岱がストレートに聞いてくるのでは焦ってしまう。
そこに笑顔がついてるだけに余計に困る。

「べ、別に喧嘩など」

「そうですか?でも早く従兄上の機嫌が良くなるといいのですけど」

「はぁ」

「本当に従兄上は殿の事となると人が変わりますから」

馬岱は笑っているがの顔は晴れない。
それには馬岱も気づく。

「どうかしました?」

「い、いえ…」

殿、従兄上をよろしくお願いします。口は悪いですけど根はいい人ですから」

「あ、あの馬岱様!」

馬岱に頭を下げられは困ってしまう。

「嫌ですよ、殿ってば私に様付けで呼ぶなんて、急にどうしたのですか?」

「べ、別に。そ、それより!私よろしくされるの困ります」

「へ…従兄上の事御嫌いですか?従兄上見込みないのですかぁ」

「ち、違います!嫌いとかじゃなくて、その…」

「ならいいじゃないですか」

馬岱はニコニコ笑っている。
はどうしようかと迷っていたが、ボソッと呟いた。





「私、そんな身分の人間じゃないですから…だから」





は俯いてしまった。
馬岱もなんとなく気まずくなってしまう。
それでもはまだ続けた。





「馬超様には、私なんかよりもっと素敵な人…見つかりますから…」





「なん、だよ…それ…」





二人の背後から声がした。
少しかすれている声、振り絞ったような感じがした声。
馬岱が見れば、悔しそうに拳を握り締めている馬超が立っているではないか。

「あ、従兄上!」

「………」

「なんだよ、今の。!」

馬超はに詰め寄る。
彼女の両肩を掴んで強く揺さぶる。

「どう言うことだよ、意味がわからねぇぞ!身分がってなんだよ!」

は馬超とは目を合わせようとはしない。
それが余計に馬超の苛立ちを増やす。

「はっきり言えよ!馬超様とか呼びやがって!今まで普通にしてたのに急に態度変えてやがって!!」

「………」

「何か言えよ、!!」

強く掴まれた肩が痛い。
でもは何も言えなくて。
馬超に知られてしまったことの方がもっと痛みを感じた。

「は、離してください」

「っ!!」

「私、まだ執務がありますから」

…」

馬超は力が抜け落ちたように手を離した。
だが、それは一瞬で馬超は壁を思いっきり蹴りつけた。

「くそっ!」

「従兄上」

「行けよ。どっか行っちまえ!!もう面見せるな!」

馬超はもう一度壁を蹴る。
は振り向きもせずに執務室から飛び出した。

は泣きたくて、泣きたくて。
馬超を傷つけた自分が嫌で、そして自分から馬超を遠ざけた。

口元が震える。
誰もいなければここで大声で泣いたかもしれない。
そんな時なのに、運悪く出会った人がいた。

ちゃん…今なにがあったの?」

頼子が趙雲とともに立っていた。

「………」

殿、馬超殿の声が聞こえたのですが」

なんで嫌なことは重なるのか。

「馬超さんと喧嘩したの?」

「………」

頼子は純粋に自分を心配してくれる。
けど、今のにはそれが鬱陶しくて。

抑えていた嫌なものが湧き出てくる。


頼子はここではお姫様。
頼子は皆から慕われ、何不自由なく暮らしている。
頼子の隣には素敵な男性がいる。
彼は頼子をとても大事にしてくれる。

そんな二人を羨みながらも周りが祝福している。

は唇をかみ締める。

そんな事は自分がどうこう言うことのものではない。
頼子と自分を比べたってしょうがないのに。

最初は確かに嫉妬した。

でも、そんな事が消えるくらい自分だってここの世界に馴染んできた。
楽しかった、とても。

けど……

ちょっとしたことで、崩れてしまった。

ちゃん?」

頼子はに手を伸ばすが、はそれを払った。
きょとんとしてしまう頼子。

「え…どうしたの?」

「今、あんたの顔見たくない…」

はそう言って走って逃げた。
背後で頼子が泣いたのがわかった。



今のはただ帰りたい。
下の世界へ帰りたい…それだけだった。








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11/12/24再UP