おもうこと




ドリーム小説
どんな結果になろうとも、僕は君の味方だよ





【15】





の部屋から聞こえたなにかの割れる音。
驚いた使用人の一人が駆けつけてみる。

「どうかされましたか?」

「……あ……えっと」

「あら、まぁ」

使用人は割れていた鏡を見つけ、破片を片付け始める。

「あ、の…ごめんなさい」

は寝台の上で座り込んでいた。
少し顔色が悪い。

「いいですよ。私が片付けますから。破片で怪我をすると大変ですから少しそこにいてくださいね」

「………」

使用人はにこりと笑ってせっせと片付ける。

「顔色、お悪いようですよ?少し休まれてはいかがですか?」

「平気です」

笑って見せるも、力がないように見えた。




帰宅後、姜維はのことを使用人から聞かされた。
どこか具合でも悪いのではないかと心配になる。

?入るよ」

今朝、少し元気がないように見えたし。
姜維はの返事がないのが気になったのだが、扉を開ける。

?…あれ?」

いない。

部屋にいると聞いたはずだが、の姿はどこにもなかった。



「どうだ、今夜付き合うか?」

一日の執務を終えて帰宅しようとする趙雲に馬超が声をかけた。

「私などを相手しても、楽しくないのではないですか?馬超殿は」

と趙雲は笑う。
自分は、馬超ほど酒は強くない。
普段の宴でも、ほとんど飲まず、つぶれた者の介抱や後始末をすることが多い。

「飲むだけじゃねーよ。飯食おうぜ、飯」

別に酒が目的ではないらしい馬超。

「そうですね。誘ってくれると言う事は、何か良い物でも手に入ったのですか?」

「まぁな。珍しい物ではないが。少しは期待してくれても良いぜ」

「それは楽しみですね…あぁ、でしたら姜維たちも誘ってはどうです?
人数が増えるなら私も少しぐらいお出ししますよ」

「姜維たちね。と言うより、アンタが誘いたいのはだろ?」

ニヤッと笑う馬超に趙雲は一瞬答えに詰まる。

「ば、馬超殿!」

「いやぁ、羨ましいね。可愛い彼女がいて」

「からかわないでくださいよ!」

「いいじゃん、別に。そうだな、大勢で飯食うほうがいいもんな。誘ってみるか?だとすると早いほうが良いな」

「あぁ、そうですね。屋敷の方で仕度が終えていたら使用人たちに悪いですね」

「じゃあ……っと、呼ぶ必要ないみたいだな」

「え?」

馬超はあごで指示す。
が立っていた。

殿。どうしました?」

「………」

二人はの下へ行く。

、俺んちで飯食わねぇか?ちょうどいい食材が手に入ってよ。お前らも呼ぶかって話をしていた所なんだ」

殿?」

少し、いつもと様子の違う

「あ、あのね……趙雲」

何かを訴えるような目。
でも、上手く言葉が出ない。

そんなを見て、馬超は趙雲の肩を叩いた。

「飯はまた今度な。じゃあな、また明日」

「は、はい。すみません」

馬超はヒラヒラと手を振ってその場を離れた。

「どうしました?殿」

「………趙雲は」

「はい」

「趙雲は………」

「はい」

「私のこと好き?」

泣きそうな顔で自分を見る
何を突然と思うが、は不安に思ったのだろう、趙雲はの頬に優しく手を触れる。

「はい、好きです。あなたが」

「……本当に」

「本当ですよ」

「顔が、顔が叔母さんにそっくりでも?」

「え?顔?」

思わず聞き返してしまった。
それが、には良くない反応として受け取ってしまった。

殿?」

は俯き何度も首を横に振る。

「私」

殿?」

「私、叔母さんじゃない」

「知っていますよ。あなたは美咲殿ではなく殿ですよ」

「でも、顔が似てて…趙雲は叔母さんが好きで…」

殿、私は」

なんとなくの言いたい事がわかった。
それ以上は言わせてはいけないと、趙雲はの肩を掴む。

でも、は自分の顔を見てくれない。
目を合わせてくれない。

「趙雲は私の事、本当に好きなの?」

「な」

「趙雲は私の事、叔母さんの代わりって思ってない?」

「……殿」

「趙雲にしてみれば、ほんの少しの前の出来事だから…だから、だから…」

ぽたり、ぽたりと地面に落ちるの涙。


何故、今、そんな事を言うのだろう。
自分はのことを美咲の代わりだなんて思ったことは一度もない。
美咲は美咲。
だ。

顔は確かに似ている。
似ているけど、性格は全然違う。

全てが違うと、思っている。

なのに、趙雲は次の言葉が出なかった。


苦しい。

息が詰まる。

一緒にいて、初めて、感じる重いもの。


の肩を掴んでいた手が離れた。
それが合図かのように、は走り出した。

殿!」

追いかけないと。
ドンドン小さくなる彼女の後姿。
いつかの日みたいに、追いかけないと。


でも、足が動かなかった…


「私は……」

大怪我をしていた、あの時でさえ追いかけたのに、今は、足が動かない。
趙雲はゆっくり目を閉じた。



***



それから数日経つが、二人の様子はぎくしゃく…と言うより会おうとしていなかった。
は姜維の屋敷からと言うより、部屋から出てこないでいる。

にしてみれば、はっきり趙雲に『違いますよ』って言ってほしかった。
追いかけてきて欲しかった。
なのに、全然だ。

だから、思ってしまう。


『あぁ、やっぱり』と。


本当は自分が悪いってわかっている。
あんな事など言うつもりなどなかった。

私のこと好き?と訊ねて、答えが好きですって帰ってきたのだから、それで安心できたはずなのに。
嬉しいじゃないか、そう言ってもらえて。
自己満足でもいいじゃないか、叔母さんと自分が似ているなんて最初からどうしようもできないことだ。
自分で何とかするしかないじゃないか。

自分の気持ち次第だ。

それでも、やっぱり駄目なら、そこまでだ。

趙雲は見ての通り、女性によく好かれる。
自分と別れたって、趙雲にはきっと似合いの人がこの先も現れる。

別れなんて、いくらでもある。
住んでいた世界が違っても恋愛なんてどこも同じだ。

喧嘩して別れるなんてどこにでもある話だ。

。散歩でもしないかい?」

「散歩?」

「そ。毎日部屋の中でごろごろしているのはみっともないぞ」

「………」

「なに?」

姜維は何も聞かないでいてくれる。
本当、毎度毎度迷惑かけっぱなしの自分の相手をしてくれる。

「散歩、行こう」

ほら、と姜維は手を差し伸べてくれる。
はその手を取った。



「天気いいね〜風も気持ちいいし。それなのに、君は部屋から出てこないし。もったいないよ?」

姜維はの手を引いたまま歩いている。
傍から見ればなんとなく、お兄ちゃんと妹って感じがする。

「この前ね、関平殿に美味しい果物を売っている店教えてもらったんだ。
そろそろ、この季節に合ったものとか売っているかもね。そしたら買いに行こうよ」

「………」

「馬岱殿がね、今度、殿と一緒に夕餉を食べに来てくださいねって。
たまにだけど、珍しい食材が手に入るんだって。馬超殿と二人では食べきれないんだってさ」

「………」

「月英殿もね、畑で作った野菜を今度くれるってさ。栄養満点!だとか言ってた」

「……ぷっ」

「あ、笑った。なんで?」

「だって、姜維ってばさっきから食べ物の話ばかりなんだもん。
私ってばそんなに食い意地のはった奴に見えるのかな?食べ物の話でもしとけばいいかな?とか」

「そんなことはないよ」

あははと笑い出す姜維。

「だって、皆本当の話だよ?関平殿も馬岱殿も月英殿もね。が城に来なくて寂しいってさ」

「え……」

「僕の忘れ物を届けてくれる姿がなくてつまらないってさ。
失礼しちゃうよね、僕はそんなに毎日忘れ物なんてしてないってのにさ」

ぷんぷんと頬を膨らます姜維。
もだんだん笑顔になってくる。

「おかしい〜」

「笑い事じゃないって。あ、でも馬超殿にも言えるよね」

「馬超?」

「そう。馬超殿が執務を嫌がって逃げ回っているのを馬岱殿が声を出しながら探している姿」

「たまにあるよね」

「あれも、皆からすると毎日って感じみたいだよ。一日一回はその声が聞こえないと可笑しいって」

「あはは、馬超可哀相〜」

「それぐらい、皆を身近に感じているのさ」

「私?」

優しく笑う姜維。
ギュッと握る手が強くなる。

が元気ないと僕は寂しい。それは僕だけでなく皆ね。
だから毎日聞かれるんだ、今日、殿はどうしたの?って。病気じゃないですよね?って」

「………」

「皆も勿論そうだけど、僕はが趙雲殿と何があったのかは知らないよ。
でも一人で塞ぎこむくらいなら、愚痴でも何でもいいよ、僕に話してよ」

今までだって、そうしてきたでしょ?

「僕じゃ頼りないかもしれないけどさ。あ、ほら、頼りになるって人なら馬超殿だっているよ」

君に関して言うならば、一番頼れるのは趙雲殿だけどね。
と姜維は心の中で付け加える。

「………ありがと、姜維」

「何もしてないよ、僕は」

「私、いっつも姜維に甘えてるよね。落ち込むと姜維に頼ってばかりいるし」

「別にいいよ、それくらい」

「だけどさ。いつまでもそうしているのって、子どもだよなぁとか」

「僕としては頼ってもらえて嬉しいけど?それに落ち込むを見るのって慣れたし」

「なれたぁ?」

「うん。いやぁ、毎度毎度よくもまぁ落ち込むよなぁって。あはは、怒った?」

「酷い〜毎度毎度ってなによ〜」

「それに、最初は愚痴でも段々惚気に変わってくるしねぇ」

「の、惚気だなんて」

「あはは。ちょっとは元気でた?」

「え?…うん」

「それは良かった。……正直に言ってよ?君は趙雲殿が好きなんだろ?」

突然何を言うか。
真面目な顔をして訊ねる姜維。

は顔を赤くするも、こくりと頷く。

「今回もさ、趙雲殿と何が原因で喧嘩したのかは知らないけどさ。
嫌な事ばかり考えて落ち込むってことはさ、それだけ、趙雲殿と離れたくないって、あの人のこと想っているってことでしょ?」

「そう、かな?」

「上手くは言えないけどね。もうどうでもいいと思うなら、うじうじしてないでしょ?」

「逃げないで、ちゃんと話す事。
逃げたままで別れたら、それはずっと自分の中に残るよ。せっかくのいい思い出も嫌なものとしてね」

「姜維」

「どんな結果になろうとも、僕は君の味方だよ…まぁ、悪い結果にはならないと思うけどね」

姜維は繋いでいた手を離す。
そして、の背中を押す。

「美咲殿は美咲殿。だよ」

「知ってるじゃん」

「あはは。頑張れ、

「うん」

姜維に背を押され頷く
その先には趙雲が待っていた。

「趙雲…」

殿…」

姜維はそっと離れていくのだった。








04/07/17
11/12/24再UP