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おもうこと
なんで先に来たのが私じゃないのだろう… 【9】 いつもならが顔を出してくれる時間。 でも、このところは来ない。 なんとなく、それがつまらないと思い始めている趙雲。 先日自分が言った何気ない一言が原因だとは思ってもいない様子。 「体調でも崩されたのだろうか?」 胡坐をかいて庭を眺めながらそう思った。 そこへ訪れた客人が一人。 「よっ!暇そうだな」 「馬超殿」 客人がでなくて少し残念とか思った。 馬超は趙雲の隣に同じように座る。 「もう大分いいんだろ?」 「えぇ。そろそろ仕事復帰しようかと思っています」 「おぉ、早くしてくれよ。こっちは仕事が増えてたまんねぇんだよ」 「そうですか?相変わらず逃げていると聞きましたが?」 「あんだよ、それ」 くすりと馬超は笑う。 「今日はわざわざどうしたのですか?」 「ん?別に暇人の話し相手になってやろうかと思ったんだよ」 「それはどうも。どうせなら軽く手合わせをお願いしたいのですが」 「手合わせねぇ…流石にそれはどうよ」 「馬超殿もですか?先日姜維にも断られてしまいましたよ」 趙雲としては勘を鈍らせたくないので少しでも身体を動かしたいと思っているのだが。 姜維だけでなく、関羽にも断られて、張飛にさえもまた今度なと、軽く逃げられてしまった。 「皆、お前の傷を気遣っているんだよ。幸せ者め」 「そうでしょうが。あまり過保護にされても」 「御子に対して過保護すぎるのは誰だ?」 「え、別にそんなことしていませんよ」 「とにかく、復帰してからな。そしたらいくらでも相手にしてやるぜ」 「ふぅ…ではその時まで鍛錬しておきますよ」 使用人が運んでくれた茶を啜る馬超。 会話がふと途切れる。 「…馬超殿」 「ん?」 「殿は体調でも崩されたのですか?」 「?…知らん。普通だろ」 「そう、なんですか…」 趙雲の声のトーンが少し落ちた事に気づく馬超。 「どしたぁ?」 「いえ。最近ここへ来てくれないようなので。どうしたかと思いまして」 「ふーん。別に変わった様子はないけどな…あ」 「?」 「そう言えば姜維がブツブツ文句のようなこと言っていたな」 「姜維が?」 「どっちもどっちだとか、気にしすぎだとか…意味わからんがな」 「はぁ」 「どっちにしろ、姜維の機嫌はよろしくないね」 二人の間に何かあったのだろうか? 喧嘩でもしたのだろうか? 原因は趙雲自身なのだが、その辺は当然本人が知るわけがなかった。 *** 「。いい加減にしようね?」 「いやだぁ〜」 「あのねぇ…急に行かなくなれば趙雲殿だって心配するよ?」 「するわけないじゃん。私が行かなくても趙雲のところには大勢見舞い客がいます〜」 「でもねぇ」 「当分行かないって決めたの!」 「!」 趙雲邸に行こうとしなくなった。 好きな人に勘違いされたのがよほど気に障ったらしい。 素直になれば?と姜維に言われても全然ダメ。 『嫌』 の一言で済ませてしまう。 にもわかっている、 趙雲は何も悪くない。 でもそんな趙雲の前で素直になれないのだ。 「じゃあ、わかったから。僕の頼みごと聞いてくれる?」 「なにを?」 「この書物を丞相の所に返してきてほしいんだ。本当は僕自身で行きたいけど、ちょっと急ぎの仕事があるから」 「別にいいけど」 向かうのは孔明のところだし。 姜維はすまなさそうにに数冊の書物を渡す。 「気晴らしに歩くってのもいいもんだよ」 「うん。じゃあ行って来るね」 は孔明邸に向かった。 到着すると奥方の月英に出迎えられる。 用件である書物を返却する。 二人に引き止められて、昼餉をごちそうになった。 色々な話をして楽しい時間を過ごせたと思った。 月英とは女同士。 話も弾んだし。 でもそろそろ帰らねばと思い孔明邸を後にする。 天気がいいので、途中よった川原の土手に座り込む。 「はー気持ちいいなぁ〜お腹いっぱいだし、昼寝しちゃいそう〜」 屋敷に帰っても姜維は仕事中だろうし、邪魔するのも悪い気がする。 いつも姜維には心配かけてばかりだし。 軽く伸びをする。 そしてそのままは後ろに倒れ込む。 「世界が違っても空は変わらないかぁ」 見上げる空はとても青く澄んでいる。 いつになったら帰れるの? 帰りたくない気持ちもあるけど、そろそろ警察に捜索届けが出されてそうで怖いし。 ワイドショーのネタになっているのも嫌だなぁと笑う。 でも嫌な気持ちのまま帰るのもどうかと思う。 せっかく仲良くなった姜維たちにも悪いし。 告白…すべきなのだろうか? した所で結果が最初からわかっていれば少しは気が楽だろうか? あぁそれはダメだ。 趙雲は優しいから、彼の方が気にしてしまうかもしれない。 いや、軽く受け流すだろうか? 以前、叔母の空想話だと思っていた世界。 は叔母と同じようにここにいる。 そして同じように好きになってしまった人もいる。 『とても優しい人よ。そうね、もその人に会えば好きになるかも』 その通りになってしまいました叔母さん、と自嘲する。 顔も似ていて、好きな男のタイプも似ていたねと思う。 「でもさぁ…私じゃダメなんだよね…」 はぁ〜とため息を吐く。 「なんで先に来たのが私じゃないのだろう…」 今更言っても仕方ない事だが、順番が逆なら何かは違っていただろうに。 ない物ねだりだ。 空とは違って段々沈んでくる自分の気持ち。 気分転換になったのは孔明たちとの昼餉の時間のだけのようだ。 ふと、頭上に影が差し込んだ。 「やっぱり、殿だ」 「え?」 はパッと起き上がると、趙雲が立っていた。 「こんにちは、殿。貴女も散歩ですか?」 「趙雲…あ、えっと…一応」 「あまりに天気が良いので、屋敷でジッとしている事ができなくて」 趙雲はの隣に腰を下ろす。 「ならばこのまま、貴女の所に伺おうかと思っていたのですよ」 「わ、私?姜維じゃなくて?」 「えぇ。最近私のところに来ないでしょう?体調でも崩されたのかと心配になりまして」 元気そうで良かったと趙雲は笑う。 趙雲は悪くないのに、自分が避けていました。 そう思うとバツが悪い。 趙雲は心配してくれたのに。 「…ごめん…ありがとう」 「いえ…ごめんってなにがですか?」 「なんでもないよ」 は顔を伏せる。 なんとなく趙雲と顔をあわせられないから。 少し沈んでいるように見えるに趙雲は心配する。 「殿?」 「………」 「殿はここへよく来るのですか?」 「別に、普通。今日はなんとなく天気がいいから」 「そうですか。私はよくここへ来ましたよ。美咲殿と一緒に。彼女はここがお気に入りだったので」 「そうなんだ」 「色々な話をしましたよ」 なんとなく想像はつく。 二人が仲良さそうにしているのが目に浮かぶ。 「あの簪を贈ったのもここでした……」 キュッと胸に痛みが走る。 あの簪。 特別な意味を持った簪。 は顔を伏せたまま膝を抱えている。 「そして…お別れしたのもここです…」 「………」 なんて答えればいいのかわからない。 でも、そうか、ここで二人は別れてしまったのか。 叔母が亡くなったと伝えてから、趙雲はあまり叔母の事を話さなかった。 急にどうしたのだろうか? 叔母との思い出をに語って、元気でも出させてあげようと言う事か。 でも今のには、どうでもいい事。 大好きな叔母の話でも、あまり聞きたくない二人の思い出。 「………」 「じゃあ」 「?」 ふとは口を開いた。 「私もここから帰れるのかな?」 「そ、それは…殿?」 「私なんかいない方がいいよね。趙雲にはつらいだけだもん…」 「そんな事ありませんよ!何を言われるか」 「だって、前にも言ったじゃん。『ここにいるのが何故私なのだ』って本当なんでだろうね…」 「殿」 確かに言ってしまった。 『なぜ、ここにいるのが貴女なのだ…』 から美咲の死を知らされた時に漏らしてしまった言葉だ。 あの時は無意識に近い。 でも、今はそんな風に思ってなどいない。 「殿。私は別に」 「ごめんね、来たのが私で。叔母さんじゃなくてさ」 「!?」 そんな皮肉言いたくないのに、出てしまう。 さっきから何か発するたびに胸が痛くなる。 言われた方だって、いい気持ちはしないのはわかる。 でも止まらない。 「どうした…のですか、急に」 「………」 「殿!」 は急に立ち上がる。 ぎゅっと拳を握り締めている。 趙雲はそんなの顔を見上げるが、視線は一度も交じらず。 「わかんない」 「え?」 「わかんないの!私だってそんな事言いたくないもん。でも、でも…わかんないもん!」 がそう答えたとき、ぽたりと右目から涙が零れた。 なぜか片方だけ。 それに気づいたと同時に走り出してしまった。 「殿!」 趙雲は追いかけようとするが、急に立ち上がったことで立ちくらみがした。 体力が落ちたことがこんな所に影響が出るとは。 「くそっ、情けない!…でも今は追わないと」 泣かせたのは自分だ。 自分の至らなさがを泣かせたのだ。 あんな事を言わせたのだ。 趙雲はそう思った。 *** 屋敷へまっすぐ帰らなかった。 泣いた顔を見ればまた姜維が心配するから。 それもあるが、今は一人になりたい。 だから、人気のない適当な木の根元へと座り込んでいた。 膝を抱え、顔を誰にも見せないようにして。 自分は趙雲から逃げてばかりだ。 向かい合うことすら拒絶している。 最初から叶わない想いと知っているから。 だから、逃げる。 蓋をする。 でも、さっきのは完全な八つ当たりだ。 見苦しい嫉妬だ。 ドラマや小説じゃないのに、こんな汚い感情が自分にもあったのかと反吐が出る。 あぁ、嫌な子だ。 自分はなんて浅ましいのだ。 きっと趙雲はこんな自分に愛想を尽かすだろう。 やはり叔母の方がいいと思うだろう。 なんで好きになったのだろう。 最初から報われないと知っていて。 彼の人の心には別の人がいるとわかっているのに。 多分そこへ新しい誰かが入ることはあっても自分では無理だと思っていたのに。 どうせ好きになるなら、馬超や姜維なら良かったのに。 でも好きになったのは趙雲。 なぜ? それは… 「殿!…はぁ、良かった…見つけた」 なぜ追いかけてきたのだ、趙雲は。 は素直に顔を上げることもできずにピクリとも動かない。 「殿」 「………」 幹へと手をつけ、膝を曲げる趙雲。 もう一度に声をかける。 「殿」 顔を覗きこむとするが、は顔を伏せたままだ。 でも趙雲は気にすることなく声を出す。 「申し訳ありませんでした、殿」 (え?) 「私の所為で気に障るようなことでもあったなら謝ります。私の至らなさが貴女を傷つけた…」 (違う。違うよ、趙雲) 「何度でも謝ります。だから」 「違う!」 はバッと顔を上げ、趙雲を見る。 すると彼の目からも涙が零れていた。 「なんで、趙雲が謝るの…なんで泣くの。悪いのは全部私なんだよ」 「でも、貴女を泣かせたと思うと私の心がとても苦しく痛むのです」 「悪くない。趙雲は悪くないから、謝らないで、泣かないで」 趙雲は悪くないから…と何度も首を振り言い続ける。 「殿…」 何も悪くない人に辛そうな顔をさせてしまった。 「お願いだから謝らないで…優しくしないで」 「え?」 甘えてしまうから。 気を使わなくていいから。 自分は嫌な奴だから。 「私、趙雲に謝られるような、優しくされるような、そんないい人じゃないから」 「貴女は優しいですよ」 「優しくない。こんな私嫌いだ」 「殿」 はそう言いながら泣き続ける。 「優しくない……私……した」 「え?」 「私、叔母さんに嫉妬した。最初からわかってるのに、でも、でも胸の奥が痛くて抑えてるのが辛くて」 「…殿」 ダメ。 言ってはダメ。 蓋をしろ。 口を閉じろ。 でも、もう抑えきれない。 「…が……きだから………」 咽喉が渇いてじりじりする。 声がかすれてしまう。 でも、はっきりと言葉にした。 「趙雲が、好きだから」 04/01/08UP
11/12/24再UP
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