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おもうこと
なぜ、ここにいるのが貴女なのだ… 【5】 その日、馬超の足取りは重かった。 夕べ聞かされた事にショックが隠せなかった。 愛しの女性を今でも待ち続けている友が、この事実を知ったらどうするだろうか? でも、それを伝えるのは自分ではない。 自分が趙雲に伝えてやると言ったが、がそれを断った。 自分の口からちゃんと言うと。 美咲からの伝言があるらしい。 「…俺って嫌な奴だな…」 が自分で伝えると言った時、正直ほっとした。 「気分転換でもしてくるか…」 馬超は厩舎に足を向けた。 朝から姜維の心は沈んでいた。 夕べ聞かされたことに不安がいっぱいだった。 自分とも仲の良かった女性が、すでに遠くの人になっていた。 その彼女を今でも想うあの人に伝えに言ったあの子。 一人で平気だと言っていた。 でも、 「僕らに言った時だって、泣き出したじゃないか」 事実を知った趙雲も心配だが、それを伝えに言ったも心配だった。 「ちゃんと帰ってくるよね。…こんな思いのまま別れるのは嫌だよ」 は自分たちにこう言った。 『私がここに来た理由は、趙雲に叔母さんの事を伝えるためなのかもね』 と。 だとすると、役目が終えたらは帰ってしまうのか? 彼女が元の世界へ返ることを望んでいるのなら、自分が口を出す必要はないのだが。 伝えるだけ伝えて帰ってしまうのは寂しすぎる。 あまりいい別れではない気がする。 「今頃…伝えているのかな」 姜維は窓辺に近づき、そうだと思われる方向をジッと見つめていた。 *** が趙雲の屋敷に行った時、彼は留守であった。 今日は休日なのに、城に行ったという。 仕方ないので、城に向かう。 (なーんか、私の気持ちを表してるみたいで嫌だなぁ) 馬超には自分で言うと言ったものの、いざ、その時が近づくと緊張してしまっている。 愛の告白ならまだしも、同じ告白でもかなり意味が違うし。 趙雲が屋敷にいなかった事で執行猶予が伸びた気がする。 途中、馬超が馬で駆けて行くのを見た。 向こうは気づかなかったようだが。 「…馬超や姜維にとってもショックだったろうな。二人にとっても叔母さんは友だちだっただろうし」 今ならまだ逃げられるぞ。 そんな思いが頭をよぎる。 「駄目っての、私の馬鹿…ちゃんと言うんだ。ちゃんと」 休日でも城に入れてもらえるか心配だったが、いい具合に関羽に会うことが出来て中に入ることが出来た。 関羽に趙雲の居場所を聞くと、彼は自分の執務室にいるという。 場所を教えてもらい、行ってみる。 「…はぁー…よし!」 は執務室の前で大きく深呼吸をした。 そして扉を叩く。 「どうぞ」 中から趙雲の声が聞こえた。 恐る恐る扉を開ける。 「殿?何か用ですか?」 趙雲は机に軽く腰掛けて書簡を読んでいた。 の顔を見てニコッと笑う。 「あ、あの…忙しいですよね?」 「え?いいえ、大丈夫ですよ。ほとんど片付けましたから…殿?」 「あ、うん…そのね、ちょっと話があるのだけどさ」 「では、中に入ったらどうですか?お茶でも出しますよ」 は中に入るも、茶は断った。 「どうしました?本当に」 は趙雲の前に立つ。 心臓がドキドキする。 まず何から言えばいいのだろうか。 緊張して身震いしてしまう。 「殿?」 趙雲は読んでいた書簡を机に置く。 は再び深呼吸をする。 そして、ポケットから自分のハンカチで包んだ物を趙雲に渡す。 「なんでしょう?」 趙雲は差し出されたそれに首を傾げる。 包みを開けると、中には見覚えのあるモノが出てきた。 「…え…これは…」 自分が美咲に贈った簪だ。 職人に特別に頼んで作ってもらった物。 「なぜ、殿が…」 「…叔母さんに、も、貰ったの」 ちゃんと伝えなくてはとはゆっくりだけど、ちゃんと言葉を出す。 「貰った?」 「正確には…叔母さんの遺言で私に形見分けでくれた物…」 「…遺言…かた…み…」 は趙雲の顔を見る。 いつもの笑顔が消えている。 無表情だ。 「叔母さんは、私がここに来る2ヶ月前に病気で亡くなったの…元々身体の弱い人でね」 「殿」 「馬超たちに聞いたよね?趙雲にとっては一年でも叔母さんの時間は10年経ってるって」 「………」 「叔母さん、その簪をとても大事にしてたんだって。 それに叔母さんから趙雲の話を聴いたことがあるの。その時は全然意味はわからなかったけど。今ならわかる。叔母さん、趙雲に…」 「殿!」 突然声を上げた趙雲には驚いた。 その声に肩を揺らしてしまう。 「私は…嘘は嫌いです」 「嘘じゃないよ」 「美咲殿が死んだなんて…」 「…嘘…じゃないもん…私だってそんなの」 確かにこれが嘘なら良かった。 にとっても叔母は大好きな人で、死んで欲しくなかった。 そんな誰のためにもならない嘘なんかつきたくない。 「…叔母さん、わかってたみたい。私に趙雲に伝えてって言っていたことがあるの」 「趙雲にね」 「聞きたくありません」 「趙雲!」 「約束した、また会えると信じると私は言ったのに……」 趙雲は拳をきつく握る。 「趙雲、叔母さんは趙雲に」 「聞きたくないと言ったでしょう。殿、私は」 「聞いてよ、ちゃんと!私がここに来たのって趙雲にこれを伝えるためなのかもしれないのに」 「そんな話、出来る事なら一生知らない方が良かった」 「私だって、黙っていられるならそうしようと思った。けど、けど…ちゃんと伝えないと」 馬超と姜維に話した時は、溜まらず涙が出た。 けど、今は泣いていちゃいけない。 そんな気がして泣くのを堪える。 「叔母さんは!趙雲に私は幸せでしたと伝えて欲しいって…私に言ったんだから!」 『、いつかその人に伝えて欲しいな…私は幸せでしたって』 そう言って柔らかく微笑んだ叔母。 思えば、あの時すでに叔母は自分の身体のことを知っていたのかもしれない。 叔母が亡くなったのはそれから、数週間後だったから… は伝えられる事は伝えた。 後は趙雲が聞きたいことでもあったなら、それに答えるだけだ。 だが、趙雲は大きく息を吐いて目元を手で覆ったまま黙っている。 馬超と姜維に話した時でさえ、彼らでさえ無言だったのだ。 趙雲はそれ以上に辛いであろう。 「なぜ、ここにいるのが貴女なのだ…」 趙雲の口から出た言葉はの胸に強く刺さった。 「美咲殿…」 あぁ、限界だ。 もう、ここにはいることが出来ない。 今、自分が趙雲の目の前にいるのはよくないらしい。 叔母と別れてしまって、また会えると信じて待って一年。 趙雲の前に現れたのは、叔母とそっくりな自分。 無情にも自分は趙雲に叔母の死を伝えた。 もう2度と会えないと… 趙雲に何も言えない。 だから、黙ったまま執務室を出た。 「伝えて良かったのかな…黙ってたほうが良かったのかな…叔母さん、私」 急に涙が溢れてきた。 我慢していた分余計に溢れ出ているかのように。 「叔母さん…」 こんな所を他の人に見られたくないから、は走り出した。 *** 「おかえり、」 門の前で姜維が待っていた。 「姜維…」 「言えた?」 「言えたけど…言わない方が良かったかもしれない」 「」 項垂れるに姜維は優しく肩を抱いた。 「すぐには無理だけど、趙雲殿だってわかってくれるさ」 ね?と笑いかけてくれる姜維。 「ゆっくり休みなよ」 そう言ってゆっくり歩き出した。 良かった、友だちが傍にいて。 は安堵したのだった。 「…よう」 「馬超殿…何か用ですか…」 「…まぁな…」 馬超は趙雲の屋敷を訪れていた。 多分、に話を聞いたであろうと思って。 勝手に部屋の中に進むと、趙雲は椅子に座って卓に置かれたから渡された簪を見ていた。 「聞いたんだろ?から」 「…えぇ…聞きましたよ…」 「そっか」 馬超は何から話せばよいかわからず、自分の髪を乱暴に掻く。 「すみません…しばらく一人にしてくれませんか」 「あ、あぁ…悪い」 馬超は趙雲に背を向け、彼の言うとおりにする事にした。 ただ部屋を出る際に… 「辛いかもしれねぇけどよ…のこと悪く思うなよ?アイツだって苦しかったと思うし」 「………」 何も答えない趙雲に馬超は嘆息した。 とりあえず、今は一人にするしかないかと。 馬超はも心配だったので、そっちの様子も見ておこうと趙雲邸を後にした。 「…あの時、手を離さなければ良かった…」 誰もいない部屋で呟く趙雲。 あの時とは、美咲が消えてしまう瞬間だ。 掴んでいれば、消えなかったかもしれない、今も一緒に居られたかもしれない女性。 後悔の念ばかりが出てきてしまう。 一緒にいられたならば、例え彼女の命が残り10年だったのなら、別れが決まっていたのなら… …最期を看取ってあげられたのに。 の話を信じたくないとも思うが、この簪を渡されて、叔母からの伝言だと言われれば信じるしかないのだろうか。 「美咲殿…」 趙雲は簪を握り締める。 その時になって初めて趙雲の目から涙が零れたのだった。 その日、劉備のもとには次の戦を予感させる知らせが届く。 03/11/08
11/12/24再UP
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