空がきれいで心も晴れる。




ドリーム小説
災いは突然訪れる。





【2】





が時雨亭で働き始めてから客足がかなり伸びたと店主は上機嫌だった。
なので少しばかりお給金も上げてもらえた。
次の休みには少し生活用品でも増やそうか考えていた。

初めての一人暮らしには戸惑う事もあった。
ここは自分がいたところと生活が違う。
ガス・電気・家電製品などない。
火を熾すにも自分でやらなくてはならない。

それも毎日やればなれてくるもので、今ではそこそこできるようになった。

は自分の住む所を趙雲に用意してもらった。
ただ、10代の小娘が住むには立派過ぎる邸宅だった。
使用人もつけると言われたが、それは断った。
本当ならば、そんな豪華な屋敷は自分には勿体無いのでそれも断ろうと思った。
は江戸時代で言う所の長屋を想像していたのだが……

この邸宅にはたまに姜維が訪れてくれる。
初めてできだ、同年代の友だち。

店と家を行き来するだけの毎日が少しずつ変わっていった。

「そっか、じゃあ、今度の休みに僕も買い物に付き合ってあげるよ」

「いいの?姜ちゃん忙しいでしょ?」

二人で庭の草むしりをしていた。
たまにやらないと、草はどんどん生えてきて大変になる。

「今日だって、草むしり手伝ってもらってるし」

「平気だよ。必要なら何でも言ってくれればいいのに、遠慮しすぎなんだよ」

「だって、蜀の武将様にそんなのお願いできないよ」

「武将とかって前に、僕は君の友だち。だから気にする事ないって」

姜維の言葉には頷く。
知らない場所での生活で頼りになる人物が傍にいるのはやはり嬉しい。

「ありがとうね、姜ちゃん」

「ん?別にいいって。じゃあ今度の休みの日に行こうね」

姜維は額に汗しながら笑顔で言った。
次の休みが早く来ないかと楽しみなだった。



***



「最近、物騒になったねぇ」

店の買出しで訪れた商家ではそう声をかけられた。

「そうなんですか?」

店番をしているちょっと太目の女将には聞き返す。

「ん〜なんでも、金持ちの家ばかり狙った賊が増えているらしいよ」

「怖いですね、それって」

「劉備様が治めるようになってちったぁ治安が良くなるかと思ったけど、すぐには無理みたいだね」

敵が攻めにくいこの地でも犯罪はやはり起こるのだ。
しかし、金持ちの家を狙った強盗なら自分には関係ないかとは楽観視していた。

「おばさん、これで全部です。お勘定お願いしますね」

「あいよ、毎度あり」

その後また女将と他愛のない話を楽しんだ為、は賊についてすっかり忘れてしまうのだった。

、今日はもう良いぞ」

「え?でもまだ時間ありますよ」

主人にもうあがってよいと言われるが、いつもより早い。

「お前も聞いたろ?夜は物騒になるからな。早めに帰った方がいい」

「大丈夫ですよ」

「駄目だ。店主命令」

「はぁい」

仕方なく帰路に着く
心配してくれるのは嬉しいが、自分には余り無縁な事だと思ってしまう。
今日の夕飯は何にしようか?
その程度しか頭になかった。



その晩のことだった。

夕食を済ませ、風呂にも入ればやることはなくもう寝るだけ。
明日も早くに仕事はあるからは布団に潜り込んだ。

TVもないし、ゲームもない。
夜更かしする理由がないので健康的な生活だ。

だが、突然訪れた人の悲鳴。

「うぎゃあ!!」

その悲鳴は外から聞こえた。
同時に何か燻ったような匂いがする……

「な、なに?」

そうっと廊下に出てみる。
すると、乱暴に扉を蹴破れた。

「え!?」

数人の人影は一斉に入ってくる。

「へぇ、気づいちまったみたいだな」

「………」

顔は布で覆われていてわからない。
だが、昼間女将や主人が言っていた『賊』のことではないだろうか。

「金目のもん、だしな」

「そんなのないです」

「はっ、これだけいい屋敷に住んでいて金目のものはないだぁ?おい。探せ」

手下と思われるほかの男に命令する男。


『ん〜なんでも、金持ちの家ばかり狙った賊が増えているらしいよ』


女将が言った言葉。

確かにこの屋敷はそうは見えるかもしれないが、事実金目の物はない。
が一人で寝泊りする程度だから。

「ほ、本当です」

「うるせーよ!!」

乱暴にを押し払う男。
はそのまま壁に背中をぶつけてしまう。

「お頭、本当に何もありませんぜ」

「けっ、見掛け倒しかよ…仕方ねェな」

男はの胸倉を掴む。

「どこかに隠してねぇか?命が惜しかったら素直に言うんだな」

「…な、ないです、本当に…」

が口を開くも男にとって良い答えではなかったので男の眉がピクリと動く。
短刀を懐からだし、の前にちらつかせる。

「俺らはな、人殺しなんざ、なんとも思わねぇんだ」

「だ、だって」

ぺたぺたと刃をの頬にあてる。

「じゃ、死ぬか?」

スッと刃をひかれての頬に赤い筋ができる。
滴り流れる赤い血。

「お頭!警備兵だ!」

もう駄目だと感じた時、仲間の声で男はその手を止めた。

「ちっ、時間をかけ過ぎたな…おい、いつものように燃やしておけ」

「へいっ!」

「行くぞ」

男たちは裏口から逃げって行った。
逃げる際に投げられた火種によって、邸宅は火の手が上がっていった。

(逃げなきゃ…死んじゃう…けど)

身体が動かなかった。
まだ今なら間に合うのに。

迫り来る火の手に対する恐怖心。
死との直面。

「誰かいるか!!」

「あ…」

さっき賊たちが言っていた警備兵だろう。
まだ完全に燃え広がっていない邸宅の中を確かめに来てくれたようだ。

「大丈夫か!?すぐに逃げるぞ」

警備兵に連れられ外に逃げる

折角なれた一人暮らし。
突然それは終わりを告げた。
これから自分はどうすれよいだろうか?

いや、そんなことは今のの頭にはない。

ただただ燃え続ける邸宅を呆然と見ているだけだった。



***



「君、家族は?」

警備兵に尋ねられ首を振る
先ほど斬られた頬は手当てをしてもらった。
夜着は少し血に染まっている。

「一人で生活していたのか?…でも助かって良かったな。隣の屋敷の者は皆殺されてしまっていたよ」

あまり接点も無い隣人だったが、確かあの邸宅には小さな子どもがいたなぁとはぼんやりと考えていた。
運が良いのだろうか、自分は?



だんだんと身体が震えてきた。
寒いから?
違う。
人間としての感覚が段々戻ってきたのだ。

「とりあえず、君は」

警備兵が言いかけた時、一頭の白馬がこちらに向ってきた。

!」

「…あ…趙雲様?」

馬から飛び降り趙雲が駆けつけてくる。

「趙将軍!」

警備兵は軍の将軍の登場で驚き身体を硬直させてしまう。

!無事か!?」

「わ、私……」

趙雲の姿を見てはさらに身体を振るわせた。
安心と、蘇ってきた恐怖に。

「賊の知らせを聞いて驚いた。まさかここだとは」

「…………」

、怖い思いをしたのだな…すまん。何もできなくて」

は俯きながらも首を振る。
俯いている小さな身体が震えている。
ぽたりと落ちる雫。

涙が止まらずあふれ出る。

趙雲はを抱きしめた。
すると、は声を上げて泣き出した。

、私の屋敷で休もう。何も考えなくてよいから」

趙雲の腕の中でただ泣き続けるだった。



突然壊れた気ままな生活。
働きながらの生活は大変だが、それなりに何とか軌道に乗って楽しかった。
私はここでも生きていける。
そう思った矢先の出来事。
壊れたものはもう、元には戻らない?



***



賊に襲われた
頬を斬りつけられただけで、他に怪我はなかった。
だが、邸宅は焼けてしまって住む場所をなくしたは駆けつけた趙雲の邸宅に身を寄せていた。

「はい、の好きな時雨亭の肉まん」

「ありがと、姜ちゃん」

姜維から湯気の出たホカホカの肉まんを手渡される。
パクっと一口食べる

「美味しい」

「じゃあ、僕も」

の隣に腰掛、姜維も食べる。

「ごめんね、買い物行けなくて」

「別に。買い物はまた今度で良いじゃないか。が無事なら何時でも行ける」

「…なんにも無くなっちゃった…」

「うん…ほとんど燃えちゃっていたよ」

趙雲の邸宅から一歩も外に出なくなった
一生懸命働いていた時雨亭にも顔を出してはいない。
姜維から事情を聞いた時雨亭の主人は、が元気になるまでは休んでいて良いと言ってくれた。
このご時世の中、中々こうは行かないはずなのに。

姜維は毎日時間が空けばの様子を見に来てくれる。
邸宅跡のこともが姜維に頼んで見てきてもらったのだ。

「でもさ、さっきも言ったけどは無事だったし」

「………」

?」

「あの日ね、皆が私の心配してくれたの。賊が出るから気をつけろって…でも、私自分は関係ない。大丈夫だって思ってさ」

食べる手を止めて俯いてしまう

「しょうがないよ。いつ、どこに賊が出るなんて誰にもわからないしさ」

「………」



「………」

「本当にさ、自分ばかり責めるのはよしなよ。今回のことで趙雲殿や皆、心配しているし」

「うん……」

姜維の優しさに涙が次から溢れてくる。
は無くなってしまった物に余りこだわってはいなかった。
けど、一つだけ。
一つだけ悔やむ事があった。

「制服…あれだけは残っていたら良かったな…」

「制服?」

「うん、私のいた場所での私の服。ここじゃ目立つから着てなかったの」

唯一の元の世界の物…。

「あー!本当にいたのね」

「「え?」」

突然の声に二人は顔を見合わせた。
しかもよく意味がわからない。

「趙雲ってば、本当に引き取ったのね」

二人の前に現れたのは馬雲緑だった。
戦場ではないにいろ、彼女は動きやすい服装をしている。

「雲緑殿、いきなり声を出すから驚くじゃないですか」

「あはは、ごめん。兄上から話し聞いてさ」

「馬超殿ですか。、この方はね」

突然の来訪者に驚き目を丸くする
姜維がに雲緑を紹介しようとするが、雲緑の方は口を開く。

「私、貴女とは以前にも会っているわね。私は馬雲緑。これでも蜀の武将なのよ」

「え、えと私は」

でしょ?趙雲や姜維から話は聞いているから知っている」

「はぁ」

「しかし、本当に趙雲が引き取るとはね…これは…う〜ん」

何やらぶつぶつ呟く雲緑。
どうやら雲緑とは歳がそんなに離れてないような気がする。
仲良くなれるかな?
などとのん気に考えていた
前に趙雲といる姿を見て、胸を痛めたけどそれはそれ。
だが、雲緑は突然の目の前に指を突き出して言った。



!私は趙雲が好きなの!貴女には負けないからね!」



雲緑なりの宣戦布告らしい。
だが、言われたはただぽかんとしていた。
それは隣にいた姜維も同じで。

「…雲緑殿…いきなり過ぎませんか」

「え?そうかな?だってやっぱ、この辺はちゃんとしておかないとね」

「別にいちいち言わなくても」

「いいじゃん、はっきりしていてさ。と言うわけで、よろしくね」

「…ぷっ…あははははははっ、雲緑ちゃん面白いよ」

今までずっと塞ぎこんでいたの突然の笑い。
さっきまでとは違う涙を流している。

「あはははは」

?」

「雲緑ちゃん、私の方こそ仲良くしてね」

「う、雲緑ちゃん!?ちゃんなんてつけないでよ!雲緑でいいの」

「うん、わかった。うふふ、可笑しい」

「もう!笑わないでよ!」

いきなりがらりと変わった場の雰囲気。
雲緑のお蔭では再び笑うようになった。
理由はどうあれ、姜維は安堵し二人の様子をしばらく眺めているのだった。

「ま、と仲良くしておけば、いつでもここにこられるものね」

「え〜趙雲様目当て?」

「そうよ!はついで」

「ついでは酷い〜」

口ではあんなことを言っているが、二人ともすぐに打ち解けていた。



***



「そうか、雲緑殿と友だちにか」

「はい。とても嬉しかったです」

夕餉の時間。
趙雲と卓を並べて今日のことを話す
趙雲邸に来たものの、がずっと塞ぎこみ立ったので趙雲も心配していたのだ。
毎日そのことで姜維に訊ねても良い結果にはならず。
でも、今のは新しくできた友だちのお蔭で笑っている。

「良かった」

「はい、また友だちができました」

「…いや、が笑うようになったからな」

「………」

は頬を紅く染めた。
趙雲の顔もすごく優しく笑っていたから。
滅多に見ない表情には少し照れてしまう。

「どうした?」

「な、なんでもないです。あ、あの趙雲様」

「なんだ?」

「…私、いつまでここにいていいのですか?ずっとお世話になりっぱなしっていうのは」

などとが言うと、趙雲は少し不機嫌そうな表情をした。

が気にする事はない。いつまでもここにいればいい」

「…でも」

「最初から一人で暮らすことを私は反対だったのだ」

急に周りの温度が1℃ほど下がった気がする。

「…ご、ごめんなさい」

「あ、いや!別に怒っているわけでは…と、とにかくここにいればいい」

「はい、趙雲様」

今度は素直に頷いた。
傍においてもらえるのが嬉しくて。


***



「ふーん、じゃあはずっとここにいるの?」

「ずっとってわけじゃないだろうけど、当分はね」

雲緑がの所へ遊びに来た。

「羨ましいなぁ、趙雲と一緒だなんてさ」

「一緒って、ご飯の時に顔を見るぐらいだよ。だって毎日忙しいそうだし」

「将軍様だから、色々忙しいでしょうしね。でも、おかげでこうやって遊びに来られるから良いけど」

「もう、私をダシに使っても余り意味はないと思うけど?」

「そんなことないって、趙雲は結構のこと気にかけているしさ」

「…責任感が強いからじゃないの?」

最初に自分を見つけてくれたのは趙雲だし。
自分が元の世界に帰るまで面倒を見てくれるのはないだろうか?

元の世界。

そんな言葉がの胸を痛めた。
帰りたくないわけじゃないけど、ここでの生活はに色々教えてくれる。

友だちもできた。

趙雲の傍に居られるのが嬉しい。

「実際の所、は趙雲のことどう思っているの?」

「え!?どうって…別に…」

「正直に言ってよ、私はも趙雲が好きでも怒ったり嫌いになったりしないけど」

「私は…」

は趙雲が好き。
それは自分でも気づいていた。

最初に出会った時の武人としての趙雲には少し恐怖を感じたが
なんだかんだで自分を心配してくれる。
口調が武人特有の少しきつめでも言葉からは優しさを感じる。

毎日忙しくて、疲れているだろうに絶対との夕餉は欠かさずにいてくれる。

だんだん好きになっていく。
大きく溢れてくる想い。

だけど。



、        』



別れた彼氏に言われた言葉がの気を重くさせた。

「尊敬してるよ、趙雲様のことは」

「はあ?それだけ?」

「それだけだよ」

笑って答える
雲緑はその答えに納得いかないようだが、今は深く追求するのは止めた。

「ま、別に今はそれでも良いけどね」




わたしはおくびょうものになっている。








11/12/24再UP