春花咲かぬは、恋実らず。




ドリーム小説

「はい。吉良副隊長、阿散井副隊長。つまらないものですが、どうぞ」

三番隊の副官室。
は約束通りにとイヅルと恋次の二人に生まれて初めてのバレンタインチョコと言うのを渡した。

「ありがとう。さん」

「ありがとうございまーす。先輩」

義理とはいえ、貰えると言うのはやはり少しだけ気分を良くさせるようだ。
イヅルはいつも以上に柔らかく笑うし、恋次も顔の筋肉が緩みっぱなしだ。

「お二人とも私程度の者から貰えたくらいで喜びすぎです」

「そんなことないっすよ。先輩からっすよ?レア中のレアですよ!」

私はいったいどんな怪物や鉱物なのだと突っ込みたくなる。
でも、喜んで貰えるのはこっちとしても悪い気分はしない。

「でも、先輩ー。これ買ったものっすよね?手作りするって言ったじゃないですか」

いや、貰えるのは嬉しいので貰っておくのだが。
当初は周りにも言われた所為もあって、手作りチョコに挑戦してみようか。
などという話をしていたのだ。
だが二人が貰ったチョコレートはどう見ても既製品。
お店でラッピングされたものだ。
は早々にばれたかと笑う。

「手作りしてみたんですけどねー。無理。私には無理でした」

失敗しちゃうんですよ。とは恥かしそうだ。

「なんでもそつなくこなす先輩が珍しいッすね」

「阿散井君。一言多い…あっ…」

恋次の一言に、思わず昔のような態度を取ってしまった。
だが恋次は気にするどころか喜んでいる。

「やっぱ、その方がいいっすよ。先輩に敬語を使われるの結構堪えるんっすよね」

「え、そ、そんなこと言われても…」

「檜佐木先輩にはタメ口じゃないっすか」

「だから、それは〜」

同期だから。あと、修兵自身が嫌がるから。

「それと同じっすよ。副隊長になったからって、昔から付き合いのある人たちはそんな変わらないッすよ?」

恋次は元々十一番隊所属だった。
そこで剣術の師匠ともいえる斑目一角は、副隊長になってからも恋次に対する態度口調は以前と変わらないそうだ。
綾瀬川弓親も変わらないそうだ。

「公式の場でって言ってるんじゃないんで、俺らだけの間ならいいじゃないっすか」

そう言われても困惑するだけだ。
イヅルのほうに目を向けると、イヅルも困惑している。

「阿散井君はずるいなぁ…本当。君にお願いされちゃうと断れないんだよねぇ」

「へへへっやりぃ!」

元の先輩後輩関係に戻れたようで恋次は喜ぶ。

「いいなぁ。阿散井君は…僕もお願いしたら、以前みたいにしてくれるのかな?」

「えっ!ふ、副隊長まで」

基本的に後輩たちから縋るような目で見られると、無下にできない。
イヅルは後輩でも直の上官。流石に無理があると思うのだが。
結局弱いのだ。後輩たちに。
はがっくり肩を落とす。

「他の人の目が無い場所でなら、いいよ。吉良君」

「あはは。すみません、先輩」

「それ、他の隊士たちの前で言わないでよ?」

どれくらいぶりに先輩としての顔を自分達に向けてくれたのだろうか?
恋次とイヅルは、少しだけあの頃に戻れたような気がして嬉しかった。

「なぁ、先輩。俺と吉良以外にももう一人可愛がった後輩がいるよな?」

「…雛森副隊長のこと?まさかと思うけど」

「そのまさかですよ。雛森くんだけ仲間はずれにしちゃダメですよ」

早速副隊長ではなく、後輩の顔になったイヅル。

「はいはい。以前みたいに桃ちゃんって呼べばいいんでしょ」

本当。後輩たちには叶わないと微苦笑するだった。





【3】





昼休みになり、約束通りにそれぞれ菓子を持ち寄って食べていた。
主食が菓子と言っても可笑しくないくらいで。

「わぁ。すごいね、これ本当に手作り?うわ〜」

菓子作りが得意だと言っていた後輩が持ち込んだものを、は食べる。
見た目だけでなく、味も上出来だった。
こんな菓子をもらえば男性は喜ぶだろうなと思ったが、彼女曰く本命はいないそうだ。

先輩。結局チョコどうしたんですか?この前作るとか言っていましたよね?」

「あー無理。失敗ばかりで勿体無いから止めちゃった」

「じゃあ副隊長たちには」

「想像通りだよ。絶対に手作り!なんていわれたわけじゃないし、謝ったら許してくれたから」

「え!。今の何!?副隊長たちって、吉良副隊長以外にも誰かに渡したの?」

が手作りに挑戦しようとしていたのにも驚いたが、他にも渡した相手がいたのかという事実に。
同期の子が驚く。

「阿散井副隊長がたまたま話を聞いてね。欲しいって言うから」

「阿散井副隊長かぁ」

物好きだよねとは笑う。

「じゃあ。檜佐木君には渡したの?」

「へ?檜佐木?渡してないけど…」

二人の会話から、本当に修兵と仲がいいのだなと周囲は思う。

「用意していないの?」

「あー…一応買ったけど。別に渡さなくてもいいんじゃないのかなー」

奴のモテっぷりを知っているからとはやる気がなさそうだ。
現に九番隊では彼に届ける女性たちが詰め掛けているらしい。

「ま。人気の高さだと浮竹隊長や日番谷隊長の方が上みたいだけどね」

「四番隊の荻堂さんもすごかったですよー」

「でも、あたしら誰にも本命いないってどうなの?」

ドッと笑いが漏れる。
菓子に手を伸ばす回数も自然と増える。
折角のイベントなのに、女性としてどうなのだろうか?と思われがちだが。
告白など別にこの日に限定しなくてもいいだろ?ということなのかもしれない。
とりあえずは楽しんだもの勝ち。
聞こえは負け犬のような気もするが。
誰に咎められたわけでもないので問題ないだろう。

(檜佐木にか…本当どうしようかな?)

先日、あっさりと「似合わない」と言われたばかりだ。
自分でもガラではないのはわかっている。
けど京楽にも言われたばかりだ、もっと自信を持ちなさいと。

(あ。そうだ、京楽隊長にもお届けしないと)

話の流れで京楽本人の前でしてしまった手前、素通りはいかないだろう。
京楽の性格ならさほど気にしない感じもするが。
あとで、八番隊に顔を出してみようと思うだった。



***



都合よくと言うか、イヅルから八番隊への届け物を頼まれた。
仕事のついでは申し訳ない気もするが、八番隊へ行けるチャンス。
京楽へのチョコを持って八番隊へ向かった。
その帰りに九番隊によってみて、修兵がいたらついでに渡してみようかと思って。

八番隊隊舎へ到着し、京楽への目通りを申し立てる。
隊首室に京楽はいるからと、早くに入室を許可される。

「失礼します。京楽隊長いらっしゃいますか?」

「はいよー。いるよー。その声はちゃんだね?入っておいで〜」

との京楽の声。
遠慮なく入室すると、そこには京楽だけでなく、修兵と十番隊副隊長松本乱菊の姿があった。

「いらっしゃ〜い。ちゃん」

別に遊びに来たわけではないのだが、上機嫌な京楽に緊張は解される。
修兵や乱菊はの姿を見て、お客さんか〜程度の視線を送る。

「吉良隊長代行権限からです。あとでお読みください」

まずは京楽に仕事の渡し物を。

「吉良君はどうだい?毎日大変だろうけど」

「三番隊をよく纏めてくださっています。少々根を詰めすぎなのが困りものですけど」

だが机仕事は前よりもスムーズにできている。
元隊長が何もしない人だったからだ。
それを一瞬思い出したのか、の顔が微かに歪む。

(関係ないっつーの。もう)

それらを払拭するかのように、は笑顔で京楽に持参したチョコレートを差し出す。

「京楽隊長。お約束の品です〜受け取ってくださいな」

「あ。本当にボクにもくれるんだ。嬉しいねぇ」

さっきまで黙っていた修兵が思わず声をあげてしまう。

「うわっ。こいつ本当に用意してやがった…」

「檜佐木副隊長。何か?」

澄ました顔を修兵に向ける

「檜佐木君。羨ましいなら羨ましいって言えばいいんだよ」

京楽に言われると修兵は大袈裟に首を振る。
その態度がまた腹立たしい。

「俺はいいんです。乱菊さんから貰えただけで充分なんで」

乱菊は京楽や修兵たちに配っている途中だったようだ。

「大袈裟よね、修兵ってば。ま、あたしは一月後のお返しを楽しみにしているだけだけどね〜」

倍返しは当たり前よ!などと修兵を脅しているようにも見える。
だが修兵の顔は緩んでいるので、本人は気にしていないのだろう。

(松本副隊長のチョコってどう見ても手作りだよね…)

ラッピングなどが明らかに自分の既製品とは違う。
義理だと公言しても手作りを分けて回るなど、乱菊を尊敬してしまう。
尊敬してしまう反面。自分はいかにダメなんだろうと軽く落ち込む。
それに京楽にチョコレートを渡した時に修兵のあの態度。
あからさますぎて嫌になる。
そんなに自分には似合わないのか、そういえば、からチョコレートを貰うなんてのは可哀相とまで言っていた。

(檜佐木になんかあげなくて正解ね)

もう一つあるチョコレートだが、これは持ち帰ろう。
それがいい。
目の前でバカにされてしまうなんてのは、ただ傷つくようなものだ。

「じゃあ、私は失礼します」

「あれぇ。もう帰っちゃうの?ゆっくりしていけばいいじゃないのさ」

京楽に引き止められるも、いつもならばそうしていただろう。
だけど、今酷く胸が苦しい。
この場に居ても楽しくないのだ。

「まだ行くところがあるので。また今度ゆっくりお邪魔します」

乱菊にも一礼し、一応礼儀として檜佐木副隊長にも頭を下げてからは退出した。

(そういや、昔から檜佐木は松本副隊長のような女性がタイプだとか言っていたもんね)

自然と早足になっていく
考えるのは修兵への愚痴ばかり。
どうせ、私は女らしくもないし、似合いませんよーなどと。
ちょっとだけ参加してみようと思ったバレンタイン。
来年は頼まれたッて義理でもするものか。
出費が嵩むだけで馬鹿みたいだ。などと…。

!なんだよ、呼んでも無視しやがって」

追いついたと、修兵がの肩に手を置いた。

「何か御用ですか?檜佐木副隊長」

「あ?なんだよ、その態度」

止まるつもりはにはなく、早足なのは変わらず進んでいく。
なんで、さっきからこんなに腹が立つのだろうか?

「おい。なんだよ、どうかしたのか?」

「別に。急いでいるだけだし」

あんたも早く仕事に戻りなさいよ。などと言ってみるも、実際は急ぐ用事などないのだ。

「なぁ。さっきのチョコ」

「?」

「阿散井たちにもやったのか?」

は立ち止まる。
それが何の関係があるのか?
そうの目が言っていることに修兵は気づいたのか、少しぎこちなく。
聞いた話だと口にする。

「阿散井がねだったとか聞いてさ」

「あげたけど?阿散井君も吉良君も物好きよね」

「あれ。なんだ、急に阿散井君とか吉良君って」

「あぁ。二人にお願いされちゃったから。昔みたいにしてくださいって」

だけど二人が居る時だけだとは言う。

「買ってきたものをあげただけだよ」

「ふーん。俺には?」

「あぁ?」

思いっきり威嚇してしまった。
何を今更、この男は言うのだ?
さっき人前でいらないと言ったばかりじゃないか。

「怖い顔すんなよ。俺にはねぇの?」

「いらないんでしょ?似合わないとか、可哀相とか、気色悪いとか言った癖に」

「いや、気色悪いなんて言ってねぇけど…」

「あんたは他の子から沢山貰っているし、さっきも松本副隊長からもらえて充分って言っていたでしょ?」

馬鹿か。そう吐き捨ては修兵を置いて歩き出す。
言ってることが違うのが、余計に腹が立つ。
なんなのだ、いったい。

「欲しい。のチョコレート」

背後でそんな事を言われる。
だが意固地になっている今、懐にあるそれを「はい、どうぞ」とは渡せない。
素直になるのがなんか癪なのだ。

「ないわよ!そんなの。馬鹿!」

振り返って修兵の顔を見てその言葉を口にしたことを後悔した。
修兵は無言で怒っていたからだ。

「あ」

言いすぎた?
勢いが勝ってよくわからない。
頭の中でぐるぐると考えがまとまらないでいる。
何か言おうと思っても言葉はでない。
そうしているうちに修兵は背を向けて行ってしまった。

「……なんで?」

修兵の行動の意味がさっぱりわからない。
私が悪いのか?

「なによ、檜佐木の馬鹿!」

気持ち悪い。
モヤモヤとした気持ちと苛々が混ざりに混ざって。
意味がわからなくて。

すごく泣きたい気分だ。








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11/11/20再UP