あなたに。




ドリーム小説
それは突然起こった。
予期せぬ出来事。
…想いは消えてしまうのだろうか?



【痛み】



「!!!?」

シュンと矢が放たれ、の頬を掠めた。
突然の出来事には動けなくなる。
に向けて矢を放った男は塀の上から飛び降り剣を抜いた。

「魏に秘密が知られてしまった以上、このままにしては置けませぬ、お覚悟を!」

(え!秘密って?私、秘密なんて言ってないよ!)

男の言っている意味がわからない。
この男は魏の人間ではないようだが…。

「これから死ぬ人間には、もうどうでもいいでしょう」

自分に向けられる剣。

「やぁー!!」

男は剣を振り上げて目掛けて飛び込んでくる。

「きゃ!」

必死でかわす

「あ、あの!誰が、誰があなたに命じたのですか!私はしゃべるような秘密なんてないです!」

逃げながらそう言ってみる。
男は口の端をあげで笑った。

「貴女は『玉璽』の秘密を曹操に漏らしてしまったでしょう?だからですよ」

「え、でもあれは…」

「丞相と趙将軍の命令です、貴女の口を封じらせていただきます」

「…趙…将軍…」

その名を聞いては立ち止まってしまった。
男はその一瞬にに斬りかかった。
我に返る

「っ!!」

かわしきれずに背中が赤く染まった。
はそのまま倒れてしまう。

殿!!」

ようやく、異変に気づいた張遼らがの元へ駆けつける。
男は張遼たちの出現にさっと逃げていく。

「曲者が!よくも殿を!」

張遼は急いでを抱き起こす。
抱き起こした際に張遼の手には赤いものがつく。

殿!しっかりなされよ!」

「…っ…文遠…さま?…」

殿、今しばらく我慢なされよ」

張遼はを抱き上げ一緒にいた徐晃に後を頼んだ。

「徐晃殿!後を任せますぞ」

「承知した!早く行かれよ!」

張遼は医者・華陀のところへ急ぐ。
徐晃はそれを確認した後、曹操の親衛隊らと共にを斬った男、賊を捕らえるために
城内を探し回ったのだった。



***



「背中の傷はそんなに深くはない。頬も掠った程度。毒が塗られていたわけではないようだから大丈夫ですよ」

華陀はそう説明した。
張遼は胸をなでおろす。
突然の出来事に驚くばかりだった。

誰が何のためにを襲うのか?
の蜀への帰還する日が決まったばかりなのに。
曹操とも何も遺恨など起きなかった。

なぜ?

「張遼殿!殿は無事ですの?」

声をかけられ急いで我に返った。
甄姫の耳にも入ったのであろう。
心配で彼女の元へ来たようだった。

「はい、何も心配は要りません」

「そう、良かった…」

甄姫は安堵の笑みを浮かべた。
同時にもう一人、ここへ訪れる者がいた。

「…張遼殿…少しよろしいでござるか?」

「徐晃殿!どうであった?賊は」

「そのことで少しお話があるのですが…」

ちらっと甄姫の方を見る徐晃。
甄姫もその視線に気づく。

「私の事はお気になさらずどうぞ」

「しかし…」

「徐晃殿!お話くださいませんか?私、怒っておりますのよ!」

大事な友が傷つけられたのだから。
徐晃は隣の部屋を借りて二人に話すことにした。
できれば、嘘であって欲しい内容だから、には聞かせたくなかった。

「捕まえた賊が申すには…奴は蜀の人間だと…」

「蜀?それは」

「今回、『玉璽』の秘密が殿に漏れたから殿を始末するようにと、命令が下ったと」

張遼と甄姫は耳を疑った。
信じられないからだ。
口にしている徐晃ですらそう思っているらしい。

「劉備の命令なのですか?」

「…諸葛孔明と…趙子龍…二人の命令だと…」

「そんなはずありませんわ!!」

バンと机を叩いて甄姫が声を上げた。

「趙雲殿がそんな命令を下すはずがありませんわ!何かの間違いです!」

「し、しかし、賊がそう申していまして」

可笑しなものである。
敵国の武将の事を必死で弁護してしまう。
しかし甄姫同様、張遼自身も趙雲に限ってそのような命令をするはずがないと思っていた。
直接剣を交えたことはないが、曹操が欲しがるぐらいである。
武人としては素晴らしい人だと思っている。

「徐晃殿、賊がそう申すよう仕向けられただけじゃないのか?」

「そうですわ!きっと誰かの企みですわ」

「…書状があったのでござるよ…」

「「書状?」」

「今は司馬懿殿の元へ届けましたので、手元にはないのですが。その書状には諸葛孔明からの命令が書かれていました」

「馬鹿な…」

それっきり3人とも押し黙ってしまった。
それが本当かどうかもわからないのに。



「いやーーーーー!!」

突然の叫び声。
隣で寝ているの声だ。
張遼は考えるより早くの元へ向かった。
甄姫も徐晃も続く。

「どうなされました!」

「わ、私…秘密なんて、秘密なんてしゃべってない!」

殿!」

「子龍が私のこと、こ、殺す」

は意識が目覚めたと同時にかなりの情報が頭に入り込んだようで錯乱してしまっている。
いきなり訪れた暗い波に飲み込まれようとしている。
甄姫と再会した時に見せた涙、
趙雲に会いたいと言って流した涙。
それとは違う涙を流している

「なんで?なんで?」

殿、何も考えるな!今は何も考えなくていいから!」

「私のこと、嫌いになったの?いらないの?子龍」

殿!」

なおも叫び、泣き続けるを張遼は抱きしめた。

殿、何かの間違いです、きっと…」

「張遼殿…貴方は…」

張遼の様子を見て甄姫は初めて彼の想いに気づいた。
だが、甄姫自身にはどうすることも出来ないのだ。
色々な想いが重なり合ったまま夜が更けていった。



***



が襲われてから数日が経った。
捕らえた賊を取り調べてはいるものの、進展はない。
話すことは全部同じ。

が『玉璽』の秘密を曹操に漏らした。
だから口封じの為に始末しようとした。
諸葛亮と趙雲に命じられた。

…と。
賊が持っていた書状にも同じことが書かれていてそれ以上は出てこなかった。

「甄がいないようだが?」

曹丕は甄姫付きの女官に尋ねる。

「甄姫さまは只今、藤の室でございます」

「藤の室?…あの娘のところか」

が賊に襲われ傷を負ったのを知った曹操が、を自分の屋敷へと呼び入れ部屋を与えた。
曹操邸の方が警備もしっかりしているし、ゆっくり休めるからだろうと。
甄姫が何かと世話をしているのだ。



殿、傷はまだ痛みますか?」

「大丈夫です、文遠さま」

にっこり笑う
は夜着の上に薄い衣をかけ、身体を起こしている。
張遼は笑うを見て目を細め自分も笑う。

少し離れた場所で二人を見ている甄姫。
あの時は逆だ。
自分とを少し離れた場所で見ていた張遼。
いや、を見ていた。だろう。

甄姫は思う。
このまま、が張遼の傍にいるのが一番良いのではないかと。
だが、賊の言う事がすべて正しい気もしない。
だとしたら、の居場所はやはり趙雲の傍なのではないだろうか。

自分では出せない答えに甄姫はため息をつくのだった。



***



は順調に回復しておるのか、ならば予定通り蜀へ帰してやれ」

曹操は司馬懿にそう言った。
司馬懿は頷き部屋を出て行く。
夏侯惇は腕を組んでじっと曹操を見る。

「良いのか、孟徳」

「わしは最初からそのつもりだ」

「…口封じの為に殺すか…」

「誰かが勝手にやったのであろう…可笑しな事だ。口封じならではなく、わしだろうに…」

曹操は椅子にもたれ深く息を吐いた。
曹操にはその『誰か』がわかっているようだ。
に悪いことをしたと思っている。だから早く蜀へ帰そうと思うのだ。

「傍に置く気はないのか?」

「元譲…くどいぞ」

「い、いや、お前のためではなく…そのなんだ…」

「?なんだ?」

「いや、いい…俺が気にする事でもないな」



***



曹操の命により、近いうちにを蜀の国境付近まで送る事になった。
すでに蜀へとその旨を伝える書状を送った。

「張遼殿、良いのでござるか?」

「徐晃殿」

徐晃の言いたいことがわかったらしく、張遼は困ってしまう。
口には出さないものの、甄姫も夏侯惇も自分を気にしてくれているのがわかった。

殿はもうすぐ蜀へ戻られてしまう。そうなれば貴公は」

「私に何ができると言うのだ。殿にはすでに想う相手がいる」

「しかし、此度の事で殿は傷ついておられる」

「そう傷を私に癒せと?そのような真似は出来ぬ。貴公もそう思うであろう?
徐晃殿らしくないですよ、そのような考えは…」

「張遼殿、出すぎた真似をしたようだ」

「いや、皆に心配をかけたようだ。私の方こそ礼を申せねばならない」

徐晃は頭を掻く。
自分も真面目だ、真面目だと周囲によく言われるが、この男もそうだ。
自分の事より相手のことを優先している。
出来れば、張遼にとって良い方向へ動けば良いのにと思う。

「もうすぐ日が暮れますな。私は一度殿の様子を見てまいります」

張遼は徐晃にそう言って曹操邸へと向かった。

「張遼殿…」

徐晃は何も言えず、張遼の後姿を見送った。



殿、私です」

「文遠さま!」

扉を開けては張遼を向い入れる。
自分にはもったいないくらいの笑顔を向けて。

「起き上がっても大丈夫なのですか?」

「もう大丈夫です。華陀先生にも了解は得ました」

「そうですか…ではもうすぐですな」

「え?…もうすぐって…」

「貴女の傷が癒えたらここを出立なさるのですよ。蜀へ帰れますよ」

出来るだけその話はしないようにしたが、すでに具体的な日時まで決まっているので
張遼は言葉に出す。
張遼自身が別れを決意するために。

しかし、の顔は晴れない。

殿?」

「…私…ここにいては駄目ですか?」

「…それは」

は張遼の服をぎゅっと握る。

「甄姫さまもいるし…」

殿、貴女は蜀へ帰りたいと言ったではありませんか。せっかく帰れるのですよ?」

「私…」

ふと、張遼は庭に人の気配を感じた。

「誰だ!」

張遼は外に出る。
二人組みの男女が庭に立っている。

様!ようやく見つけましたわ」

様、ご無事ですか?」

「伏犧さん…女禍さん…」

蜀を出てを探していた伏犧と女禍だ。
二人はの姿を見てその場に跪く。

様、皆心配なさっております。私たちと戻りましょう」

「私…」

は手を差し伸べる二人から張遼の背に隠れてしまった。

様?」

「そなたたちは蜀の者か?」

「そうだ、蜀と言うより様の護衛が俺たちの目的だ」

殿、迎えが来たなら帰るべきです。さぁ」

張遼は優しくを二人の前に引き出そうとする。
だが、はそれを拒絶した。

「やだ!私帰りたくない!」

様!」

は張遼の胸に飛び込み泣き出した。
伏犧と女禍には信じられない風景と言葉が起こり困惑する。

殿…」

一番困ったのは張遼自身で、封じ込めていた気持ちが揺らいでしまう。

「何事ですの?」

の泣き声に気づいた甄姫が現れる。
その光景に彼女自身も目を見開いて驚いてしまう。

「張遼殿?これは…それに貴方方はいったい…」

「甄姫さま、殿をお願いします。そなたたちは私と来ていただきたい。すべてお話しする」

張遼は泣きじゃくるを引き離し甄姫に任せ、伏犧たちを別室へと案内した。
そして、がここへ着てからのことをすべて伏犧たちに話したのだった。



様が帰りたくないってなら、別に俺は構わないぜ」

「伏犧…」

様のいる場所が俺のいる場所だ。蜀だろうが、魏だろうが関係ないね」

「…それはそうだけど。でも趙将軍が…」

「すまないが、この国では殿の居場所はない。すでに殿の出立日時も決定済みだ」

張遼は二人に言った。

「それじゃあ」

殿が嫌がろうとも殿はこの国に置く気はないらしい」

「…アンタはそれでいいのか?」

逆に伏犧に問われる張遼。
伏犧は短い時間だが、敵国の中にいたにとってこの男の存在がにとても大切なものではないだろうかと考えていた。
そしてこの男もに想いを寄せていることも感じていた。

「私は殿の命令に背く気はない」

「曹操じゃなくて、アンタ自身の気持ちだよ」

「あの趙雲ですら、神が相手だろうが様を守るって言い切ったんだぜ」

「…私は殿を困らす気はない」

「つまんねぇ男だな、アンタ」

伏犧ははき捨てるように言った。
女禍は何も口に出さずにいる。
張遼は、これ以上は何も言わなかった。
一人の男性としての想いより、曹操に仕える武人としての想いを全うしようとしている。

が魏を離れる日はもう近い。




私の居場所はどこだろう?

誰の傍にいればいいの?

嘘だと言って欲しい けれど何故だろう、信じてない自分もそこにいる…。








03/01/31
03/02/02
11/10/30加筆修正再UP