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あなたに。
私はどうしたいのだろう? 人を信じるって難しいんだ…。 【本音】 魏と蜀の国境付近。 一台の馬車が数人の兵士たちに護衛されて走っている。 馬車の前を夏侯惇と張遼が馬に乗り先導している。 馬車の後方には徒歩だが伏犧と女禍の姿もある。 帰りたくないと泣いただが、結局こうやって蜀へと戻された。 別れ際、甄姫はの頭を優しく撫でる事しかできなかった。 上手く言葉を伝える事も出来ずに。 張遼自身、許都を出てからには一言も話しかけてはいない。 ようやく劉備に送った書状に記した落ち合う場所が見えてきた。 ここは本当の魏と蜀の分かれ目。 「ふん、ぞろぞろとやって来ておるわ…」 夏侯惇の目にかなりの数の人の姿が入る。 「それほど大切な人なのでしょう、殿は」 隣で張遼が言う。 「お主にとってもそうではないのか?」 「ご冗談を…」 夏侯惇は本音を言おうとしない張遼を見るが、本人はまっすぐに正面を向いたままである。 「ふん…」 夏候惇自身、少々歯がゆさを感じた。 「あ!趙雲殿!見えてきましたよ!あれがきっとそうですよ!」 「あぁ、私にも見えるよ」 姜維は嬉しくてしょうがないらしく、武将と言うより、家族の帰りを待っているかのようだった。 当然趙雲もそうなのだが、多くの部下の前で浮かれるわけには行かない。 それに、まだ自身とは確認が取れていないのだから。 伏犧と女禍が成都を出てからどれくらい経っただろうか? を攫ったと言う相手国から書状が届いた。 誰しもその内容に驚いた。 差出人は曹操本人。 を攫ったのは部下が勝手に仕出かしたこと。 曹操本人には『玉璽』の力には興味もないのでを帰す。 そんな内容だった。 誰しもがそんなことは嘘だ、罠だと思ったが。 劉備はを迎えに行くと決めた。 もし、罠なら逆に返り討ちにしてやると…。 の護衛に夏侯惇、張遼と言う武将の名が連なっていたので 関羽、趙雲、ホウ統、姜維を中心とした部隊を落ち合う場所へと配置した。 ただ、曹操が劉備へ書状を送った後にあの出来事が起きたために、趙雲たちは状況を知らないのだが…。 「止まれ!…関羽がわざわざ出迎えるとはな…」 「夏侯惇に張遼の名があったのでな、しては」 「あの馬車の中だ、それとの護衛だと言う奴らも一緒だ」 夏侯惇に言われ後ろを見ると伏犧と女禍の姿がある。 関羽は罠が仕掛けられている事もないだろうと安堵する。 張遼は馬を降り、の乗る馬車へ近づき外から声をかけた。 「殿、着きましたぞ」 「…文遠さま…」 扉が開かれ中からが降りてくる。 張遼はとは目線を合わせようとはしなかった。 「文遠さま、あの」 「さぁ、皆さんお待ちですぞ」 「………」 張遼はに背を向ける。 他の者たちに戻るための指示を出し始める。 その横を伏犧と女禍が通り過ぎる。 ゆっくりと一歩ずつ進む。 夏侯惇も馬を降り、を見ている。 夏侯惇の隣に来たは夏侯惇に眼で訴えてしまう。 「、すでに魏にはお前のいる場所はない。承知しておろう」 「………」 「!」 趙雲が嬉しそうに自分を呼ぶ。 は趙雲を見る。 会いたいと思っていた人、ごめんなさいと謝りたいと思っていた人。 その気持ちが趙雲を見たときにフワっと浮かび上がってきた。 「し、子龍…」 趙雲の胸に飛び込めると思った。 だが、一瞬の闇がを襲った。 『丞相と趙将軍の命令です、貴女の口を封じらせていただきます』 あの時切れた頬が痛んだ。 薄っすらと赤い線が浮かび上がる。 「嫌!帰りたくない!!」 は後ろに後ずさり、泣き崩れてしまった。 蜀の人間は我が目、我が耳を疑った。 自分たちの国にとって大切な人が、帰ることを拒絶しているからだ。 誰もが動けないでいたが、趙雲がゆっくりとの元へ近づきの前に膝を折る。 「…どうした?何があった?」 趙雲はの肩に触れようとした。 いつもより優しい声でを気遣う。 だが、は趙雲の手を払った。 「子龍は私のこと殺そうとしたくせに!」 「!?」 憎しみを込められた目で自分を見る。 何の事だかわからない趙雲にはショックが大きい。 「私が、を殺す?なんのことだ?」 「、それは間違いだ」 夏侯惇がに一喝する。 だがは立ち上がって、趙雲から離れてしまう。 そして、張遼の背中に抱きついた。 「殿!」 「私、帰りません。甄姫さまと文遠さまと一緒にいる」 振り出しに戻る。 とはこのことだろうか。 魏にはすでにの居場所はないと言っているのに、は帰りたくないとの一点張り。 拒絶された趙雲には何がなんだが分からず、夏侯惇とのやり取りを遠くから見ているだけだ。 「!何度も言わせるな!」 「だって…」 張遼の後ろをべったり着いて離れないに夏侯惇は深くため息を吐く。 ここでこうしていても、時間が過ぎるだけで帰還も遅れてしまう。 夜になったら進めなくなる。 「張遼、しばらくの元に居れ」 「か、夏侯惇殿!何を言われるか」 「俺から孟徳には伝える。このままじゃ埒が明かん。関羽、詳しい話は張遼に聞け」 夏侯惇の命令に張遼は動揺が隠せない。 が帰りたがらないからと言って敵国に行けとは…。 「落ち着いたら戻って来い。よし、俺たちは戻るぞ」 無常にも夏侯惇は他の者たちと戻っていってしまった。 「か、夏侯惇殿!……」 残された自分に集まる視線が痛い。 「仕方ない、行くとしよう張遼」 面識のあるのは正直関羽のみ。 関羽が自分という人間を証明してくれるだろうとは思うが、気は重い。 しかしを国に戻さなくてはいけないので、張遼は仕方なく従ったのだった。 *** 関羽たちが戻ってきて、その空気が重いことに馬超は気づいた。 が戻って来たなら、どうせ趙雲と二人でいちゃついていやがると毒づいていたのだが。 まったくの逆で、趙雲は力なく落ち込んでいるようで、の隣には別の男の姿がある。 「な、なんだ?」 せめてもの救いは、は笑顔で男の隣にいるわけではなかったこと。 「女禍殿、を頼む。あれでは話が聞けない」 関羽に言われ女禍はを部屋に連れて行く。 張遼は関羽に案内された部屋で事の次第を語り始めた。 この事は劉備の耳にもすぐさま入り、皆動揺が隠せなかった。 一番ショックが大きいのは趙雲なのだが。 関羽の言葉から、張遼が嘘を申し立てているわけではないと信じた。 孔明と趙雲がの抹殺命令など出していないのも明らかだ。 後はもう、の心の傷次第。 趙雲と張遼。 鍵を握るのはこの二人。 *** が成都へ戻ってきてから数日が経つ。 が張遼から離れないから、仕方なく敵地へ来てしまった張遼。 関羽のお蔭で、不自由なく生活ができているのはありがたいが、やはりここは敵地。 いつまでもここにいる事はで気ないと考えている。 「文遠さま、何を考えているんですか?」 「あ、あぁ殿…いえ…」 張遼は笑顔で答える。 今、張遼はと共に、庭を散歩していた。 いくら、関羽がよくしてくれたと言っても、成都の街へ行こうとはしないで城内に留まっている。 「文遠さま、やっぱり街へ行くのは嫌ですか?」 「私は一応敵国の武将ですし、民にいらん不安を与えるものではありませんよ」 「…王華飯店でお食事したかったのになぁ」 「申し訳ありません。せっかくのお誘いを」 「あ、いいんです。無理を言ったのは私だし」 は慌てて首を振る。 本当に二人はとても仲睦まじい。 そんな二人を遠くで見ているものがいた。 孔明の弟子、姜維である。 仕事の途中なのであろう、腕には沢山の書簡を抱えていた。 姜維としては複雑な気持ちでいっぱいである。 の身に起こった事は誰かの策略であるにしろ、は傷ついた。 それを魏で支えてくれていたのは、曹丕の妻甄姫と張遼であるのを聞いた。 が今笑っていられるのは、張遼のお蔭なのはわかる。 (趙雲殿はずっとの事を心配していたのに…でも…笑う回数増えたし…) 状況が状況なだけに…けれど、趙雲を見ると…。 「複雑だなぁ…」 ふぅとため息を吐く。 そして再び書簡を持ち直して場を後にしたのだった。 馬超は鍛錬所で汗を拭っていた。 いつもの鍛錬を終えたところで、休憩するためだ。 「ふんっ!ふんっ!はっ!!」 声のするほうに馬超が目をやると、いまだ槍を振るっているものがいる。 趙雲がかなりの汗を流しながら槍を振るっている。 「おい、そろそろ休憩したらどうだ?」 馬超が声をかけるも、趙雲は手を休めることはない。 「しょうがねぇな…身体ぶっ壊すぞ、本当に」 馬超は趙雲の腕を掴む。 「え!あ、あぁ。なんですか、馬超殿」 「アンタなぁ…」 本当に無心で槍を振るっていたらしい。 馬超が心配するのも無理はない、何故なら馬超が鍛錬所に来た時には、趙雲はすでにかなりの汗を流していたのだ。 「とにかく一度身体を休ませろって」 「ははっ、そうですね。少し休みますか」 息を弾ませながら、趙雲は笑顔で答える。 本当は毎日辛いはずなのに、そんな事は微塵にも出さないようにしている。 「なぁ、話す気もないのか?」 とさ、と呟くように言う馬超。 彼なりに気を使っているらしい。 あの日から趙雲は極力に近づかないようにしていたのだ。 「……怖いのですよ」 「怖い?アンタが?」 「に、これ以上拒絶されるのがね、情けないようですが…」 力なく笑う趙雲。 「張遼殿といることでが笑っていられるなら良いですよ」 「それでいいのかよ」 趙雲の気持ちがわからなくはないと、馬超は思うが、今までもことを考えると納得がいかない。 「逃げないで、話せよ」 「馬超殿」 「それでも駄目なら、はその程度の女なんだよ」 「それは酷いですよ」 「いいんだよ。俺はアンタの味方してやってんの」 「ははっ、それは心強いですね」 背中を押してくれる友がいる。 趙雲はそれだけでも嬉しかった。 確かに、このままじゃいけないと感じてはいる。 拒絶されるのが怖いなどと言ってはいられない。 その時はその時だ。 趙雲は頷く。 馬超が見る限り、今の趙雲の表情は吹っ切れているように見えた。 *** 「…え…帰る?…」 「そうです。いつまでもここに居ることなどできませんから」 は張遼からはっきりと言われた。 理由がどうであれ、敵国の武将が捕虜でもないのに何時までもいる事はできない。 「わ、私も一緒に行っては駄目ですか?」 「殿…それは駄目です。貴女はこの国に必要な方でしょう?」 「で、でも…」 「それにちゃんと、趙雲殿と向き合うべきです。あの事件は決して趙雲殿が仕向けた事ではないのですよ」 は黙って俯いてしまう。 正直、張遼はと離れたくはなかった。 封じ込んでいた気持ちが、と一緒に居る事で溢れ出てしまう。 だが、だからと言って、仕える君主を変える気はない。 張遼が忠誠を誓うのは劉備ではなく曹操だ。 じゃあ、を魏へ連れて行こうか? それも出来ない。 遠くから趙雲が見ていたのを張遼は知っていたからだ。 「殿」 「…はい…」 「私は殿が好きですよ」 「え!」 張遼の突然の告白に驚き顔を上げる。 が見た張遼の顔はとても穏やかに笑っている。 「わ、私も文遠さまが好きです」 「嬉しいですね。ですが、私の好きと貴女の好きは違うでしょう。貴女が心の底から想っているのは私ではなく趙雲殿だ」 「………」 「殿は甄姫様に言ったでしょう?趙雲殿に逢いたいと強く願っていた。ちゃんと謝りたいとも」 「文遠さま…」 「もう逃げていては駄目ですよ。貴女はちゃんとわかっているはずだ。趙雲殿が簡単に裏切るような男ではない事を」 は張遼にずっと甘えていたのかもしれない。 いや、『かも』ではなく甘えていたのだ。 初めて会ったときから優しかったこの男に。 そして、今も自分の背中を押してくれる。 「ありがとう、文遠さま」 は笑った。 今までで一番の笑顔を張遼に見せた。 そして張遼は、自分の気持ちに蹴りを付けに行くのだった。 張遼は鍛錬所に足を運んだ。 趙雲と馬超が談笑していた。 趙雲は姿を見せた張遼に一瞬息が詰まるのを感じた。 とても真剣な眼差しだったから…。 「趙雲殿」 「張遼殿…なんですか?」 「お手合わせ願おう」 立てかけてあった槍を手に取り張遼は趙雲に言った。 「…私の方こそお願い申す」 趙雲も槍を構えたのだった。 *** それは小一時間ほど行われていた。 張遼が趙雲に手合わせを申し入れた。 趙雲もそれを受けた。 「せぃやぁっ!」 「はぁっ!」 二人とも槍使いとして名が知れているため、白熱したものになっている。 立会人を任された馬超もあまりの凄さに息を飲んでしまう。 「すげぇな…こりゃあ」 見ているこっちが圧倒されてしまう。 鍔迫り合いになると、互いに譲らず力が入る。 ふと張遼が趙雲に向かって言った。 「私は殿に自分の気持ちを伝えましたよ」 「それが何か」 馬超には二人の会話が聞こえていないらしい。 張遼は趙雲を見据える。 趙雲はキッと睨みつける。 「殿もぜひ、一緒に魏へ戻りたいと」 「!?」 「貴公はどうなさる?」 「私はを誰にも渡しはしない!貴方にもだ!」 その言葉を聴いて張遼はフッと笑った。 「それが貴公の本音ですな…てやぁぁぁぁ!」 張遼は力を込めて、趙雲の槍を弾き飛ばす。その反動で趙雲は後方へ倒れこんだ。 「……参りました」 大きく息を吐く趙雲。 張遼は笑って手を差し伸べる。 「いえ、私の方こそ、貴公を試すような真似をして申し訳ない」 「試す?」 趙雲は差し伸べられた手をとり立ち上がった。 張遼は、それ以上は何も言わなかった。 張遼は愛馬に跨り、門を抜けようとしていた。 そこには関羽が待っていた。 「今度は立場が逆のようだな」 「そうですな、世話になりました。関羽殿」 「これを持って行け、許都まではかなり距離がある」 関羽は銭の入った袋を張遼に渡した。 「かたじけない」 張遼は素直にそれを受け取り、馬を走らせようとした。 だが、彼を呼ぶ声がする。 「文遠さま!」 が一生懸命走ってくる。 息を弾ませながら。 「黙って行くなんて、酷いです」 息を整える。 張遼は馬上からを見る。 「殿、もう大丈夫ですな」 「はい、大丈夫です」 が笑ったのを見て、張遼は背を向ける。 「文遠さま、文遠さまは私の好きとあなたの好きは違うと言いましたよね? そんなことないです。私も文遠さまが好きですよ…貴方が居てくれたから、私はここにいるんです」 その言葉を聴いて張遼は黙って馬を走らせた。 きっとは笑っているだろうから。 (ありがとう 殿) もう2度と会うことはないだろう。 でも 「私は貴女の幸せを願っていますよ」 と笑みを漏らすのだった。 「さようなら 文遠さま」 張遼が去ったのを見て呟く。 これで本当に敵同士になってしまう。 自分の中にある『玉璽』の力で何か出来ることはないかと考える。 せめて自分が生きている間は、自分の大切な人たちが刃を交えないようにと。 「甘い考えかな」 は大きく伸びをした。 すると関羽が黙っての頭を撫でて行った。 も戻ろうとした時、趙雲が立っていた。 「」 「…子龍…」 「張遼殿は行ってしまわれたようだな」 「う、うん」 勇気が足りない。 趙雲の顔を見ることができない。 張遼には大丈夫だといったものの、今何を話してよいのかわからない。 趙雲にはひどいことを言ったのだから。 「、少し歩かないか?」 「うん」 黙って趙雲の後ろを歩く。 本当は隣を歩きたい。 けど、そんな軽々しくしたくない。 都合の良い事をしてはいけないのだ。 急に立ち止まる趙雲。 よく見ると、そこはと趙雲の想いが繋がった場所だった。 「私は今でもを愛しているよ。…この言葉は今のには迷惑なだけかもしれないけど…」 趙雲は軽く頭を掻く。 なんでこの男はそこまで優しくしてくれるのだろう。 悪いのは全部弱い心を持った自分なのに。 裏切ったのに。 拒絶したのに。 賊の言葉の方を信じたのに。 「な、なんで怒らないの?私、子龍に酷いことしたのに…」 はキュッと目を瞑って俯いてしまう。 「嫌われるのは私のほうだよ」 「…」 趙雲はの頬に触れようとするが、躊躇してしまう。 またこの手を払われたらと。 だが、思い切っての頬を包み込んだ。 「私が怒る理由はないよ。のことが心配で、会いたくて、この手で触れたくてしかたなかった」 はそっと目を開ける。 目の前には悲しそうに笑う趙雲が映った。 「守ってあげられなくて、ごめん。怖い思いをさせたね」 「子龍…」 優しすぎるこの男の気持ちに、の目からスッと涙が零れ落ちた。 趙雲は優しくその涙を拭ってあげる。 「子龍、私、ずっと謝りたかった。あの日、喧嘩なんかしたから…。 私が変な意地を張ったから…だから、ずっと謝りたくて。ごめんなさい、子龍」 「私の方こそ、許してほしい。さえ良ければ私の元に居てくれるかい?」 「私、子龍の傍に居ていいの?」 「だからいて欲しいのだよ」 「私の方こそ、子龍の傍に居させてね」 ようやく趙雲に向けて笑顔を取り戻した。 趙雲はその笑顔にたまらなく愛しさを感じる。 「この先ずっと、を守る、絶対に泣かせないから」 趙雲は再びそう誓った。 もう二度とこの手を離すまいと…。 小恋の続編。あなたに。同じく加筆修正し、話数をまとめたものです。
この頃はまだ、曹丕はモブだし、うちの遼さんは優しさでできていたという…。
03/02/04
03/02/09
11/10/30加筆修正再UP
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