あなたに。




ドリーム小説
余計な事など考えずに 一言言えば良かったのに
たった一言 『ごめんなさい』って…。
そうすれば きっと いつもみたいに笑ってくれる
なのに できなかった それが悲しい……。



【優しい出会い】



が張コウらに拉致され、連れてこられた場所は大きな都だった。
成都とはまた違った雰囲気の町並みであるのが、馬車の中からでもわかった。
いったい何処に連れて行くのか、張コウは一言も話そうとはしない。
思い沈黙が馬車の中に漂っており、には居心地が悪いだけだった。

しばらくすると馬車は止まった。

「さぁ、着きましたよ」

張コウに言われ馬車から降りると、沢山の兵士たちが出迎えている。
きっと張コウの出迎えだろう。

張コウの後をは着いていく。
今はどうする事も出来ないから従うだけだ。
しかし、の頭の中は趙雲と倒れたままの姜維の安否でいっぱいだ。

「お連れしましたよ、司馬懿殿」

「ご苦労。張コウ殿…」

が案内された部屋には紫色を主張した衣装を纏った男がいた。
張コウを初めて見た時に冷たい目をした怖い人と感じただったが、今、目前にいる男の方が更に冷たく感じる。
氷のような視線とてでも言うのだろうか。

「玉璽の姫など言うからどんな人物かと思えば…」

男にキッと睨まれ思わずビクつく

「ふん、ただの娘ではないか」

「貴方の言いたい事は分かりますけどね」

「とりあえず、この娘を別室にて丁重におもてなししておこう」

フンと鼻で笑う男。

「さぁ、ご案内しますよ」

再び連れて行かれる
きっとこの男たちは『玉璽』の力を狙っているのであろうとはわかった。
最初に玉璽の力が発動した時は長坂で、曹操軍の前だったから。

けれど、あのような力はもう発動しない…。

あれは伏犧と女禍の力だから。



***



張コウに自由に使って良いと通された部屋はこれと言った特徴もない。
ただ広い部屋だった。
する事もないので寝台へと座り込む。
張コウたちにはが逃げる真似はしないと考えているのか、部屋の周りには見張りもいない。

ただ…この部屋の周囲には人の気配がしない。寂しい部屋。
ずっと神経を張っていたためか、音もしないこの部屋で独りになったら急に涙が出てきた。

姜維は無事だろうか?
劉備たちは心配しているだろう。
趙雲は…。

「子龍に会いたいよ…ごめんって言いたいのに…」

無事に蜀へと帰れるだろうか?
もう一度趙雲に、皆に会えるだろうか?
そればっかり考えてしまう。

あの時、こうしていればとか後悔ばかりである。
悩んでいても、今は帰れる保証はない。



***



は大きな都、許都の城へ連れてこられてから数日が経った。
今だ、何も変わらず部屋にいるだけだ。
食事も風呂もちゃんとしてくれているので、捕虜と言うより客扱いのようだ。

「…暇…」

は元々じっとしているのが苦手なタイプなので、部屋に閉じこもりきりはうんざりだ。
見張りも着いてないってことは好きに動いて良いと言うことだろうか?
は部屋に置いてあった、紙に一言。

『散歩してきます』

とだけ書いて部屋を出た。
黙っていなくなれば、のことを世話してくれるこの城の人間に悪いだろうと考えたからだ。


ふらふら歩いてみても、広い城。
あまり遠くに行くと、部屋に戻れそうにないから迷子にならないよう気をつける。
今まで沈んでいた気持ちも少しは晴れてきた。
動いているだけでも楽しくなる。

(…案外、面白いかも)

曹操という人物はただの戦好きではないと、城の雰囲気から思った。
所々に飾られてある、絵だとか、詩文などがの目に止まる。
孔明に教わった甲斐があったのか、詩文を読んで見ると楽しい。

「興味がおありですかな?」

「え?」

は振り向くと一人の男が立っている。
身に着けている鎧から見ると武将だろう。
青い色で花の模様などが描かれている。

「興味と言うか…えと…」

「私でよければ城を案内しますよ」

男は優しく言う。

「いいです…お仕事中に悪いです」

「私のことなど全然気にならずに。私も暇なのですよ」

は断るが、男の方が是非にと言うのでは男の好意を受ける事にした。

男の名は張文遠と言う。
曹操配下の武将である。

「そうか、殿は張コウ殿に連れてこられた方だったか」

自分のことを何処まで話して良いかわからずにいたが、張遼の耳にはすでに情報として入っていたらしい。

「申し訳ない」

張遼はに向かって突然頭を下げる。

「え!え!そんな貴方が頭を下げる必要なんてないですよ」

は困ってしまう。

「しかし、理由はどうあれ、貴方は無理やり連れてこられたわけだし」

「だからって文遠様が謝るのはおかしいです」

謝るなら、司馬懿と張コウだとは考える。

殿…」

張遼はの言葉に寂しげに笑った。

「貴女は優しいですね…敵将である私にもそのように接してくださって」

「確かに魏と蜀は争っていますが、私と文遠様とはいがみ合う必要ないでしょう?
文遠様こそ私のことを気遣ってくれる優しい方です」

の置かれている立場はきっと優しいものではない。
今後のことを考えればどう転ぶかわからない。
でも、できるだけ笑っていられるように考える。
明るく笑っていれば何かが変わるかもしれない。
少なくとも、目の前にいる張遼とは上手くやっていけそうだから。

様!こちらにいたのですね」

一人の女官がの元へ走ってきた。
一緒にいる張遼の姿を見て女官は一歩下がって頭を下げる。

「昼餉のご用意ができております。室にお戻り下さい」

「はい、わかりました」

は素直に女官に従う。

「文遠様、お話できて楽しかったです」

は張遼に頭を下げてから、女官と共に来た道を戻っていく。
の後ろ姿を見て、張遼は思わず呼び止めた。

殿!」

「はい?」

も立ち止まって振り返る。

「あ…あの、よろしければ午後も城の案内の続きでも致しましょう」

「………良いのですか?」

「もちろんです」

は隣に居る女官の方を見る。
女官の方も優しく頷いてくれた。

「ではお願いします、文遠様」

の笑顔に張遼は少し顔を赤らめてしまうが、何事もなかったように答える。

「後でお迎えに上がります、殿」

そして二人は再び歩き始めた。


張遼は思う。
戦の道具として使われるかもしれない少女に惹かれているのかもしれないと。

今回の事は曹操の命令ではなく軍師・司馬懿の独断だった。
いずれは曹操の前にを引き出す事になるのだが…。
に会って見て張遼は思った、できれば彼女を何事もなく蜀へ送り帰す事はで気ないだろうかと。


しかし、判断するのは曹操である。



***



「す、すみません!僕が、僕がもっとしっかりしていれば」

姜維は、趙雲の姿を見るなり寝台から飛び起きて頭を下げる。

「姜維!止せ!お前の所為じゃない」

怪我をし療養している姜維の元へ趙雲は見舞いへ来たのだ。
趙雲は姜維を起こそうとするが、姜維は床に頭を付けたままで動かない。

「姜維…顔を上げてくれ」

趙雲は姜維の方に手をやるが、姜維は震えている。
恐怖心から震えているのではなく、悔しくて震えているのだ。

「丞相が心配していたのに、僕は…軽々しく町へ連れて行ってしまって」

「姜維、そう自分を責めるな」

「ですが!」

ようやく顔を上げた姜維の目には涙が溜まっている。

「元はと言えば、私が些細な事でと喧嘩したことから始まった事だ。お前の所為じゃない」

「趙雲殿…」

「早く怪我を治してくれよ。お前がいないと諸葛亮殿は忙しくて大変のようだよ」

趙雲は笑って姜維を立たせた。



趙雲はの拉致を聞かされた時ものすごい後悔に襲われた。
同時にを探そうと走り出した。
だが

「趙雲!」

馬超にそれを止められた。

「何処へ行く気だよ」

「決まっている、を探しに行く」

「何処へ?どうやって行くんだよ」

「しかし!」

「あーうるせーな。誰がを攫って行ったか姜維に聞かんとわからんだろ?」

馬超は面倒くさそうに頭を掻く。
まだ詳しい話はされていなかった。
姜維が倒れているのを発見した者の話では、遠くで騒いでいる声がするので、駆けつけてみれば姜維が倒れており、少女が叫びながら、数人の男たちに連れて行かれた所だったのだ。
ただ姜維はすぐに気づかず、彼が目を覚ますのを待つばかりだった。

…」

「はぁ…諸葛亮殿に聞けば何か分かるかもよ」

「諸葛亮殿?」

「あぁ、アンタらが遠乗りに行った日あったろ?あの日、俺はアンタらを連れ戻せって頼まれたんだよ」

「何故?」

「さぁな?理由は後で聞こうと思って探しに出たら、アンタらは戻ってきていたからな」

些細な喧嘩をした日だ。

「無事だったから、忘れていた」

馬超はあっさり言う。
そこへ良い具合に二人を呼ぶ声が。

「趙雲!馬超!姜維が目ぇ覚ましたぜ」

「本当か!」

二人は急いで姜維の元へ行く。
そこには劉備や孔明、関羽に張飛も集まっていた。
伏犧と女禍も。
女禍はともかく、伏犧は趙雲をじっと睨みつけている。
趙雲自身、理由がわかっていたのであえて話しかけようとはしなかった。

「すみません、僕が着いていたのに…」

「よい、姜維。状況を説明してくれないか?」

劉備に言われ、一同の顔を見渡してから姜維は頷く。

「僕らは町外れまで来て、城へ戻ろうと言う時に数人の男たちに囲まれました。
ですが、殿を街の方へ逃がせば変な真似は出来ないだろうと、男たちを引き止めていたのですが…すぐに殿は仲間の男に捕まってしまいました」

姜維は本当に申し訳なさそうに趙雲を見た。
趙雲は何も言わずに姜維を見ている。

「どんな感じの野郎だ?」

「…身なりはちゃんとしていて、丁寧な口調でした」

姜維は間違えないように一つ一つ思い出す。

「あ!殿はその男のことを知っている感じでした。向こうもそんな感じでしたし…あと」

そして再び、チラッと趙雲の方を見る。

「?」

「趙雲殿のことも知っていました」

「私のことを?」

「はい、趙雲殿と決着を付けたかったと…」

「…それは…」

ふっと趙雲の脳裏に蘇る長坂の戦い。
自分たちのことを知っている男と言えば、魏軍の武将張コウである。
あの時、を庇って張コウから傷を受けた。

(あの時の男か…)

「…やはり、曹操ですか…)

今までずっと黙っていた孔明が口を開く。
一斉に孔明に視線が集中する。

「確信はもてなかったのですが、殿を狙っていると言う噂が入ってきたのですよ」

「それで、あの時二人を探せと言ったのか」

「えぇ…ただ殿を狙っている相手まではわからずじまいだったのですが」

確かに魏国ならばやるかもしれないと思いつつも、曹操自身が狙っているのか定かではない。
彼らしくないやり方と思えるからだ。
同時に、もしかしたら同盟を結んでいる呉国かも知れないという気もしたのだ。
同盟と言っても些細なことで切れてしまう場合だってある。

それが『玉璽』の威力なのだ。

「だが、を攫った相手はわかった、どうする兄者」

「ふむ…」

どうすると言われても、劉備は簡単に答えを出さないようにしていた。

「攻めろって言ったって、が何処にいるのかもわからねぇぜ」

「………」

一同策がなく黙ってしまう。
だが、その沈黙を破ったのは意外にも伏犧だった。

「俺たちが様の居場所を探す」

「!?」

「そうね、隠密行動は得意よ。向こうだって、私たちの顔や名前なんて知らないだろうし」

伏犧の言葉に女禍も同意する。

「何より、俺たちじゃなきゃ様は見つけられない」

『玉璽』との繋がりなのだろうか。

彼らは『玉璽の発動』と共に現れたのだから。
劉備は二人の行動を許可したのだった。



あれからすぐに彼らは成都をでた。
その時に伏犧は何も言わずにいきなり趙雲を殴り飛ばした。

「伏犧!大丈夫ですか?趙将軍」

「あ、あぁ」

「行くぞ、女禍」

「ちょっと、伏犧」

伏犧は振り向きもせずに歩き出す。

「私は大丈夫です、行って下さい」

「でも」

「彼の言いたい事はわかりますから。女禍殿、のことお願いします」

頭を下げる趙雲に女禍は笑って頷く。

「お任せ下さい!必ず様をお探ししますわ」

そう言って伏犧の元へ走って行った。



それ以来、趙雲にはただ待つという事しか出来なかった。
がいないと言うだけで、城内もどこか静かで寂しく感じる。

…無事でいてくれ」

毎日祈り続ける趙雲だった。








03/01/18
03/01/20
11/10/30加筆修正再UP