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小さな恋のうた
蜀? 歴史や歴史小説が好きな方、得意な方なら知っていると思う。 蜀とはかの有名な歴史小説三国志にも登場する国…。 ぶっちゃけた話、ここは昔の中国だけど、まだ国としては成り立ってはいない。 私が何故に、この時代、ここに来た理由はわからない。気づいたらいたって感じ…。 でも、この時代は少し変。 私の知っている三国志とはかけ離れている気がする。 けれど、各地でさまざまな戦などが繰り広げられている中、生きていくためにはそんな悠長な事は言ってられない。 そんな中で偶然、私を拾ってくれた、蜀の方々には感謝だ。 では。私がこの時代へ来た時のことをお話しようと思います。 が目を覚ますと、見たこともない部屋に寝かされていた。 起き上がり、周りを見渡すがどことなく違和感がある。 外からは大勢の男性の掛け声が聞こえる。 それが余計にの頭を混乱させてしまう。 すると、一人の女性が部屋に入ってきた。 「お気づきになられたのですね」 丁寧な口調で微笑む女性に、もつられて笑みを浮かべるが、すぐさま女性の服装へと目が行ってしまう。 長い袖、長い裾、まるで昔の物語に出てくるような天女の衣装を纏っている。 (…なに…この人) 「どこかお身体が痛みますか?」 「えっ…あ…大丈夫です…あの〜」 「はい?」 「ここは…」 が女性に訊ねかけたとき、また別の人物が部屋に入ってきた。 女性はその人物=男性を見ると深々と頭を下げた。 「お気づきになられたか、気分はどうですか?」 「…はぁ…(なんて格好してるの?コスプレ会場か、ここは?)」 「どうかされましたか?」 男性はの顔を覗き込む。 その男性は長い髪を後ろで一つに束ね、青い鎧を身に纏っている。 凛々しいと言う言葉がよく似合うとは思って男性をじっと見てしまう。 「やっぱり気分が優れないようですね」 「あ!ああ〜そんなことないです」 「そうですか?」 男性はにっこり笑う。 「私の名前は趙雲、字は子龍、蜀の武将です」 (な…なんか意味わかんない…) の混乱はさらに増えていく。 「貴女は?」 「あ、わ、私はって言います…けど」 「珍しい呼び名ですね…そう言えば貴女の衣装もずいぶん珍しいものですね」 (私から言うと、あなた方の方が珍しいんですけど) 「では、殿。申し訳ありませんが私と一緒に来ていただけますか?」 「あ、はい」 は趙雲の後に着いて行き部屋を出る。 部屋の中だけでなく、外も見たことがない光景が広がっていた。 先ほどの掛け声を上げていたと思われる男性たちが一斉に槍を振っている。 「な!なに、ここ」 思わず呟いたに趙雲が丁寧に教えてくれた。 「今ちょうど、兵士たちの訓練が行われているのですよ。驚かせたみたいですね」 「はぁ…(なんで訓練?ここはどういう場所なの)」 「殿はこれから貴女には我が殿に会ってもらいます」 「あ、あの〜」 「はい?」 「フルネームで呼ぶのをやめてもらえませんか?」 「ふるねえむ、ですか?」 言葉の意味がわからないようで、首を傾げる趙雲を見ては思わず 「か、可愛い〜」 なんて口走ってしまい、慌てて口を押さえる。しかし趙雲には聞こえなかったようだ。 「あーえーと、でいいです」 「そうですか、では殿。色々聞かれると思いますが、不安がることはないですからね」 趙雲に通された部屋には数人の男性がいる。 趙雲が殿と呼ぶ人物は中央の椅子に座っている。 「殿、お連れしました」 (殿?殿って???) 「おぉ、待っておったぞ」 「さ、殿」 は趙雲に言われ殿という人物の前に立たされる。 「名をなんと申す」 「って言います」 は趙雲に言った時は別に名前だけ答えた。 フルネームで答えるときっと、趙雲と同じことを言うだろうと思ったからだ。 「殿はどこから参られた?そなたは見たところこの国の人間ではないようだが?」 「えっと…東京で…」 「トウキョー?トウキョーとは聞いたことがないな」 周りの人間も互いに顔をあわせ不思議そうな顔をしている。 は思い切って逆に質問をしてみる。 「あの、逆に聞きます。ここはどこですか?」 「漢帝国の武将袁紹殿の城だ。」 (漢帝国!え?漢って歴史に出てきた…漢?) は心臓が波打ってきた。が、殿は思い出したかのように自己紹介を始めた。 「我が名は劉備玄徳。わけあって、袁紹殿の元に身を寄せている。隣に居るのが義兄弟の張飛」 「張飛だ、よろしくな、お嬢ちゃん」 張飛はそう言って、がははと豪快に笑った。 (りゅ、劉備玄徳?どこかで聞いたことある…義兄弟の張飛って…) 二人の名前を聞いて心臓がさらにばくばくしている。 だんだんと自分のいる場所等が把握できたようだ。 「顔色が悪いが大丈夫か?殿」 「は、はい…ようやく把握できたので…」 「そうか、で、そなたの来たトウキョーと言うのはどこにあるのだ?」 真面目に答えるべきか少し考える。 は自分が間違いなく過去の中国大陸へと来てしまったことに気づいたからだ。 この時代に勿論、東京などは存在しない。 日本の歴史は始まったばかりの時代だ。 あるとしても女王卑弥呼が治める邪馬台国ぐらいだろう…いやまだ存在しないかもしれない。 「…海の向こうの小さな島国です」 嘘をついても仕方ないのでそう答えてみる。 「ほぉ海を渡ってきたのか、では魏や呉の間者などではなさそうだな」 「すげーな、。一人で来たのか?」 「あ、渡ったと言うか…その辺の記憶がないんです」 「なに、それは重大だな…趙雲、そなたが殿を見つけた時のことを話してくれないか」 「はい」 (趙雲さんが見つけてくれたんだ…) 趙雲がその時のことを話し出す。 袁紹の元へ身を寄せている劉備軍だが、虎牢関の戦い以降離れ離れになった仲間たちがいる。 趙雲は城の見回りもかねて仲間たちが流れ着いてないか城の周辺を探していた。 突然ものすごい強風が吹き荒れたと思うと、見たことのない衣装を纏った少女が立っていた。 近づいてみると、少女は気を失い倒れたのだ。 「それが、私…なんですか?」 「そうです。強風が吹く前はその場所には誰もいなかったのは覚えています」 「風と共に現れたみたいだな、兄者」 「そのような不思議なことがあるものなのか?」 それぞれが口にするが、自身はやはり思い出せないようで、表情が曇っている。 「殿、今後殿をどうなさるのですか?」 趙雲の言葉に肩をビクつかせる。 「ここは袁紹殿の城ゆえ、私が勝手に決めて良いものか…」 しかし劉備は不安になっている見てこう言った。 「このことを知っているのは我らだけだ。袁紹殿には世話になっている分、余計な種は出さない方がいいだろう」 「兄者、それじゃ」 「うむ、しばらくは我らの元におるが良い。趙雲そなたが面倒を見てやるが良い」 「はい」 劉備の決めたことに誰も異存を唱えるものはいなかったようで全員が頷いた。 「あ、ありがとうございます。私、今追い出されたりしたらどうすれば良いかわからなくて…」 は劉備に何度も頭を下げる。 「いや、よい。だがな、殿」 「はい?」 「今この時代はつねに戦いが起こっている…いつなにがどうなるかはわからない」 「………」 「それだけは覚悟しておいてくれ」 「…はい」 さっきまで優しい目をしていた劉備の顔が真剣なものに変わる。 改めて、自分が戦乱の中に放り込まれたことを痛感するのだった。 これからどうなるのかわからない。 だが、には行く当ても帰る当てもない…劉備たちに黙って着いていくしかないのだった。 *** が劉備軍の元へ身を寄せ始めてから数日経ったある日。 この城の主である袁紹に劉備は呼ばれた。 天子を楯に勢力を伸ばした曹操と官渡にて中原の覇権を賭けた戦いを行おうとしていた。 そのために劉備にも戦に参加して欲しいとのことだった。 「殿…」 「仕方あるまい、袁紹殿には世話になっておるゆえ」 「わかりました」 そう言って趙雲は劉備の部屋から出ていく。 部屋を出たところでが趙雲を待っていた。 「どうなされました、殿」 「う…うん…あの…戦いが始まるんですか?」 「どこでそれを」 「お城の人がみんな言ってます。張飛なんか張り切っているし」 不安げに自分を見るに趙雲はの頭を優しく撫でた。 「っ」 突然のことに驚いてしまう、少し頬を赤らめてしまう。 「大丈夫ですよ、戦に行くのは我々です。貴女が行くわけではないですし…」 「そうじゃなくて!私の心配じゃなくて、趙雲さんの…みんなの心配してるの」 の言葉に趙雲は頭を掻いた。 「そうですか、我々の心配ですか。申し訳ありません、ご心配かけて… 確かに此度の戦は今後を左右する重要な戦になるでしょう。ですが私も殿をお守りする以上負ける気はありませんよ」 にっこり笑う趙雲だが、の顔は晴れない。 にしてみれば、戦争なんて言うのは自分が生まれる数十年昔の出来事で、今では映像で見ることしかないものだ。 それが近くで起ころうとしていることに不安と言うより、恐怖が沸いてくる。 みんなを心配しているとは言ったものの、正直自分自身が怖くて仕方ないのだ。 戦が始まれば、きっと劉備たちはこの城を出てしまう。 残された自分はどうなるのだろうかと。 「殿?」 「ううん、なんでもない…」 は趙雲に背を向けてそのまま行ってしまった。 「殿」 趙雲は慌てて追いかけようとしたが、趙雲は部下に呼ばれてしまい、追いかけることが出来なかった。 「嫌な子だなぁ、私ってば…」 ふらふら廊下を歩いていると綺麗な笛の音が聞こえてくる。 ついその音色に惹かれて足を運んでしまう。 一人の女性が笛を奏でていた。 女性の方もに気づきニコッと笑みを浮かべる。 「こ、こんにちは」 「そんなところにいないで、こちらへどうぞ」 「いいんですか?」 「構いませんわ、どうぞ」 は女性の隣に座った。 (うわぁ、すごい綺麗な人だ…) は思わず女性を凝視してしまう。女性はその視線に気づいて笑う。 「あ、あ、すみません」 「いいえ、貴女は確か劉備殿の」 「はい、って言います」 「殿ですか。わたくしは甄姫と申します」 「甄姫様って…袁紹さまの息子の袁煕さまの」 「妻ですわ」 (美人の奥さんもらって幸せな人だよなぁ…でも、その袁煕さまだって今度戦に出ちゃうんだよね) はため息を吐いた。 「どうかなさいまして?」 「え、えっと…今度戦があるんですよね?」 「えぇ聞いておりますわ」 「心配じゃありませんか?甄姫様の旦那様だってその戦に」 「行かれますわ…心配と言えば心配ですけど。わたくしは袁煕様の無事を祈っていますわ」 慣れているんだ、戦に。 不謹慎な言い方だがはそう思った。 それに、信じて夫の帰りを待つ、強い人だとも思った。 こんな人になりたいなとは甄姫に好意を持った。 は今の正直な気持ちを甄姫に伝えた。 自分がどこから来たとか素性は言わなかったが、劉備たちが戦に行った時残された自分はどうなるのか不安だと。 「最初から負けたときのことを考える戦なんてありませんわ。 待つ者はただ、信じて無事を祈ることしか出来ませんわ。不安なのはお互い様ですしね」 「私だけじゃない…か」 「殿、此度の戦。きっと殿達が勝ちますわ」 「そうですね」 甄姫に話した今も不安はまだ残るけど、の気分は大分楽になった。 それからしばらくは戦とは関係のない楽しいおしゃべりをした。 「まぁ、そんな事があるのですね」 「そうなんですよ、もう私も恥ずかしくって」 「ふふふ、あら?」 甄姫があるものに気づいた。 「どうかしたんですか?」 「ほら、あそこにいる方は何を必死で探しているのかしら」 「…?…あ!趙雲さん」 その声に趙雲も気づいてやって来る。 「殿!ここにいたのですね、あ、甄姫様突然申し訳ありません」 「いいのですよ、別に。殿を探しに来たのですか?」 「はい」 「じゃあ、殿。とても楽しい時間でしたわ、またお話しましょうね」 「はい、私の方こそありがとうございました」 たちは甄姫のもとを離れた。 はとても楽しかったようで、さっき趙雲と会った時は違って笑顔でいる。 「元気になったようですね、良かった」 「え?」 「さきほどお会いした時に何か思いつめていたようだったので」 「あ〜思いつめてたわけじゃないけど。でも甄姫様と話していたら大分楽になったんです」 笑うに趙雲も笑顔になる。 「ね、趙雲さん。今度の戦、みんなが無事に帰ってくるよう私祈っているからね」 「それは心強いですね」 「本当、帰ってきてくださいね…ずっと一人で待っているのは嫌だから」 趙雲の背中に向かってぽつりと呟くだった。 02/10/27UP
02/11/07UP
11/10/30加筆修正再UP
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