噂話。



ドリーム小説
くのいちが幸村から受けた任務だと言い、都から離れて一月以上経った。
いつも迅速に任務をこなす彼女にしては珍しく時間がかかっているなと甲斐は思った。
幸村にどんな任務なのか尋ねてみたが、流石に教えてはもらえなかった。

都での暮らしは半年以上も経てば慣れてきたもので。
知り合いも増えたので割と楽しくやっているつもりだ。
つもりだと言うのは、そこにがいないから。

北条では毎日軽口を言い合うくらい賑やかだった。

それがない今は、少し物足りない。
いや、正直言って寂しい。

だから普段言わないような弱音を、うっかりくのいちの前で話してしまったのだ。
それでも、もしどこかでを見かけたならば文ぐらい…と強がってしまった。

(本当は会いたいのよ、あんたに…)

気付けば、いつもの事ばかり考えている。
自分ばかりが考えて、向こうはここに立ち寄る事もなく過ごしていてずるい。
甲斐の居る場所が帰る場所ならば、一度くらい帰って来なさいよと言いたい。
あれこれ考えたが、少し不安がよぎった。

(あいつ……怪我とか病気しているわけじゃないわよね…)

流行り病にかかったとなれば、旅先で亡くなる人の話もないわけじゃない。
少し前に奥州で政宗と会ったと聞いたが、あれからの行方はわからない。
何事もなく旅を続けていればいいが、そうでないのならと心配になった。

(…お館様、氏政様、氏照様…のこと…見守っていてくださいね)

甲斐はそう願わずにいられなかった。





「まあ、次にを見かけた時は、儂からも伝えておこう」

政宗が奥州へ帰るとのことだった。
上杉家に仕える直江兼次と毎日小競り合いをしていて、それを見るのは楽しかったが。
政宗も忙しいのだろう。
だが、定期的に都には居なくてはいけないので、またそのうち来ると甲斐に言った。

「できれば、伊達家に欲しい男なのだが…」

簡単に靡いてくれないと政宗はぼやく。

「意外よねぇ、にそこまで熱心になるなんて」

「そうか?別に意外でもなんでもない。あやつは面白い男だ。小田原で出会ったころから興味はあったぞ」

「その言い方だと別の意味にも取れるわよ…」

「ぬ…それは気を付ける」

確かに料理をしているに、趣味が料理らしい政宗には興味の対象だったようで。
小田原城に滞在中、いつもを紹介してくれと政宗は言っていた。
だが、あの頃のはどこか不機嫌で、周囲に壁を作っていたようだったのでちゃんとした紹介はできなかったのだ。

「いずれは伊達家専属にするつもりだ!」

諦めないぞ!と言い切る政宗に甲斐は笑ってしまった。

「甲斐も楽しみにの帰りを待っておればよい」

「へ?」

「儂のところでも、奴は色々料理を学んでおったぞ。美味いものが沢山食えるはずじゃ」

「そうね。それは楽しみね」

だけど、それだと自分は食い気が勝っていると思われているようだ。
政宗は奥州へ帰って行ったのだが、賑やかな男が減ったとなると、甲斐の周囲はまた少し寂しくなった。

「奥州の美味しいものって何かしらね〜私も味わってみたいけど」

それがいつになるのかわからない。

「…あ!政宗に聞くの忘れていたわ!」

が奥州に居た頃、どうやら一人旅ではないらしいのを政宗が口にしたが。
それがどこの誰と一緒に居たのかまでは聞かなかった。
旅先で出会った可愛らしい子なのか、気の合う男性なのか。
できれば後者であってほしい。
前者であると、彼女通りこして嫁さんです。と紹介でもされたら嫌だ。
ちゃんと政宗に聞けば良かったのだが、自分から聞いて嫌な答えだったと思うと聞けなかったのだ。





最近、都で妙な噂話が流行っていた。

「噂でしょう?」

「噂です。ただの噂と言いたい所ですけど、どうなんでしょうね?」

甲斐もその噂を侍女たちから聞いた。

「出雲大社の巫女さんが、気になる男性を根の国に連れて行ってしまうらしい」

と言う噂。
何故巫女さんが?と不思議に思う事は沢山あるが、その巫女さんは割と色男に目がないようで。
気になる異性を追っては、出雲に連れて行くらしい。
らしいと言うのは、それをちゃんと目にした者はいないので、信憑性は薄い。

「度々都でもその姿は見られるようですよ。見た目もお綺麗な方だそうで」

「舞を舞っている姿は素敵なんですって」

綺麗な人と言う部分と、舞を舞う神秘的な姿から、どうやらその妙な噂に繋がっているようだ。
巫女の口癖が「出雲の根の国に連れて行ってあげます」であるとかないとか。
巫女がどうして?とも思うし、なぜそのようなことを?とも思うが。
大衆は、巫女に気に入られた男は出雲の根の国に連れて行かれるらしいと噂するようになった。

「暇人よねぇ、皆。そんな話ばかりして」

甲斐は呆れた。
けど、それも秀吉が天下統一をしたから、戦もなくなり平和になった証拠なのだろう。
ちょっとした非日常的な物語が都人を楽しませているのかもしれない。

「でも、甲斐姫様。もし、ご自分の想い人がその巫女に連れて行かれたらどうしますか?」

「あ、あたしは別に」

想い人などいない!と言っても、彼女達には甲斐が故郷に残してきた想い人がいると決めつけている。
確かに、の事を考えてしまったこともあるが、想い人とは違うと言いたかった。

「今、一番危ないのは真田様らしいですよ」

「巫女の気持ちもわかりますわね」

恐怖に近い話なのに、彼女達は楽し気に笑っている。
あくまで噂だと彼女達もわかっているからだろう。
その前にどんな手段を使えば、戦場を駆ける男幸村を、非力な巫女が連れて行けるのだろうか?

「けど、真田様は人を疑うような事はなさいませんから…案外うまく言いくるめられてしまうかも…」

「あぁ…ちょっと否定できないわね、それは」

幸村に失礼だと思いながらも、甲斐もそう思ってしまった。

(想い人がねぇ…)

実際に、自分の想い人が知らぬ女に永遠に会えぬ場所に連れて行かれたとしたら。
互いにその想いが繋がっている同士ならば、半狂乱で泣きわめいたりするのだろうか?
納得はできない。
その巫女を恨むだろうし、巫女に誑かされた想い人も恨むかもしれない。
そして残された者はその恨みを引きずり…。

「死んで根の国まで追いかけそうね」

「?」

「甲斐姫様?」

思わず口に出ていたようで、甲斐は慌てて首を振る。

「なんとなく怪談話みたいだなって思って」

「あぁ、わかります。残された女が騙された形で狂ってしまうんですよね」

「身投げしちゃうとか、悲劇で」

「悲劇から狂気に変わるのよね」

「あんた達も好きそうね、そう言う話」

甲斐は苦笑してしまう。
言われた侍女達も笑ってしまう。

「甲斐姫様なら、その想い人を叱りつけそうですよね。何しているのよ、あんた!って」

「ちょっと?」

くのいちがここに居たならば言いそうな事を、最近は彼女達も言うようになっていた。
どうしても自分はいじられてしまうような立場らしい。
打ち解けている証なのだろうと思えば、腹を立てるまでにはならないし。
彼女達も自分を馬鹿にしているわけでもないだろう。

「実際。故郷に残した想い人様がそうなってしまったら、どうしますか?」

「え…」

巫女に連れて行かれたとしたら?と彼女達は興味津々に問うてくる。
そんな馬鹿な話があるかと甲斐は思うが。
単に彼女達はその場のノリで聞いてくるのだろう。
だけど、少しだけ噂話とを重ねてしまった。

(ここに来ないのは…すでにが巫女と根の国に行ってしまった後ならば…)

もう二度ととは会えない。
自分はの行動に口出せる立場ではないから、行ってしまう彼を引き留める術もない。

(そんなわけないじゃない。の性格ならば、巫女さんを言いくるめそうよね)

だけど、今は彼女達に合わせよう。

「そうね。本当、あんたはしょうがないわね!って叱ってやるわよ」

といい、彼女達の笑いを誘った。

「あ…別に想い人じゃないのよ?本当…」

「もう〜今更ですよ、甲斐姫様」

この場に居る者は、単に甲斐が照れていると思っているようだ。





根の国に連れ去る出雲の巫女。
なんでそんな噂が出るのかわからないが、がその巫女と出会わない事を願ってしまう。

(ちょっと待って…もしかして、すでに一緒に旅している相手がその巫女とか言わないでしょうね!?)

ないだろうと、昼間は考えたが、ありえそうで怖い。

(あ〜なんか、すごくもどかしい〜)

本人にどうなの!?と問いたいものだが、問うにもはそばに居ない。
いや、居ればそんな話はしないし。
もししたとしても。

「お前、バカだな…」

とすごく呆れられそうだ。

「甲斐姫様?どうかなさいましたか?」

夕餉を運んで来てくれた女中。
昔から成田家に仕えてくれ、甲斐が京へ行くことになった際、一緒に来てくれた人だ。

「な、なんでもないわよ」

「準備ができましたので、どうぞ」

甲斐の前に御膳が並ぶ。
流石に料理番は都に居た人を雇った。
なので、味付けは上品な薄めで甲斐には物足りなかった。
もう少し濃い目のものを食べたい気はするが、我がままを言うのが嫌で。
雇い主と言う立場ならば言うべきなのだろうが、なんとなく関東の田舎者とか思われてしまうのでは?と考えてしまい。
こちらの生活に合せるようになってしまった。

「いただきます」

汁モノを一口飲むと、あれ?と首を傾げた。

「姫様?」

「なんでも…ないわ…けど…?」

いつもとどこか違う。
他のものも見た目からして違う。
普段並ばない品ばかりで。

「ねぇ…今日はどうしたの?」

女中に尋ねると、女中は意味ありげに笑い。

「お気づきになりませんか?」

「気づくって…何に?」

少しお待ちくださいませ。と女中は下がる。
それでも、甲斐は食べ続ける。
単に料理人が新しい人になったのかな?ぐらいにしか思わず。
でも、美味しいから何も考えず食べてしまう。

「甲斐姫様。食後のデザートでございます」

「は?でざ?……って…嘘!?」

雇っている料理人の声とは違うと思いつつ、しかも何を言っているのだ?と問い返そうとしたが、入って来た男は別の人で。

「デザート。どら焼きだけど食うだろ?」

ニッと笑って入って来た男に甲斐は口元が震える。

…」

見慣れた作務衣姿のだった。

「いやぁ、俺もまだまだだね。食べて貰っても、作ったのが俺だって気づいてもらえないし」

「え?もしかしてこれ…」

「俺だよ。無理言って、作らせて貰ったんだ」

無理とは言いつつも、料理人も嫌がる事はなく譲ってくれたそうだが。

「あんた、いつ…ここに」

「昼間には到着したよ。少し驚かせてやろうかなと思って」

「甲斐ちん、驚いた?やったね、ちん」

いつの間にかくのいちが居た。
甲斐を驚かせようと企んだのは彼女のようだ。

「もしかして、あんた…」

くのいちは笑うだけで答えない。
それが答えのような気もするが、くのいちがを探し連れて帰ってきたくれたようだ。

「なんだよ、もうちょっと驚いてくれてもいいのになぁ。な、くのちゃん」

「驚きを通り越しちゃったんじゃないのかなぁ」

とりあえず、デザートを。と御膳にどら焼きを乗せた菓子皿を置いた

だぁ!」

行儀が悪いと叱られるかもしれない。
だけど、気持ちが収まらなくて、甲斐は勢いよくの胸元に飛び込んだ。

「おっと、甲斐!?」

「巫女に連れて行かれたらと思った〜」

「は?」

ギュッと力を込めてしまう甲斐。
に叱られるかもと思いつつも、会えた嬉しさの方が増しているから。

「甲斐、お前な…」

「だって、だって…」

「熱烈な再会だね。良かったじゃん。ちん」

くのいちがニシシと笑う。

「甲斐ちゃんにそうさせちゃったのはちんの所為だからね」

「あ〜それは悪かったよ」

は小さく息を吐き、腕を甲斐の背中に回した。

「ただいま。甲斐」

そう甲斐の耳にちゃんと聞こえた。
だから甲斐も、顔を上げ。
嬉し涙でくしゃくしゃになりながらも。

「お帰り、

と笑顔で迎えた。







19/12/31再UP