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これからのこと。
「」 「はい?」 名を呼ばれ振り返ってみると、そこにいたのは伊達政宗だった。 政宗が自分に何用だ?と思いつつ、逃げ去る事は出来ぬので、素直に頭を下げる。 氏康が健在だった頃に会ったきりだが。 彼も土壇場で秀吉に臣従したのだった。 「お前も息災なようじゃな」 「…伊達様も」 「先日は中々面白いものを見せて貰った」 面白いもの?はて、そんな事を政宗に見せた覚えはないのだが。 「芸人ではないので、面白いものなどお見せした覚えはありませんが」 「たわけ。誰が芸だと言った。お前は秀吉に臆することなく誘いを断っておっただろうが」 「……そんなこともありましたね。あれのどこが面白いんですか?」 あれか?一介の料理番が天下人に口答えして、処断されるかもしれないという様が面白かったと言うのだろうか? だとすると、性格が悪いですね。 とでも言おうと思ったが、それこそ今ここで政宗に処断されるかもしれない。 一時は兄者達と共にと思ったが、今はそんな気は全くない。 「肝の据わった奴だと思ってな。しかも、秀吉を納得させたではないか」 「あの…伊達様。平気で殿下の事を呼び捨てになさっていますけど、それこそ平気なのですか?」 「別に気にする必要はない。奴の子飼いら共々都への帰る準備で忙しいだろうからな」 「はぁ」 「と言うか。わしもあの男は嫌いじゃ。わしがもう少し早くに生まれておればなぁ…」 わしが天下を取ったのに。などと政宗は言い切った。 どうやら、自分が治めている一帯の事まで口出されて嫌気がさしているようだ。 結果的に臣従する羽目になったのも原因かもしれないが。 「前々から甲斐にも頼んであった。ちゃんとお前と話がしたいとな」 「俺と、ですか」 「あぁ。しかも此度の事でますますお前が気に入った!」 「いや、気に入られても…」 氏康を訪ねて来たころの政宗に対する自分の態度は相当捻くれていた。 甲斐と一緒にいる姿を見かけては何でもない態度をとりつつも、どこかで気にしていたようだ。 氏康や小太郎に随分それをからかわれた。 「そこで物は相談なのだが。。わしの所に来ぬか?」 「は?」 「秀吉の誘いを断って、わしの所に来ればこれほど面白い事はない」 「性格悪いっすね。伊達様は」 そもそも政宗のところに行く理由もないので、それはそれで断る。 政宗は少し面白くなさそうな顔をするも、強引に、諦めようとする素振りもなかった。 「。あぁ。政宗殿とお話し中なのか」 幸村がやって来た。 政宗に向けて軽く頭を下げる幸村。政宗はそれに対し小さく頷いた。 「幸村。どうしたんだ?」 「あぁ、実は」 「なんじゃ。わしに対して畏まった態度なのに、幸村には気安いのだな」 「それはまぁ、幸村は俺の友達なんで」 「私の一番の友です!」 幸村が笑顔で言い切るのを見ると、流石に気恥ずかしいものがある。 「ほぉ。一番なのか」 「はい!」 「幸村。恥ずかしいからやめてくれ」 幸村の純粋すぎる返事には顔を背ける。 「それで、結局何の用だ?」 「あぁ。私はそろそろ京へ戻らねばならない。秀吉様達もお戻りになられることだしな」 「そっか。寂しいけど、まぁしょうがないな。いつまでもってわけにはいかないし」 「……、それで…お前はどうする?甲斐殿も京住まいになるんだ」 「甲斐も?あぁ、そういや…北条の家臣のほとんどは殿下か徳川家配下になるって話だったな」 秀吉の采配により、今後北条家の領地だった関東一帯は徳川家康が治めることになった。 近いうちにこの小田原城にも新しい城主がやって来るのだろう。 だが成田家。と言うより、甲斐自身が京へ移り住むことに決まったらしい。 「甲斐殿と共に。お前も来ると言うならば私も嬉しいし、安心できるのだが…」 は料理番と言う顔がある。職場は小田原城の台所だ。 「殿下の誘いを断って、わざわざ京に行くつもりはないよ、俺は」 「ならばやっぱり、わしの所に!」 「嫌だ」 「ぬ…」 やっぱり諦めていないのか、政宗は。 に即答されて政宗は唇を尖らせた。 少し前の印象と違い、若干今は彼に対して嫌悪感は薄れている。 まぁ元々勝手に拗ねていただけの話だから。 彼個人の偉業などはも興味はある。 「けどさ、俺は…」 の話に、聞いていた幸村は少し困惑を見せ、政宗は楽しみだと頷いた。 「そっかぁ。甲斐ちんも京に行くんだ。騒がしくなるねぇ」 「なんか馬鹿にされている感じがするんだけど」 甲斐がくのいちに対し、拳を握りしめてみせるとくのいちは大袈裟に逃げようとする。 だが、これがいつもの二人のやり取りだろう。 「ちんも一緒だよね?」 「え?…どうかしら…その辺の話…ちゃんとしていないのよね…」 少しだけ甲斐は顔を曇らせた。 氏康が亡くなり、北条家を出て行ってしまうと思っていただったが。 氏政や氏照達、北条家を思って今まで通り居てくれた。 だけど、もうその家族もいない。 先日秀吉からの誘いは未練もなく断っていた。 自分は京へ移り済むが、はどうするのだろうか? 「ちんも来れば一層楽しくなるのになぁ」 「そうよね…」 「その方が幸村様も嬉しいだろうし」 「………」 「あっちはあっちでいっぱい面白い人いるし」 天下人である秀吉の誘いを平気で断るの態度に、周囲はどう映っただろうか? 甲斐はそれが心配であった。 きっと古い豊臣の重臣達などからすれば、の態度に腹を立ててしまうかもしれない。 ただの料理人が何を生意気な事を!と秀吉が気にせずとも他のものが手を出してしまうかもしれない。 基本的には人当たりの良い返事をする。 立てる相手はちゃんと立てるし。 だけど、流石に秀吉に対しては…。 今はもうを守ってくれる大きな人はいないのだから。 「あいつ…大丈夫かしら…天下人に逆らって…」 「大丈夫じゃないの?」 「簡単に言ってくれるわね。あの時、すごく怖かったんだから!」 「いやぁ、簡単とかって言う前に。あれじゃあ誰もちんに手を出せないって」 「?」 くのいちはこっそりあの現場を見ていたようだ。 「ちん。太閤殿下が逆らえない唯一の人をあの場に持ち出したでしょ?おねね様が一番だ〜って!だから、ちんを処罰しようものならば、同時におねね様に対して失礼な話じゃん」 「あ…」 そう言えばそうだった。 「ご正室様の手料理はとても美味しいと噂です。どんな料理人よりも、奥方様の愛情が籠った料理が一番だと思います」 は確かにそう答えていた。 それに対し、秀吉の子飼いと呼ばれる者たちも賛同し、秀吉も機嫌よく答えていた。 「考えすぎだよ、甲斐ちん」 「そうだった…あいつ、変な所で狡賢いのよね…」 そして結果が良ければそれでいいと済ませてしまうのがだった。 「っていう事で〜甲斐ちんからちんを京へ行こうって誘ってみれば?」 「へ?あ、あたしが!?」 「そうだよ。甲斐ちんがお願いすれば、ちんも来てくれそうだし。なんだかんだで甲斐ちんの面倒を見る人がいないとさぁ。心配じゃん、都なんて場所で甲斐ちんが暴れでもしたら」 「あんたね〜そう言う一言が余計なのよ!」 「やや!失敗、失敗!」 退散だと逃げるくのいちを甲斐は追いかけた。 でもくのいちなりに甲斐を励ましてくれているのかもしれない。 くのいちに言われて、考えてみれば。 確かにが一緒に京へ来てくれると心強いしありがたい。 幸村やくのいちも居るので不安は多少なりとも薄れるが、気心知れた仲のが居ればもっと安心できる。 それにくのいちも言っていたじゃないか。 が居れば一層楽しくなると。 案外豊臣の家臣とも、ならば上手くやれるのではないか?と思える。 だから、うん。 「あたしからも誘ってみよう」 一緒に京へ行こう。と。 「甲斐」 「!ちょうど良かった。あたし、あんたにお願いしたいことがあって」 「あぁ、俺もちょうど甲斐に聞きたい事があってさ」 「え?あたしに?」 なんだろうか?少し緊張した。 「なぁ。何か今食いたいものあるか?なんでもいいぞ、甲斐の食いたいもの。今ならなんでも受け付ける」 「なによ、急に…」 緊張の意味が急に変わった。 何か聞きたくないような気がする。 「ほら。甲斐は京の都へ移るんだろ?餞別じゃないけど、好きなもの食わせてやろうかなと思ってさ」 「や、やだ…なに、それ」 「向こうじゃこっちと味付け違うんだぞ。今の内に味わっておけって」 「そ、その言い方だと……あんたは、は…ここに残るの?」 「甲斐。俺は」 「ね!一緒に行きましょうよ!京の都!あの子もあんたが一緒ならば楽しいって言うし、幸村様だって喜ぶし!」 甲斐はの両腕を掴み、何度も揺らす。 「氏康様もいない、氏政様も、氏照様もいない。小太郎も…。なのに、あんたまでいなくなるなんて」 「しょうがねぇじゃん。それは。甲斐が選んだ事だろ?」 「っ!!?」 何も北条家家臣は全員が京へ移り住むわけではない。 ここに居残る者もいる。 京へ行くことを選んだのは甲斐なのだ。にそう言われて甲斐は歯を食いしばる。 「だ、だって…それは」 秀吉に命じられれば逆らえないことだから。 「まったくの一人じゃないんだから、そんなに不安がるなよ。自分で言ったろ?くのちゃんに幸村もいるって。甲斐の性格ならばどこででもやっていけるから」 「…」 「ほら。何食いたい?美味いもの食わせてやるから」 「なんでもいい…が作ったものなら…ううん、お握り!お握りでいい」 泣きそうになるのを甲斐は堪えた。 「そっか。じゃあ今からでも作ってやるよ」 「あと、卵焼きつけて。うんと甘い奴」 「あぁ」 「お出汁が効いた、味噌汁も飲みたい…」 「わかった。用意する」 泣くのを堪えていたけど、やっぱり無理だ。 涙は零れてしまう。 泣き顔をに見せたくないから、甲斐はの肩に顔を埋める。 「…」 「ごめんな。甲斐…」 の腕が甲斐の背中に回った。 強いようで、そうでなく。優しく甲斐の事を抱きしめてくれた。 「本当。ごめん」 その言葉に余計に涙が零れる甲斐だった。 「甲斐ちん…あのね。これ…」 昨日はの前で散々泣いてしまったが、その後沢山が美味しいものを作ってご馳走してくれた。 それで納得したわけではないが、と離れて暮らす事を受け入れる事にした。 明日からは引っ越し作業で忙しいわ。などとにいつもと変わらぬ態度を見せた。 「にも手伝わせようかしら。乙女の荷物は多いのよ」 などと言えば。 「俺はそんな暇じゃねぇよ」 と軽く断られてしまった。 そして、今。 くのいちが甲斐の前に姿を見せた。 「なに?どうしたのよ、あんた」 すでに幸村と京へ出立した後だと思っていた。 向こうでよろしくね!などと挨拶を交わしただけに。 「幸村様に、頼まれて…幸村様ってば、ずるいよ。あたしにこんな役目押し付けて…」 普段ならば絶対に言いそうになり事をくのいちは口にした。 くのいちは甲斐に一通の文を渡す。 「文?幸村様から?なにかしらね」 開けて読み始めると甲斐の目が見開いて行く。 「うそ、でしょ……」 差出人は幸村ではなくだった。 甲斐へ 黙って出ていくこと。本当にごめん。 俺も本当は甲斐と京へ行くことは嫌じゃないんだ。 けど、俺は俺で外の世界を見たいと思った。 お館様も、政兄達も俺に言ってくれた。 お前は外の世界を見ろ。 ってさ。 殿下に言った言葉、あれ俺の本音。 俺は小さな世界しか知らないから。まだまだ知らない事が多いから。 だから、世の中を見て回ることにした。 甲斐と出会ったころの俺ならば、なんの躊躇もなくここを飛び出しただろうけど。 あの時と違う。 ちゃんと甲斐が居る場所に帰って来るからさ。 それまで息災で。 甲斐はその場に座り込んでしまった。 「なんでよ…昨日のあれは、そう言う意味だったわけ?」 甲斐に好きなものを食わせてやる。 京に行けば、食べさせてやれないから。 それは、甲斐がここから離れるからではなく、がここから離れるから。 そう言う意味だったのか。 「ごめん」の意味も。 一緒に行けなくて「ごめん」ではなく。居なくなることに「ごめん」と言うことなのか。 「ちん…幸村様には話していたみたい。これを自分が出立した後に、甲斐ちんに届けてほしいって…」 甲斐の前に同じように座り込んだくのいち。 「…………」 「甲斐ちん、ごめんね!本当にごめんね!あたしももっと早くに気づいていれば、ちんの事引き止められたかもしれないのに」 甲斐は小さく息を吐く。 そして文を閉じ、くのいちの額を軽く叩いた。 「あんたが謝ることじゃないわよ」 「甲斐ちん…」 「文を残してくれただけマシだわ。それに…うん。あたしの事信じる」 「?」 「あいつ、あたしの居る場所に帰って来るって書いてくれたから。それを信じる」 本当はに言ってやりたい言葉が沢山ある。 「何度も謝ってくれたのよ、あいつ…」 まだ不安はある。 ある事を考えてしまうと。 だけど、根なし草に戻ってしまったわけではないようだから。 なりに前向きに考えたこれからなのだろう。 そう思いたい。 「だから、絶対帰って来なさいよね」 戻ってきたら、うんと文句を聞いて貰うのだから。 19/12/31再UP |