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君を思えば。
「その話…本当なの?小太郎」 甲斐は二三度瞬きをした。 「戯言だと思うのならば好きにしろ。我にはどうでもいい事だ…」 珍しい事を小太郎から聞いたと思った甲斐。 小太郎はさほど興味がない様子だが、わざわざ甲斐に言ってきたのだ。 もっと詳しく聞こうと思っていたのに、小太郎はいつの間にか姿を消してしまっていた。 「もう!肝心な事がわからないのに〜」 でも、あの小太郎が嘘を言うはずがない。 だったら、それに乗るだけだと甲斐は上機嫌で行動を開始した。 「ほぅ…ここで味噌を混ぜるのか…」 「………あんた、なんでまだ居るんすか?」 台所で料理していたのそばを政宗がウロウロしていた。 一方的に政宗を避けていたようなにしてみれば、何故だ?という気持ちが強い。 氏康との会談が済んだのならば、さっさと奥州に帰ればいいものを…。 「お前の話を聞いて興味があるからだ」 「俺?俺は別に興味を持たれるような目立ちたがりじゃないですけどね」 「氏康殿専属の料理番だと言うではないか。面白そうだ。わしも料理をするのでな」 「へぇ…」 確かに、そうらしいな。とは知識を掘り起こす。 後々に伝わったもののいくつかは、政宗が考案したものだと聞いたことがある。 今でも残っているものだから、相当センスはいいのだろうと。 それだけならば、も聞きたい事とかいくつかあるのだが。 「甲斐が言っておった」 「………」 あぁ、まただ。 またイラッとした。 政宗の口から甲斐の名前が出るとどうも、自分のペースを乱される。 は周囲を見渡し、他の料理番達の姿を探す。 昼餉の準備中である彼らは、に客人の相手をしてもらっている事で己の作業を行えている。 (これじゃあ、いつぞやのくのちゃんと同じじゃないか) 人身御供になっておけと。 邪魔です。などと彼らの身分では言い難い相手だから。 「その味噌を表面に塗って焼くのか。香ばしい匂いがしそうでいいな」 「そら、どうも。つか、暇ならここで作業手伝えばいいんじゃないですか?野菜の切り出しとか…刀使うし、ちょうどいいんじゃないですか?」 「ほぅ」 の発言にざわつく周囲。 いくらなんでも、それは無理だろう!というか、言っては不味いだろう!と恐々としている。 「そうじゃの…わしも…」 「あーー!こんな所にいた!!あんたいい加減にしなさいよね!!皆の邪魔になるでしょうが!!」 甲斐がやって来る。 言葉の様子からして、用があるのは政宗のようだ。 「甲斐。今からわしは忙しくなるのだ。だから邪魔をするでない」 「何言ってんのよ。あんたが居る事が一番邪魔なのよ」 ほら、来なさいと政宗の腕を掴んで立ち去ろうとする甲斐。 「いいではないか!折角彼奴が言ってくれたことだ」 「いいから来るの!暇なら用事を与えてやるわよ。ちょっとあたしに付き合いなさいよ」 タン! 「「!?」」 甲斐と政宗は思わず音のする方に目を向けてしまう。 が魚の頭を無表情で切り落としていたから。 「え、えと…?」 「邪魔だとわかってんなら、早く行けよ」 「そ、そうよね。ごめんね〜」 慌てて政宗を引っ張り台所から出ていく甲斐だった。 (関係ねえし) そう思いつつ、魚の頭を切り落としていくの姿にちょっとだけ周りは恐れをなした。 「。客人に向かっていう事じゃないだろう?」 「そうっすか?」 「しかも甲斐姫さまに向かって、邪魔とも言うし…」 「実際、邪魔だったでしょう?」 「悪かったよ。お前に任せっきりにしたのを怒ってんだろう?」 が不機嫌な理由は仕事を邪魔されたから。 そう見えているらしい。 自身、あまり深く考えたくないので、それならそれでいいと考えた。 だが。 「仔犬の尻尾が垂れているぞ」 「うわっ!小太郎さん!!」 背後に小太郎が立っていた。 長身の男が気配も感じさせずに立っていれば、だって驚く。 「いつもならば、二匹仲良く喚いているからな」 「………それが何か聞くのも嫌なんですけど…」 「また氏康に泣きつくか?」 「泣きついていないっすから」 「よしよし」 「!!?」 小太郎がの頭を撫でた。しかも「よしよし」なんて言いそうにない言葉つきで。 小太郎は氏康ですら子供のような目で見るから、更に年若いなど赤子のように見えるのだろう。 いや、仔犬。などと呼ばれている時点で、人ですらない。 「そのうち良い事もある」 小太郎は音もなく姿を消した。 本当に忍びなんだなと思わずに居られなかった。 「もう…を怒らせてダメじゃない。あいつ、仕事を邪魔をされるのが一番嫌なのよ?」 作業中、周りをうろちょろされるのが嫌だと甲斐は政宗に説明をする。 「わしの所為なのか?」 「いいから、邪魔はしない事」 「彼奴の方から、暇なら野菜でも切れと言ってきたのだ」 「それ完全にからの嫌味でしょうが…」 にしては珍しいなと思う。くのいちや幸村とは割と友好的なのに、政宗に対しては近寄りもしないのだから。 いや、元々人に対してそういう奴だったと思い出しただけだ。 また以前のような壁を作っているのでは?と心配になったが、それはないらしい。 だけど、たまにだが、最近様子が変なのも事実だ。 「それでわしをどこに連れて行くのだ?」 「あたしんち」 「は?」 「というか、ちょっと相談に乗ってよ」 政宗が暇だから、巻き込んでしまおうと甲斐は思ったのだ。 成田の屋敷に政宗を案内し、話を切り出した。 「あのね。もうすぐの誕生日なんだって。だから、いつも沢山迷惑をかけてしまっている、あたしとしては、に贈り物をしたいんだけど…男の人って何が欲しいのかしら?」 それを政宗に相談しようという事らしい。 小太郎から聞いた嘘みたいな話は、の誕生日についてだった。 ちょっとだけ、それを本人から聞けた小太郎が羨ましいし、黙っているなんて水臭いと甲斐は思う。 「何が欲しいと聞かれても、彼奴の趣味などわしは知らぬぞ」 「あーそうなんだけどね…純粋に男の人の欲しそうなものって何かな?って」 これで、普通にに聞こうものならば、はきっと。 『誰よりも漢らしい、甲斐がわからないのに、俺が知るか』 とか言いそうだ。 それを想像してしまった事で、ちょっと甲斐は口角を引きつらせた。 「彼奴は料理人なのだろう?それらしいものとかはどうだ?」 「……包丁…とか?」 物騒じゃないのか?と甲斐にはピンとこない。 「武士ならば、刀や茶道具などを好むだろうが、彼奴はそうではないだろう?」 「まぁね…」 だが、包丁を贈って喜ばれるのか? ぶっちゃけてしまうと、もっと可愛らしい。女の子らしい贈り物がしたいわけで。 「わしは彼奴の好みは知らん。甲斐の方が知っているのだろう?」 「え?あ〜…」 の好みってなんだ? 料理をする事自体は好きなのだろう、それで働いているのだし。 中でも、空いた時間を使って菓子も好んで作る。 そういうことは知っている。 あ。犬。 は犬が好きだ。 けど、だからって犬を贈る事はできない。 変な顔をされて断られるのが目に見えている。 「なんだろう…あたしって、自分で思っている以上にあいつの事知らないんだわ」 急に気落ちしてきた。 よく一緒にいるだの、仲がいいとか周りは言うも、身近に居ても自分はの事をあまり知らないのだ。 根気よく付き合い、少しずつ知ればいいと思っていたが。 落ち込み始めた甲斐に気づいた政宗は他の案を出してくる。 「き、着物とかどうだ?」 「あいつ、いつも作務衣姿よ、基本動きやすいものの方が好きだし」 「印籠とか、根付とか小物もいいと思うぞ」 「興味なさそう」 「うずらなどどうだ!?朝、目覚めるのにちょうどいい」 「飼うより食う。でしょ、あいつの場合」 政宗は急に笑い出す。 「な、何よ」 「彼奴の事を知らぬと言いながら、案外わかっておるではないか」 「え?」 「甲斐が何を悩むのか、わしにはわからん。自分のしたいようにすればいいと思うぞ」 「あたしのしたい事…よし!決めた!」 甲斐はあっさり気持ちを浮上させた。 やりたいことが見つかったからだ。 「!誕生日なんだって?おめでとう〜」 朝一番、甲斐がやってきてを呼び止めた。 頭でも打ったのか?と思うくらいの笑顔でちょっと怖さを感じた。 「あ…そうだったかもな」 だからなんだ?とは思う。誕生日なんぞ、ここではあまり関係ないではないかと。 「そうだった。じゃなくて、そうなんでしょ?小太郎から聞いたの」 「小太郎さん?そんな話したかもな」 甲斐に対して素っ気ない態度を取ってしまう。 それはあれだ、先日の台所での件が引っかかっているのだ。 「もう。自分の誕生日なのに淡泊よね」 「そうか?…祝ってもらう歳でもないだろ」 「そんな感じだとは思っていたけどね。はい、これ。あたしからよ」 甲斐はの前に包みを差し出した。 「甲斐…から?」 「うん。いつもあんたには沢山迷惑をかけているし、何かお礼がしたいとも思っていたから」 「別に、礼なんて…」 「いいから受け取ってよ!頑張ったのよ、あたし!」 頑張った。あたし。という言葉から、は甲斐が作ったものだと容易にわかった。 けど、何を作ったかまではにもわからない。 「あ、ありがとう」 包みを受け取る。 「んふふ。どういたしまして。ちゃんと味わって食べてね!あ、もちろん食べられるからね!政宗に教わったのよ、こればかりはあんたに教わるわけにはいかなかったし」 「へ、へぇ…」 また政宗か。本当に仲がよろしいですな。とか思いつつも、今自分が手にしているものの中身がものすごく気になる。 食べ物だと!?甲斐の手作りだと!!? 卵焼きですら満足に作れない甲斐が!!? ふと、甲斐の手に目が行くと、指に包帯が巻かれている。 刀キズじゃない、傷が手にあって、やはりそう簡単には行かなかった事がわかる。 の視線に気づいた甲斐は苦笑する。 「まぁ…不器用だから、あたし。それはあんたも知っているでしょうから、隠すつもりはないんだけどね」 「でも、一生懸命作ってくれたって思うと嬉しいよ。味わって食うよ、これ」 「う、うん」 照れ臭そうに笑った甲斐の顔が印象的だった。 「うぐいす餅?…か?」 包みを開けると重箱が。蓋を開けば緑色の物体が入っている。 とりあえず、一つ手に取り食べると。 「か、かてぇ…」 時間が経ちすぎたのだろう。という事は、相当早起きしたのだろう。 「まぁ…甲斐にしちゃ上出来だよな。塩を間違えて入れているかもと思ったが」 不器用な奴がここまでできた事は大したことだとは思う。 それも自分の為だと思うと。 以前、が料理をする理由に「食べてくれる人に喜んでもらうため」などという話になったことがあった。 手に傷を作ってまでも、懸命に作ってくれたのかと思うと、恥ずかしいが嬉しく思う。 「本当、すげぇ…甲斐の手作りで全部食えた」 明日腹でも壊してしまうんじゃないかとちょっと思ったが。 「うん。美味かった」 重箱が空になるのだから、美味かったのだ。 「…俺、疲れてるのかね…」 甘いものを食べきった自分に苦笑した。 「自分の為にしてくれるって…まぁ…悪くないよな…」 その辺は、甲斐に自分の誕生日を話した小太郎に少し感謝したくなった。 ほんの少しだけど。 (つか…俺の方が甲斐に沢山迷惑をかけている気がする…) ふて腐れた態度をとるような自分を飽きもせずに面倒を見てくれているのだから。 19/12/31再UP |