あの子のために。



ドリーム小説


「…なんでしょうか?司馬師さん」

これまた意外な人物が自分に話しかけてきたなとは思った。
司馬師よりも弟の司馬昭との方が接することが多かった。
彼はが働いている飯店によく愚痴を零しに来る。
元々面倒臭がりの性格なのか、人の上に立つことが嫌みたいで、今回は妖蛇を倒す為に人々を率いる立場になってしまったおかげでそんなに愚痴を零せないらしい。
普段ならば元姫に愚痴るようだが、自分も変わらなくてはと何か思うところがあったらしく、その回数は減った。
だが、結局の所。飯店に来るとにちょっとした愚痴を零してしまうのだ。

「うむ。実は人に聞いた話なのだが…」

「はぁ」

「先月バレンタインなるものがあったと」

「あぁ。ありましたね。一部ですが」

「それで、今月はそのお返しをする月だとも聞いた」

羽山さんか…と司馬師の言いたいことはわかった。
先月頼子から、バレンタインの為にお菓子の作り方を教えて欲しいと、は頼まれた。
頼子だけでなく、尚香たちも一緒で随分賑やかなものになったが。
大半が付き合っている彼氏にあげるものらしいので、特に独り者には関係のない日だった。
もともと話がそんなに広まっていないし。
ただ、ねねから貰ったという清正だけは大打撃を受けていたが。
司馬師も頼子から肉まんを貰ったはずだ。
肉まんをバレンタインにどうなんだ?とは思ったが、司馬師の好物だからそれがいいと頼子が言った。
そして、彼女は当日お手製の肉まんを司馬師に贈ったようだが、その際ちゃっかり一月後のホワイトデーについても話したようだ。

(羽山さん抜かりないな…)

そもそも馴染みのないイベントだから期待しない方が無難だと思う。

「ホワイトデーの事ですね。別に気にしなくてもいいんじゃないですか?元々こちらでは関係ない話ですし」

「しかし…」

バレンタインデー自体、菓子メーカーが作ったようなものじゃないか。
殉教した牧師だったか、司祭だったか。彼のことなど考えている女の子達などいないだろうに…。

「まぁ、司馬師さんがどうしてもって言うならば別にいいですけどね」

「そうか。では頼む」

「何をですか…」

「私が料理などするはずもないだろう」

「そんな事自信満々に言われても…」

「俺に作れって言うんですか?だったらどっかで買った物の方が無難ですよ。それとも俺に賃金出すんですか?」

先日の菓子作りの際、講師料でも貰えばよかっただろうか?

「いや、私が作る。お前にはそれを師事してほしい」

「いや、買った物の方が無難だと思いますけど?」

「ここには私の気に入る店はない。お前が一番妥当なのだ」

褒められているのだろうか?と首を傾げたくなる。
というか、司馬師はホワイトデーの情報をどこまで正確に知っているのだろうか?

(今はどうなっているのか知らないけど、純粋に菓子だけで喜ぶ女はいねえよな…)

何倍返しとか、菓子はオマケのようなもので、目的はそれと一緒に添えられるプレゼントだ。
だが、司馬師がそれを知るわけはないし、菓子で済むなら安いものだろう。
何より、頼子にちゃんとお返しがしたいと思う気持ちが大事なのかもしれない。

「わかりました。俺でよければ教えますよ。で、何を作りたいのですが?」

「うむ。肉まんだ!」

「………」

あれ?少し前に似たような話を聞いたぞ。

「ホワイトデーに肉まんですが…別にホワイトデーじゃなくてもいいんじゃないですか?普段食べなれていますし…」

「いや、肉まんがいい。あれが私の為にと作ってくれたものはとても美味かった。だから私もあれの為に作りたいのだ」

要は頼子に喜んでもらいたいと。
そもそも、女子は肉まんを貰って喜ぶのだろうが?
いや、今の状況を考えると豪華な物より、心を籠めて作った手作り菓子の方がいいのかもしれない。
だが、一応言ってみる。

「肉まんならば…月英さんに師事してもらった方がいいですよ」

「………」

「あ。俺が教えます」

女性に頭を下げるのが嫌なようだ。
彼はプライドが高そうだから、特に。
自分に頭を下げるのも嫌だろうにとは思った。

「ところで…」

「はい?」

「お前は頼子の何なのだ?」

「………同郷。というか。普通に友達なんじゃないですか?」

何だと聞かれても困る。

「そうか…では、お前も頼子と同じなのか」

「そうですね。俺は別の時代に飛ばされましたけど。その話はいいじゃないですか、俺は聞かせたくないんですよ」

「…そうか。ただ、頼子がお前と知り合えたことに喜んでいたからな」

まさか自分と同じ境遇の者がいたとは思わないだろう。

「では、何もないんだな?」

「何って、何ですか。別にないですよ…」

司馬師の目からはよほど自分と頼子の仲が疑わしく見えるらしい。
司馬昭ではないが、「めんどくせえ」と言いたくなる。

「とりあえず。肉まんの作り方教えますよ」

早く終わらせてしまいたい。
そう思うだった。





「甲斐」

呼ばれたと振り返ると、がいた。

「なに?」

「ほら。バレンタインのお返し。今日はホワイトデーだから」

が甲斐に差し出した。

「え?なに?」

甲斐はきょとんとしてしまう。
ほわいとでーって何?と反応して。
それを見たは軽く笑った。

「甲斐はホワイトデーを知らなかったんだな。羽山さんもしょうがないな」

自分は司馬師にはちゃんと伝えているのに。

「義理とはいえ、バレンタインにクッキーをくれただろ?甲斐が作った奴」

「そ、そう言えばそうだったわね」

頼子達にせがまれて一緒に作ろうと言った菓子。
しかも、作り方を教えてくれたに「義理よ」と半ば強引にそれを押し付けてしまったのだ。

「一応な。バレンタインの一月後にはお返しをするホワイトデーってのがあるんだよ。甲斐に貰ったわけだし、ちゃんとお返しをしないとと思ったんだよ」

「そうなんだ」

「と言う訳で、改めて受け取ってくれ」

は甲斐に桃色の紙袋を手渡した。

「あ、ありがとう」

なんだか無性に恥ずかしい。
自分は本命などと呼べる相手がいなくて。
でも周囲はの事だろうとか言って、でもその本人には義理だと言って手渡して。
だけど、はそのお返しだと言ってくれた。

「な、何をくれたのかしら」

「まぁ…豪華な物じゃなないけどな」

甲斐が袋を開けてみるとふんわりと甘い香りがした。

「…食べ物?」

「そ。桜のカップケーキ。桜餡と混ぜたから、餡って感じはしないけどな」

「桜…へぇ」

「春らしくていいだろ?ここじゃああまりそれっぽくないけどな」

そのカップケーキとやらが袋の中に3つ入っていた。

「美味しそう」

「美味しそうじゃなくて、実際美味しいと思うぞ」

「なあに、それ。でもそうね。今まであんたに作ってもらった物ってどれも美味しかったものね」

甲斐は笑った。
同時にとあることを思った。

「ね…ホワイトデーにも義理とか本命とかあるの?」

「いや?単純にお返しをする日だったと思うけどな…恋人同士になれば、お返しのランクというか、予算がかかるものだろうけど」

「ふーん。深い意味ないんだ」

少しだけがっかりしたような。安心したような不思議な感じだ。
甲斐自身、自分は「義理だ」と押しつけたのだが、相手に「義理だ」と渡されたらと思うと少し気分がへこむような気がして。
でも、にはただお礼の気持ちだけで渡してきたようで。深い意味がないのかと思うと残念だと思えた。

「何が?」

「ううん。こっちの話」

「ま。食べてもらえるならいいよ」

「味わって食べるわよ」

の作ったものならば間違いはないのだろうし。

「えと…あのね」

「?」

「来年はきっと違うと思うから」

「は?来年?」

「そう来年」

来年のバレンタインがきっと「義理」ではなくなっていそうだ。





「あー甲斐ってば、なんか美味しそうなの食べてる〜」

甲斐は一人でがくれたお菓子を食べていた。
ほのかに香る桜の香りが鼻を抜けて、彼が言った通りに春を感じられるような気がした。
そこに尚香、三娘、元姫がやって来た。

「美味しそうじゃなくて、美味しいのよ実際」

「へえ。どうしたの?それ」

「バレンタインのお返しだって、がくれたの」

そんな事があるのかと3人とも驚いている。

「えー!いいな、それ。お返しなんて関索くれなかったわよ」

「玄徳さまも…」

「…あぁ、それで子元殿は頼子にあげていたのね。珍しい事をなさっていると思ったけど」

元姫だけは落ち込むことなく、妙に納得していた。

「いいなぁ。甲斐が羨ましいよ」

三娘がため息を吐く。

「そうね。なんだかんだ言いながらも、殿は甲斐の面倒を見てくれるし」

「な、何よ。あたしは別に…」

甲斐は面倒を見てもらっているわけではないと言い切る。

「そろそろ認めちゃいなよ」

「はあ?」

「甲斐には殿がいないとダメなのよ。ね?」

「そんな事ないわよ!もう!からかうのをやめてよね」

甲斐は怒りそうになるが、元姫の一言が動きを止めた。

「…でも。いつ何が起こるかわからないのよ?殿が甲斐のそばに居るとは限らないんだから」

「………」

「ま。また今回の事みたいになったら困るしね」

「そうね。一緒に居られる今を大事にしないとね」

しみじみ言う3人に甲斐は調子を狂わせる。

「な、何よ…変な事言わないでよ…」

いつも一緒に居ただけに。急にその存在が遠くに行くことが怖くなる。
それにの性格がそうだ。
小田原でも、何に対しても興味なさそうで。人と距離を置いた。
今北条家に身を寄せているのも氏康がいるからと言っているようで。

「あいつ…根なし草だもん…」

最近ではそう感じなくなったが、今、急に現実に戻されたような気がした。

「甲斐?」

「…来年は義理じゃないわよ…本命になっているはずよ…」

「「「甲斐?」」」

何を口走ったと甲斐は我に返る。
3人と言うより、尚香と三娘が甲斐の言動にニヤニヤしている。

「彼氏が料理上手だとこの先苦労するわね、甲斐」

「か、か、彼氏!?」

「いいじゃん。念願の彼氏だよ。なら色々安心でしょ」

「ちょ、ちょっと!」

「別に来年じゃなくても、今からでも遅くないと思うわ」

「ち、違うわよ!なんでもないんだから!!」

甲斐は菓子の入っている袋を掴み逃げるように立ち去った。

「あれま…」

「からかい過ぎたのかしら?」

「元姫の場合、からかっているようには見えないわよ…」

でも、甲斐に対してなんとなく「よかったね」と3人はその後ろ姿を見ながら笑った。








19/12/31再UP