それは君がいたからだ。



ドリーム小説
「犬!犬が欲しいの〜!!」

「いや…俺に言うなよ…」

「だって、誰も話を聞いてくれないんだもん!!」

「だからって…つーかさ、そんなに犬が飼いたきゃ自分で見つけ来いよ」

「……その前に犬が懐いてくれない…」

「犬も本能でわかるんだろうな…」

「なによ…」

「熊を手懐けるような奴だからさ…懐くって言うか、恐怖でも感じるんじゃねえの?だけどその分、従順に従わせる事はできるだろうな」

「そんなの嫌〜」

「……欲しいと思う以前の問題だな」





は束の間の休憩を過ごしていた。
今日はとても晴天で清々しい気持ちでいっぱいだ。
普段は城内にある藤棚の下で過ごすのだが、もう藤の咲く季節は過ぎた今は城内の別の場所に植えてある巨木近くの場所で休んでいた。
一人ではなく、もう一人、少女と。

「ってな事があったんだ」

「うわぁ、甲斐ちん。可哀そう〜」

とは言いつつも、顔は面白いと笑っているのはくのいち。
真田幸村に仕える彼女。
現在所用で北条氏康の治めるこの地にその幸村と来ている。
幸村は現在氏康へと謁見中だ。
本来ならば護衛の任に就かねばならないくのいちであるが、幸村から自由に過ごすと言いと暇を与えられ、ならばと友達であるを訪ねたのだ。

「犬が飼いたいって言っても、あいつ熊を飼っているようなものだからな…犬も逃げるだろうよ」

「一歩先を行く人だね、甲斐ちんは」

「そもそも小太郎さんの犬が近づかいなら、普通の犬は絶対に近づかないだろう」

「あらまあ。じゃあ諦めて熊を可愛がるしかないよね。というか、熊が懐くってのがすごいと思うけど」

ここにはいない甲斐の話で盛り上がる二人。
しかも先ほどが作ったと言うお菓子をつまみにして。

「で、その甲斐ちんは今どうしているの?」

「さあな。一々俺が把握している必要ないでしょ」

「いやいやあ。ちんは甲斐ちんの保護者兼飼い主のようなものでしょうが」

「それは俺じゃなくて、お館様だと思うな」

「氏康の旦那は色んなものに好かれていますなあ」

色んなものとはここ北条軍はちょっと風変わりなものばかりだから。という意味かもしれない。
そこに自分も含まれているのだろうか?とは思うも、即答でそうだと言われても困るので軽く流した。

「甲斐ちんは変わらずって感じで、ちんはどうなの?」

「俺?俺も別に変りはないよ。やる事普段から変わらないし」

「そう言う意味じゃなくてさ。氏康の旦那や甲斐ちん以外にも心開く存在できた?って事」

「………痛い所突くなぁ、くのちゃんは」

くのいちらと出会った頃の話。
そこは戦場ではあったが、妙に意気投合した。
以来友誼は続いている。
その中で、くのいちはが人と距離を置いているのに気付いた。
物、人、色んなものに興味がないような淡泊な態度。
だけど、自分からは決して触れないように、近づかないようにして。
その中でも氏康と甲斐だけは特別なようで、人に近づかないは二人だけには心を開いているようにくのいちは思えたのだ。

「別にいないし、そんな存在…てか、甲斐に心開くってのもなんか可笑しな話だよな…」

「そう?あたしにはそう見えたんだよなー。ちん、甲斐ちんだけには割と本音で話すと思うけど」

「俺、くのちゃんにも割と本音で話していると思うけど。つーか、嘘を吐いたりしないし、基本」

「それとこれはまた別物のような気もするけど…まぁ…ちんはあたしの事も友達って思ってくれているんだ。それはそれで嬉しいけど」

だけど、やはりくのいちは言う。自分と甲斐とは態度が違うと。

「勘弁してよ、くのちゃん。マジでさ…」

「ニシシシ。ちんをからかえるなんて滅多にないし」

「あのね…じゃあ逆に聞くけど、くのちゃんこそどうなのさ。幸村とは」

笑顔一転。くのいちは頬を膨らます。

ちんは意地悪だなぁ。わかっている癖に。あたしの立場を考えなさいよ」

「そうか、そうか。変わらずって事か」

なりにくのいちの為に協力はしているのだが、当の相手。幸村が天然と言われるほど鈍い男だから仕方ないのだろう。
でも、変な所で気遣うよなと思う。
今回の事と言い…。忍びが護衛に就くのは当たり前なのに、自由時間を与えるなど。

「でも、ちょっとはなんとかしたいなぁって気持ちはあるんだよね」

「お。以前に比べたら前向きじゃん」

それなりに行動はしつつも、どこかで仕えている者だからと己の立場から一線を越そうとしないくのいち。
だから色んな女が幸村に言い寄る姿を見てもジッと我慢をしているだけだった。

「ねえねえ、ちん。どうしたらいいと思う?」

「褒めたのに…なんで俺に聞くの?」

「だってえ…甲斐ちんだって、何かあればちんに泣きつくでしょ?」

「さっきの犬の話?あれ単なる笑い話だと思うけどね」

それ以前に恋愛事で自分に相談は無理なのではないだろうか?
自分が恋愛をしているわけではないし。

「ううん。ちんは親身になって話を聞いてくれるし」

「…って言われてもなぁ…」

は後頭部を掻いた。
だが、友達が頼ってくれるのだから無下にしたくない。
あまり人様の恋愛事に首を突っ込む真似はしたくないのだが、腹はくくった。

「じゃあ、最初の部分だな。くのちゃんは幸村に対し立場ってのを気にしているだろう?」

「う、うん。あたしじゃ身分違いかな?ってのもあるし…」

「身分違いって…あいつに関係あんのかな?」

「は?」

は腕を組む。

「だってさ、立場とか身分って言うなら…俺はなに?俺、割と幸村に無礼な態度を取っていると思うんだけどね。それを言うなら一応甲斐に対してもそうだよ」

は氏康の料理番。
だけど、偉そうなことを言える立場ではない。
普段は台所で作業をする下っ端のようなものだ。

「なのに、幸村はそんな俺に対しても丁寧な物腰で、殿。なんて言うぜ?俺の方が普通幸村様。とか言うものじゃないのか?」

ちんの性格なんじゃないの?」

「なんだ、それ…傍若無人ってことか?」

「みたいな?ちんならいいよ。みたいな部分あるよね、多分」

でなければ北条家内でも目の敵にされてしまうだろうと。

「わかった。じゃあ次から幸村に会った時は態度を改めよう」

「え。別にしなくてもいいと思うよ?幸村様にとってもちんはお友達だと思うし…」

「…は?…」

珍しく拍子抜けしたような顔のにくのいちが呆れた。

「もう〜幸村様が聞いたら傷つくよ?幸村様、割と小田原に行くのを楽しみにしてんだよ。ちんと話ができるの楽しいみたいだし」

「それが意外だな…って思って…」

言うほど自分は幸村と会うことがないと思っていただけに。
くのいちは任務の関係上度々小田原を訪れることがあり、その都度今日みたいに話し込むことはあったから。

「気づかなかったなぁ…」

鷹臣は後頭部を掻く。

ちんはさ、自分では気づかなくても。周りはちんの事を大切に思っているんだよ」

「恥ずかしいこと言わないでくれる?」

「あたしが言ってあげないとちん気付かないだろうからね」

参ったと片手で顔を覆う
自分じゃ距離を置いているつもりでも、知らぬうちにその壁を壊していたのか、壊されていたのか。まったく気づかなかった。

「そうなったのも、きっと甲斐ちんのおかげだろうね」

「くのちゃんの話だったはずなのに、なんで矛先がまた俺になるんだよ」

本当に勘弁してくれとは頭を抱え、隣でくのいちは笑った。



***



「変わったのかな…俺…変わったと言うか…元がこうだったような気もするけど…」

くのいちが去り、一人になったはその場に座ったまま、地面を見つめていた。
独り言の内容は、ここに来る以前の自分と今の自分のことだ。
ずっと誰にも執着しないまま過ごすのだろうと思った。
半分ふて腐れのような感じで。
氏康にはそれでは駄目だと散々説教されても、態度を変える気はなかった。
氏康が知ってさえくれればいいと思っていただけに、
この先、彼が亡くなってしまった場合、ここに居残る理由はないからどこかに行くだろうな。なんて事を平気で考えていた。
北条家に仕えると言うより、氏康だからここにいる。そんな感じだったはずだ。

「………なんだよ…」

見つめていた地面に影ができたかと思うと、小太郎の犬が前脚をの膝に乗せていた。

「今、食えるもんっていったら…このくらいだぞ」

さきほどくのいちと食べていた菓子。饅頭だ。

「犬に饅頭やっても大丈夫なのかな…」

だけど、犬は欲しいようで尻尾を振って待っている。

「ほら、お手…おかわり…伏せ」

命じてみれば、もともと躾けられた犬のようで、の言葉でも素直に言う事を聞いている。

「よし。ほら食べな」

が饅頭を与えると犬はあっさりと食べてしまう。

「まあ…確かにお前、可愛いもんな…」

わしわしと犬の頭を撫でる
当初、この犬に対し少し食べ物を与えたら簡単に懐かれた。
だけど、情が湧くのが嫌で、なるべく関わらないようにしていた。
犬は好きだ。
特に大きい犬は。
近くで触りたいなと何度か思ったこともあったけど、我慢してみないようにしていた。
けど、いつの間にかそんな事も忘れていたぐらいにこの子に対し可愛がるようになってしまった。
先日もじゃれてくるこの子と遊んでいるのを小太郎が見て。

「子犬が二匹じゃれているな…」

と楽しげに呟かれた。

「なんだよ、もっとよこせって?けど、もうないよ。つーか饅頭食って平気なのかよ…後で腹壊して小太郎さんに叱られたりしないだろうな…」

犬はじゃれてくる。食べ物と言うより遊べと言っているような。

「あーーー!ずるい!ってばずるい!!」

「あ?」

甲斐が両手を腰に当て仁王立ちしている。

「甲斐…なにが?」

「あたしが犬が欲しいって言っていたのに、懐かないって嘆いていたのに。そんなあたしに対して、あんたはいとも簡単に手懐けて…なに?見せつけてんの!?」

「………馬鹿だな…」

本気で悔しがる甲斐の姿には呆れた。

「なんで?なんでそんな簡単に懐くわけ?」

「知らねえし」

「悔しい〜もうに嫉妬するなんて!!」

犬はちゃっかりの隣でお座りをしている。
一人と一匹が並んで甲斐を見ている。

「まあ…本能的に服従させることはできるみたいだから、それで我慢すれば?」

「それじゃダメなのよ!もっと…こう友愛的な関係を築きたいわけ!」

「邪な思いを捨てれば心開くと思うぞ」

「あたしのどこに邪な思いなんてあるのよー!」

「あんまり騒ぐと犬が怯えて余計に懐かなくなるぞ」

そう言うとピタッと止まる甲斐。
だが、小太郎の犬は尻尾を振っている。
懐かないと言う訳ではなさそうだが、小太郎の躾が行き届いているのだろうとも思った。
それに対しは溜め息を吐いた。

「な、なによ…」

くのいちが言った事が思い出される。

「そうなったのも、きっと甲斐ちんのおかげだろうね」

自分が変われた。もとに戻ったかのよう思えたのは甲斐のお蔭…。
自分は気づいていなくても、周りはそう思っていることが無性に恥ずかしい。
でも。
確かに。

「ずかずか入ってくるもんな、甲斐は…」

「?」

「そこに助けられたのかもな、俺も…」

なぁ?と犬に同意を求めてしまった。
犬は応えたつもりか、わんと一鳴きしたので、は笑ってしまった。

「なによ。さっきから意味がわからないのだけど…」

「俺の本音。甲斐には本音で話すらしいよ」

他人事みたいな言い方をしたけど、これも本音なのだ。きっと。






19/12/31再UP