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誰かと一緒に。
その時。自分でも珍しいと思うくらい興奮していた。 「や…これは…中々いいんじゃね…」 完成したものを見て、口角が緩む。 「問題は味だ。あ〜」 どうしようかと思った時、甲斐の顔が浮かんだ。 「甲斐!これ食べてみて欲しいんだ」 呼ばれた甲斐が振り返ると氏康の料理番がいた。 珍しく向こうから呼んだなと少々驚く。 「な、なに?」 味見は過去何度もしたことはある。 あるが、それは自身が味見している時にお相伴に授かるぐらいで。 向こうから勧められることは滅多にない。 しかも怖いくらいに機嫌がいい。 (眉間に皺をよせているのは当たり前なのに…なに、一体…) 何か企んでいるのかと疑ってしまうも、甲斐の目の前に出されたものから香しい匂いがしてつい唾を飲んでしまった。 「なぁに?これ…」 見たこともないものがザルに入っている。 丸くて、茶色いものが。 「米粉で作ったあんぱん。俺がどうしても食べたかったから作ってみた。小麦粉じゃないからここまで形にするのにすげぇ苦労した。道具とかも色々違うし」 「あんぱん…ふーん」 本当に珍しい。 甲斐の目の前にあるものも珍しいが、この男の饒舌ぶりが。 普段は自分の内面をさらすことなく、寧ろ隠す男なのに。 「よくわからないけど、の故郷の料理ってこと?」 「故郷…まぁそうだな。定番のものだな。定番だと言っても、今じゃほとんど食えないから不思議だ。あぁ、いいから早く食えよ」 「な、なによ。そんなに急かさないでよ」 渋々とそのあんぱんを取る甲斐だが、さっきから早く食べてみたいと思っていたのは内緒だ。 が自分を隠すのもそうだが、自分も素直じゃないなと苦笑してしまう。 「いただきまーす」 ぱくりと一口食べる。 「どうだ?」 「餡子が中に入ってる〜なにこの触感初めて〜」 歯ごたえが想像していたものと違った。 柔らかいのに、しっかりとしていて。 「なんだろう。美味しい〜」 「そうか!」 「それに…なんか幸せ〜って感じ」 美味いものを食べて頬が落ちそうになる。なんて表現が本当にあるんだと思った。 「この…あんぱんっての?餡子が中に入っているからお菓子なの?」 「パンだけど…菓子パンの部類に入るんだろうな」 「?」 甲斐は首を傾げる意味が解らないと。 またにしかわからない事らしい。 それは腹立たしいものがあるが、今はいい。 このあんぱんを甲斐は気に入ったから。 「もう一個食べてもいい?ってかさ、あんたは食べないの?自分が食べたくて作ったんでしょ?」 「ん?あぁ、食べるよ」 立ちっぱなしもなんだからと、藤棚の下で座って食べることにした。 「米粉って和菓子を作るのに適したものらしいけど、パンも作れるって知っていたからさ、なんとかしてパンでも作れないか試したんだよな。 だけど、パンを作るにしてもここじゃ足りないものとか沢山あったから、代用できるものはないかと考えてさ」 本当に珍しい。 食べながら、しかも饒舌。 このあんぱんとやらをはそんなに食べたかったのかと。 甲斐は黙っての話に耳を傾ける。 余計な事を言って、楽しそうな彼の姿を邪魔してしまうが嫌だったから。 こんなの姿を知っているのは恐らく氏康ぐらいで。 氏康以外に自分にも見せてくれるのが少し嬉しくて。 「だけどさー米粉にも種類があって。パン作りに適したものとそうでないものがあってさ。 それに気づくのに何度も失敗しちまって。だから、ようやく完成したかと思うとすげー嬉しい」 「あたしも美味しいもの食べられて嬉しいけど」 「本当か?マジでそう思うか?甲斐」 「嘘吐いてどうするのよ。お世辞でもないわよ」 上辺だけのやり取りなんて自身が一番嫌うだろうに。 人と関わることに距離を置く癖に、人の顔色を窺うような態度を取られるのが嫌だったりするのに。 「悪い。今まで作ったものと比べて大変だったし、苦労もあったからさ」 「ふーん。で?お館様はなっておっしゃっていたの?」 「お館様?何が?」 「なにがって…これ…お館様にまだお出ししていないの?」 普段彼が作るものの大半は氏康に出すためのものが多い。 「いや。出してねぇし、作ったのここにあるだけだ」 「へ?なんで?」 「なんでってか…多分お館様、パン食わねぇと思うし」 曰く、氏康の好みからは外れているだろうと。 「い、いいわけ?それで…しかも、あたしが食べちゃって」 「俺が甲斐に食べてもらいたいって思ったから。別にいいんじゃねぇの?」 「ええっ!?」 「そんなに驚くことか?つか、俺ケチな男に見えるのかよ」 失礼な奴だと言いながら、はあんぱんを頬張る。 ただ、甲斐にしてみれば。にそんな風に思ってもらえたのが意外で。 「あ、あたしが滅茶苦茶食うとか思ったんでしょ?」 「いや…なんかさ、焼きあがった時に甲斐の顔が浮かんだよな。美味そうにあんぱん食いそうな顔が…」 「そ、そうなの…」 どうしたのだろうか、一体。 これは夢か? 夢オチなのか? 目が覚めたらあんぱんなんてものはなくて、はいつもみたいに眉間に皺をよせているのか? どこぞで昼寝しちゃった自分に対し「アホか?」と憐みの目でも向けているんじゃないのか? それか、涎垂らして寝るなと鼻で笑っていないか? (ふ、普段そんな反応しないから、こっちが変に意識しちゃうじゃないのよ、もう) こっちがいくらを心配しようが、はどこ吹く風だから。 だから、恥ずかしいのを隠して、あんぱんを頬張ることでいつもの自分でいられるようにしてみた。 何個でも食べられちゃうと言いながら。 は甲斐の気持ちには気づきもしないで、あんぱんを食べている。 恐らくは発言力の強さに気付いていないのだろう。 「「あ」」 黙々と食べていたから二人同時にザルに手を伸ばすと、あんぱんは最後の一つだった。 「多く作ったわけでもないけど、こうもあっさり品切れになるとは思わなかったな」 「あ、あんたが食べなさいよ。あたしはもういいから」 お腹いっぱいだとに最後のひとつを勧める。 「いや。甲斐が食っていいよ」 「え。だ、だって。元々が自分で食べたいからって一生懸命作ったんでしょ?」 「んー?まぁ、そうだけどさ。俺、最近気づいたんだけどさ。誰かが俺の作ったもんを美味そうに食ってるだけでも満足するんだなって思って」 「あ…前にそんな事言っていたわよね」 食べてもらう人に不味いと言われたくないから。なんて言っていたことが。 言葉を変えれば美味いと言ってもらいたくて。その反応を見るのが楽しい。と言っていたような? 「だから、いいよ。甲斐が食って。甲斐は本当美味そうに食うからさ」 「く、食い意地が張っているとか思わない?」 「思わないって。俺の話ちゃんと聞いているか?」 は喉の奥で笑う。 「や…だって、から見るとあたしって食べてばかりみたいだし」 「俺が勧めているんだから別に気にする事ねぇと思うが」 いいから食え。とは最後のひとつを甲斐の手に乗せた。 甲斐はしばしそのあんぱんを見つめるも、徐に半分に割った。 「はい。半分こしましょ」 「半分こ…」 「人が美味しいって言ってくれるのが嬉しい気持ちはあたしもわかるわ。 けど、それ以上に美味しいものを誰かと一緒に食べる方がもっと美味しいって思うのよ」 は瞠目するも、それもそうだと甲斐から半分を受け取った。 二人で最後のひとつを食べる。 「うん。美味しい。ね?」 「あぁ、美味いな」 「またあんぱん作ってよ、」 「そうだな。作るか」 は立ち上がり服を軽く掃った。 「次が楽しみね。今日みたいに一個余ったらまた半分こすればいいんだから」 誰かと共に食べる楽しみ。 甲斐にしてみれば、その誰かが普段無愛想なこの男だったらいいなと少し思った。 (ほんの少しよ…) 少しだけその顔が赤くなっていることに甲斐自身は気づいていなかった。 19/12/31再UP |