誰かの為に。



ドリーム小説

そう言う季節だからだろう。

「………急すぎるんだよな…せめて二三日前には言ってほしいっつーの」

深いため息とともには台所に立っていた。

「まぁ、仕方ないと思いますよ?」

苦笑しているのはと同じく北条家の料理番の一人だ。
それに彼だけでなく、台所にいる料理番達皆が諦めているようだ。

「言われたことは素直に従えってか」

そう言う立場だから仕方ないだろう。

「わかってんなら、さっさとやっちまうぞ」

年配の男が言うと、威勢よく面々は返事をした。
も愚痴ってしまった手前、素直に従う。
料理番達が忙しなく働いているのは単にいつもの食事の支度ではない。
氏康が花見をすると今朝になって言って来たのだ。
おかげで家臣たちは場所取りやらの準備で追われている。
ただ、いつもの氏康ならばそんな急な事はしない。
前もって行う事をちゃんと伝えてくれるはずだ。
そうじゃないのは、急な客が来た為だ。

「おぉ、頑張ってますな、皆様」

「わかっているなら邪魔しちゃダメよ」

台所に姿を見せたのは甲斐姫。その彼女が注意していたのが、くのいちだ。

ちん、めっけ!」

玩具を見つけたとばかりにくのいちはにゃははと笑いながらのそばにやって来る。

(この忙しい時に…)

は臆することなく舌打ちをした。

「あーその態度ひどくなーい?」

くのいちは不満気に頬を膨らませる。

「忙しいの、俺。見りゃわかると思うんだが…」

は甲斐を一瞥する。
なんで連れてきたのだ、と目で甲斐を非難しているかのようだ。

「そんな顔しないでよ。ほら、見なさい。あたしまで悪く思われちゃうじゃない。だからよしなさいって言ったのに」

「あたしだけの所為にして欲しくないな、あんただって合意した癖に」

「なによ、大体ね」

更に煩くなった。
は周囲を見ると、皆素知らぬ顔をしている。
と言うより、「お前がなんとかしろ」という空気を出している。
ただ、他の者達では立場的に言えないのだろう。
特に甲斐には。

「煩い。作業の邪魔。どっか行け」

容赦なくは言い切る。

「「なによ!!」」

二人の声が重なる。
普段は軽口を言い合い競っている二人でも、こういう時は息がぴったりのようだ。

「さっきも言った。俺だけでなく皆が忙しいの。邪魔をするなら出ていけ」

「え、えと。邪魔はしないから、少しだけ見学させて。ね?」

「そうそう。ちょっと気になるの」

何をそんなに気になるのだが。
にはわからないが二人にお願いされてしまう。
ここで一番偉い料理長を窺い見ると、料理に集中している。
が二人を引きつけておけば、他の者は邪魔をされないと言うらしい。

(俺が作業できないんだけど…)

人身御供にされたようだ。
とりあえず、頼まれている作業だけは進める。
今は野菜を切っていたのだが。

「はーちんはやっぱり手際いいよね」

「それで使ってもらってんのに、手際悪かったら困るだろ」

「そうだけどさ。急な対応に皆さんご苦労様って感じちゃうわけよ」

「そうなったのどこの誰の所為かな?」

「うちのお館様の所為かな。にゃはは」

そうなのだ。
花見を急遽する理由になったのは、くのいちが仕える甲斐の虎武田信玄がこの小田原に来ていたからだ。
極秘ってほどでもないが、やって来た信玄と氏康が話をしていて、桜でも見ながら酒が飲みたいなぁとなったらしい。
じゃあ花見をしようと。急に決まり家臣団は大忙しなのだ。
特に料理番達の忙しさは段違いだった。
まずは材料の調達から始まり、何を出すかとか、決めなきゃならない事が多くて。
それでも、北条家に恥をかかすわけにはいかないと頑張っている。
元々祝祭用の料理などある程度決まっているのだが。
実際、本日花見に参加する面々はごく少数だ。
大勢の家臣を引きつれてではなく、氏康と信玄、そのごくわずかの親しい者だけだろう。
じゃあ対して量を作らずに済むのだが、留守をするもの達などの食事も兼ねているので忙しいのだ。

「でもさー、本当ちんが羨ましいな。ちんの料理って美味しいんだもん。どうしたらそんな上手に作れるのかな?」

「別に。技術だけなら毎日やっていればそれなりにできるよ」

「簡単に言うわね、あんた」

ふと手を止める。少しだけ考えぼそっと呟いた。

「まぁ…不味いって言われたくないから。ちゃんと食べてもらいたいからしっかりやるんだけどな」

「それって。食べてくれる人に喜んでほしいってあれ?」

「………」

素直にそうだと言えない自分が恨めしい。
なんだか照れ臭いし。
甲斐とくのいちが顔を見合わせ笑う。

「つかさ、そんな事今聞くことか?後ででもいいんじゃね?」

忙しいのだ、こっちは。

「あ。そ、それだけじゃなくてね。あたし達でも手伝えることがあったらなーって」

「ない」

「はっきり言うなー!」

甲斐は落胆する。

「薪割りなら外だし。甲斐に頼むとしたらそれぐらいか…あぁ、あとは正月用の餅つきくらいだろ」

「力仕事かい!」

甲斐は拱手する。
それなりにできると胸を張って。

「できないだろ。お前、絶対食材と一緒にまな板まで切るぞ」

「そ、そんな事ないわよ」

「甲斐が普段使っている得物と違うんで、マジ勘弁してください」

丁重に断る

「あ、あたしも手伝いできないのかな?ちん」

「くのちゃんが?……まぁ、甲斐よりは器用だと思うけど」

「悪かったわね」

甲斐は舌を出すものの、くのいちは何やらやってみたい事情があるようだ。
ま、勘のいいものならばすぐに察する。
は勘がいい方だから察した。

「…握り飯用意してもらうか…作りたいんだろ?幸村の為に」

が担当している作業を別の者と交代してもらえるよう頼む。

「や、あ、あたしは別に幸村様は、か、関係なくて…」

「今更の話だよ、くのちゃん」

大勢の家臣団で花見行列ならまだしも、今回は少数で行われる。
信玄の家臣で、くのいちが忍びとして仕えている真田幸村も今回信玄に同行しており。
花見の席でも同席するらしい。
普段ならば適わないことも、今回もしかしたら?と思ったようだ。

「つーことで、幸村の弁当はくのちゃんが作ろうか。俺が教えるから」

「う、うん!」

と言っても、現段階でほとんど料理はできている。
あとはお重に詰めるだけ。
だから、少しだけでもできることをさせてあげよう。

「あたしもやってみたい!」

「人の話聞いていたか?甲斐には無理だろ」

「最初から決めつけるのはよくないわよ。やってみないとわからないんだから」

やってみなくてもわかるだろうとは口にしたかったが、後が煩そうなので止めた。
それに本人にやる気があるのならばいいかと。





「今からやれるのは、玉子焼きか…」

まずは。と材料と道具を用意した。

「じゃあ、やってみようか」

「は、はい!」

やや緊張気味のくのいち。

「そんな緊張しなくていいよ。くのちゃん割と器用だからコツさえ覚えればすぐできるよ」

「そ、そうかな?けどね…」

「幸村が食ってくれるか心配?くのちゃんが用意したからって無下にするような態度なら俺が幸村をぶん殴ってあげるから。つーか食べ物粗末したら承知しねぇし」

その前に幸村がそんな真似をするような者ではないだろう。

「はい。まずは卵を割って…をい」

「ぎゃあ!ぐちゃぐちゃになった!」

甲斐は自分もやると言ったが、自分のやりたいように始めてしまい、結果見事に失敗してしまっている。

「お前は力が入り過ぎなんだよ!貴重な卵無駄にするな!」

「うぇ〜」

ひとまず甲斐のことは捨て置き、くのいちに教える。

「幸村は甘いの平気か?」

「うん。幸村様甘党だから」

「じゃあ…」

と、は調味料を用意する。主に砂糖やらみりんやらを加えて混ぜろと。

「え。これってお酒じゃないの?」

「ここじゃそうらしいけど、基本的に甘みを浸透させる役目があって結構重宝するんだよ」

煮物や照り焼きには欠かせない調味料だ。

「白身がちゃんと混ざるようにすること」

「うん」

「のりゃーーー!!」

くのいちが熱心にやっている隣を正直目に入れたくなかった。
なんか怖いものがいると目を逸らしたくなる。
玉子焼きだよな?今二人が作っているものは。
同じ材料をつかっているはずなのに、どうしてこうも違うのだろうか?





「できた!変じゃないよね?ちん」

幸村の為に作ったお花見弁当。
大半は詰めるだけだが、くのいちなりに頑張った。
玉子焼き、お握りは指導の下作ったし。
詰める作業もその人のセンスと言うものが出るじゃないかとは思う。

「変じゃないよ。これで変って言ったら…」

隣が怖いし。

「ほら。そろそろ出立のようだし、早く包んじゃないよ」

氏康、信玄の弁当はすでに出来上がっており、後は運ぶだけだった。

「うん。ありがとうちん!」

「ちゃんと自分で渡すんだよ。自分で食べるってのはダメだからな」

「え!?…う、うん。頑張ってみる」

作ることより、手渡しする方がくのいちには大変のようだ。
くのいちはお弁当を抱えて台所を出ていった。

「さて…甲斐も行くんだろ?花見」

「……行くけど…」

「………」

同じ材料だったはずだとは改めて思う。

「…まぁ…初めてにしちゃ…上出来だと思うけどな…」

焦げ焦げの玉子焼きと、砲丸のようなお握りなのだが。

「つかさ、誰に食わせる気だったわけ?」

「お館様」

「殺す気か?」

「なわけないでしょうが!」

甲斐は嘆息する。

「誰ってわけじゃないけどさ。ちょっとあの子が羨ましかったのよ。誰かの為に、特に好きな人の為に一生懸命料理しています。って姿が」

「自分も体験してみたかったと」

「多分ね…さっきあんたも言っていたじゃない。不味いって言われたくない、ちゃんと食べてもらいたいって…」

食べてくれる人が喜んで欲しくて…。

「そう言う気持ち。ちょっと味わってみたかったの。けど、これじゃあダメね」

とてもじゃないが、誰かに食べてもらうのには勇気がいる。

「小太郎の犬たちですら逃げていきそうだもの」

「あげるつもりだったのか。それはやめて置け、犬は割と腹を下しやすいから」

「………」

「まったく…だからって捨てるなんてのは俺が許さないからな」

「わ、わかってるわよ。自分で食べるわよ」

それが一番なのだが、は甲斐の弁当を包む。

「花見行くんだろ。早くしろって。俺も一応お館様に着いて来いって言われてんの」

「え?」

「しょうがないから、俺が食ってやる」

…」

甲斐が作った弁当を持って鷹臣は台所を出る。

「あ、待ってよ!」

甲斐が慌てての後を追いかける。

(俺がちゃんと教えてあげなかった責任もあるしな)

だけど、見た目が悪いだけで案外味は悪くないのかもしれない。
食べてみないとわからないものだろう。
そう自分に納得してみる。

「大丈夫!が倒れたらしっかり看病してあげるから!」

に追いついた甲斐はそんな風に言った。

「折角、人が前向きに考えていたってのに、お前な〜」

しかも、どう看病されるかそれを考えるのも怖い。
何せ熊姫なんて呼ばれてしまう彼女だから。







19/12/31再UP