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忘れたくないもの
-----あなたはあなたの時代で生きて… 「………ずるいな」 は清々しい空を見上げていた。 だけど、気持ちはその空とは反対だ。 「ー!ね、今日のお館様のおやつ何?」 そんな気分を壊すかのような少女の声。 「甲斐…おやつ言うな…どこのガキだよ」 やってきた甲斐に対し、嘆息する。 「いいじゃないの。本当の話だもの。あたしもご一緒したいなーと思って」 「へー」 「もっと嬉しそうな顔をしなさいよ。あんたの作ったものが楽しみで、美味しいって言っているのよ、このあたしが」 バンと己の胸を叩く甲斐。 甲斐の言葉に素直に驚いた。 「な、なによ?」 「いや、素直にそう言われると思っていなかったから…雨降らねぇよな…」 思わず目線を空へと戻してしまう。 「まぁ、あんたが素直に喜ぶ姿も想像つかないけどね」 の態度にはいつも通りだから期待はしないらしい。 「つーかさ…元気だよな、甲斐」 「はぁ?何よ、急に。あたしはいつも元気よ」 「だよな。その無駄にある腕力の使い道に困るくらい元気だよな」 「っ…一言多いのよ、あんた」 甲斐は拳を握り、の前に突き出す。 「あ。必殺熊殺しはやめてくれよ。あれ怖いんだよ」 「必殺熊殺し?何よ、それ」 「………」 「ちょっと!黙らないでよ!なによ、なんなのよ!!あたしにそんな必殺技あるわけないでしょ!!?」 は苦笑しつつ、反転し甲斐を置いて歩き出した。 氏康に出すものでも準備しようかと思って。 「!待ちなさいよ!!」 置いて行かれたを後を甲斐は慌てて追いかけた。 *** (覚えていないのか…やっぱり、俺だけか…) 氏康に酒のつまみを出したあと、一人城内の廊下を歩きながら考えていた。 氏康とも少し話をしたが、彼の様子もいつもと変わりなかった。 いや、少しだけ何か考えているようではあったが。 (ずるいな、かぐやさん…みんなの記憶は消して、俺だけ残すなんて) 実は、信じられない話だろうが。 つい先日まで世界は別の時代の世界と融合していた。 一人の魔王によって、そう創られていたのだ。 だけど、その魔王が一度倒された時、世界は残ったものの。 魔王が望んでいたのは滅び。 主を失った世界は崩壊へと向かっていた。 そんな中で、たちは様々な人達と出会って長い時間を過ごした。 甲斐だって、氏康だって、そんな中で絆のようなものが生まれていたが。 世界があとわずかで崩壊すると言う時に、仙界から手助けしてくれていた仙人たちの手によって、魔王の作った世界から、元の時代、元の世界へと戻されたのだ。 だけど、魔王の世界で過ごした記憶は戻った時、綺麗に消えていた。 を除いて。 なぜ、自分だけがと考えると、おそらく、自分が元々この時代の人間ではない事が原因かもしれない。 まぁ、そんな理由は仙人たちにでも聞かなければわからないだろう。 (どっちでもいいけどさ、今更の話だ) だけど、何も変わらない甲斐や氏康を見ていると。 あの時出会った人たちとのことが、こうも簡単になかったことにされると、少し物悲しくなる。 甲斐には親友と呼んでもいいくらい仲良くなった子たちがいたから。 『うち。お兄ちゃんもめっちゃ好きやねん!』 『今度。の故郷のお話をお聞かせくださいますか?』 『本当。甲斐ってはしょうがないわよねぇ』 は覚えているその子達の事を思い浮かべる。 恐らく、彼女達も甲斐との記憶、あの世界の事は覚えていないだろう。 ただ一人。 時を渡ることができた人物、かぐやを除けば。 「本当…かぐやさんはずるいな…」 「そんなつもりはなかったのですが…」 独り言だったのに、返事が返ってきた。 しかも、居るはずのない人物。かぐやがそこに居た。 「かぐやさん…」 「お久しぶり。でしょうか?」 微笑むかぐやには頭を掻いた。 「その態度。俺は覚えているってのわかっていたんすね。かぐやさん」 やっぱりかぐやさんはずるいとは苦笑した。 城内にいると煩いのに見つかっても嫌なので、ひとまずはかぐやをつれて城を出た。 「流石氏康様の治められる地。皆様、とてもいい顔をなさっていますね」 小田原城下町を歩くとかぐや。 華やかな都とまではいかないが、ここもその君主の人柄なのか。 かぐやの言う通り、民の様子は安定している。 「かぐやさん。何しに来たの?」 「特に深い理由はありません。ただ、少しだけ皆様のご様子が気になって」 普段人との接触がなさそうな仙界だけに、時間は戻されたとはいえ、かぐやにはあの世界での時間はとても深いものだったようだ。 「ふーん。で?どうだった?」 「はい。甲斐様も氏康様もお変わりなくて安心しました」 「甲斐ちん。じゃないの?そう呼べって言われていたでしょ」 「………ですが、もう…」 かぐやはかぐやなりに、仲間達の記憶を消した。または封じた事を気にしていたようだ。 それをが深く追求することはないが。 「なんで、俺だけって思ったから。無理にでもかぐやさんが消せばいいのに」 「そのつもりだったのですよ?も忘れていたと思ったのに」 「あれ?かぐやさんも予想外なんだ」 「はい。でも、少し嬉しかったです。こうしてまたお話できるとは思いませんのでしたので」 「そうなると…俺だけがずるいのかね…かぐやさんとは思い出共有しているし」 かぐやは小さく笑った。 「前にもには聞きました。元の世界に帰りたいですか?今ならば、それも可能かもしれません」 「けど、ここへ俺を連れてきたのはかぐやさんじゃないんでしょ?」 「………はい」 「ならいいよ。かぐやさんが張本人ならば、無理にでも頼んだだろうけど。 今はそんなに執着はないし、面倒見なきゃならない人もいるし」 かぐやは今一度笑った。 「それはどなたの事でしょうか?」 「さぁ?」 「ねぇ、かぐやさん」 「はい」 「かぐやさんが皆の記憶を消したと言うか、時代に戻して覚えていない事。この先思い出すってことあるのかな?今は忘れていても、心のどこかには絶対引っかかると思うんだよね、俺は」 それは単に忘れて欲しくないと願ってのことかもしれない。 「私にはどうとも言えません。なぜなら、すでにが私の予想を超えていたので」 全ての人がそうだと思ったら、唯一覚えている人間がいた。 もしかしたら、仲間。あの英傑達の中にも一人くらいは覚えている者がいるかもしれない。 「そっか。ならいいや」 もし。もしこの先、できるならば…。 *** 「ちょっと!聞いたわよ〜誰よ?誰?すごく綺麗な子を連れて歩いていたって話じゃない!?」 女って噂話好きだよな。とは思った。 かぐやと別れて城に戻ると、甲斐が聞きたそうにうずうずとして待っていたから。 「誰だっていいだろ。ちょっとした知り合いだ…あぁ、知人って言うのもなんか距離を感じるな、友人ってことで」 そもそも、記憶云々がなければ、その人ともお前は友達なんだけどな。 は内心思ってみるも、口には出さない。 どうせ、かぐやの事を甲斐は覚えていないだろうから。 「珍しいじゃない。あんたにそんな子がいたなんて」 「そうだな、珍しいかもな。俺の周りって物騒な子ばかりだし」 「物騒な子って誰の事よ」 「心辺りないのか?物騒代表な癖に」 指折り数えながらは名前を出す。 「くのちゃんに、姫さんに、弓姫さん、雷姫、巫女さん」 くのちゃんはくのいち。 姫さんはガラシャ。 弓姫は本多忠勝の娘稲姫。 雷姫は立花ァ千代。 巫女さんは阿国。 「あんた…何気に酷いわね…って、雷姫と巫女さんって?」 「あ…いけね」 ァ千代と阿国の存在を甲斐は知らないだろう。 ほとんど、あっちの世界で知り合ったようなものだから。 恐らく、この先出会う可能性は高いが。 「って!物騒代表って何よ!!?」 「今言うか?」 「こんな純真可憐な乙女を捕まえて何よ!」 「自分で純真って言う辺りどうかしていると思うし、その有り余った怪力から乙女は想像できない」 「か、怪力言うな!」 「いやいや。俺が予言しよう。甲斐はそのうち、必殺熊殺しを編み出すに違いない。 いや、すでに習得済みだが、忘れているだけなんだ」 「何よ!失礼な奴ね!!」 かぐやに悪いが、少しだけ。甲斐もあの頃を思い出してくれればいいなと思ったから。 あの頃の話を、欠片を出してみた。 このくらいで、思い出せるとは思わないが。 「きっと、思い出せたら。甲斐の言う噂の子と話ができるかもな」 「…必殺熊殺しっての?思い出す以前の問題でしょうが」 いや、違う。かぐやの事だ。 だけど、そんな風には甲斐が思わないのはわかっているので、は笑って受け流す。 「……よかった」 「は?」 「あんたも少しは元気になったみたいね」 「俺?」 「あんたさ、あたしの事元気ね?って聞いてきたけど、の方が元気ないなって見ていて思ったから。けど、なんか急に元気が出たみたいだし」 確かに、自分だけが覚えていた事に少し落ち込んでいたかもしれない。 それを甲斐に気付かれていたとは。 「その噂の子のおかげか知らないけど、良かったわねって話」 「…そうだな…」 「あたしは別に元気がなかったわけじゃないけど。なんかさ、皆の様子ちょっと変だなって思っていたのは事実よ。どこかぼーっとしている部分あるし。お館様もそうだったし」 氏康はそうかもしれない。 なんでもような、いつも通りの事をしていても。 ふと何かに目を奪われたように、一瞬時が止まっている時がある。 すぐさま、なんでもない変わりのない様子に戻るから。 「でもね、あたしは。なんか楽しかったのよ」 「人のそんな様子を見て?」 「違うっての。いい夢ってのか?すごく大変だったけど、すごく楽しかった夢を見たの。 それを思いだすと、なんか、こう〜…気分が悪くなくてね」 夢と甲斐は思ったのか。 だけど、やはりどこかで甲斐も忘れてはいないのだ、あの頃を。 「随分長い夢だったろ?」 「そうね。全部は覚えていないけど、そんな感じ」 甲斐はニッと笑う 「あ。その夢、お館様やもいたわ」 だろうなと思いつつ、今はそれでもいいかと思って。 「きっと必殺熊殺しはその夢の中で開発されたに違いねぇな」 「あんた、まだそれ言うか。いいわよ、だったら、それ実際に開発してやろうじゃない。 もちろん、にその技例にかけてやるわよ」 口角が引きつり、拳をぽきぽきならす甲斐。 「甲斐の怪力じゃ、俺死ぬんじゃね?」 「やってみないとわからないよ?」 「やらんでもわかるわ!」 は甲斐から逃げ出す。 「こらー!待ちなさいよ、!逃がさないんだから!!」 甲斐は逃がすものかとを追いかけた。 『甲斐ちゃんは熊殺しで強豪を次々倒すねん。で、ある日かっこいい敵が現れて… 甲斐ちゃんの熊殺しを初めて破る!そっから…恋が始まんねん!』 あぁ、そんな話したなと思い出す。 『そんで、甲斐ちゃんの怪力をほどいた腕で、甲斐ちゃんを死ぬほど抱きしめんねん!』 今まさに、自分がその熊殺しをかけられそうなんだがと、は苦笑せずにいられなかった。 逆にだ。 技をかける前に、こっちが甲斐を抱きしめたらどうなるだろうか? 「……違う意味で殺されそうだ…」 だから、今は逃げるしかないだろう。 19/12/31再UP |