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見え隠れするもの。
天下は織田信長が統一する。 …だろうと思われていた矢先。 彼は家臣明智光秀の謀反により滞在していた本能寺で散った。 歴史的に有名であるこの出来事は当然も知っている。 教科書、小説、漫画、テレビドラマに映画…。 様々な媒体で取り扱われていたから。 だが、自身は別に歴史が好きだとか、織田信長のファンでもない。 明智光秀など、もっと興味もない存在だった。 それでも、そう言う出来事があったのだと話が流れてくることをまさか己の身で感じるとは思っていなかった。 「どうしたの?あんた」 「あ?」 綺麗な藤棚がある小田原城の一角。 そこはのお気に入りでもある場所。 北条氏康の料理番として仕え始めてどのくらい経ったか。 暇な時はここでぼんやり過ごすことが多い。 主に一人で。 だけど、最近はそこに姿を見せる女子が一人。 「どうしたって何が?」 女子にしては逞しすぎる存在、甲斐姫がの顔を上から覗き込むように見下ろしていた。 「なんか呆けているみたいだし。病気?だったらちゃんと言いなさいよ? お館様にうつりでもしたら大変でしょうし」 「別にどこも悪くない。ちょっと考え事をしていただけだ」 「考え事?珍しいわね」 「何気に失礼だな。俺は甲斐と違って考え事はする方だぞ」 「あんたこそ失礼よね」 若干口角を引きつらせている甲斐姫。 だがこの手のやり取りは日常茶飯事でもある。 「ん。やるよ。食ってみ」 「なに?」 は甲斐姫の前に小ぶりのザルを差し出す。 きつね色に揚がったものが。 「なになに?」 少し面白くなさそうにしていた甲斐姫もすぐさま笑みが零れる。 そしての隣に腰を下ろし、それを一つつまんだ。 「芋を薄く切って、素揚げしたもの。それに塩を軽くふりかけた」 「へぇ…あ、なんか触感が面白い〜」 一つだけでは物足りない。 それどころか気に入ったのか、甲斐姫は手を休めずにそれを食べ続ける。 「あんま食うと太るから気をつけろ」 「うぐっ…あんたね。一言余計よ。それに食べる前に言いなさいよ、そういう事は」 「そうか?」 「だって、美味しいもの。これ。止められない美味さっての?知ってから止めるのは酷よ」 「ま…気に入ってくれたならいいや」 自分が作ったものを褒められるのは悪くない。 そう思えたのは最近だ。 あまり人と接することをしなかっただけに。 自分が心を許しているのは氏康ぐらいだろうと思っていただけに。 最近はその氏康よりも甲斐姫と一緒にいる時間が多いほどだ。 「で?何を考えていたわけ?」 「?」 「さっき言っていた事よ。気になるじゃない。ま、あんたの事だから、お館様に何を差し出そうか〜って新しいものを考えていたのでしょうけど」 本当美味しいわね。 甲斐姫は嬉しそうに食べ続けている。 「いや。違う事…なんつーかさ…」 「甲斐ー!」 「あら」 「………」 一人の少女が駆けてきた。 髪に大き目な石の付いた羽飾りをつけ、ヒラヒラの衣装をまとった少女が。 彼女はごく最近、北条家に助けを求めてきた者。 「お姫さん…」 は彼女の登場に少しだけがっかりする。 それは甲斐姫との時間を邪魔されたと言う艶っぽい理由ではなく。 「ぬ?なぜそなたはわらわを見てため息を吐くのだ?」 「…噂と違うから。ですかねー」 「噂?」 キョトンと首を傾げる彼女には苦笑する。 言うべきか言わざるべきか。 だが、半分口にしてしまったようなものだ。 「明智光秀殿のご息女は絶世の美女だって…ちょっと違うよなーって」 「ぬ…そんな噂などわらわは知らぬぞ!」 「まぁ…後世の話だし…」 本名は玉と言うらしい。 だがが知っているのは彼女が細川ガラシャと名乗っていたころの事だ。 「後世?」 「あ。いや、こっちの話」 悲劇の美女。とも言われていたはずだ。 そのガラシャが北条家を訪ねてきたのは、世が豊臣に染まりつつあり。 父を討ち取った豊臣秀吉に従う気がないと、反豊臣の姿勢を出している北条家ならばと思ってやってきたらしい。 いわゆる、家出。というものらしく。 彼女は細川家に嫁いだ身ではあるが、細川家が実家を裏切るような立場をとったのが彼女には許せなかったらしい。 そのガラシャが来たと言うので、も軽い興味を持ってこっそり見に行けば。 そこに居たのは美女ではなく、まだ少女と呼ぶに相応しい子がいた。 彼女が美女で通っているのならば、甲斐姫の方が十分大人の女性に見えるはずだ。 「あんたはまた…」 「なんだよ」 「あたしにもわかる話をしなさいよね。いつもそう!意味ありげに隠すんだから!」 はっきりしない態度は甲斐姫が一番苦手とすることらしい。 突っかかり方も猛進である甲斐姫。 共に居るガラシャも一緒になってを責めようとする姿勢が見られたので、はガラシャにも素揚げした芋を食べるよう勧めた。 「ん?なんじゃ?これは」 「素揚げした芋。塩味で食べやすいと思うけど。よければ姫さんもどうぞ」 「そうか?じゃあいただこう!」 彼女の目にも気になる食品として映ったのか、ガラシャもそれに手を伸ばし、一口食べる。 「おーー。美味いぞ、これは!なんじゃ?これはいったいなんじゃ?」 「芋を薄く切って素揚げしたもの。塩を軽くふってあるだけの手軽なものだよ」 「そなたが作ったのか?」 「あぁ」 「はお館様の専属料理番なのよ。でもたまにこうして色んなものを作ってわけてくれるの。結構これがハマるのよね〜」 「そなたはと申すか」 「そうですよ、姫さん」 噂とは違う。子供みたいな反応のガラシャに苦笑しつつも。 料理への反応は悪くないので、も嬉しい。 「ちょっと。一人で食べ過ぎー。あたしだってまだ食べたいんだから」 ガラシャも手が止まらない様子。 甲斐姫は我もと手を伸ばし、共に食べる。 「だから。食べ過ぎて太らないようにな。あと、面皰にも気を付けて」 「「ぬ」」 女性にとっては禁句のようだ。 二人から睨まれてしまうも、は珍しく表情に出て笑ってしまった。 「わ、笑うではない。失礼だぞ、そなたは〜」 ガラシャは非難するも、一緒に抗議しそうな甲斐姫が動きを止めた。 「う?どうしたのじゃ?甲斐は」 「べ、別にどうもしないわよ」 少しだけ頬が赤く染まったように見える甲斐姫。 「赤いぞ?熱でも出たのか?」 ガラシャは何事かと甲斐姫に何度も問うも、甲斐姫はなんでもないとそっぽを向く。 そこへ一人の若者が姿を見せる。 「殿。お館様がお呼びだ。早う、参られよ」 「あ。わかりました」 はすっと立ち上がる。 「残りも全部食べてくれていいから。ザルは面倒かもしれないけど、台所に返しておいて」 「あ、うん。わかったわ」 は若者と共に立ち去る。 「ー。またこれを食べさせて欲しいのだ!頼むぞー!」 ガラシャはそんなの背中に声をかける。 は驚き立ち止まり、振り向くも。 小さく笑って頷いた。 「あんたすごいわね…」 「ん?何がじゃ?」 藤棚の下で、甲斐姫とガラシャは座って食べ続けている。 ただ、甲斐姫はが去ってから若干食べるのを止めかけている。 「何がって…その…あいつ、笑ったから」 「ん?それのどこがすごいのじゃ?」 「あー。えっと、その…あいつって、そんなに表情変えないから。 あ、だからってまったく笑わないわけじゃないけど。その、基本初対面の人には 壁を作りそうな性格で…だけど、あんたには最初からそんな風でもなく…」 ガラシャは甲斐姫の話を聞きつつ首を傾げる。 別にと言う青年を別段特別視するようには見えなかったようで。 「よくわからぬだが…甲斐にはそれが面白くないのか?あ、もしかして、は甲斐にとっていい人なのか?」 「なっ!な、なに言ってるわけ!!?そ、そん、なわけ、な、ななな、ないでしょ!!?」 一段と顔を赤くし焦る甲斐姫。 ガラシャはにんまり笑う。 「そうか。は甲斐のいい人なのだな。大丈夫じゃぞ、わらわは無粋な真似などせぬから!」 「何が大丈夫なのよ!違うって言っているでしょ!!」 どんなに否定してもガラシャには「わかっておるぞ」みたいな顔をされる。 甲斐姫は困ってしまい、大きくため息を吐いた。 (そんなんじゃないわよ…けど、普通は喜ばしい事って思うべきなのよね) が気を許しているのは主君氏康だけ。 甲斐姫も多少はその部分を向けてもらえていると思う。 他人とあまりつるまないだから。 だけど、今日会ったばかりと言うガラシャに対して、簡単に笑い返すようになったのは。 彼がここに馴染み、気を許しているのではないかと思える。 それは喜ばしいが、少しだけ寂しいと思える。 自分だけ知っていたかのようなものが、なくなりそうで。 (あたし…なんで、こんなに気にするんだろう…) その答えはわかっているような、わかりたくないような。 少しばかり厄介に感じる。 「次が楽しみじゃのー」 「は?」 甲斐姫が顔を上げると、いつの間にかガラシャの膝の上に乗っていたザル。 そのザルの中身がなくなっていた。 「ちょ、ちょっと!あんた全部食べちゃったわけ!!?」 「だって美味しかったのだ。それにはまた作ってくれると言ってくれたぞ」 だから気にしないで食べたそうだ。 「甲斐はもうお腹がいっぱいだと思ったのだ。食べるのを止めていたし」 「そ、それは…ちょっと考え事をしていたのよ…はぁ…」 自分も余計な事を考えずに食べていればよかったと甲斐姫は後悔した。 だから。 「よし。行くわよ!」 甲斐姫は立ち上がる。 「う?どこにじゃ?」 「の所。あたし、まだ食べたりないもの。だから作ってもらわないと」 ガラシャは目を輝かせそれに同意する。 「でもいいのか?は氏康殿のところに呼ばれたと…」 「だからいいんじゃない。きっと料理の事に決まっているし」 「甲斐がいいと申すなら、わらわもいいぞ!」 では行こう。と少女は二人藤棚を後にした。 当然すぐには無理だと、には一蹴されるも、二人揃って食べたいと騒ぎまくった。 「煩い。そんなに食ってばかりだとマジで太るぞ!」 とが言い切るので、甲斐姫とガラシャがさらに抗議したのは言うまでもない。 でも、結局こんなやり取りが楽しいと甲斐姫は思ってしまうのだった。 19/12/31再UP |