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別に気にしちゃいないわよ・・・。 難攻不落の小田原城。 その広い城内を甲斐姫は歩き回っていた。 特に用事はない。 ないのだが、必然的に誰かの姿を捜していた。 「なんだ、坊主。うろうろして」 「お館様!坊主って言わないでくださいよ!」 「あー悪かった」 絶対悪いと思っていないだろうと甲斐姫は呆れる。 甲斐姫を坊主と呼ぶのは主君北条氏康。 何故か甲斐姫の事を坊主や成田の倅と呼ぶ。 自分は男子ではないのだが。 「それでどうした?」 「別にどうもしませんけど」 「そうかい。俺はてっきり・・・・」 「てっきりなんですか?」 氏康はそれ以上言わず、不敵に笑う。 そして何事もなかったかのように甲斐姫の前から去った。 「なんなんですか、お館様・・・・」 別に自分に用事がないのならばいい。 とりあえず続きと行こう。 「・・・・・室にもいない。台所にもいない・・・あの馬鹿どこに行ったのよ・・・・っ!!?」 思わず自分の口を手で塞いだ。 そして周囲の様子を窺う。 聴かれちゃいないだろうな?と思って。 前後左右と人の姿がない事を確認して思い切り息を吐いた。 「なんで、あたしが・・・・こんなに気にするわけ・・・・冗談じゃないわよ」 それと言うのも、噂していた彼女達が悪いのだ。 『ねぇ聴きまして?お館様の料理番の彼。先日告白されたんですって』 それはそれは可愛らしい女の子に。 『まぁ!それでどうなりましたの?』 『うーん。それがよくわからなくて・・・・』 的な話を侍女達がしていたのだ。 氏康の料理番と呼ばれる青年とは甲斐姫も顔を合わせる仲だ。 会えば互いに憎まれ口のようなものをいつもしてしまう。 可愛げのない態度を取ってしまう自分に嫌気が差しつつも、素直になれないのが現状。 でもどこかでそれが楽しいと感じている自分がいた。 それに、ちょっとだけ。優越感的なものが湧く。 が他の特定の誰かとつるむことがない。 自分以外の者とそういったやり取りをする姿が無いから。 彼のうちに抱えるものが影響しているのかもしれない。 甲斐姫にはそれが何かわからないが、は周囲と一線を敷いている節があって。 「あ・・・・・きれい・・・・」 風に吹かれて揺れる藤の花が目に付いた。 小田原城内の藤棚はとても丁寧に手入れがされている。 つい目線が藤へと向いてしまう。 だから足元を見ていなかった。 「えっ?」 「ってぇ!!」 ぐらりと揺れた視界。真っ暗になるかと思われたが、先に感じたのは陽の匂い。 何かに足を引っ掛けて転んでしまったのだが、不思議と痛みは感じなかった。 「・・・・・ちゃんと前見て歩け、ど阿呆」 「う、ぎゃあ!!」 「早くどけ。重い」 「し、失礼ね!あたしそんなに重くないわよ!」 下から聞こえた声に甲斐姫は驚き、その状況に二重に驚く。 どうやら甲斐姫はの足に引っ掛け転んでしまったようだ。 しかも彼を下敷きにして。 甲斐姫は慌ててから離れる。 は体を起こし手で埃を払う。 「あー・・・・内臓が潰れるかと思った・・・・」 「なっ!」 相変わらずの反応。 いつもこうだから、甲斐姫もに強く出てしまうのだ。 「あ、あんたこそ何してんのよ!」 「あ?別になんだって良いだろ。許可が必要なのかよ」 「そ、そうじゃなくて」 「俺は読書していたんだ。藤棚の下が気持ち良さそうだったからな」 芝生の上というのもあって寝転んでしまったようだが。 「そ、そうなんだ・・・」 「ま。行儀は悪かったかもな。間抜けな奴が足引っ掛けてスッ転ぶし」 甲斐姫は煩い。とを睨みつけた。 「でも、惹き付けられるほど綺麗だもんな、この藤は」 「そうなのよ!あたしもびっくりした。今まであまり気にしたことなかったのに」 「へぇ」 鼻で笑われるかと思ったのだが、は穏やかに笑っている。 珍しいこともあるものだ。 あれか?噂の可愛い彼女ができたから心に余裕があるから? 「あ、あのね。ちょっと、噂で聞いたんだけど・・・・」 「噂?」 こんな事を直接聞くのは失礼だろうか? 別に気にしちゃいない。 いないのだが、あの話には続きがあるのだ。 『あ。甲斐姫様!』 たまたま通りかかって噂を耳にしたことを、侍女達に知られた。 そしたら、普段からと顔を合わせている縁もあって事の真相はどうなのか尋ねられた。 『あ、あたしは知らないわよ。そんなこと』 『ぜひとも、聞いてくださりませんか?』 『はぁ?自分で聞きなさいよ、そんなこと・・・・』 恥かしくて聞けないとか、彼と話すと緊張するとか、甲斐姫様ならできます・・・などなど言いくるめられてしまった。 『甲斐姫様は気になりませんの?』 『べ、別に気にならないわよ』 『じゃあ聞いてくださいませ〜』 『え・・・・?』 暗に彼女らには自分がの事をどう思っているのかも噂になっていたようだ。 気にしてなんかいないと言い切った手前、引くに引けず。 話の真相を聞いてやるわよ!と啖呵をきってしまった。 その啖呵のきり方も間違っているような気もするが。 「噂が何?」 「あー・・・そのー・・・・・あんたが、とっても可愛い子に告白された・・・・から、その後どうなったのかなぁ?って噂」 「くだらねぇ」 言うと思った。 思い切り眉を顰める。あからさまに気分を害したと見てわかる今の。 さっきの穏やかに笑っていた目が消え失せる。 悪い事を聞いたかと甲斐姫の方が申し訳なく感じてしまう。 だが、そんな事に気落ちする自分が嫌で、なんでもない顔で話を続ける。 「あんた、自分じゃ気づいていないかもしれないけど。結構人気あるのよ?」 「あっても、それじゃ腹は膨れねぇな」 「気持ちは満たされるかもしれないじゃない」 普段から「もてたい!」と心の声を出してしまっている甲斐姫にしてみれば羨ましい話だ。 「だからって、別に俺のところに何かしてくるわけでもないし。関係ねーな」 「・・・・・・」 彼女達は遠巻きにを見ているだけ。 そういう事なのだろうか? それならば告白してきた子についてはどうなのだろうか? 「あ?別に何もねぇよ。ただ味見してくださいって頼まれただけだし」 「へ?」 「告白なんかされてねぇよ」 「あ・・・・そうなんだ・・・・・」 ふっと気持ちが軽くなった。 (って、なんで?) 侍女たちは、に差し入れをした光景を、告白と思い込んだのだろう。 顔を赤くしていたのは、その品の味見をして欲しくて緊張していたからで・・・。 完全な勘違いだったと言うわけだ。 の性格では、お世辞など言いそうにも無く、不味ければ不味いとはっきりと口にしそうで。 味見を頼んだ彼女の緊張はそれを気にしてかもしれない。 だけど、今はそんな事などどうでもよく。気持ちが軽い。 「あ。もう一つ噂があるの知ってる?」 「まだあんのかよ・・・・」 「あたしとの仲が噂されているんだって〜」 これだけの事を言うのに、チャラけた雰囲気で口にするも。 内心酷く緊張していた。 どうせ、この男の事だ。酷く眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をするんだ。 そうだ、そうに違いない。 「へぇ・・・・・甲斐とね。面倒臭ぇけどそのままにしといて」 「え?」 意外な答えが返ってきて呆気に取られる。 「甲斐が俺の回りをうろちょろしているなら、変な虫が近づいてこないし。楽でいいわ」 「ちょ、ちょっと!普通それはあたしの台詞じゃないの!?」 「いやー。甲斐の場合。男女有効だな」 「言ってくれるじゃない。本命に誤解されても仕方ないくらい付きまとってやるわよ」 嫌がらせよ!と甲斐姫はに指を突きつけて言い切った。 「それはすごいな・・・・」 まったく怯むことなくはくつくつと笑った。 少しだけ瞠目したことに気づくが、あえてそれには触れず。 そして再びはその場に寝転び本を読み出した。 本に夢中になるとは相手をしてくれない。 今も読んでいるのは料理にちなんだものだろう。 だから甲斐姫は所在無さげになってしまう。 大人しく立ち去るのが無難かもしれない。 それをどこかでつまらないと感じていることに、甲斐姫自身は気づいているのだろうか? 「ここってさ」 「な、なに!?」 「ここって、最近の俺のお気に入り。暇なら来れば」 「え、えと・・・」 「さっき付きまとうって言ったじゃん。菓子ぐらい用意しといてやるよ」 急に照れ臭く感じるも、悪くないと思った自分が居たから。 「そ、それじゃあしょうがないわね。お菓子があるなら来てやるわよ」 あくまで菓子が目当てだと強調して。 また侍女達に噂が広まりそうだが、悪くない。 大体の方が気にしていないなら、自分が気にする必要もないんだ。 だから、明日からまた菓子を目当てに会いに行こうじゃないか。 (そうよ。お菓子が目当てなんだから!) っていう事にしておこう。 「あ・・・・えっと」 「なに?」 料理本に目を向けたままの。 甲斐姫はその場に座り込んだまま、膝の上で拳を握る。 「さっきは悪かったわね。ごめん」 「?」 何が?と言う目を甲斐姫に向ける。 「だ、だから!さっき転んでを下敷きにしちゃったこと・・・・まだ謝っていなかったから」 「あぁ。別にいいし・・・・そこはさ」 はフッと笑う。 「ごめんよりも。ありがとうの方がいいんじゃね?」 「え?」 「転んで怪我をせずに済んだって思えばさ」 そういう考え方もありなのか?甲斐姫は首を傾げる。 が気にしていないのならいいのか・・・・。 (ん?ちょっと待てよ・・・・?) だが元はと言えば、ここで寝転んでいたが悪いのではないか? あぁそれだと、よそ見して足を引っ掛けた自分がやっぱり悪いのであって。 あれ?どっち? 甲斐姫はわからなくなる。 だから。 「そうね。ありがとう」 ってお礼をいう事にしてチャラにした。 【一日一回、顔を合わそう。】 19/12/31再UP |