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今、居るべき場所。
今日は非常に疲れた。 あまりに疲れたので早く我が家でゆっくりしたいと思った。 「今、帰った」 「お帰りなさいませ。小十郎さま」 草履を脱ぎ家に上がると小十郎の妻である朱琉が出迎える。 ただいつもより反応が遅かった。 「あぁ。ただいま」 「・・・・・」 「ん?どうかしたのか?」 奥様がジッと小十郎を見つめている。 「いえ・・・あの・・・・何かあったのですか?いつもよりお疲れのご様子・・・」 チョンと袖を摘まれる。 いつもと変わらぬ平然さを装っていたつもりだったが、彼女にはお見通しのようだった。 事が事なので家庭に持ち込まないようにしたのだが。 小十郎は目を細め心配そうに、自分を気遣う妻の頭を撫でた。 「敵わねぇな、朱琉には」 「では、やはり何か大事が!?」 「いや。直接朱琉には関係するような事じゃねぇ。そう心配する事もないさ」 ポンポンと朱琉の頭に乗せたが弾んだ。 「小十郎さま!」 「すまねぇ。ある意味大した事じゃねぇんだ・・・ただ・・・何と言うか・・・・」 歯切れの悪い小十郎に朱琉は小首を傾げる。 「くだらねぇ・・・・で済めばいいような事なんだ」 「はぁ・・・」 「後で聞かせてやる。それより、飯にしよう」 「はい!」 今日も小十郎の好物を頑張って作ったと朱琉は報告してくる。 華奢な体でいつもそれ以上の頑張りを見せてくれる朱琉を本当に愛しいと思える。 さぁ、その頑張って作ったものとはなんだろうか。 美味しく頂こうではないか。 そう思い障子を開けた。 「おかえりー」 「!?」 「お先頂いてまーす」 客いるとは聞いていなかった。 だがその客人の姿を見て、小十郎は思わず立ち尽くし愕然とした。 「小十郎さま?」 「あれ?どうかしたの?小十郎さん」 家主より先に、寛ぎ食事をしている客人(小十郎は客とは思っていない) 「そ・・・・それはこっちの台詞だ。。てめぇ・・・・何してやがる・・・」 ハラリと小十郎の前髪が落ちる。 「なにって・・・・・食事?」 それはそうだろう。 何しろ、目の前にいるこの青年が、本日小十郎を疲れさせた要因の一つなのだから。 「違うだろ・・・家出したんじゃねぇのか?てめぇは・・・」 *** 先に湯浴みをと朱琉に促された小十郎。 小十郎が上がるころには彼の食事も用意されていた。 家出してきたというはすでに食べ終え、のん気に茶を啜っている。 「改めて。お邪魔しています。小十郎さん。新婚生活の邪魔をしてごめんなさい」 ぺこりと頭を下げられた。 別にそんな事で小十郎がへそを曲げているわけではないのだが。 「あ。そうか、違うか。先に朱琉ちゃんのご飯食べてごめんなさい」 「・・・・」 「それも違う?・・・・他に思い当たる理由がないなぁ・・・・あ、別に朱琉ちゃんを口説いてもいないし」 「そうじゃねぇ・・・・」 「・・・・・・・」 「城へ帰らなくていいのか?」 その小十郎の言葉に初めての顔が渋面になった。 「帰るって、どこにさ・・・・俺、帰る場所ねぇもん」 唇を尖らせる。 あぁコイツもまだまだガキだなと小十郎は思わずにいられなかった。 「小十郎さま・・・・その、さんを屋敷に上げてはダメだったのですか?」 「そういうわけじゃねぇさ。ただ・・・コイツは政宗様と大喧嘩をしたんだ」 「まぁ」 それが小十郎を疲れさせた原因だ。 だが朱琉は違う反応を見せた。 「すごいですね、さん。あの政宗様と喧嘩ができるなんて」 「・・・・朱琉・・・」 小十郎は軽く咳払いをする。 「。早く戻り政宗様に謝れ。政宗様も本気でおっしゃったわけじゃねぇんだ」 「俺が悪いのかよ!ダチだからって無神経に何言ってもいいのかよ!?」 珍しく小十郎に噛み付いた。 立ち上がって拳を強く握って。 悔しそうな、なのに泣くのではないかと言うように見える。 「出て行けって、政宗が言ったから言われたとおりにしただけだ、俺は」 「それで俺の所か?」 「出て行けって言うなら、出て行くよ・・・」 別にとは俯く。 「そうは言ってねぇ・・・・・まぁいい。今夜はウチでゆっくりしろ」 ただその場には居られないと感じたのか、は室から出て行ってしまった。 「小十郎さま・・・・」 「に室を用意してやってくれるか?」 「はい。それはかまいません。ですが・・・・政宗様と大喧嘩って・・・平気なんですか?」 仮にも政宗は一国の主。 そんな彼に手を出したとなれば普通は大問題だろう。 小十郎は昼間の事を思い出す。 それはもう酷かった。 大乱闘だったのだ。 取り押さえるのにかなり苦労したものだ。 普段飄々として、争いを嫌うが本気で政宗に牙を向いた。 「ふざけんな!」と怒りを腹の底から吐き出していた。 政宗に「そんなに気にいらなきゃ出て行け!」と言われは無言で本当に出て行ってしまったのだ。 最初は単に自室に戻っただけかと思ったのだが、成実が様子を見に行けばその姿はなく。 愛用の自転車と共に姿を消してしまったのだ。 「あのまま出て行け。などと言えば、本気でどこかに行ってしまうだろう」 そうなれば連れ戻すのに大変だ。 小十郎の屋敷へ来ていたのは救いだ。 のあの性格ならば、とっくに奥州を出ていてもおかしくないのだ。 彼は他国の者とも仲がいい。 甲斐の真田幸村、猿飛佐助。加賀の前田慶次。何より一番は西国の鬼長曾我部元親だろう。 元親の事を「アニキ」と慕っているが、本気で奥州を出て彼の下へ行けば。 政宗はさらに機嫌を損ねるだろう。 「あの様子じゃ・・・しばらくは無理だな。朱琉、の世話を頼む」 「はい」 なんなら力仕事はすべてに任せてしまおう。 そう思う小十郎だった。 *** 翌日。ぼーっと一人で縁側にいた。 小十郎には朱琉の手伝いをちゃんとするようにと言われてしまった。 井戸から水を汲み、薪割りもやった。 何か手伝いをしている間は特に考える事もなかったが、今一人になって昨日の事が思い浮かんだ。 「女々しいのかな・・・俺・・・」 小十郎の屋敷に逃げ込んだ。 なんだかんだでまだ近くにいる自分が、やけに女々しく感じた。 ただ女々しく感じたことはもう一つある。 政宗に言われた事だ。 喧嘩の原因になった言葉。 それを政宗に「いつまでも女々しいことしてんじゃねぇよ!」と言われた。 カッとなった。 きっと図星をさされて恥かしくなったからでもある。 だけど、言われたくなかった。 まだ認めたくなかった。 もし、そうであったら。などという事に・・・・。 「・・・・くっそ・・・」 強く握った拳がふと目に入る。 「でも・・・・・人を殴るって・・・・あんまいい気分しねぇ・・・・」 初めてかもしれない。 本気で人を殴るなどと。 まして相手は友だちだ。 殴った手も痛いが、後から湧いてくる罪悪感の方がもっと痛い。 アイツはどう思っているのだろうか? 殴られた痛みもあるだろうが、それよりもまだ自分に対して怒りの方が上だろうか? 「あー!本当に居た。もう何やってんだよ、ー」 成実がひょっこり顔をだした。 「成ちゃん・・・・」 「さっき小十郎から聞いてさ。様子見に来た」 の隣に成実は腰を下ろした。 「梵天の顔腫れてたぞー。早く謝っちまえよ」 「・・・・・」 の顔を見て成実はくっと笑った。 「なんで、俺が。って面してる」 わかっているなら言うな。とも言っているように見えるだろう。 成実は両手を床につけて視線を空へと向ける。 こんなにいい天気なのに、一部は土砂降りだ。 「なぁ。なんで梵天と喧嘩した?俺、初めて見たお前が本気で怒ったのを」 「それは政宗が無神経だからだ」 「そうかぁ?」 思い出すと胸が苦しくなる。 「家に帰りたいって・・・思ったらダメなのかよ。元々帰るんだって思っていたんだぞ・・・・それを政宗の奴」 いつまでも女々しい事考えているな。 グチグチしてんな。 そんな風にに言った。 「だって、どうしようもできないじゃん。梵天もも、誰も・・・・」 成実は唐突に言った。 「つーかさ。覚悟を決めろって事なんじゃね?」 「覚悟?」 「そ。覚悟。はっきり言って、がここに来た原因とか帰れない理由とか誰もわかんねぇし。 何をどうするかも考えつかねぇ。ならここで生きていく覚悟を決めた方がいいんじゃねぇの?」 もう帰る事はできないと。 いつか帰ることはできるかもしれない。ではなく・・・。 「そりゃ願い続ければ叶うかもしれねぇけど。・・・・俺・・・なんか嫌だな」 「は?」 「が帰っちまうの。嫌だって事。梵天もそうだろ」 周りの事など殆ど考えた事はなかった。 別に自分が元の世界へ帰った、消えたとしても特に影響はないだろうと。 そう口にしてみれば、成実から拳骨を貰った。 「バカか、おめぇは。俺らそんなに薄情じゃねぇよ!どんだけお前と一緒に居ると思ってんだよ」 「ご、ごめん・・・でもさ。もしかしたら、俺が居た痕跡とかなくなるかもしれないじゃん・・・」 に関する記憶がすっぽり抜けると? だが成実は納得しない。 「それこそない話だ。万が一記憶が消されたとしても、絶対思い出すし」 その自信と根拠はどこにあるのだろうか? だが嬉しい。 「の気持ちもわかるよ。家族とか仲間とか大事なもん置いてきちまったんだから。 けど、ここには俺たちがいる。梵天も小十郎も、綱元もいる。お前は一人じゃないんだからさ」 「成ちゃん・・・」 「覚悟決めて。梵天に謝れよ。小十郎や俺には素直にゴメンって言えるのに梵天には言えないんだからなぁ」 「だって、それは・・・・」 は口を噤む。 政宗とちゃんと会って話すべきなのだろう。 だけど、癪だ。 こちらから頭を下げるのが。 「今日は帰らない」 「はぁ?なんでー」 「俺、まだ朱琉ちゃんのご飯食べたいから。ね!朱琉ちゃんいいでしょ?」 以外に人が居た事に気づいたのか、朱琉が盆に茶を乗せてやってきた。 「はい。私はかまいませんよ」 「ほら。朱琉ちゃんは良いッてさ」 「朱琉は良くても小十郎はどうだかなー」 朱琉が出した茶を飲む成実。 「新婚さんの邪魔してるもんな、俺」 が笑った。 朱琉の頬が赤く染まる。 「すごいよね。俺より年下の奥さんもらってさー。しかも朱琉ちゃんの方が小十郎さんに告ッたんだろ?」 「おう。それ俺も聞いて驚いた。てっきり小十郎の方からだと思っただけどなー」 「でも小十郎さんも朱琉ちゃんにメロメロじゃん。もう愛しくてしょうがねぇって面しているし」 「なんだよ、それーどんな面だよー」 成実が腹を抱えて笑う。 「どんなって・・・・・あ」 スッとは目を逸らした。 「あ?どうした?・・・ぉ・・・」 は居た堪れない気分になる。 政宗が来たのだ。 それも小十郎を連れて。 二人からの視線が痛い。特に小十郎からの。 「い、いらっしゃいませ、政宗さま」 朱琉が慌てて頭を下げた。 ん。と政宗は小さく頷いた。 「帰るぞ。いつまでも小十郎に迷惑かけてんじゃねぇよ」 「帰るってどこにだよ。俺には帰る場所なんかねぇよ」 元の場所にも帰れない、政宗には出て行けと言われたから出た。 どうも政宗を前にすると天邪鬼な態度を取ってしまう。 「お前の帰る場所は俺が居る所だ。それで充分だろうが・・・・」 ムスッとした顔で答えた政宗。 何、恥かしい事を言わすんだ。そう言っているようにも見える。 「・・・・なんか告白してるみてぇ・・・」 ボソっと成実が呟いた。 その呟きに政宗は成実を睨んだ。 「いいから、帰るぞ。新婚さんの邪魔しちゃ悪いだろうが」 くるりと背を向けて歩き出す政宗。 「ま、政宗様!」 「あー・・・まぁそう言う理由なら仕方ないか。お世話になりましたー」 はあっさり立ち上がった。 そして置いてる自転車を取りに行く。 「おーし、帰るべー。お邪魔さんでした」 成実も二人の後に続いた。 残された片倉夫妻は互いに照れ臭そうにしていた。 「言うほど新婚じゃないよね、実は・・・」 「まぁが来る前に婚姻を結んでいたしな」 帰り道でが片倉夫妻の事を言い出した。 成実がそれに同意する。 「だが、新婚さんと変わりねぇ仲の良さだろ?」 政宗が笑った。 「だよなー。結構見てるこっちが恥かしい時あるもんな」 も笑う。 「じゃあ梵天とは熟練夫婦って所だな」 「「なんでだよ!」」 「ほーら。息ぴったりー」 実家に帰った奥さんを旦那さんが迎えに来た。 そんな所だろう?と成実が言った。 「俺が奥さんなわけ?そこは逆だろう?」 「あ?なんで俺が嫁なんだよ」 「夫婦ってのは否定しないんだ、お前ら・・・・」 ま。どちらかと言えば兄弟の方がぴったりかと成実は思った。 「つーか、前にも言った!旦那にするなら政宗よりも小十郎さんの方がいい!いや、アニキがいい!」 「またそれか、てめぇは・・・・この俺が小十郎や鬼よりも劣るって言うのか?」 ギャンギャン言い合いを始める二人。 結局いつもこうなんだ。 くだらないけど、それが二人らしいと思えるから不思議だ。 昨日の喧嘩はもうどうでもいいのだろうか? 19/12/31再UP |