|
糸し糸しと言う心。
「っあ!」 本陣にたどり着いたと同時にはカクンと膝が折れた。 「!」 市がの正面に回りこんだ。 「は、はははっ。カッコ悪いな、俺・・・・」 織田の鉄砲隊が放った銃弾がの足を掠めていたのだ。 本陣にたどり着き安心したら痛みを感じたのだ。 それでも打ち抜かれていないだけ良かったかもしれない。 「そんな事ない。そんな事ないよ、」 市は自分の袖を破り止血をする。 「が生きていてくれて、市・・・嬉しいよ」 「うん・・・俺も。市を取り戻せて良かった」 市の手を取りは笑った。 傷口は痛い。痛いけど、市がそばにいるだけで笑っていられる。 だって、好きな人にようやく会えたのだから。 「さて。わしも一暴れしてこようかの」 二人の真上から影ができた。 見上げれば信玄が拱手していた。 「お、お館様・・・・」 「早うこの戦を終わらせんと。お主も安心できぬであろう」 不敵に笑う信玄。 「体を休め待っておれ、」 「うす」 なんだか照れ臭かった。 どうやら信玄にも話が通じていたようだ。 幸村辺りが喋ったようだ。 でも安心した。 市を連れ帰っても咎められる事はないようだから。 【10】 戦は鉄砲隊の動きを防いだ武田が有利に進めた。 市を切り捨てた織田軍は主力を投入し始めたが、勢いに乗った信玄と幸村の前に防戦一方となる。 織田は撤退し始めたので、武田も深追いは避けて撤退した。 それからしばらく経った頃・・・・。 「・・・・動いちゃだめ」 「なんで!俺、もう平気だって」 「ダメ。完治するまで絶対ダメ」 「えー・・・・体が鈍るー・・・・」 歩けないわけではないのだが、怪我をしたに市がぴたりと着いている。 「運動不足で気持ち悪いよ、市」 「でもダメ」 頑なに反対する市には困り果てる。 甲斐へ戻ってきて、は市を幸村の屋敷に置いてもらった。 離れたくないと互いに思っている事もあったし。 頼めるのが幸村だけだろうと思って。 信玄公には流石に申し訳なく感じて。 他の者たちもすぐには市に心を許さないだろう。 「佐助さんの薬のおかげで痛みはもうないし、な?平気だって」 「・・・・・・」 「お前達、また同じことで揉めているのか?」 食べるか?と饅頭を持ってきた幸村。 このやり取り、一日に何回も見るので、幸村ですら厭きて口出すこともやめた。 「幸村!」 「いいではないか。お市殿はお前を心配して言ってくれているのだろう?」 「いや、わかるけどさ・・・けど」 「二人で饅頭でも食って大人しくしていろ。今、佐助が茶を淹れてくれているから」 つまり幸村もに動くなと言っているようなものだった。 「わかったよ・・・・」 ため息を吐きながらは頷いた。 「・・・・・」 そんなをジーッと市が見つめている。 「なに?市・・・・」 「・・・・・・・・市の言う事より、この人の言う事の方が、は素直に聞くんだ・・・・」 「え!?そ、そんなつもりはないって」 「ずるい・・・・」 市は幸村にもそう訴えかける。 「え、い、いや・・・それがしも・・・別に・・・・」 うろたえる幸村。 市の凄みに二人して困惑する。 美人が凄むと迫力があるよなと思わずに居られない。 「あれ?何してんのさ。お茶淹れてきたけど」 佐助が四人分の茶を盆に乗せてやってきた。 「お、おぉ!佐助!早く饅頭を食べようではないか!なぁ、!」 「そ、そうだよ。ほら、市も食べよう。美味いぜ、ここの饅頭」 「・・・・食べる、けど・・・・」 市はそれでも面白くないと言う顔つきである。 「へぇ。は尻に敷かれる方みたいだね」 佐助だけはその光景に呵呵と笑っていた。 饅頭を食べ終えた後、鍛錬しに行くと幸村は佐助を伴って行ってしまった。 あの野郎、逃げやがったな・・・と内心は舌打ちしたくなるが。 もう一つ。市と過ごす時間を幸村なりに与えてくれているのだろう。 二人きりになって、は改めて市と別れてからの事を話始めた。 幸村に助けられた事。 甲斐での生活。 市が浅井に嫁いだのを知った事など・・・。 「もっと早くに市に会いに行けば良かった。俺のこと死んでると思っているだろうって想像はしていたけど」 「・・・・」 「でも、市が浅井長政の下で幸せに暮らしているなら、俺はそれでいいと思ったんだ」 が知っている歴史では、いずれ二人は兄信長によって別れてしまうのも知っている。 けど、きっと市が自分で選んで長政の下にいるはずだと思って。 夫婦仲は悪くないとそう言う記述があったはずだ。 「長政さまは・・・・市のせいで・・・・市を庇って死んでしまった・・・・」 不器用な人だった。 けど、市にとっても。短い期間ではあったが、彼と過ごした時間は悪くはなかった。 を失った傷を、知らずに長政が癒してくれていたかのようで。 「市の所為じゃないって」 「・・・・・」 「その自分の所為にする癖、直せって。前にも言ったじゃん、何でも市の所為にするなって。 周りはそんな風には思っていないさ。浅井長政も市に生きて欲しいって思ったから・・・・」 庇ったのではないだろうか? 自分の前で失うのが怖くて・・・・。 「・・・・・」 「市。散歩にでも出るか」 「ダメ、だっての足は」 先ほども散々言い合ったのに、はまだ歩きたいと言い出す。 「平気。それに、少し歩かないとさ」 「・・・」 「市も一緒に行こう。散歩。手でも繋いでゆっくりとさ」 市の手を取る。 「うん」 市は微笑み頷いた。 やっぱり、彼女は沈んだ顔より笑んだ方がいい。 どこか儚さを感じるも、自分に笑みを向けてくれるのは嬉しいものだ。 「。足痛くない?」 「あぁ。平気」 手を繋ぎ歩いている二人。 のどかな田園の中を歩いている。 時折通りかかる村人から「ちゃん、随分綺麗な方と一緒で羨ましいね〜」などと声をかけられる。 は照れもせずに笑って返事を返す。 「羨ましいだろ?」 と。 なんとなく市の方が照れ臭い気がしてしまう。 「市を甲斐に連れてきてから、ずっと考えていたんだ」 「?」 「約束した事を守ろうと思って、けど今それがどこにあるのかわからなくてさ」 約束した事?と市は小首を傾げる。 その市の様子には苦笑する。忘れられてしまったのかな?と。 「花。市に似合う花を、両手いっぱい集めてプレゼントするって言ったじゃん、俺」 「・・・・・あ」 「市に似合いの花が咲いているかなと、色々見て回りたくてさ」 確かにそんな約束をした。 けど市は表情を曇らせる。 花は長政との思い出でもあったから。 長政は一輪だけであったが、市に白百合をくれた。 それだけでも市は嬉しかった。 を失った事を逆に思い出しもしたが、長政が居てくれたから・・・。 「オレンジとか黄色とか、ピンク色のもいいよな・・・・市?」 俯きかけた市。 「なんでもない・・・・」 「なんでもなくないってその顔。いらないならいらないって言ってもいいんだよ」 「そうじゃない!ただ・・・・長政さまと・・・・」 は数回頷いた。 きっと長政とも花に関する思い出があったのだろう。 「なぁ。市・・・・浅井長政の事好きだった?」 市は瞠目しつつへ目線を向けた。 けど、嘘は吐けない。 ゆっくりと市は頷く。 「・・・・市は」 「なんでそんな顔をするかな。誰も悪いなんて言っていないだろう?」 薄情な話。は甲斐に居て市に何もできなかった。 生きていることさえ伝えなかったのだ。 自分が死んでいると思っていた市にとって、長政は再び出会えた大切な存在だっただろうに。 そんな男に惚れても別には文句などない。 「を失ったと思ったから・・・・そんな市でも長政さまは、市を大事にしてくれた」 「そっか。だったら、浅井長政との思い出も大事にしなきゃ」 は繋いだ手に少し力を込める。 「約束する。今度は市の手を離さないから。市が思い出を大事にできるように」 「・・・」 「最初は・・・何が何でも生き延びて、元の場所に帰るって言ってたけど・・・・いつの間にかさ。 ずっと市のそばに居たいって思って・・・・・長篠でも市と甲斐に帰るんだって」 家族や友人は大事だ。 向こうが今、どうなっているのかはわからない。 わからないが、ここでも大事な物が沢山出来た。 「俺の自転車。ちゃんとあるんだ。佐助さんが拾ってくれてさ。 だから、また自転車でどこかに行こう。これからは誰かに邪魔をされるってこともないんだからさ」 市もその手を強く握り返してくる。 「本当?・・・・もうどこにも行かない?市と一緒に居てくれる?」 「行かない。市が戦わなくていいように。俺が頑張る」 もう二度と市に戦場に出ず、闇に捕らわれるような真似はさせない。 「。これ・・・」 市は懐から何かを取り出す。 「あ。俺の携帯・・・・」 どこに置いてきたのだろうと思った携帯電話。 「ずっと市が持ってた。市のお守り。との思い出がいっぱい入っている物だから」 に返すと市が差し出す。 けどはかぶりを振った。 「いいよ。市が持ってて。市のお守りになるならその方がいい」 もうそれは電池も切れて電源は入らない。使えない代物だろう。 だったら今までどおり市にお守りとして持っていてもらいたい。 市は携帯電話を懐へとしまう。 「花・・・・」 「ん?なに?」 「いつでもいいよ。時間はたっぷりあるから。市もと一緒に探す」 「そうだな。時間はたっぷりあるもんな。ゆっくり探そうか」 もう離れる事はないから。 ずっとずっと、この手は繋いだままなんだ。 「糸し糸しと言う心」ってのは一つに纏めると「戀」旧字体の「恋」になるんですよ。
19/12/31再UP
|