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いろはに、ほへと。
いろはは父の側室である猫御前の室にいた。 猫は自分が産んだ子と同じようにいろはのことも可愛がってくれる。 母も何かあると猫に頼ることがある。 母と同じようにいろはも猫につい甘えてしまうようだ。 「何かあったのかしら?五郎八姫」 「・・・・・」 「私には言えずとも、母上様になら言えるかしら?」 いろはは何度も頭を揺らす。 「あらあら。その様子では無理のようね。ということは何か悪戯でもしてしまったのかしら?」 いろはは慌てて首を横に振る。 「ち、父上が・・・・」 「父上が?」 「父上が怖いのです。父上のこと、嫌いじゃないけど、いつも怒っているから怖くて」 「あらあら」 娘に知らぬうちに怖がられていた政宗。 毎回この子の母親と恒例の軽口の言い合いをしているが、城の大半の者は 「ああ。いつものことか」と日常の一部とか思っていない。 だから、「また筆頭がヘマをしたんだ」と思うくらいで。 大人はそうでも、子どもにはそれがまだわからないようで、特にいろはには父が母を苛めている。 という風に映っているのだろう。 「別に父上は五郎八姫のことを怒っていることはないのですよ?」 「で、でも・・・・」 「可愛い娘のこと。一番可愛がっているのはお父上なのですから」 怖い思いばかりしたわけではないだろうに。 毎日が忙しい政宗だから、いろはと過ごす時間は短い。 短い時間の中で、楽しい思い出もちょっと政宗が何か関係ナシに起これば、いろはの記憶からは遠くに追いやられてしまうようだ。 (殿も不憫ですわね・・・) 自分の子。兵五郎は政宗を怖がっている気配はない。 それは昔から。 今では父のようになりたいと、若輩ながらに文武を磨いている。 男子と女子の違いだろうか。 「父上・・・いろはのこと怒っていない?」 「ええ」 猫は微笑み、いろはの頭を優しくなでた。 それにつられていろはも笑い、猫に抱きついた。 「猫ママ好きー」 「ありがとう」 *** いろはは猫の室を出て、母のいる室へと向かった。 なんだ。父上は怖くないのか。いろはのことを可愛がってくれているのか。 単純にそう思えるとさっきまでの怖さが嘘のように引っ込んでしまう。 もう父上の仕事が終わったらならば、遊んでもらおう。 なんてことを考えながら。 「はは・・・・・うえ?」 母の元へ駆け込もうとしたとき、父が母の膝で寝ている姿が目に入る。 あ。父上もいるのだ。 と笑みを浮かべて近づこうとしたのだが、二人の会話が耳に入る。 「・・・・・俺ぁ、なにかしたのか?」 「さあ?したんじゃないの?・・・でもお父さんとしては娘に避けられるのは痛いわね・・・・」 「・・・・・・」 「拗ねない、拗ねない。たまたまかもしれないわよ」 「たまたまなのか?本当に?俺が頭撫でようとしたら、逃げ出したんだぞ?」 会話の内容から、幼いながらも自分のことだといろはにはわかる。 父が母に泣きついているなんて! しかも自分のせいで。これはかなりの衝撃だ。 「成実には嫌われたとか言われるしよ・・・・」 「あ〜成実さん、言いそう・・・・で、でも。政宗の仕事の邪魔しちゃったーとか思ったのかもよ?いろはは」 「・・・・・・・」 「鬱陶しいなぁ。アンタまだいい方よ?この時代じゃ娘が父親を嫌うなんて滅多にないと思うけど。 私のいたところじゃね。父親と自分の洗濯物を一緒に洗わないでとか、父親が入ったあとの風呂には 浸かりたくないとかで、新しく沸かしたり。ウザイとか言っちゃったりしてさー」 の一言に政宗は軽く傷つく。 もし、いろはに同じこと言われたらどうしようと。 「まぁいずれ、可愛く育てた娘がどっかの若僧に掻っ攫われるだから、早めに子離れしとけば?」 政宗の娘ともなれば、それなりの御家の息子に嫁ぐだろう。 「・・・・・・」 「ね。幸村様のとこに貰ってもらおうか?それがいいかも〜幸村様んち確か男の子いたし」 名案だとばかりには手を叩く。 だけど、政宗の顔は不機嫌そのものだ。 「なんで、幸村にいろはをやらなきゃならねぇんだ」 「違う違う。幸村様の息子君に」 身分的にもいいし、幸村のところならば安心できる。 何より奥様がこれまた話の合う素敵な方だったのだ。 「同じだ、阿呆」 「阿呆言うな。でもさ、逆でもいいよねぇ。兵ちゃんのお嫁さんに〜とか」 「勝手に決めるな。それにまだまだ先の話だ」 「えー。でもさ。この時代って十代前半で嫁ぐことってあるでしょ?中にはもっと若いときとか。覚悟しておけば?」 「・・・・・・・・いろはは嫁にやらねぇ」 「うわっ!親馬鹿がいる!あんた、バカじゃないの。自分のしたこと思い返してみなさいよ」 「あ?」 「猫様はともかく、もし私のお父さんがそばにいたら、あの時、あんたぶっ殺されているかもしれないのに」 平気で物騒なことを口にする。 だが、との婚姻は政宗の独断で強引だったものだ。 「・・・・・・あれは、だな・・・・それはそれ。これはこれ」 どうしようもないな。本当に。は呆れてしまう。 娘の将来がちょっとばかり心配になった。だから。 「・・・・・・・・・小十郎さんと成実さんにお話してきます」 政宗を膝の上から落とし、は室を出ていく。 「あ、こら!てめぇ!」 政宗は慌ててを追いかけた。 「父上・・・母上・・・・」 いろはは両親の会話を隠れて聴いていたのだが、後半意味がまったくわからなかった。 だけど、二人とも機嫌はよろしくない。 しかも、自分のせいで父が傷ついているとわかった。 「どうしよう。どうすれば・・・・・・あ!」 いろはは二人の為にとどこかへ向かい始めた。 *** 「父上、母上。ごめんなさい!いろはが悪い子だから・・・・お二人が喧嘩するのですね」 いろはは両親の口喧嘩を見て泣きそうになるも、それをどうにかせねばと駆け出していた。 庭やら、館内のあちこちを一人で駆け回る。 小さな姫君の何やら一生懸命な姿に家臣たちは微笑ましく見守ってしまう。 「お二人に仲直りしてもらうには!」 あれを渡そう。 あれを見せればきっと二人は喜んでくれる!と躍起になって探し回った。 でも、中々見つからず、いろはは落胆してしまう。 「いろは。何をしているんだ?」 書物を小脇に抱えて、兄兵五郎が廊下からいろはに呼びかけていた。 少々顔を汚してしまっているいろは。 兄に呼ばれてタッタタッタと駆け寄った。 「あーあ。着物を汚して・・・・・・顔も汚れているじゃないか」 兵五郎はしゃがみ懐から懐紙を取り出した。 「兄上ー」 懐紙で丁寧にいろはの顔の汚れを拭き取っていく。 「兄上はお勉強していたのですか?」 「ああ。先ほどまで綱元殿に沢山教わっていた。けどなあ・・・・・」 「?」 兄は苦笑する。綺麗になったいろはの顔の次は埃まみれの着物を軽く叩いた。 「途中で父上たちに乱入されて中断してしまった」 父上と言われていろははハッと我に帰る。 「兄上。ごめんなさい!それはいろはの所為です」 「いろはの?そうは見えなかったが・・・・」 別にいろはがどうとか言ってはいなかった気がする。 相変わらず、父と兵五郎にとって義母となるが口喧嘩していたのだ。 今回は珍しく小十郎と成実も一緒で、あまりに煩いので綱元がそれを鎮める為に勉強は中断されたのだ。 ただ小十郎というより、成実が面白おかしく盛り上げていたようにも見えた。 義母と一緒に父がいかに「阿呆」でしょうがないと・・・・・。 しかし、子どもの兵五郎にも父と義母の関係が不思議でしょうがない。 毎度の騒ぎに今はもうなれてしまったのだが、その割りに二人は一緒にいるし。 兵五郎の実母である猫はそんな二人を微笑ましく眺めている。 寧ろ義母の味方をしている節もある。 「別にいろはの所為ではないぞ?あれはいつものことだ、気にするな」 気にするだけ無駄というもの。 最近家臣たちの間では、あの二人が一日なんど喧嘩をするのか賭けをするという噂が兵五郎の耳に入っている。 皆が楽しんでしまっているので問題ないのだろう。 実に平和なものだ。 「で、でも・・・・いろはの所為なのです・・・・・」 シュンと俯くいろは。 あの両親の血を引いてるとは思えないなぁと何気に酷い事を考えてしまう兵五郎。 可愛い妹だな、本当。 思わずいろはの頭を何度もなでてしまう。 「兄上?」 「義母上との約束もある。いろはのことは兄が守ってやるからな」 今よりもっと幼き頃の話。 『兵ちゃん。この子の名前いろはっていうの。仲良くしてあげてね、あなたの妹だから』 と生まれたばかりのいろはと会って。 妹を守らねば!と使命感が兵五郎に芽生えたものだ。 あれは今でもちゃんと有効だ。 「兄と一緒に菓子でも食べぬか?きっと母上が用意してくれていると思うぞ」 お菓子と聞いて一瞬目を輝かせるいちは。 しかも猫のところとなれば、そこはいろはにとって居心地は悪くない場所だ。 でも、今はやるべきことがあるからと首を横に振った。 「そうか?」 「いろはは父上たちのためにも。どうしても見つけなければならないのです」 急に思い出したやるべきものの為にいろはは兵五郎の側から離れていった。 いったい何を探しているのだろうかと思う。 でも館内でうろうろしているならば問題なかろうといろはを見送ってしまう兵五郎だった。 どれだけ探しても目当てのものは見つからない。 「外に探しに行くしかないのだろうか・・・んーでも、いろは一人では出してくれぬだろうし」 それは当たり前だ。 幼い子どもを一人で外へ出すわけにはいかないだろうし、何よりいろはは政宗の娘だ。 彼女に何かあってからでは大変だ。 では誰かに一緒にと思うが、大人たちは皆、それぞれ忙しく動いている。 「コジュ小父にシゲ小父も父上たちのところだと言っていたし・・・」 頼めそうな大人は皆忙しそうだ。 他にはと喜多やいつきなどを思い出すが、二人も何かと忙しい身分だ。 やはり誰もいない。 さっきまで一緒にいた兵五郎はきっと勉強を再開させているだろうから邪魔はしたくない。 「・・・・そんな遠くではないから、一人でも大丈夫・・・かな」 どうしてもそれが欲しかった。 欲しくて、見つけて、それで両親に仲直りしてもらって、いろはは父に謝ると決めたのだ。 意を決し、いろはは館を一人で抜け出すことにした。 *** 館から出るのは初めてではない。何度も外には出た事はある。 だが、いつも大勢の大人たちと一緒だった。一人は初めてだ。 知っている場所だから、すぐに戻ってこれる。大丈夫だと妙な自信を持ってどんどん先へ進む。 入っていくのは山の中。 道とは到底いえない道を進んでいく。 着物の袖を途中いたるところで引っ掛けてしまう。 「ん〜邪魔だ。暑いから脱いでしまえ」 あぁ、これで少しは楽になったと嬉々として進むいろは。 目的のモノを見つける為にいざ、進まん! *** 「うるせー!絶対いろはは真田なんぞにやらねぇぞ!」 「まだ言ってる。バッカじゃないの、あんた」 いまだにいろはは嫁にやらないと宣言している政宗。 「政宗様!向こうからそのような話も出ておりませんのに、そこまで熱くならずとも」 言い合いがヒートアップしていく夫婦に小十郎は頭を痛めながら、なんとか宥める。 「縁組としてはいいものだと思いますけどね」 「成実殿!余計なことを言わないでくれ・・・・」 ニコニコ笑顔で煽る成実。 「ね?ね?いいですよね〜幸村様のお子様ですもの、きっととてもいい子です」 「暑苦しい二代目かもしれねぇぞ」 「逆に親を見て育てば反対の性格に育つこともありますよ・・・現に兵五郎様は穏やかな性格ですしね」 政宗は成実をキツク睨む。 普通ならば身を竦めてしまう所だが、成実には通用しない。 「どうでもいいですが、その言い争いのおかげで、兵五郎様の勉強が中断させられたのですがっ!」 小十郎ほどではないが、強面の男が政宗たちの間に割って入る。 小十郎、成実とともに伊達三傑と評される鬼庭綱元だ。 小十郎と成実共々幼少のころから政宗に仕えている。少々真面目すぎる面があるのだが。 逆に三人揃うとこのぐらいでちょうどいい感じもする。 「あ、す、すみません。兵ちゃん・・・・この煩さじゃ勉強になりませんものねぇ」 毎度思うのが、は本当政宗以外には素直に頭を下げるようだ。 「奥方様が謝る必要は・・・政宗様がもう少し大人になられれば良いだけですから」 「綱元・・・」 「まだいろは姫には縁談の話は来ておりませんゆえ、ない話でこれ以上熱くなられませんよう」 普段は小十郎が叱れば済むことだったが、たまに綱元に叱られる方が効果はあるようで。 政宗は口をつぐんだ。 「父上。義母上。もうよろしいのですか?」 書物を小脇に抱えて兵五郎がやってくる。 静かになったので喧嘩は終わったのだろうと思って。 やはりまだ今日の分を学び足りないのが気になって戻ってきたようだ。 「兵ちゃん。ごめんね、勉強の邪魔しちゃって」 「いえ。いつものことなので気にしておりませぬ」 子どもに「いつものこと」と言われると二人ともバツが悪い。 「それよりもいろはが心配しておりました。お二人の喧嘩はいろはの所為だと言って」 先ほど一人で一生懸命に何かを探している話を伝える。 政宗たちは幼い子どもに心配までかけてしまったと反省する。 「それで、いろはは何を探しているッて?」 「さあ?それは教えてもらえませんでした」 「ほら。いろははちゃんと父上のこと大好きなのよ。嫌われてなんかいないわよ。良かったわね」 「・・・・あ、ああ」 なんだか照れ臭い政宗。 「では、兵五郎殿。続きを再開させましょうか」 綱元に言われて、兵五郎は元気に返事をした。 それを見ると、やはり父親に性格は似ていないのだとその場に居た全員が思った。 *** 「・・・・・ない、ない・・・・・どこにあるのだろうか、まえは館にあったのなぁ」 探しても探しても見つからないモノにいろはは落胆してしまう。 このままでは両親は仲違いしたままだ! とっくに仲直りしているなど、今のいろはに知る術はないので仕方ない。 ぐぅ〜・・・ 「あ・・・・おなかすいてしまった・・・・・」 結構動き回ったので空腹になってしまう。 気づけば段々陽も落ちてきている、そろそろ戻らねばならないだろう。 「・・・・帰ろう」 見つからないのは悔しいが、別の方法を探そうといろはは来た道を戻ろうとする。 だが。 「・・・・あれ?・・・・どこから来たのだ?」 ただただ無心で進んできたので、帰り道がどっちなのかわからない。 「あ・・・・父上ー母上ー」 声を出すも、シーンと静まり返っている。 「・・・・猫ママー・・・兄上ー・・・・・んっ!!」 ホウホウと聞こえた鳥の鳴き声に身を縮めてしまう。 今更一人で来たことに後悔してしまう。 「どうしよう・・・・このまま父上たちの下に帰れなくなったら・・・・」 カサカサ・・・・ カサカサ・・・ 茂みから何かの気配を感じる。 誰かいるのだろうか?だったらその人に館までつれて言ってもらおうとするが。 グルルゥ・・・。 野犬だ。 野犬の集団がいろはを囲っていた。 「あ」 一歩一歩近づいてくる野犬に、いろはは恐怖で足が竦んでしまう。 「っ!!」 飛び掛ってきた野犬に目を瞑るいろは。 きっと沢山痛い思いをしてそのまま食べられてしまうんだ。 「父上ー!」 咄嗟に頭を抱えしゃがむいろは。 もうダメだと思ったとき。何かが地面に突き刺さった。 それに驚き、野犬たちは逃げ出して行った。 「お嬢ちゃん。大丈夫?こんな所で何してんのさー」 と大人の声がした。 *** 「お嬢ちゃん。大丈夫?こんな所で何してんのさー」 場の雰囲気に似つかわしくない、安穏な声にいろはは顔をあげる。 「よっと。あれ。お嬢ちゃん、独眼竜の旦那の娘さんじゃん」 茶髪に迷彩柄の男。 遠目からだが、何度かいろはも見たことがある男が助けてくれたようだ。 向こうもいろはを見て、政宗の娘だという事に気づく。 「御供もつけないでどうしちゃったのー?はぐれちゃた?」 ヒョイと高い木から飛び降りる男。 いろはは首を横に振った。 「え!?まさか一人でこんな所まで来ちゃったの?いやーちゃん譲りの行動力だよ、さすがー」 口笛を鳴らす男。 「ま。いいや。俺がお館まで連れて行ってあげるよ」 それは嬉しいが、まだ帰れないといろはは伝える。 「探し物をしているの」 「探し物?こんな山の中で?」 「ふくじゅしょー」 「ふくじゅしょ?・・・・・ああ、福寿草のことか」 綺麗にいえなくて、いろはは恥かしくなり顔を赤くする。 「福寿草ねぇ・・・・残念だけど、今はもう咲いていないよ。あれは今の時期咲く花じゃないから」 「ええ!!」 どうりで以前館で見たのに、今はないはずだ。 折角、あれを見せれば両親は仲直りすると思ったのに。 いろははシュンと顔を俯かせてしまう。大袈裟にも泣きそうな雰囲気だ。 「あ、あれ?俺・・・なんかまずいこと言っちゃったのかな・・・・あー、理由はわからないけどさ、今頃旦那たち心配しているよ?」 一人で勝手に館を抜け出したとしれば。戻って叱られてしまうかもしれない。 泣くまいと耐えているのだろうが、必死で口をつぐんでいる。 だが、その努力もむなしくポロッと涙を零してしまう。 土で汚れた手で、いろはは瞼を擦る。 「あーあ。着物も汚れちゃっているし、顔もそんな手で擦っちゃだめだよ」 男は懐から手拭、腰から水筒を取り出し、水を手拭に含ませる。 「大丈夫だよ、俺がちゃんと送り届けてあげるから。どの道旦那の所へ向かう途中だったしね」 そう言いながら男はいろはの顔の汚れを拭ってくれる。 「ほらほら、泣かないの。可愛いお顔が台無しだよ〜福寿草が見つからなくてそんなにがっかりしたんだ」 こくりと頷くいろは。 少しずつだが、いろはは福寿草を探していた理由を語りだす。 理由が理由だったので、思わず男は噴出してしまう。 「そっか、そっか〜二人が喧嘩しちゃったかぁ。でも、いつものことって周りがほっといていない?」 確かに兄は冷静だった。気にするなと言ってくれた。 だが、幼いいろはにはどうしても自分の所為だとしか思えず躍起になっていたのだ。 「きっと、お嬢ちゃんが館に戻る頃には、仲直りした二人が待っていると思うよ?」 なにせ、喧嘩するほど仲がいい二人だからね。そう男は笑った。 男に笑顔でいわれると、急に安心してきた。 さっきの恐怖もなくなったし、福寿草が見つからなく感じた悲しみも消え失せた。 その安心からか、先ほどまで鳴りを潜めていた腹の音がまた豪快に鳴った。 「あははははっ。こんだけ動けばお腹も空くか。よし、じゃあ俺のお弁当食べる?美味しいぞ〜」 恥かしさが上だったが、いろはは遠慮できるほど大人ではなく、男の申し出にこくりと頷いた。 「よーし。じゃあ見晴らしの良いところで食べよっか」 男はいろはを抱き上げ跳んだ。 突然のことなので、驚き、ギュッと男の胸元で目を覆ってしまう。 「はい、到着。いいよ、目を開けてもさ」 「うわあ・・・・すごいのだ・・・・」 オレンジ色の夕日が辺りを染めている。 高い木の上から見下ろす風景は初めてだ。そこからちょうど自分の住む館まで見える。 流石に枝の上にいろは一人を座らせる真似はできないので、男の膝の上に座っている。 男は器用に弁当だという食事を取り出す。 「はい。どうぞ」 いろはから見ても小さなお握り。いろはよりも大きな男がこの大きさで満足するのだろうか? だけど、綺麗な形の握り飯にいろははかぶりついた。 「うん。美味しい」 「そ?それは良かった。近くの村で作っておいたんだよねー」 男も握り飯を食べ始める。 「そなたが作ったのか?」 「そうだよー。俺様なんでもできるからね」 男の人なのに?といろはは瞠目してしまう。 「こんなこと男女関係ないでしょ?やる人はやるもんだし」 「いろはは作ったことないよ」 「あーまだ早いからね、もうちょっと大きくなったらやってごらんよ」 その前に姫さんがやるのだろうかと思ったが、別に悪いことじゃないのでいいかと男は思った。 「だったら、そなたから教わりたい」 「え?俺から?」 いろはの申し出に男は少し考えてから答える。 「いいよ。覚えていたら教えてやるよ」 「本当!?いろはは絶対忘れないぞ」 いろはは破顔する。約束だと男と指きりをした。 *** 館内はいろは姫がいないことに気づき、騒ぎ始めていた。 中でも政宗が一番ヤキモキしているのがわかる。 だからいろはが戻ってきたのと知ると、一番に安堵の表情を浮かべていた。 が。それも一瞬だ。いろはを連れて来た人物を見て。 「嫌だなぁ。そんな顔しないでくれます?俺は親切で連れて来たんですから」 「猿飛・・・・」 真田幸村に仕えている忍、猿飛佐助だ。 いろはは佐助の腕の中でぐっすり眠っている。 「旦那たちが喧嘩するのは自分の所為だって、お嬢ちゃん言っていましたよー」 「う、うるせーな。別にそんなことはねぇよ」 「はいはい。とりあえず、お返ししますね」 佐助はいろはを成実に預ける。 がそこに駆け寄る。 「佐助さん、ありがとうございました。本当面倒かけてすみません」 「いいよー。俺は別になんもしていないし。あ、そうだ。お嬢ちゃん、福寿草探していたんだって」 それがあれば両親は仲良くしてくれると思ったらしい。 なぜかと言われれば。 「私が福寿草好きなんですよ。いろははそれを覚えていたんですね」 可愛いことしてくれるなぁとは優しく笑った。 「ん・・・・シゲ小父?」 「おや。お目覚めですか、いろは姫」 「いろは。佐助さんに連れて来てもらったのよ?あとで、ちゃんとお礼を言いなさい」 佐助はすでに政宗と共に別室へ移動しようとしている。 彼は武田信玄の命で書翰を届けに来たようだ。 佐助と言われていろはは初めてその男の名を知った。 今までほとんど接したこともない人だったので。 「母上。いろはは佐助さまにお料理を教わる約束をしました」 「あら。良かったわね。佐助さんとっても上手だからいろはにとって良いんじゃないかな」 「そしたら、父上と母上と、兄上と猫ママに食べてもらいますから」 「うん。楽しみにしているわね」 目が覚めたいろはの視線はから佐助に向けられる。 佐助はいろはの視線にあっさり気づき、軽く手を振ってくれた。 いろははそれを見て、思わず抱き上げてくれている成実の胸元に顔を埋めてしまう。 「いろは姫?」 「母上。佐助さまは強くてなんでもできてすごい人ですね・・・・いろはは将来、佐助さまのお嫁さんになりたいです」 「「・・・・・・」」 突然の娘の告白に聞いていた二人は目が点になる。 いろははその後、瞼を擦りながら再び眠りについてしまった。よほど疲れたのだろう。 「い、いろは?」 「あー・・・梵天が聞いたら、また憤慨しますね・・・・」 「しばらくは黙っていましょう、成実さん・・・・あいつ、煩いですから」 「そうですね」 大人が何も言わなくても、娘が勝手に将来の相手を決めていたとは。 どこまでが本気なのかわからないし、実際どうなるかもわからない。 でも、この話は政宗にとってショックであるのは変わりないだろう。 子離れよりも親離れが先に来てしまったようだ。 19/12/31再UP |