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二人だけのおまじない。
奥州の冬は寒い。 自分が居た時代よりも。 雪の降る生活というものに馴染みがなかったから、当初は積もった雪に喜んでしまった。 だけども、今は予想以上に積もる雪にちょっとばかり嫌気が差してしまう。 寒さもただ寒いだけでなく、外に出ると痛みを肌に感じてしまう。 なのに、どの人も思った以上に薄着で過ごしており、自分には到底真似の出来ないものだと苦笑しか出ない。 そんな寒い日のとある出来事。 「はっ・・・・・くしょいっ!!」 ずずと鼻を啜ってしまう。 「あー・・・・頭痛い・・・」 「さん。大丈夫ですか?」 小十郎の姉であり、の守り役でもある喜多が心配そうに湯飲みを差し出す。 「はい。生姜湯、飲んでくださいね。温まりますから」 「ありがとうございます。喜多さん」 差し出された湯飲みをは受け取り生姜湯を飲む。 一口飲むと、即効性が高いのか、じーんと体に温かみを感じていく。 「はぁ・・・・あったかい〜」 「咽喉の痛みはどうですか?」 「大丈夫です。薬もちゃんと飲みましたし」 「寒くはないですか?」 喜多は酷く心配する。 それもそうだ。は風邪をひいてしまったのだ。 ここの冬の寒さは予想以上で少しなめていたのが原因だ。 だが、周りのおかげでの風邪はそうひどくなることもなく済んでいる。 ゆっくり養生したおかげだろう。 喜多の過保護すぎる問いかけには大丈夫だと答える。 「それに。喜多さんがくださった半纏も暖かくて。色々してもらってなんだか申し訳ないです」 「私では大したことはできませんし。それに政宗様が心配なさっています。早く治しましょうね」 「・・・・・政宗は別にどうでもいいです」 相変わらず素直じゃない。 政宗と聞いて明後日の方向に視線をそらす。 「さんったら・・・・」 だがが風邪をひいたと知って一番よく動いたのは政宗だ。 室内を暖めろだ、医者も用意した。全ては政宗の指示。 だけど、普段からの素直じゃない性格が引っ掛かり感謝の言葉や態度が出ないのだろう。 喜多は仕方ないと思いつつも自分が口出すことではないとそれ以上は言わなかった。 「後でお食事をお持ちいたしますね。小十郎の育てた野菜で作った栄養たっぷりのものですよ」 「え。本当ですか?わー楽しみです」 政宗以外には本当に簡単に表情を崩すようだ。 「それでは少し横におなりください」 「はーい」 肩に羽織った半纏を脱ぎ、は素直に布団に包まった。 喜多はそれを見届けてから室を出る。 先ほど飲んだ生姜湯が本当に体を温めてくれており、気分がいい。 風邪もほぼ完治に近いのだろう。 あとは無理せず回復するだけだ。 「?」 うとうとし始めた頃に政宗がやってきた。 寝ているのすぐ側に腰を下ろす。 「熱は下がったか?」 政宗はの額に手を当てる。 昨日に比べて大武熱は下がったようで安堵する。 「何か足りねぇものはあるか?」 「・・・別にいいよ・・・・ってかさ、風邪うつったら大変だからここに来るの止めなさいよ・・・・」 仮に。どころか、奥州筆頭で日々忙しい身なのに。 政宗が倒れでもしたらそれこそ大変じゃないか。 「そんな間抜けじゃねぇよ」 「・・・・風邪をひいた私は間抜けですかい」 「そんな事は言ってねぇ。簡単に風邪をひくほど軟じゃねぇってことだ」 クスっと政宗が笑ったような気がして、は面白くない。 「馬鹿は風邪ひかないって言うしね」 「あー?誰が馬鹿だ、誰が。真田幸村ならともかくよ」 確かに幸村が風邪に負ける姿など想像つかない。 だけど元々幸村びいきのだ。政宗はそこで彼の名前を出したことにすぐさま後悔した。 「幸村様は馬鹿じゃないもん。あんたに言われたくないっての」 「お前な・・・・まったく」 口先を尖らして政宗に非難の目を向ける。 回復しつつあるに静かに寝ててもらいたいので、政宗は素直に詫びた。 「・・・・・・」 「あ?なんだ?」 は掛け布団で少しだけ顔を隠す。 「・・・・・政宗が素直に謝るからびっくりした」 「なんだ、そりゃ」 「いつもならもっと反論してくるのに・・・・・」 「が風邪をひいて寝込むからだろう。早く治って欲しいからな」 くしゃりと寝ているの頭を撫でる。 「・・・・・ふふっ・・・」 思わず笑いが漏れる。 ちょっとだけ思ってしまった。 「たまに風邪をひいて寝込むのもいいね。周りがすごーく優しくしてくれるし。特に政宗が」 「馬鹿なこと言ってんな。それに、俺はいつでも優しいぜ?」 「はいはい」 どこがだと言わんばかりのの返事。 他人の、の意思などいつも無視して事を進めるのが政宗ではないか。 だがの言葉に政宗の口許がニヤリと動く。 「風邪が早く治るおまじないってのをやってやろうか?」 「はあ?」 おまじない?珍しい単語がこの男の口から出たものだ。 「別にいいよ。おまじないで治るわけないし・・・・・おい、こら」 「遠慮するな。効果抜群だ」 *** の風邪はあれから本当にすぐに治った。 だがまあ、別に政宗のおまじないのおかげだとは思っていない。 相変わらず外も中も寒いのだが、風邪で辛い思いをするよりはいい。なんとか我慢できるものだ。 「成実さん。おはようございます」 冷たい廊下を歩いていると前方から成実がやってくる。 成実と会うのも久しぶりだ。 「おはようございます。殿。もう大丈夫なのですか?」 大丈夫だと答えると、そうですかと成実がニコリと笑んだ。 だがすぐさまその笑みは苦笑に変わる。 「成実さん?」 「殿の次は政宗様が寝込まれましてね・・・・」 「え・・・・政宗?・・・・あ、それって・・・・」 もしかして自分の所為では?自分の風邪が政宗にうつったからでは?と不安になる。 の表情が心配そうに変わるも成実は違うと笑い飛ばす。 「単純に気が緩んだ所為でしょう。あれこれ動いていたようですし」 それは結局自分の所為だと思う。 の風邪が早く治るようにとあれこれ尽力してくれたのは政宗。 風邪が治ったという知らせを聞いて、ホッとした結果がこれだ。 「・・・・様子・・・・見に行ったらまずいですか?」 少しぐらいならばと成実にお願いしてみる。 「きっと政宗様は喜ばれますよ」 「い、いや・・・あの・・・」 それもなんか嫌だなぁと思いつつも、自分の所為かもしれないと感じていたにはもどかしく感じる。 「まあでも。また殿にうつられては困りますので、長居は無用ですよ?」 「は、はい。ちょっと見てくるだけですから」 は安心したように政宗の寝ている室に向かった。 パタパタと駆けて行くの後姿を見て成実はしみじみ思うことがあった。 「・・・・・ただ。政宗様がすぐに解放するとは思えませんねぇ・・・・」 うつるから来るな。とは言わないだろう。 熱に甘えてここぞとばかりに何か仕出かしそうだ。 「そんなことないかぁ・・・・ははは。私としたことが」 主君を疑う真似をするなど。 成実は自分の執務を遂行するべく歩き始めた。 「・・・・政宗?」 そっと障子を開け室内を除きこむ。 小十郎辺りが世話をしているかと思ったのだがその姿はなく、政宗が静かに寝ているだけだった。 「入るよー」 小声で寝ているのを起こさないようにそっと足を踏み入れる。 そして寝ている政宗の側に座った。 先日とは立場が逆だなと思いながらも、政宗は一向に起きる気配がない。 薬が効いて寝ているのか、苦しくてそれどころじゃないかわからない。 「馬鹿は風邪ひかないんじゃなかったのー」 といつもの憎まれ口を叩いてみるも反応はない。 受け答えする余裕がないのだろうか。 まだそんなに熱は下がっていないのだろう。 やはり自分の所為だと思ってしまう。 「ごめん・・・・私の風邪うつっちゃったね」 自分が風邪をひき寝込もうがまったく問題はないのだが、政宗は違う。 奥州を治める者として毎日が忙しいのに。 一日休むだけでどれだけ大変なことになるだろうか? ただ、政宗にはまだ隠居したとは言え父輝宗もいるし、小十郎や成実などの有能な家臣も居る。 そうすぐに混乱する事はないだろう。 ただの風邪で良かったかもしれない。 寝ている政宗の顔を思わず見つめてしまう。 いつもは左目だけがを見ていた。 閉じられた右目。眼帯で隠されているも、たまに閉じられたままの右目を見ることもあった。 (子どもの頃に疱瘡にかかったんだっけ?・・・・) それが元で右目から光が消えた。 自信たっぷりの強い光を帯びた左目。 それすらも今は閉じられているのを見て、少しだけ寂しさが過ぎる。 (ただの風邪だよね?・・・ただの) あまりに無反応な政宗に本当は何か重い病気じゃないかと疑ってしまう。 実際は単に風邪なのだが。 「・・・・・・」 ふと蘇る、先日の出来事。 「風邪が早く治るおまじないってのをやってやろうか?」 「はあ?別にいいよ。おまじないで治るわけないし・・・・・おい、こら」 「遠慮するな。効果抜群だ」 ニヤッと笑ったかと思うと政宗はに顔を近づける。 は掛布団で顔を隠す間もなく政宗に口づけをされた。 「あ、あんたね!」 ギュッと掛布団を握り締める。 「これでO.Kだ。すぐに治るぜ」 と自信たっぷりの政宗。 「ば、馬鹿じゃないの!そんなんで風邪が治るわけないでしょうが!」 「大丈夫だって、キスぐらいじゃうつりもしねぇよ」 「そっちの心配はしていないです!馬鹿じゃないの、本当」 なんてことがあった。 実際はそれからすぐに風邪が治ったのだ。 (お・・・・おまじないが効いたなんてこと・・・・ないと思うけど) あの時すでにほぼ治りかけていたわけだし、医者の言う事を聞いて大人しく寝てもいた。薬も飲んだ。 だからおまじないなどで風邪が治るわけがない。 だけど・・・・。 (おまじない・・・したら政宗も風邪治るかな・・・・) 自分からそんなことをしたいとは思った事はない。 寧ろ自分勝手すぎる政宗に腹を立ててしまう事のほうが多い。 でも。でも・・・・。 そう何度も自問自答を繰り返す。 政宗の風邪は自分のがうつったかもしれない。 このことにより、政に影響が出ているかもしれない。 「・・・・・・」 小さくだが深呼吸する。 そして政宗に顔を近づける。 「・・・・・・・これで勘弁して」 流石に寝ているとはいえ、唇になどできるはずもなく。 頬に軽く口づけた。 「早く治るといいね・・・・」 子供だましのような気もするが、このくらいなら・・・・。 大人しく寝ている政宗の横顔に小さく笑いがこみあげてくる。 大人しくしていればそれなりにあれなのに・・・・。 「ん・・・」 政宗が少しだけ身をよじった。 は直視していたことが恥かしくなり顔に熱がこもる。 「政宗様」 「うわっはい!」 飛びのく。 声の主は小十郎のようだ。 「殿?おられたのか?」 スッと開く障子。 薬などを小十郎が持ってきた。 「し、成実さんに話を聞いて、よ、様子を見にきただけです!な、なんか寝ているようだし、私もも戻りますね!」 「?」 小十郎の顔をまともに見ることができず、は足早に室から出て行った。 の慌てように小十郎はただ首を傾げるだけだったが、寝床からくつくつと政宗の笑い声がした。 「政宗様?」 「タイミング悪いぜ。小十郎」 「はあ」 寝ていたと思われていた政宗は体を起こした。 小十郎は薬を乗せた盆を脇に置き、政宗に上着を羽織らせる。 「まあ、頬ってのが残念だったな」 左頬にそっと手で触れる政宗。 「政宗様?」 熱で頭がやられたか?と少々酷い事を考えてしまう小十郎。 成実ならばそう口に出していたかもしれない。 これが小十郎と成実の違いだろう。 「効くものだな。おまじないってのも」 政宗は一人だけご機嫌だった。 この様子ならば風邪もたいしたことはないだろうと小十郎は思った。 にタヌキ寝入りをしたことがばれたら後が怖いだろうから、この事は内緒だ。 おまじないが効いたのかわからないが、政宗の風邪もほどなく完治するのだった。 19/12/31再UP |