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なんの心配もしないでお前だけをずっと愛していたいから
「気持ちが悪ぃ」 「は?」 下から聞こえた声に耳を疑った。 「いや・・・・気味が悪ぃ」 人様の膝の上に頭を乗せた独眼竜の言葉に。 「えーと・・・・殴ってもいい?」 気味が悪いとはいったいどんな意味だとは思った。 ただ傍から聴けば耳を疑ってしまう会話だ。 奥州筆頭相手に中々の返答。 奥州にもようやく夏がやってきた。 関東などに比べたら比較的過ごしやすいかもしれない。 縁側で政宗に膝枕をしてあげている。 一仕事を終えて彼女の住まう東の館でのどかな時間を政宗は過ごしていた。 そんな中での政宗の一言。 「何をだ?」 「政宗の頭というか、顔?ボディでも可」 理由を聞くのが面倒臭いのと、ちょっとムカっとしたのでそれでチャラにしようと思ったので。 「その代わり三倍、いや十倍にして返すぜ?」 ニヤッと笑みを浮かべる政宗を見て溜め息を吐く。 「ああ、そうだよね。政宗は女、子どもにも容赦ないよね」 「バーカ。俺はそんな薄情な奴じゃねぇぞ?」 それに誰が愛しい人相手に暴力など振るうだろうか? それとも、自分はそんな奴だと思われていたのだろうか。 ああ、言い方が悪かった。だから素直に詫びを入れる。 「別にお前の膝の上の居心地が悪いって意味じゃねぇよ」 「そうなの?もしそうだったら、何我がまま言ってくれてるのかしら、このど阿呆は。 とか思って、その頭蹴り落としてやろうかと思った。それか二度と膝枕してあげないって」 そんな台詞をにっこり微笑みながらいう彼女に政宗は声を出して笑う。 のそう言うところは嫌いじゃない。 他の者ならば、政宗の顔色を伺い、己を売り込むようなことしかしないから。 「膝枕をしてもらえなくなるのは勘弁だな」 「私は脚が疲れなくて済むんですけど」 「今度は俺が変わりにしてやる」 「えー遠慮する。今のままで我慢する」 不満のようにも聞こえるがそうではない。 の顔を見ればすぐにわかる。 照れ臭いのだろう。 頬を赤く染めている。 「それはまた膝枕をしてくれるってことかい?」 ニヤリと口許を緩めてを見上げる。 彼女は少しだけ口先を尖らせて目線をそらす。 素直に返事が返ってこないことだとわかるが、この反応をどうしても楽しんでしまう。 「O.Kってことだな」 「知りません」 ペチペチ額を叩かれる。 政宗の余裕綽々の態度が小憎らしい。 自分の余裕のなさがもっと憎たらしい。 「ほら。言いなさいよ」 「An?何をだ?」 「さっき言ってた。気味が悪いってこと」 照れ臭いことなど当に政宗に見通されていようが、ここは話を変えてしまおう。 「ああ、あれか」 少しだけ真面目な顔になる政宗。 なにをそんなに心配しているのだろうか、こっちが心配になる。 政宗は常に世の情勢を考えている。 乱世が長引けば長引くほどその影響をもろに受けるのは一番弱き者。 民たちだ。 彼らが笑って暮らせる世を作ろうとしている政宗。 それが天下統一を狙う理由。 気味が悪いと呟く彼には、今何が気がかりなことでもあるのだろうか。 「ん?なんでがそんな顔をするんだ?」 呆れたような声が下から聞こえる。 「泣きそうな顔をしている。どうした?」 「べ、別になんでもない。早く続きを話しなさいよ」 「なに、怒ってんだ・・・・coolじゃねぇな」 心配したのに。 また戦でも起こるのかと思ったのに。 政宗は大して気にも留めていないようで少し面白くない。 「静か過ぎやしねぇかと思ってな」 「静か過ぎる?そうかな?いつもと変わらないけど」 それとも、世の情勢のことか? そういわれると奥州以外のことなどはわからないので答えようがない。 「ああ。静か過ぎる。いつもならここいらで邪魔が入るんだがな・・・・」 「邪魔・・・・ああ、小十郎さんや成実さんのこと?邪魔なんて酷くない?」 なんだ、そんなことか。 は急に笑いがこみ上げてきた。 不安要素がそういうことではないから。 「アイツらは人が気持ちよく休んでいる時にいつも邪魔しにきやがる」 「邪魔をしに。は間違いでしょ。政宗が仕事をするように呼びに来ているんじゃない」 わざわざ出向いてくれるなんてありがたいことだと思う。 「なんだ?は俺より小十郎たちの味方か?」 「敵味方とかじゃなくて、政宗のためを思って言ってあげているの」 「俺のためを思うならば黙ってろ。俺はこうやってお前と一緒にいられる方がいい・・・・って何しやがる!」 は政宗の頬に手を伸ばし軽く抓った。 政宗からは非難の目を向けられる。 照れ隠しにしては酷くないかと政宗は思うがは笑っている。 「そんな風に思っていないくせに」 「An?そりゃどういう意味だ」 「奥州の領主様が何を言っているのかな〜今までだって一度も奥州をないがしろにしたことないくせに」 いざとなったら、彼は自分を切り捨てるだろう。 優先するのは一人の男としてではなく、奥州筆頭として。 万が一、敵方に人質として取られたら、政宗は間違いなく自分よりも民を優先するはずだ。 「しっかり民の為に働かないと。奥州筆頭でしょ?」 切り捨てられるかもしれないことなど、は苦とも思わない。 いざそう言うことになった時を考えると、それに恐怖や不安を感じるだろう。 だが自分を優先してもっと大事な物を犠牲にするような政宗は嫌いだ。 彼にはなすべきことがあるから。 「・・・・・・」 笑顔のに対して政宗の表情が曇る。 「政宗?」 「聴き訳がいい事は嬉しいが、やっぱ嬉しくねぇ」 「は?」 「の考えていることと少し違う、俺は」 言葉にしていない部分を政宗は感じ取ったのだろうか。 「確かに俺はお前よりも優先すべきことが出てくるだろうが」 政宗は体を起こし、の前に胡坐を描いた。 真剣な眼差しをに向ける。 軽い気持ちで言ったことなのに・・・・とは少々緊張してしまう。 「俺はそうならないようやるだけのことはやるぜ?」 愛しいあなたを他の誰かに盗られない様に。 愛しいあなたを傷つけられないように。 愛しいあなたがいつまでもそばで笑っていてくれるように。 「政宗・・・」 照れ臭さや嬉しさよりも不安が募る。 そこまで想ってもらえるような人間ではないと思うから。 政宗には後ろを振り返らず常に前を見てもらいたい。 「私は大丈夫だよ」 「いーや。大丈夫じゃねぇ。は少し抜けている部分があるからな。俺がそれを見ておかねぇと」 「なに、それ」 不安を政宗に感じさせないように軽く睨みつける。 「お前には俺が天下統一した時、そばにいてもらわないと困るからな」 「雑用ですか?身の回りの世話でもして欲しいの?私は高いわよー」 「阿呆。誰がそんな事のためにお前をそばに置くんだよ」 政宗はの左手へと手を伸ばす。 「言ったろ?俺はアイツらが笑って暮らせる世を作ると約束した」 「うん。いつきちゃんとしたね、約束」 北の村に住む少女が中心となって起こした一揆。 それを政宗たちが抑えた時、彼は少女にそう約束した。 農民たちが持つのは戦う為の刃ではない。美味しい米を作るための農具だ。 凶器を持てばもう二度と戻れない。 もう二度とそうはさせないために誓った。 「でも。ただ天下を取るだけじゃ済まねぇ。その後も大変だ」 「そうだね。やることいっぱいあるよね」 「アイツらだけじゃねぇ。お前にも・・・・にもずっと笑っていてもらえる世を作るんだ」 「私はいつも笑顔ですけど」 「茶化すなよ。そうは言っても時折不安そうな面している癖によ」 先ほどみたいに。 気づかないとでも思ったのか? 馬鹿にするな。 どれだけ、お前を見てきた、想っていたと思っているんだ。 「これから一生そんな面させないようにしてやるよ。それが・・・・」 政宗にとっても大事なことなのだ。 「一番に見せてやるさ。に、俺が天下を取ったところを」 グッとの左手を強く握る。 「いや無理っしょ。小十郎さんたち差置いてそれは無理」 「っ・・・・お前、夢がねぇな」 「まあね」 は笑う。コロコロと変わる表情。 もう不安な顔はしていない。それに安堵してしまう。 「でもね。政宗が天下取った時には、盛大にお出迎えしてもらうからいいよ」 「ほぅ〜それはいいねぇ。よし、盛大に出迎えてやらぁ」 伊達軍総出で華やかに出迎えてやる。 ふと政宗はいつもならばとっくに姿を見せるだろう小十郎たちが来る方向へと顔を向けた。 「にしても・・・・アイツら本当に何してんだ?俺に内緒で何企んでやがる」 「ふふふっ。あははは。本当疑い深いなぁ」 「An?っていてててっ。、てめぇ!何しやがる!」 は政宗の頭をぐっと押さえつけようと力を入れる。 そう簡単に負けるものかと政宗は堪える。 「ほら!膝貸してあげるって言ってんの!」 「膝?」 膝枕をしてやるとは言うのだ。 だが少々強引すぎやしないか?しかも色気の欠片もないやり方だ。 「小十郎さんたちなりに大目見てくれているの。わからない?」 政宗は体の力を抜き、素直にの膝の上に頭を乗せ寝転んだ。 「この所、忙しかったでしょ?だから今日は政宗にしっかり休んでもらいたいみたいだよ」 「・・・・・・」 「気味が悪い理由わかった?」 くすくすと笑われる。 最初からは小十郎たちが姿を見せない理由を知っていたようだ。 「なんだ、そりゃあ。素直にそう言えばいいじゃねぇか・・・・・」 「素直に言えば付け上がるからじゃないの?」 「俺のことをなんだと思ってやがる。アイツらは」 「手のかかる弟みたいなものじゃないの?」 「どこがだよ・・・・」 言い草は気に食わないが素直に感謝はしよう。 愛しい人と過ごす時間を与えてくれたことに。 政宗はゆっくりと目を閉じる。 通り抜け頬に触れる風が心地良い。 「政宗」 「ん?」 「頑張るのもいいけど、あまり無理しないでね」 「そりゃ無理な話だな」 「じゃあ疲れたらちゃんと休むこと。政宗が倒れたら困るのはアンタじゃなくて皆よ」 しっかりと繋いだままの手。 その温かさが、ぬくもりがじんわり沁みる。 「その時はが癒してくれるんだろ?」 「そうだね。私に天下を取った姿を見せてくれるっていうんだから」 「ああ。見せてやるさ」 なんの心配もしないでお前だけをずっと愛していたい。 愛していたいから。 ずっとそばで笑っていてほしい。 19/12/31再UP |