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あいつに触れなくなってもうどのくらいだ?
政宗のもとに届けられた書翰。
各地からの報告に目を通していた時にふとそんなことを思った。
そう思った「あいつ」は今そばに居ない。
政宗を見限りどこかに行ってしまった。
自分から消えたとか、誰かに攫われたとか。政宗が離縁を申し付けた。
そんな話まで出てしまっている。
だが、伊達家老臣たちは慌てることなくどっしり構えている。
世継ぎの誕生、正室が不在でも側室がいる為になんら問題はないらしい。
ただ、彼女贔屓の若武者たちの士気は落ちてしまっている。
「姐御」と慕い彼女のそばにいることを望んでいたから。
側室である飯坂の局、通称猫御前には逆に近づこうとも思わないようだ。
猫御前には同じ目を向けない。
側室だが彼らにとって「姐御」と親しみを込めて呼べるのは彼女だけなのかもしれない。
そういえば去年の今頃だったか、側室を迎えたのは。
そんなに長いこと触れなかったのか。
以前は好きなだけ彼女に触れていたのに。
今は手の届かない所にいる。
生きているのかもわからない。
ただただ帰ってくるのを待っているだけだ。
黒脛巾衆には彼女の捜索をさせている。
彼女がいるだろう場所は一応想像していたから、そこを中心に。
だが、本当に彼女がそこにいたらどうしようか。
憧れていたという武将のそばで、自分に向けることがなくなった笑顔を振りまいていたら。
あそこが彼女にとって幸せだと思う場所ならば。
「なんだ?」
一向に減る気配のない書翰に滅入り始めた頃、ドタバタと廊下を走る音がする。
なにか火急の知らせでも届いたのだろうか?
「政宗、政宗、政宗ー!」
スパーンと障子が勢いよく開いた。
「・・・・・・これは珍しいお客だな」
小柄な少女が体に似つかわしくない大槌を持っている。
北の村に住むいつきだ。
「これ、待たぬか!」
小十郎がいつきを止めにやってくるが、いつきはそのまま大槌を振り上げた。
「大寒波ーーーーっ!!」
「何!?」
政宗に挨拶するわけでもなく、掲げた大槌。
小十郎の止めも間に合わずに室内が大雪となる。
今の季節は初夏。春が遅いといわれる奥州でもとっくに雪は溶けている。
「・・・・・・Hey・・・・なんのつもりだ?雪ん子・・・・・・」
室内に溢れる雪。雪に埋もれる政宗に書翰。
ドスンと大槌を置くといつきはフンと鼻を鳴らした。
「頭冷えただか?」
「?」
「なんで政宗はここにいるだか?なにしてんだべ」
「やる仕事があるからいるに決まっている。暇じゃねーんだ」
「それは姉ちゃんよりも優先することだべか?」
「・・・・・・お前」
政宗に一歩も引けをとることなく仁王立ちしているいつき。
「政宗はいっただ。おらたちが笑って米を作れる国をつくるといっただ。だけんども、姉ちゃんを泣かすようなまねはす
るだか?」
いつきは姉のように慕う彼女が不在であることを知った。
何も知らなかった、言ってくれなかったことが悲しく感じる。
だがそれ以上に、この館で仕事をしているとかいう政宗のことに腹がたった。
「政宗は姉ちゃんが自分の一番大事なもんだとおらにいっただ!あれはうそなのか!」
「ガキが好き勝手言ってくれるじゃねーか」
ゆっくりと雪の中から這い出る政宗。
「姉ちゃんのこといらねーなら、おらがもらうからな!おらの村にはおめぇさよりもかっこういい男がたくさんいるだ
よ!」
「へぇ」
「別に姉ちゃんのこと好いてるやつはいっぱいいるだ。小十郎に成実だってええんだからな!」
「お、おい。いつき」
急に話をこっちに振るなと小十郎は慌てる。
「やらねーよ。誰にも」
政宗はいつきの頭をくしゃりと撫でた。
「俺の心も体はあいつのもんだ。誰が文句言おうがあいつを誰にも渡さねぇ」
「政宗・・・」
腑抜けた面ではなく、優しい眼差しをしている政宗。
いつきもそれを見てどこか安堵する。
「ありがとうな。雪ん子。決心がついた」
「姉ちゃん迎えにいくだか?」
「ああ」
大事な決断を迫られることはこれからもたくさんあるだろう。
それがこの地を治める者として、家族を秤に賭ける事だって。
今も忙しい。やることはたくさんある。
でも、今、このときを逃せば、彼女はもう二度と自分の手の中には帰ってこないかもしれない。
だから、行く。彼女を探しに、彼女を迎えに。彼女にちゃんと自分の言葉を伝えるために・・・・。
「おやおや、この有り様はなんですかね」
呆れた様子で成実がやってきた。
「あとで雪ん子が片付ける。問題ないだろ」
「そうですか。殿がそういうならば別に構いませんけどね。頑張ってくださいね、いつき殿」
「うっ、あ、あ〜」
成実はにっこり笑う。
「畳がダメになる前になんとかしてくださいね」
「こ、小十郎〜」
いつきは小十郎に泣きつく、止められなかった自分も悪いからと小十郎は手伝いを承諾する。
「梵天。悪い知らせと良い知らせ。どっちから聞きたい?」
いつきがいる前だが、成実は従兄弟の顔になる。しかも楽しそうだ。
悪い知らせと良い知らせと聞いて政宗は怪訝になる。
「どっちも聞かされるんだろ?どっちでもいい」
「じゃあ、良い知らせからだな。さっき黒脛巾が戻った。見つかったよ彼女が」
各地に向けて放った黒脛巾衆。思ったより早い知らせに政宗の口が緩む。
「そうか。で?」
「悪い知らせになるのかな?彼女がいるのは甲斐、真田邸だ」
「・・・・・」
やはりという答え。あの東の館から警備の目をかいくぐって抜けることやってのけるのは
猿飛佐助だろう。彼女に警戒心を抱かせないのも。
「真田幸村殿からの伝言だ。彼女に会いたくば、ご自身で甲斐に来られよ。
それまでそれがし、真田幸村が責任を持ってお守りするでござる・・・・だそうで」
楽しそうに伝える成実。
「えーとね、他にも何か言っていたな・・・・ああ、そうだ。
彼女をたくさん悲しませておいて、言葉でいくらでも言えようが独眼竜殿は態度でそれを表すべきでござる。
だとさ。流石真田殿。格好いいな〜さて、どうする梵天」
「HAっ!んなの決まっているだろ?甲斐に行く。好き勝手言っていやがる暑苦しい奴もついでにぶん殴ってやる」
「ぶん殴るのはどうかと思うけど・・・・梵天が悪いわけだし」
政宗は小十郎たちを置いて歩きだした。
これから甲斐にいくつもりのようだ。
「上等だ。待ってろ、もう逃がさねえからな!」
伊達政宗。単身甲斐に向かうことになる。
19/12/31再UP |