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巫山の夢
日差しがとても気持ちいい日だった。 「あのさ。政宗の好きなものってなに?」 「」 パチン。気持ちいい音が響いた。 「ってぇな・・・・何するんだ」 「ちょうどいい場所におでこがあったから叩いただけ。っていうかそういう意味じゃなくて」 「An?どういう意味だ?」 わかってて聞いているのか政宗の口角が上がる。 「っ〜〜・・・・だから、私が聞いているのは政宗の好きなもの、食べ物とか色とか」 「だからだって答えただろうが」 「だから違うっての!いい加減頭どけてよね!」 「嫌だ」 冷たい風もなく、暖かい陽の光にさらされて動くことが億劫だ。 まして政宗が頭を乗せているのは好きな女の膝。 先ほどまで耳掻きもしてもらって気分もいい。 そんな心地良いこの場所をそう簡単に離れてしまうのは嫌だ。 「あーあー。早く小十郎さんか成実さん来ないかな〜」 「オレの前で他の男を待つってのはどういう了見だ?旦那様だぜ?オレは」 「ではお聞きしますが旦那様。お仕事はしなくてよいのですか?」 上から呆れた視線を送ってくる。 今は休憩中だと政宗が答えると、実に長い休憩だとさらに呆れてしまう。 「たまにはいいじゃねーか。忙しくなるとあまりお前のことをかまえなくなる」 奥州を治める独眼竜。 領民のために早く天下統一をと奔走している。 戦が長引けば一番苦しい思いをするのは領民だ。 自分たちの生活も彼らがいるからこそ成り立っている。 早く彼らが笑って暮らせる世にしたいのだ。 「別に私のことを優先しなくてもいいじゃん」 プイッとは明後日の方向に顔を向けてしまう。 相変わらず素直じゃない。苦笑を漏らしながらもそれが彼女だとわかっているので別にいい。 ここで同じことを繰り返すのは上策ではない。 政宗は先ほどのの質問へと話を戻す。 「で?オレの好きなものがなんだって?」 「政宗の好きな食べ物とか、そういうの」 「オレの好きなものねぇ・・・・そんなの聞いてどうするんだ?」 「別にどうもしないけど、ただ・・・・・その・・・・・」 の頬に薄っすらと赤みが現れる。 「なんとなく聞いてみたいって思っただけで、ほら、この前成実さんと政宗の小さい頃の話をしたし」 政宗のこと知りたいと思ったから。 そう口に出すのがなんとなく嫌で濁してしまう。 「ああ。あの時か・・・・成実と二人で好き勝手に言ってくれたみてえじゃねーか」 「好き勝手って事実じゃないの?」 「どこがだ」 「えーと・・・・言って欲しい?」 内気で甘えん坊で好き嫌いが多い・・・とか。 「言わなくていい」 自分の幼少時の思い出はあまり触れて欲しくないようだ。 政宗の表情が曇る。 隻眼になってしまった時のことでも思い出したのだろうか? もその辺のことは触れずに話を進める。 「政宗の好きな色って青かなって思うんだけど」 「別に嫌いじゃねーな」 「伊達軍のカラーって青だもんね。政宗自身も青が多いし、あ。幸村様は紅だよね、紅!燃えるような紅!」 「だからおめーはどうしてそう他の男のことを楽しげに話すんだ?」 政宗の曇っていた表情に今度は眉間に皺までできた。 だがは気にもせずに笑う。 「だってそう思ったからしょうがないでしょ?政宗も幸村様みたいないい男にならないとダメだよ〜?」 「HA!ただの暑苦しいだけじゃねーか。どう考えたってオレの方がいい男だ」 「幸村様のこと悪く言わないでよー私の憧れなんだからー」 むにッと政宗の頬を抓る。 またも他の男を庇う彼女が政宗には面白くない。 旦那の前で「憧れ」と平気で口にする神経もどうかと思う。 確かに自分は強引に彼女を手に入れた。 相手の気持ちを考えていないと小十郎や成実には随分叱られたものだ。 でもやっぱり面白くはないわけで。 「まあ。でも、政宗のこと少しは見直しているんだよ?だから許してあげる」 「なんだ、そりゃ」 抓った手がスッと離れそのままニ三回軽く叩かれた。 「いつきちゃんたちとのことでさ」 「ああ。あれか」 本格的な冬が来る前に起きた農民一揆。 「いつきちゃんたちから見てきっと政宗は良いお殿様だと思うよ?」 「・・・・・お前は?から見てどうなんだ?」 「私?領主様の政宗ならば・・・・・うん。良いと思うよ。気軽に城下に遊びに行けちゃうし」 「なんか、微妙な言い回しだな」 「気にしない、気にしない」 これでも一応認められていると言うことだろうか? まあいい。深く追求するのはやめよう。 「はい。じゃあ次ね。政宗の好きな食べ物は?」 「さあな。好きっていうほどあまりこだわりはねえな」 「嫌いな食べ物は?」 「ねえな。そんな我がまま言っているようじゃダメだな」 自分の口に入る、用意された食材は全て領民たちが精魂込めて作ってくれたものだ。 大事な食料を嫌いだなどと突っぱねる真似などする気はない。 「じゃあ逆に聞くが。の嫌いなものってなんだ?」 「んー・・・・・・ナス」 なぜと言われてもどう答えていいかわからないのだが昔からナスは嫌いだった。 焼きナス、ナス味噌炒め、漬物にしても、なんでもだ。 「味がないような気もするし」 「ちゃんと噛め」 「食べなくても生きていけるからいい」 「お前、そりゃあ本当の美味いナスを食ったことがないからじゃねえのか?」 「別にいいって言っているでしょ」 「ダメだ。小十郎の作ったナス食えばそんなこと言わなくなるぜ」 「え。言わなくていいってば」 小十郎の作った野菜が他よりも美味しいことは知っている。 なんでも幻とまで言われる美味さだと奥州以外でも噂が広まっているくらいだ。 自分も初めて口にした時純粋に美味しいと、野菜ってこんなに味があったのだなと感動したくらいだ。 それに小十郎に勧められでもしたら無碍に断ることなどできやしない。 中身が優しくても、ちょっと強面でドスを聞かせた声で食べろと言われたら・・・・。 怖い。 「好き嫌いはお子様のすることだ。ちゃんと食え」 「小十郎さんの作った野菜が美味しいのは知っているけど、ナスは嫌」 「頑固だねぇ・・・・お子様」 くつくつと笑う政宗。 今度はがムッと眉を顰める番だった。 「人の嫌がることするなっての」 「それとこれは別だろ?」 何が何でもにナスを食べさせるつもりらしい。 「秋茄子は嫁に食わすなっていうくらい美味いものだぜ?ナスは美味いんだって」 「嫁に食わすなって言ってるから食べない」 一応嫁だから。 「例えが悪かったな」 「はい。残念でしたー。他のお野菜ならばちゃんと食べるから問題はありません」 「やっぱり小十郎に伝えておく。にナスを食わせろってな」 引かない政宗には頬を膨らませる。 何が何でも阻止せねばと反撃材料を探す。 「だーかーらー言わないでいいの。アンタだって子どもの頃は好き嫌い多かったんでしょ? 私はナスが嫌いなだけで他は食べられるからいいの。自分が食べられるようになったから偉そうにしてー」 「オレが好き嫌い多いって誰が言った」 少しだけ上体を浮かせと目を合わせる。 はにんまり笑みを浮かべた。 「成実さんが言ってましたーその好き嫌いを直す為に小十郎さんが野菜作りを始めたって」 「チッ。成実の野郎・・・・」 本当のようで政宗は否定もせずに再びの膝の上に頭を乗せた。 「小十郎さんって言えばさ」 「An?」 「畑仕事している時の小十郎さんって格好いいよね。作法衣姿似合って職人さんって感じ」 ねえ?と同意を求められるが、それをどういう反応で返して良いかわからない。 職人と畑仕事はまた違うものだと思うが。 「最初はね。小十郎さんて怖い人なのかもって思ったけど、実際そうじゃなかったし頼れるお兄さんだよね」 「成実のことも似たようなこと言っていなかったか?」 「うん。言った。二人とも頼れるお兄さんで大好き。あ、でも一番は」 オレか?ちょっとだけ期待しまうが、お約束のようで違う答えが返ってきた。 「喜多さんが一番好きー。身近で頼れる人って言えばやっぱり喜多さんだもん。 女同士でしかできない話とかあって相談になんでも乗ってくれるし。文武両道素敵な女性だよね」 「まあ・・・・喜多だしな」 オレは?と聞き返したくなるが、が素直に答えることが想像つかないし 今の面子を含めて四番目とか言われると複雑でへこんでしまうだろう。 それでも。 「オレの大事な奴らのことをそう思ってくれるのは嫌な気分はしねーな」 幼い頃から共に過ごしていた人たちだから。 血の繋がった家族よりも濃いもののように感じる。 「政宗の大事な人たちなんだね」 「ああ。だが」 政宗は手を伸ばし、の頬に触れる。 「一番大事なのはお前だ、」 「・・・・・そ、そうですか。は、恥かしいこと言わないでよね」 「オレは恥ずかしいなんで思わねえからな」 「私は恥かしいの」 「そうかい」 まだまだこんなものだろう。 政宗が発する言葉を素直に受け取ってはくれない。 でもいい。 時間はまだまだあるから。 本当に嫌だと思っているのならば表情でわかる。 今のはただ困惑しているだけ。 言われなれていない。そんな感じ。 「ああ、オレの好きなもの。覚えておけよ」 「な、なに?」 「」 「・・・・・また、そういうこと言うー」 恥かしいって言っているのに、好きなものの意味が違うのに。 はまたも政宗の額をパチンといい音がするくらい躊躇せずに叩いた。 政宗が文句を言おうとするが、そこに二つの足音が聞こえてくる。 「政宗様」 「小十郎に成実か。どうした?」 二人は政宗たちから少し離れた場所に腰を下ろした。 「そろそろ執務再開と願いたいのですが」 「あー?まだいいじゃねーか」 「十分休まれたと思うのですがね」 面倒臭そうな政宗に小十郎は渋面を作り成実は笑っている。 「別に私どもは良いですが、後に残しておくほうが面倒ですよ」 「ほらほら、政宗。小十郎さんたちを困らせないの。お仕事お仕事!」 パンパンパンと政宗の体を叩く。 「働かざるもの食うべからずー」 「・・・・・、おめーな・・・・・・」 ようやく長い膝枕から解放されると顔に書いてある。 それが少々面白くない政宗。 「小十郎。ナス用意しておけ。大量にだ」 「政宗様?」 「ば!馬鹿政宗!余計なこと言わないでよ!」 なんのことだと小十郎は首傾げ政宗を見るが、政宗は笑みを浮かべているだけだ。 「冗談だ」 「・・・・本当でしょうね?」 「ああ。オレが嘘ついたことあるか?」 「・・・・・・嘘はないよね」 「当然」 強引な手法をとるが、嘘だけは吐かれたことだけはない。 「どちらでも良いのですが、執務再開する気はあるのですか?」 成実に問われて口先を軽く尖らせる政宗。 「あーずっとこうしていてーな・・・・ずっとな」 暖かい日差しを受けなんでもないことを話ながら。 くだらないと思えることを言い合って。 すぐそばにいる愛しい人へ触れられるそんな時間がずっと続けばいいと思う。 誰にも邪魔などされたくない。 どんな理由であれ。 「政宗・・・」 「仕方ねえ。やるか」 政宗は体を起こす。 ようやくやる気になってくれたかと小十郎たちは胸を撫で下ろす。 「十分休んだからな。脚疲れただろ?しっかり休んでおけよ」 政宗は立ち上がり歩き出した。小十郎たちもそれに続く。 「・・・・・・」 はその背中を何度か口を開こうとしたができなかった。 「・・・・・・また休憩したくなったら相手してあげるから・・・・」 すでに政宗の姿が見えなくなった時には呟いた。 目が覚めた。 はゆっくりと体を起こした。 「・・・・・・夢・・・・?」 軽く瞼を擦る。 音もない静かな室内。 暖かい日差しもなく、薄暗い。 「なんで今更・・・・あんな夢見たんだろ・・・・・」 今、がいるのは奥州ではなく甲斐の真田邸。 猿飛佐助の手を取り逃げ出してしまった。 『ああ。オレが嘘ついたことあるか?』 もうわからない。 嘘を吐かれたのかどうかも。 でもは政宗に向かって「嘘吐き」とぶつけてしまった。 『一番大事なのはお前だ、』 ポタリと掛布団に染みができた。 一つ。二つ。小さなものが重なり段々大きくなっていく。 「・・・・くっ・・・・・ふっ・・・・・・」 『ああ、オレの好きなもの。覚えておけよ』 なぜ。なぜ今夢に見たのだろうか。 『あーずっとこうしていてーな・・・・ずっとな』 穏やかな時間。 もう戻ることができないのだね。 嫌いではなかった、自分もそんな時間を過ごすことを。 でもようやく正直な自分の想いに気づいた時、政宗を突き放してしまった。 楽しかった思い出だって沢山あるはずなのに、今は思い出すのが辛い。 「・・・・・わ、たしも・・・・・・・ずっと・・・・・・そうして、いたかったよ、政宗・・・・・・」 でも。今は無理だ。 いつか、また。あんな時間を共に過ごせる日が来るのだろうか? 合縁奇縁の番外編。
19/12/31再UP
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