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今もあなたがそばに。
「できたー!母上、できました!!」 「あら。上手にできたわね、大助」 母親に褒められて、少年は歯を見せ笑った。 「あかねもできました、母上」 さらには少年よりも幼い少女が母親に両手を差し出した。 「すごいわ〜、二人とも才能あるかも」 少女もまた母親に褒められて満更でもない様子だ。 「じゃあ、母上。これは母上に差し上げます」 「あかねも!」 二人はそろって両手を母親に差し出した。 「いいのよ。それは、自分たちで作ったのだから、自分たちに」 「それがしは母上に食べてもらいたいのです」 「あかねも兄上と同じです」 子供たちの想いに少しだけ涙が零れそうになるが、笑顔で二人からの贈り物を貰った。 が、自分の知っている戦国時代とは少しかけ離れた世界観の戦国時代に来てしまったのはもう随分昔の話だ。 和菓子職人の見習いだった彼女は、偶然にも自分を拾ってくれた満月堂の和菓子職人の六郎夫婦のおかげで、そこでも職人として習うことができた。 店番をしつつ、六郎の手伝い、和菓子の仕込みをしている毎日だった。 生活も慣れた頃に、ここらを治める甲斐の虎。武田信玄に仕える武将真田幸村に出会った。 当初は幸村を弟みたいな年下の子だと思っていた。 会話や行動が第一印象のままだったが、たまに見せる男気ある姿に知らずに惹かれていたようなものだ。 真田幸村がと出会う前に、惚れた人がいた。 報われることはないと最初から分かっていたが、彼女を守ろうと手を貸していた。 だけど、彼女が元の鞘に収まることになると、幸村はそっとその想いを塞いだ。 彼女が幸せならばいいのだと言い聞かせて。 そんな中で、浅羽と出会った。 初対面でに叱られたのも驚きだったが、年上の余裕というのか、包容力の広さに自然と心を許していた。 過去の恋が上手くいかなかったから、次の恋も同じかもしれないと、いつの間にか溢れていた想いには気づかないようにしていた。 自然の成り行きだったのかもしれない。 そんな二人が結ばれたのは。 想いに気づかないようにしていても、相手の事はとても気になった。 この恋は上手くいかないだろうと恐れていても他の誰かに盗られてしまう方がもっと怖かった。 だが、今は子にも恵まれ、あの頃の葛藤が嘘のようだった。 「お味はどうですか?母上」 大助が、母の顔色を窺う。 隣にいる妹あかねも同じように。 「うん。美味しいわよ、二人ともすごいわ。見た目以上に美味しいもの」 に褒められ、安堵しつつも兄妹は手を合わせて喜んだ。 「一太郎兄上にも太鼓判は押されていたのですが、少し不安で」 「あら、一ちゃんだけじゃ不安だったの?一ちゃんに失礼ねぇ」 「そ、そう言うわけでは!」 息子の焦り様には笑う。 「母上!これで母上は元気になれますか!?」 ギュッと、あかねはすぐ近くにあったものを強く握った。 「…うん。ありがとう、二人とも」 は優しく笑い、あかねの頭を撫でる。 あかねが握ったのは布団。 は今まで寝ていたのだ。 熱をだし、咳き込む母親の姿を見て、二人はひどく心配してしまった。 「さぁさぁ、お二人とも。母上に元気になってもらいたいならば、ゆっくり休ませてあげましょうね」 「佐助さん」 父に仕える忍。なのだが、おかしな話、身の回りのことまでやってくれている、二人の子供の面倒まで見てくれるなんでもできる一流の忍である猿飛佐助。 佐助に言われると子供たちも素直にいう事を聞くから不思議だ。 「佐助。母上は本当に大丈夫なのか?」 「兄上と二人で作った菓子ならば病は治るのであろう?」 下から見つめる不安そうな目に、佐助は苦笑しそうになるが、大丈夫だからと一言強く言った。 すると子供たちは更に安堵した様子で、素直に室から出ていった。 「本当真田の大将の子だなぁって思うよ」 「もう佐助さんったら」 「いやさ、だって、ちゃん。ただの風邪じゃない。それをここまで話を大きくしたのは大将だからさ」 せっせと粥と薬を運んでくれた佐助。 先程、二つの小さな和菓子、練りきりを食べたのだが、食事はちゃんとしないとダメだろうと佐助が用意した。 「幸村君は今日も戻るのが遅いかな?」 「あぁ…まぁね」 「幸村君がここまで大袈裟になってしまったのは、お館様の事があるからよ。私がこんな時に寝込んだりするから余計に敏感になってしまったのよね…」 それが申し訳ないとは思うらしい。 お館様。武田信玄が少し前に病に倒れた。熱病に侵され武田の全権を実子ではなく幸村に託したのだ。 幸村は信玄が倒れたことで動揺が大きく。自分の果たさねばならぬ事が大きく圧し掛かっていた。 そんな時に、までもが倒れたので、幸村が必要以上に大騒ぎしてしまったのだ。 「ちゃんの所為ではないよ。それにこれは大将が大きく成長する為には通る道なのさ」 幸村の好敵手と言われる奥州筆頭伊達政宗。 彼と幸村の違いはそこ。背負うものの重みの差なのだ。 家族という守るべきものは幸村にもあるが、国を治める政宗と一兵である幸村では違い過ぎた。 「でも、私がいつも通りならば…」 「そう悩む前に風邪治しちゃえばいいんだよ。そもそも大将も病とは無縁だけど、ちゃんも健康そのものだったんだねぇ」 「なんか…バカにされているような気がします…」 「いやいや。だからこそ、大将は大騒ぎしたんでしょうね。あの人も風邪なんかひかないから」 とりあえず、粥を冷めないうちにと佐助は手際よくよそり、に差し出した。 食べて一言。 「やっぱり、佐助さんにはお料理も適わないのよね…うーん…」 幸村の妻になってから、台所仕事もやるべき人たちがいるので、自分ではやらない。 だから、余計に差が出ると感じてしまう。 「別にそんなの気にしなくていいよ。俺様の性分でもあるんだしさ」 別に強制ではないが、どうもこの真田家の人間には甘さが出てしまうのが佐助らしい。 「佐助が言うのだから、大丈夫だ。うん」 大助があかねと手を繋いで縁側に腰掛けていた。 母を見舞ったのだが、どうにも不安は残るらしい。 それが先日同じように見舞った信玄公を見たからかもしれない。 いつも力強く豪快に笑う人が、床に伏している姿が弱弱しく見えた。 「それに、父上がおっしゃったではないか。満月堂の菓子を食えば治ると! 一太郎兄上も手伝ってくださったし、六郎小父上の菓子も用意したから…」 母の実家とも呼べる場所。和菓子屋の満月堂。 そこがきっかけで両親は出会った。 幸村に嫁いでからも、しばしばは満月堂に行っている。 最近では子供たちも一緒に行くから、そこの息子一太郎にも可愛がってもらえている。 が働いていた当時はまだ子供だった一太郎も成長し、あの頃言っていた父六郎のような職人なる為に修行の身だ。 三代目の看板娘とも言えるのか、妹のお初が店側で接客をしている。 「父上は、満月堂の菓子を食べると元気になるから、母上もきっとそうだと」 が倒れた時の幸村の慌て振りは酷かった。 「しっかりなされよ!死ぬな、殿!!」 などと目に涙を浮かべれば、子供たちにはそれだけで母親が重病なのだと思ってしまうものだ。 佐助の言う通り、単なる風邪だったわけだが、子供たちにはそれがわからないのだ。 それで、に早く治ってもらおうと、どうしたらいいのか、幸村に相談したところ。 返ってきた答えが満月堂の菓子を食べればすぐに治ると言うことだった。 いつも行き慣れた場所だから、二人で店に向かい事情を話した。 六郎夫婦は子供たちの慌て振りを落ち着きながら聞き、どこか微笑ましい目を向けられていたが、子供たちがそれに気づくわけもなく。 ならば、自分たちで作った方が早く治る。などと言ったので、一太郎と共に練りきりを作ってみたのだ。 「どうしたのだ?二人して」 「「父上!」」 信玄公が倒れ、甲斐をまとめることになった父は非常に忙しく。 子供たちはこの時間に帰ってきたことに驚いた。 相談に行った時も、躑躅ヶ崎の館に出仕する朝の早い時間に大助が頑張って早起きしたのだ。 「母上の様子はどうだ?」 二人の前にしゃがむ幸村。 「さっき、満月堂の菓子を食べてもらいました」 「兄上とあかねが作ったんですよ!」 「おぉ、それはすごい」 「父上。母上はすぐに元気になりますよね?」 「あぁ元気になる」 父にも太鼓判を押されたと子供達はようやく笑みが出てきた。 それじゃあ。と幸村がの下へ行こうとしたが。 「駄目です、父上」 「母上は今お休み中です。佐助が休ませてあげなさいと言っていました」 二人して、幸村の袖を引っ張る。 「お、お前達…だが、それがしも、母上と、会って話がしたいのだが…」 「「駄目です!!」」 「な、なんで、父の言うことより、佐助の言うことを聞くんだ?…」 父親としての威厳はないのか、自分は…。 少しへこむ幸村。 「何しているんですか?大将」 「さ、佐助…殿は?」 「薬飲んで寝たところですよ。つーか、ここで騒げばちゃんが起きちゃうし、ゆっくり休めないでしょうが」 佐助に言われて、子供たちは幸村の袖を引っ張った。 「父上。向こうでお話しましょう!」 「あかねも父上とお話がしたいです!」 「…あ、あぁ。そうしようか…」 幸村は仕方なく子供たちに手を引かれていく。 その際、が寝ている室の方を名残惜しそうに何度も振り返っていた。 そろそろ躑躅ヶ崎の館に一度戻らねばならなかった幸村。 子供達との話も楽しかったが、気になるのはだ。 佐助にも、大将がそんなんでいいんですか?なんてちくりと言われてしまうから。 本当に早く戻らねばならないだろう。 一応周囲の者には伝えてあるし、屋敷に戻る許可は貰っている。 そっと障子を開けると、は寝ていた。 佐助の薬が効いたのか、子供たちの贈り物が効いたのかはわからないが。 顔色も大分よくなっている。 (………よかった…) 彼女が苦しむ姿を見るのは嫌だ。 過去にも一度だけ苦しそうに蹲ったを見て心底辛くなった。 あれは大助を身ごもった頃だ。 それに、大事な人が自分の目の前で倒れる姿は一度だけだろうが、あまり見たくないものだ。 もういいだろう。は大丈夫だ。 そう思って、障子を閉めようとしたとき。 「幸村君?」 「、殿…!?」 「どうかしたの?…そんな所に突っ立ってないで、入ってくれば?」 「す、すまないでござる」 慌てて室に入る幸村。 身体を起こすのすぐそばに胡坐を掻いた。 「寝ていた方が…」 「幸村君とお話しするのに、こうした方がいいもの」 幸村は強く拳を膝の上で握った。 「毎日ご苦労様。幸村君」 「殿…」 の手が伸びてきて、幸村の眉間に優しく触れた。 「大変な時に風邪で寝込んでごめんね。治ったら、ちゃんと幸村君のお手伝いするし、しっかり支えてみせるからね」 幸村は険しい顔をしていたことを反省する。 見舞ったつもりだったのに、こっちが励まされた。 さらにの手は幸村の頭に移動する。 「、殿…それがし、子供ではないのでござるが…」 「ふふっ。ごめん。なんか幸村君泣きそうな顔だったから」 「そ、それは!殿が倒れた姿は…もう二度と見たくないと…」 確かに信玄から任されたことは重く圧し掛かっている。 正直、わざわざ様子を見に来たのは、そこから逃げたからかもしれない。 今も、そんな理由を作ったようで…。 「おちおち寝込んでもいられないなぁ」 「す、すまないでござる」 「でも、いいよ。幸村君にとって、私が安らげる場所を作ってあげるから。 疲れたら、私の所に帰って来てね。家でそんなに難しい顔をしなくてもいいから」 政はにもよくわからない。 幸村一人だってわからないだろうが、彼には支えてくれる武田の重臣たちがいる。 だったら、私生活。屋敷では自分がその存在になっていたいのだ。 今なら子供達だって、きっと幸村を支えてくれる存在だろう。 「やはり、それがし…まだまだ子供であった」 幸村が苦笑する。 「殿に甘えてばかりだ。出会った時、殿はそれがしを叱ってくださった。 なんか…それを思いだしたでござる」 「今は、叱ってなんかいないのに?」 「そうでござるが。殿!」 「うわっ!」 急に強く体が引かれたと思ったら、幸村の腕の中にいた。 「それがし…殿が好きだと改めて思いました。それがしにはなんて勿体ないお方だと」 「褒めすぎだと思うなぁ。私には幸村君が十分すぎる旦那様だと思うし」 少しだけ、幸村の腕が強くなったかと思うが、すぐさま解放された。 「よし。充電完了!それがし、まだまだ頑張れるでござるよ!」 幸村がにっこり言った。 「それがしの帰る場所は殿のもとでござる。また情けない姿を見せた時は、容赦なく叱ってくだされ」 幸村はに休むよういい、室を出た。 「………なんか、幸村君の奥さんって言うより…お母さんって感じ?」 再び横になっただったが、そんな事を呟いた。 その呟きに密かに笑ったものだが、改めて、幸村が大変なんだと知らされる。 だからこそ、幸村の背中を支えてあげたいなと思った。 幸村が、の前に出て守ってくれるその背中を。 昔、変に言い寄る男がいたが、その男の間に割って入り幸村が助けてくれたことがあった。 あの時思った、大きな背中を…。 「でも、私も……」 改めて、幸村が好きなんだなって思った。 結婚し、子供が生まれた今でも、幸村にまだまだ恋をしているようだ。 19/12/30再UP |