信之さまと幸村くん。



ドリーム小説
「ユキさーん!」

が幸村の姿を見つけて駆けていく。

「どうしました?殿」

「あのね、ユキさん」

は少し興奮気味に幸村に何かを一生懸命伝えている。
それを聞いている幸村の顔はとても穏やかだ。
戦では鬼神のごとき勇猛さを見せているだけに。
普段から戦以外では天然だと言われる男なので、その姿にさほど驚きはしないが。
見る者からすれば、幸村に穏やかな表情をさせる事ができるのはのお蔭だろうと。

だが、一方で。

「少しだけ不満があるんだ」

「信之さまがですか?」

「あぁ」

は信之のお供で城下にいた。
たまの気分転換に付き合ってくれないか?と信之に誘われ、は断ることなく付き合う。
真田家を継ぐ者として、自分にはわからない大変な事があるだろうから、少しでも信之の気分転換になるならばと。
今日もそうだ。
飯屋で美味しそうな山菜が入ったそばを食べていた。
信之に付き合うと言っても、結果的に信之がお金を出してくれるので、損をしているのは信之ではないかとは思うのだが。

「この程度では損などとは思わないな。むしろ得だと思うが」

と信之は笑顔で言う。
話を戻そう。

「信之さまの不満ってなんですか?難しい政治的なことは私にはわかりませんけど」

「政ではないよ。ちょっとした事だ」

「はあ」

信之は何に不満を持っているのだろうか?
ズルズルと啜りながらそばを食う

「幸村がな」

「ユキさん?」

これが意外だ。
まさか信之の不満の対象が幸村だとは思わなかった。
というか、何故幸村なのだろうか?
単純に弟だから?面倒くさい仕事は信之の役目だからとか?
それもどうかと思うし、それを口にするような人ではないと思うだが。

「ユキさんがどうかしたんですか?」

「それだ」

「は?」

それと言われても、にはわからない。
は首を傾げるばかりだ。

「えっと…信之さま?」

「どこに違いがあるのだろうか?」

「はい?」

信之と幸村の違い。という事だろうか?

(……ユキさんは天然な人だけど、信之さまも少しそういう所はあると思うし…二人とも普通に優しいし…)

わかりやすい違いは立場ぐらいだろうか?
あとは戦での役割か?
そうなると戦場にいないにはわからない。

は幸村の事をなんと呼ぶ?」

「……ユキさん、ですけど…」

「私の事は?」

「信之さま……」

それがどうした?と思ったが、まさかそれか?とは思った。

「あの、信之さま…」

「幸村には親し気だと思うが、私に対してはどこか堅苦しい感じがする」

「そ、そんな事ないですよ!?」

「いや、そうだろう。事実私には敬語ではないか」

「そ、れ、は…普通に、信之さまが年上の方だし…」

幸村とは歳がほぼ変わらないというのもあるから。
と言うか、そんな事深く考えたことなどない。

「ユキさんと呼ぶならば、私もある意味ユキさんだと思うが?」

信之がにっこり笑う。

「や……」

確かにノブ「ユキ」ではあるが。その場合「ノブ」さんと呼ぶと思う。
が、信之にそんな軽々しく声をかけることはできない気がする。

「呼べませんよ、そんな風には…」

「そうか…残念だな…」

「信之さまは尊敬できる方ですし、えと…お兄ちゃん!って感じです」

「幸村は尊敬の対象ではないと?」

「いや!そう言う意味ではななく!もう!信之さま!揚げ足をとらないでください!!」

が叱るように不満をぶつけると信之は笑った。

「すまん。ただ、いつも二人は仲が良いなと。羨ましく思って」

「私と信之さまは仲良しじゃないですか?」

それは心外だとは思う。

「互いの距離感が違うと思って…は私より幸村の方が好きなのだろうなって思うからな」

「は?す、好き!?な、何を言っているんですか!?信之さまは!!」

赤面した顔で声を上げてしまう
同時にここが店だったことを思い出し慌てて周囲に頭を下げて席に着く。

「何を突然言うんですか、信之さまは…」

「そうだと思ったからだよ」

悪びれる様子などない信之をは面白くなさそうに唇を尖らせた。

「というか、ユキさんと信之さまをどちらの方が…なんて思っていませんよ」

「そうなのか?」

「そうです」

まったく。とは息を吐く。
そもそも、二人は自分の事を妹ができたくらいにしか思っていないだろう?
にしてみても、二人は兄弟のような感覚が近いのだが。

「だったら、これからはお二人の事をお兄さま。とでも呼びましょうか?」

思いっきり嫌味を込めて言ってみれば、信之はくつくつと笑う。

「それは嫌だな。けど、そうだなぁ…幸村がどんな反応をするのか見てみたいから一度呼んでみてはどうだろうか?」

「面白がっていますね、信之さまは…別にどうもしないと思いますが」

恐らく幸村のことだ。

「私はあなたの兄ではありませんが」

とでも言うに違いない。
それとも…

「私の事を兄と呼んでくださるのですか!?」

とも言いそうだ。
どちらにしても、面白い結果にはならないだろう。

「そうだろうか?」

「そうですよ」

そんな事を言いながらは残りのそばを啜る。

「信之さまは私が敬語だ。って言いますけど、ユキさんだって私に敬語というか、丁寧語で話してきますよ。私は姫様でもなんでもないんですけどね」

そんな扱いを受ける立場ではない。
寧ろ真田家にしてみればタダ飯食いの居候だと思う。



「はい?」

「今、自分の事を悪く考えただろう?私達はを悪く思っていないからな」

私達は。と信之は言った。
それは信之だけでなく、幸村も。という事だろう。
もしかしたら真田家の人達全員のことかもしれない。

「はい。ありがとうございます」

それだけでも十分だとは思った。






「兄上。殿。お帰りなさい」

城に戻ると、幸村が笑顔で出迎えてくれた。

「あぁただいま、幸村。何か変わりはなかったか?」

「何もなく。兄上の方はどうでしたか?」

「中々楽しかったよ。なぁ

「はい。楽しかったですね、信之兄さま。今度は幸村兄さまもご一緒いたしましょうね」

「え?」

幸村はぽかんと口を開けている。
ほら見ろ。
突然何を言いだした。と幸村の顔が言っている。
とりあえず、先ほどの話。
信之は面白そうだからやってみてくれと帰り道に言うので、信之の気が済むならばと言ってみたのだ。

「あ、あの…殿?」

「なんですか?兄上」

兄さま、兄上と普段いい慣れないので言葉が定着しないも、勢いだとばかりには笑顔で押し切る。

「や、その…あ、兄上…などとは……」

「何か可笑しかったですか?信之兄さま」

「そうだな。何か変か?幸村」

あぁ、信之が実に楽しそうに笑っている。
幸村と信之の違いなど、そうないと思ったが、違う。
信之の方が若干黒い。意地が悪いなとは思った。

「あ、兄上まで!お願いですから、殿。そんな風に呼ばないでください。なんか…調子が狂います」

「失礼な!ほらもう〜信之さま!!こんな反応じゃないですか!!」

は頬を膨らます。

「まぁ幸村だしな」

こっちも失礼な反応だ。

「はい。ユキさんにお土産。あとで食べてくださいな」

は帰りに買ったお饅頭の包みを幸村に持たせた。

「私、室に戻りますんで」

実に馬鹿馬鹿しいとは若干機嫌を損ねて二人を置いて行ってしまった。

「あ!殿!!?…兄上…殿に何を仰ったのですか?」

幸村は恨めしそうに兄を見た。

「ん?単に幸村がどんな反応をするのか見てみたいと思っただけさ。お前の事だから照れつつも喜ぶと思ったんだが…違ったか」

信之は腕を組み己の顎をなぞった。

「………」

「ん?どうした?幸村」

「変な事を殿に言わないでください、兄上」

「変な事か?の方が私達は妹扱いなのだろう?と言っていたんだが…」

幸村は少しだけ目を伏せた。

「私は別に…」

「私もそれだけじゃないのだけどな…」

「は?」

「少なくとも、どうでもいいと思う相手を毎回誘わないだろ?多少の下心はあってのことなのだが」

さらりと言った信之の言葉に幸村は赤面してしまう。

「あ、兄上!?」

「残念だが、の中では私とお前は同じくらいのようだ。さて、どうしたものか…」

作戦を考えようと信之も室に戻って行く。

「あ、兄上〜?」

残された幸村が情けない声を出すのを聞きながら信之は笑っていた。







19/12/30再UP