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桜守の娘。
羽柴秀吉という男が居た。 農民の家に生まれながらも、武士になりたいと上を夢見た男だ。 普通ならば夢で終わるところを、彼は一歩一歩着実に登り念願の武士になった。 今では織田信長家臣の中でも、一目置かれる存在となっている。 秀吉にはねねという妻が居た。 いつも笑顔で、苦労を苦労とも思わず秀吉を陰ながら助けている。 秀吉もそんな妻と仲良く暮らしている。 だが、二人には子どもがいなかった。 それを苦だとか、寂しいだと思わなかった。 二人には子ども同然と思える存在がいたから。 秀吉の子飼いと言われる者、石田三成、加藤清正、福島正則など・・・。 彼らも夫婦を慕っている。 常に夫婦の周りは賑やかだった。 さらに、中でも。 「お母さん。私も手伝う」 「おや、嬉しいね。ありがと、。じゃあお米を研いでもらおうか」 「うん」 男どもの中に一人。 と呼ばれた娘を夫婦は一番可愛がった。 に関しては子宝に恵まれなかった夫婦にとって、実の娘と変わりなく育ててきた。 いや、もう娘同然なのだろう。 夫婦に対して「お父さん」「お母さん」と呼ぶのだから。 も夫婦を実の親以上に慕っているのかもしれない。 最近、秀吉の側をうろうろする男がいた。 うろうろと言うのはの感想だ。 男は別に悪い意味で秀吉のそばにいるわけでない。 「ねえ、佐吉」 「いつまでもそう呼ぶな」 石田三成とは兄妹みたいで、他の子飼いの者たちに比べたら付き合いは濃い方だ。 その影響かいまだに三成を幼名で呼んでしまう。 「最近、お父さんの側にいる人は誰?」 「・・・ああ、前田利家殿だ」 ツンツン頭で陽気に秀吉の隣で笑っている。 パッと見の印象は悪くない。 悪くないのだが・・・その後の話を聴いての利家への印象は最悪に変わっていた。 * 「お父さーん!」 「おーー」 駆けてくる娘同然の。いや、もう娘として映っているだろう。 そのに秀吉の頬は緩む。 「お帰りなさい!」 「おう帰ったぞ。長いこと留守にさせて悪かったなー」 「ううん。お父さんが無事で良かった。お母さんと心配していたんだよ」 「そうかーそれは悪いことしたなー」 思わず幼い子どもみたいにを持ち上げる秀吉。 「お〜大きくなったな、」 「もう。そんなに長いことは離れていなかったのに」 子どもじゃないぞとは頬を膨らませる。 それでも嫌だと言わない辺り、が秀吉を慕っているのがよくわかる。 「わしがいない間。寂しかったろ?」 「うん。でも、佐吉もいたし清正も正則もお母さんの手伝いしてくれたよ」 「そうかそうか」 ニコニコ。 秀吉はようやくを降ろす。 「ねえ、お父さん。また戦に行っちゃう?」 「いんや。今の所は大丈夫だ。うちでゆっくりするさー」 「本当!?」 「ああ、本当だ」 も破顔させる。 「お母さんに教えてくるー」 本当に嬉しいのだろう。 長いこと不在だった秀吉が帰ってきたのだ。 はねねの元へ行くと駆け出した。 「そんな急がんでもいいぞー。転ぶぞー」 駆けて行く娘の背中に声をかける秀吉。 「ははははっ。は本当元気じゃー」 「すげー慕われてんな、秀吉」 「利家。まあな。羨ましいじゃろ?」 スッと姿を現し秀吉の隣に並ぶ前田利家。 元々柴田勝家の元へ柴田軍の一員として戦場を駆けていた利家。 第一に「叔父貴のために」と謳っていた。 それは今も変わらないだろう。 勝家に認められたくて、勝家の為に自分が上に登ろうとしている。そうすれば勝家の立場的にも有利になると。 だから勝家の元を離れ秀吉の下に居る。 半ばケンカしたような感じもするが、会えばちゃんと話すし、そう問題はないだろう。 「ああ。羨ましいね」 「なんじゃ、その顔」 心底そう感じているようで利家の秀吉を見る目がきつい。 「別に・・・・・なあ、秀吉。モノは相談なんだが・・・」 利家は小さく呼吸を整える。 「あー?なんじゃー」 「を俺の嫁にくれ」 言えた!そう思った瞬間口許が緩むが、秀吉から間髪居れずに返事が戻ってきた。 「嫌じゃ」 あっさりと断られ、面食らう利家。 「な、なんでだよ!しかも即答かよっ!俺のどこがダメなんだよ!そ、そりゃあ・・・にあまり好かれてねぇとは思うけどよ」 何せ、会話を交わしたこともほとんどないのだ。 仲良いとか、すでにそういう約束を彼女と交わしたとか・・・。 まったくそのようなことはない。 まずは友人である秀吉に了承を得る、いや、味方にしてしまえばと思ったのだが。 秀吉も味方ではなかったようだ。 「別にお前からの申し出は嬉しいが、こればっかりは、わしはいい返事できんよ」 「お前・・・・まさかと思うが。自分の・・・」 奥方ねねを愛していると日頃から言うものの、秀吉の女癖は少々悪い。 だが、秀吉は利家の頭を小突いた。 「馬鹿なこと抜かすな!そんなわけあるわけないだろうが!はわしの大事な娘だ」 「わ、悪ぃ」 「わしが良いと言っても、が絶対、お前の事は嫌だと言うのが目に見えているからじゃ」 一応友のためを思って言っているのだと秀吉は腕を組みふんぞり返った。 「友のためねぇ・・・・ならよ、俺が、自分でに申し込んでもいいんだな?」 「振られる確率がはるかに高いのにか?」 「なんで、もう決定済みなんだよ・・・・」 最初からそう決め付けられると流石に気分的にへこむ。 「・・・・なんじゃ、お前知らんのか?」 呆れたような目を向ける秀吉。 「?」 「あーいい。もしかするとってこともあるかもしれん。好きにしろ」 「おう」 勝手にしろとばかりに秀吉は手を振った。 「じゃがよ、利家。無理矢理とか、強引にとか。を泣かすような真似はせんでくれな」 「そんな真似しねぇ。絶対だ。約束する」 前田利家という男。 秀吉にしてみればいい友人だ。信用信頼はできる。 娘の嫁ぎ先ともなれば、これから先のことを考えれば二重丸、いや花丸だ。 だけど、娘は違う。 彼女はきっと利家にはなびかない。 他に好きな男がいるからか?そんな色恋沙汰は知らないが、利家だけには絶対だ。 それに気づかないうちは利家には何の攻略方法もないだろう。 「ま、頑張れや、利家」 * 秀吉が主君信長の下で名と己の立場を高めたおかげで、与えられた邸も大きなものへとなっていた。 その大きなものであるおかげで、邸には三成たちも大勢住み込んでいる。 一つの家族みたいでいいじゃないかというねね。 も賑やかで好きだ。 でも、最近利家も普通に寝起きをしているのでちょっと嫌だったりする。 それでもなるべく顔をあわせないようにしていた。 「佐吉ー」 「・・・・・・」 「佐吉ってばー」 「その名で呼ぶなと何度言えばわかるんだ。お前は」 苛ッとした様子で三成はの額を扇で軽く叩いた。 「だってその方が呼びなれているから」 「まったく・・・・それで?何用だ?」 くだらない用事で呼び止めたのならば、後で容赦はしないと三成の目が言っている。 「お母さんが」 「断る」 「まだ何も言っていないよ」 「ねね様の用事など俺は知らぬ。清正や正則辺りにでも言えばいいだろう」 二人の方がねねをいたく慕っているのだから。 「二人はとっくにお母さんの手伝いしていますー。なので、一人で逃げようとした佐吉を捕縛しに着ました」 「面倒臭い」 「とりあえず、畑から大根を取ってこよう。それが佐吉に与えられた仕事です」 三成は眉を顰める。 それこそ、自分には一番向かない仕事じゃないか。これは正則辺りが一番似合いだ。 「そんな顔しないの。私も手伝うから」 ほら行くよ。と三成の背中を押す。 そこへ利家が呼び止めた。 「。少しいいか?」 利家に呼び止められて内心驚きつつも、忙しいの一言で断ってくる。 「そ、そんなに時間はかからねぇんだ。少しだけ。な?」 「・・・・・じゃあ、早くしてください」 少々膨れっ面なのが利家には気になるが。 それでも時間をもらえただけいい。じゃあ早速話をと思ったのだが、三成がそばにいる。 利家は聞かれて困るようなことではないが、少々人払いをしてもらい心境ではある。 三成に目配せすると、簡単に察知する三成。 「俺は先に行く。後から来い」 と歩き出そうとするが、は三成の着物をギュッと掴んだまま離さない。 「お、おい」 「別に佐吉がいてもいいじゃないですか。早くどうぞ」 「え・・・・いや、あ、あー・・・」 「。いいから離せ」 「佐吉に聞かれて困る話なんですか?」 別に困らないが・・・・利家は頭をガシガシ掻く。 だが男を上げてやるぜ!との勢いだ。 「じゃあ言うぞ」 呼吸を整える利家。 変なことに巻き込まれた気配がすると頭が痛い三成。 早く終わりにして欲しいと不機嫌な。 三者三様だ。 「。俺の嫁になってくれ!」 言えた! 「嫌です。じゃ」 父同様、あっさり切り捨てた。 行こうと三成の背中をまたも押す。 「ちょ!ちょっと待った!な、なんで?」 秀吉は多分断るだろう、失敗だな。と利家に言ってはいたが。 「確かにお互いのことはまだ知らない事のほうが多いと思うが、なんでダメなんだよ」 「・・・・・嫌いだからに決まっているでしょう」 「き、嫌い?・・・お、俺のことか?」 はっきり言う。 自分も大概人を逆なでするようなことを口にしてしまうが、も酷いものだなと三成は溜め息が出る。 (まあ、この方が相手だからの態度だろうな) なんとなくわかっている三成。 こればっかりはどうしようもないと思うが、利家になんとなく同情してしまう。 「俺はに嫌われるようなことした覚えはねぇ!」 「・・・・・・ものすごーく。ありますよ?物理的ではなく精神的にですけど」 「精神的?」 苛めたなんてしたことない。 立ち止まって会話ってことを今始めてしたくらいだ。 「じゃあ、そういうことで」 今度こそは三成を連れて行ってしまう。 気の毒だなと思う三成は一応利家に一礼してから歩き出すが。 利家にしてみれば、納得行かないことだらけだ。 両手で頭を乱暴にかき乱すも、おー!と咆哮した。 「ーーー!俺はお前が好きだから諦めねぇぞ!」 そんなことを背後から叫ばれては肩をびくつかせた。 「だ、そうだ。良かったな。嫁の貰い手ができて」 「冗談じゃない。絶対嫌。あの人に嫁ぐくらいなら、佐吉に嫁ぐ」 「なんだ、その俺にとって罰としか思えない選択は」 「何よー」 軽く三成の腕を抓る。 「ったく・・・・俺はあの方が悪いとは思えないがな」 「でも、嫌いなものは嫌い。あの人」 ふんと鼻を鳴らす。 しょうがないのだろう。なにせ。 「柴田勝家を叔父貴なんて慕いに慕いまくってる人なんだから、絶対嫌」 「利家殿ではなく、柴田勝家殿が嫌いなのだろう?」 「大ッ嫌い。あの人お父さんのこと馬鹿にするんだもん。ついでに信長様の妹様も大ッ嫌い」 やっぱり利家は直接関係ないじゃないか。 同情してしまう。 だが、利家が勝家を慕うように、こちらも秀吉を慕う者。 しょうがないとしか三成にしか言いようはない。 そのうち、その辺関係なく、利家自身を知ればの気持ちも多少は動くかもしれない。 「俺のことを巻き込まないでくれれば面白いのだがな」 「なに?」 「いや」 「ほらー大根とるぞー」 今は利家より大根のようだ。 * 「秀吉ぃぃ!!なんで?なんで俺はに嫌われているんだ?」 その晩、秀吉と酒を飲んでいる利家が泣きそうな顔をして昼間の話をし始めた。 あっさり求婚を断られ、はっきり嫌いと言われてしまったと。 「やっぱりそうかー。ま、しょうがない。お前はいい男じゃ、他に振り向く女子は大勢いるだろ、そっちにしとけや」 「嫌だ。俺はがいいんだ」 「あのなー」 ねねの作ってくれた酒のつまみ。魚の干物を火であぶったものを噛む秀吉。 なんで?と利家が聞いてくるぐらいだ。まだその理由を知らないのだろう。 自分が言うべきかどうか迷うものだが。 「あいつ。他に好きな男いるのか?」 「さあの。わしは知らん。ねねなら知っているかもしれんな」 と酒をついでくれるねねに顔を向ける。 「知ってるのか?」 「さあ?私も知らないよ?でも、利家殿がを好いていたのには驚いたけど」 小さく笑う。 利家は今頃にだが、照れてしまう。 「え?あ、ああ。まあな・・・なあ、あんたは反対か?俺がを嫁にって話」 あんたは?と言うことは秀吉が反対したのだなとねねは気づく。 秀吉の場合、利家が断られると知っててのことだろうが。 「別に私は反対しませんよ?でも、大変ですよー。あの子を嫁になんて」 理由が理由だから。ねねには苦笑しかでない。 「ま、これに懲りてもう諦めろや、利家」 「だから、嫌だって言ってんだろ。無理強いはしない。けどそう簡単には諦めねぇ!叔父貴にもいい報告がしてぇ!」 「だからそれがいかんのじゃって・・・」 ポツリ呟く秀吉。 「はい、お前さん」 ねねは笑いながら秀吉に酒を注いだ。 「いいじゃないの。にも利家殿の良いところわかってほしいじゃないの」 「まあな」 それがいつになるのかわからぬが、少しだけも友に対する目を娘に変えてもらいたい。 そう思う秀吉だった。 19/12/30再UP |