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複雑怪奇
あまり関わる事のない人だと思っていた。 だけど…。 「………泣くほど、好き。なんですね…」 「な、泣いてなど!」 「でも、泣いていますし、実際…」 の前で一人の女性が泣いていた。 目を真っ赤にして、大粒の涙をこぼして。 が泣かせたのか?と今この場を通りかかった者がいればそう思うだろう。 そして、相手の女性を見てなんと恐れ多い事を!と叱られるに違いない。 「…あの人は、父と、母の仇です…す、好きなど…」 「認めるのが嫌なんですか?」 「絶対に、違う…」 「でも、泣くほどだし…」 「そ、そなたが私を泣かせておるのです!」 「えー…」 面倒臭い。 が嘆息する。 誰かこの場をなんとかしてくれないだろうか? 同時に見られて咎められるのも勘弁してほしいとも思ってしまう。 「茶々様。それじゃあ苦しくないですか?」 「………」 「泣くほどなんですから。もう認め「嫌じゃ!」 「あー…」 が相手にしている女性は茶々。 父は浅井長政。母はお市。伯父は織田信長。 今でいうところのセレブ。と言っても、が現在いるのは戦国と呼ばれる場所。 「私は、父と母を殺したあの人を一生許さぬと誓ったのだ」 父と言うのが、この場合、浅井長政なのか、母の再婚相手柴田勝家なのかはにはわからない。 だけど、茶々が父を慕っているのはわかった。 「言っていることと、思っていることが多分逆ですよね?」 は偶然なのだが、茶々の想い人らしい人の話を知ってしまったのだ。 知られたことで、茶々はにあれこれ言うが、堂々巡りが続いている。 茶々の言うあの人は太閤豊臣秀吉。 茶々には親の仇でも、にはその親のような存在だ。 「…………親の仇なの、です…」 茶々を含めて、お市の子ら初と江の三姉妹は秀吉が面倒を見ていた。 すでに次女の初は嫁いでおり、江は一度嫁いだものの、秀吉の政略により出戻っていた。 茶々は母お市に似ている所為か、秀吉がそばに置きたがっていた。 お市に劣らずの美貌だ。秀吉が惚れ惚れするのも仕方ないだろう。 だが、茶々が言う通り、三姉妹にとって秀吉は親の仇だそうだ。 特に秀吉を恨んでいるような様子を見せるのが末妹の江だ。 彼女は秀吉の所為で夫婦仲を裂かれたこともあるからだろうが。 平然と秀吉を「猿」と呼ぶこともある。 正直、秀吉を父のように慕うには三姉妹とそりがあうはずがない。 ほとんど会うこともなく、過ごす毎日だったが、今日珍しく茶々と遭遇してしまった。 「秀吉様はそれをわかっている上で言っているですよねー」 茶々に対し、求愛し続けている。 正室ねねや、他の側室が居ても。 茶々は嫌だと突っぱねているのだが…今の前にいる彼女はただ嫌がっているようには見えなかった。 彼女自身、内心では秀吉に惹かれているのだとが見てもわかったくらいだから。 「茶々様強情だなー」 「……そなたに何がわかる」 「わからないですよ。私に茶々様の気持ちなんて。親が殺されたわけでもないですから」 はっきり口にして、しまったと舌打ちした。 「す、すみません。えと…その…」 「………」 「あー…えと、じゃあ、茶々様はどうしたいんですか?結局。泣いちゃうほどなのに、嫌だと言っても、相手にはただ拒絶されたとしか思えないから、ずっとこのままですよ?」 この先の展開を考えると、茶々は秀吉の側室になる。 は歴史を知っているからそれを知っている。 自分がどうしようが、これは決まっているのではないだろうか? 「秀吉様は茶々様にとって親の仇ですけど、茶々様にとって、それだけに見えないです」 「見えない?」 「本当に秀吉様が嫌いならば…なんでそばにいるんですか?命令だから? 本当にそばにいるのが嫌なら…無茶を承知でここを出ればいいのに。でも離れたくないんですよね?秀吉様のそばを」 茶々の目から再び大粒の涙が零れた。 はぎょっとし、周囲を窺ってしまう。 完全に自分が泣かせたと思ったから。 「あ、あの。ちゃ、茶々様!?」 「すまない…けど…もう少し考えてみる…」 茶々は穏やかに笑った。 *** 考えてみると…。 は茶々。淀殿の事をどのくらい知っているのだろうか?と。 知っている。と言うのはこの場合歴史上の人物としてだろう。 (息子を溺愛している人とか…豊臣が滅亡する原因になった家康との対立とか… 噂的なもので、実は浅井長政ではなく、父は織田信長らしいとか…) 跡継ぎのできなかった秀吉にとって、淀殿は唯一秀吉との間に子を儲けた人。 その為に、正室のねねよりも側室の彼女が実権を持った。 性格は強気、高いプライドの持ち主など…。 (秀吉様の側室になったのも、浅井の血を絶やさないとか、天下人にさせる為とか…) 先程の茶々も言っていた親の仇に対して利用してやろうと言うような。 (けど…さっきの茶々様を見ると…それもなんか違って見える…) 仇である男に惚れてしまい、どうしたらいいのか迷っている。 好きなのに、相手に対し想いとは逆の言葉と態度をぶつけてしまう。 本当は泣いてしまうほど相手が好きだと言うのに…。 (利用とか関係なく、本当に好きになったから側室になった…ってのもありなのかも) 息子の為とはいえ、その後の淀殿は豊臣を守ろうとしていたではないか。 「なんだ?難しい顔をして」 「………」 考え込むは話しかけられたことも気付かず素通りしてしまう。 それが相手には面白くなかったようで。 「いたっ!なによ!人が考え事をしているってのに!」 頭を何かで叩かれた。 「声をかけた相手を無視するお前が悪い」 「あ。三成」 秀吉とねねを両親のように思っているのだが、以外にもそう思う人たちがいる。 秀吉の子飼いと呼ばれる者たちで。 その中の一人石田三成がを呼び止めたのだ。 彼は無視されたことに苛つき手にしていた扇での頭を叩いたのだ。 「なんだ?考え事など。珍しい…雨でも降るか…いや、この場合槍が降るだろう」 「失礼ね。私だって色々考えます」 「夕餉は何が出るとか、この後何を食いに行こうとか。そんな事だろう?」 本当に失礼だなと呆れてしまう。 「違うっての」 「じゃあなんだ」 「…なんだって聞かれてもねぇ…」 茶々の恋についてなどと言えるだろうか? いや秀吉に近い三成はそれなりに知っているような気がする。 (三成はどの辺まで知っているのかな?) 茶々のあの態度には好意が隠されているのだが、秀吉には単に嫌われているとしか映っていないようだし。 三成がそこまで人の恋に敏感だと言うのも妙な話だ。 「だから、なんだ?と聞いている。人を無視して考え込むな」 「ぬー」 鼻先をつままれた。 「ちゃ、茶々様だよ」 「茶々姫に何かされたのか?」 三成の眉間に皺がよる。 「さ、されていないよ。ちょっとお話しただけ」 三成もが三姉妹とあまり接しない事を知っている。 だから、彼女らと何かあったのかと心配したらしい。 「そうか…」 になにかあれば普段は天邪鬼な態度をとる三成でも、話は聞いてくれるし助けてくれる。他の子飼い。加藤清正、福島正則とともににしてみれば、兄のような存在だ。 (私自身がそうだったら…どうしたのかな…) ふとそんな事を思った。 両親が誰かに殺された。そしてその犯人に恋をしたならば? (…時代的になさそうだけどね…親の仇と知らずに出会ったとして?) その後互いの事がわかった場合…自分だったらどうする? (茶々様みたいに悩むのかなぁ…それ以前に恨む気持ちの方が勝るのかな? 普通ならば…平然としていられないし…けど、茶々様は…) 秀吉がそばに置いている。面倒を見ていると言うこともあっていつも顔を合わせている。 (こういう時代だから…なのかな?親の仇って言っても…仕方ない部分もあるような気もするし) 浅井長政の死は、長政が信長を裏切ったからだろう。 秀吉は信長の命令でその戦に出ていたこともある。 その時、長男を信長の命令で秀吉が処刑したとの話もある。 お市にしてみれば、夫だけでなく、息子のこともあって秀吉を恨むかもしれない。 (えー?でも、それって、恨むなら秀吉様じゃなくて信長様じゃないの?) その後、お市は柴田勝家と再婚した。 勝家は秀吉との信長後継を巡って対立し、結果戦でお市とともに自害した。 その時、茶々達は城から逃がされていた。 三姉妹にすれば家族を二度も秀吉に殺されたことになるのだろうか? (時代。だよね…だからかなぁ、淀殿は悲劇の人。とか言われるのって) 秀吉の寵愛を受けて、跡継ぎができても豊臣は滅亡し淀殿も自害した。 変わって、末妹の江は将軍の母とまでなった。 (あれー?でもその時遺体が見つからなかったとかで、生き延びたって話もあるよねぇ) 息子秀頼、真田幸村ともに伝承が残っていた。 (あーそれを言うなら、淀殿は石田三成ともできてたって話もあるし…) 一層考え込んでしまった。 しかも別の方向に。 * 「だから、お前は人を無視してなんだ!?」 「った〜二度もぶった!」 石田三成は苛々していた。 目の前でが難しい顔ばかりするから。 普段からへらへら笑っているような奴が、話しかけても無視をするほど考え込むのだ。 何事だ?と心配になる。 だから話を聞いてやろうと思っても、微妙な反応で。 しばらく放置すると、また思案の渦に巻き込まれていくし。 「なんだ?」 は叩かれた個所をさすりつつも、ふと視線を三成に向けた。 じっと三成を見ている。 「三成はさ…」 「?」 「好きな子に、親の仇だと恨まれていたらどうする?」 「………何をいっておるのだ、お前は…」 の問いかけに反応するのに時間がかかった。 こやつは何を言っているのだ!?と。 「だから、どうする?って聞いているの」 「…………聞いてどうする」 「んー?どうするって言うか…三成ならばどうするのかな?って」 へらっと笑う。 「っ〜き、貴様は…」 「い、いひゃい、いひゃい!みつなりいひゃい!」 思わずの右頬を抓り上げた。 (バカだ、鈍いと思っていたが、本当のバカだな、お前は…) 好きな子に親の仇だと恨まれていたら? そんなわけあるか! (俺の好きな奴はお前だというのに!!) こいつは少しも自分の想いに気付いていないのだなと思い、自分が情けなくなった。 (それとも何か?俺がお前の親代わりの秀吉様たちを裏切るとでもいうのか!?) そんなバカな話絶対にありえない。 そんな事をするはずもない、しようとも思わない。 どこをどう思えば、そんなくだらない事を… 「みつなり、いひゃいーー!」 親の仇だと… 「…………それが、茶々姫のことか?」 ふと浮かんだ人物。 三成は手の力を緩めた。 「そ、そうだよ…あー痛かった…」 力が緩んだことで、の頬から手が離れた。 は恨めしそうに三成を見た。 「秀吉様と茶々姫か…」 「まぁ…ね」 「お前が二人の何を気にしているのかは知らぬが…秀吉様は多分…」 三成は己の顎に手を付ける。 三成が知っている事。 それは、 「多分何?茶々様にとって何か大事な事?」 「………」 「三成?今度は三成が私を無視するわけ?」 「いや…ただ…秀吉様はそれでも茶々姫に幸せになって欲しいと思っているだろう」 「それが…さっきの三成の答え?秀吉様は茶々様に恨まれても、幸せになって欲しいって?」 「…多分な…」 直接三成は秀吉から聞いたわけでもない。 だけど、そうなって欲しいから、ある事を茶々に持ちかけようとしている。 これは茶々にとって喜ばしい話のはずだ。 だけど、秀吉にとっては苦渋の決断で…。 「そっか。なら、茶々様はきっと…嬉しいって思うだろうな」 「なに?」 「あ!…な、なんでもない」 は大げさにかぶりを振る。 「茶々姫が秀吉様に幸せになって欲しいと思われることが嬉しい?」 「な、なんでもないよー」 「お前、茶々姫と何を話した。お前が考え込むほどの事だ」 はなんでもないと口を割る気がないようで、手で口を覆った。 そのまま逃げようとするのだが、それを三成が簡単に逃がすわけもなく。 「言え。なんだ、一体」 「い、いいい言えない」 「怪しすぎる。何かあったとしか思えん…言わぬなら、今度は左頬を抓るぞ」 「!!?」 よほど痛かったのか、はあっさり白状した。 親の仇だと秀吉を恨んでいる茶々が実は、秀吉に惚れているらしいとのこと。 しかも本人はそれを認めたくないのか、想いの狭間で悩んでおり。 たまたまその場に居合わせてしまったは話を聞いていたのだと言う。 「そうか…茶々姫は…」 「私は、嬉しいなって思ったけどね…もしこのまま秀吉様の側室になったならば、 それはきっと、どこかで裏のあるものだっただろうけど。 茶々様が秀吉様を好いているならばさ…問題ないじゃん」 「お前…」 三姉妹と距離を取っていたがそう思うのは意外だった。 意外だが、がそこまで考えているとも思わなくて。 「それでは人が話しかけても無視するわけだな。随分難しい事を考えていたのだな、お前は」 「失礼だなー…でも、変かな?そう思うのって」 「いや…変ではないだろう」 思わず、の右頬に手を伸ばす。 無視されて面白くない。しかもくだらない事を聞かれたと思って抓った右頬。 力が強すぎたのか、少し赤くなっている。 「み、三成?」 「痛むか?まだ」 「う、ううん。痛くないよ」 数回、その頬を撫でた。 「そうか。すまなかったな」 「でさ。再び質問。三成ならどうする?好きな子に親の仇と恨まれてしまったら」 またその質問か。 三成は嘆息する。 もう一度、その頬抓ってやろうか? だけど、バカで鈍い奴には遠まわしに言っても無駄なので。 「どうもせん」 「そうなの?」 「恨まれるも何も。俺の好きな奴はお前だからな。そんな話はあり得ないのが答えだ」 「へー…そうなんだ。三成の好きな人は、私だから…私?」 「そうだ。わかったか?大馬鹿」 三成はの右頬に手を添えたまま、一歩出る。 そしてその手を軽く上げて、口づけを落とした。 「っ〜〜〜!!?」 「大馬鹿にはこのくらいせんと伝わらん」 三成は小さく笑った。 大河「江」を見て思いついた話でしたな。
19/12/30再UP
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