抱き着きたいの!




ドリーム小説
「ありがとうユキさん!」

嬉しいとばかりに幸村に抱き着いた少女

、殿…あなたはいつも…」

それを困惑してしまうのが幸村。
彼女のその行動にどうしていいのかわからないのが幸村の本音だ。



***



「別に考える必要はないだろう。いつもの事ではないか」

「三成殿…それは…」

思わず友の前で愚痴ではないが、ぽろっと漏らしてしまった幸村。

「抱き着かれて問題でもあるのか?」

「あ、あります!年頃の女子が軽々しくそのような行動をとられるのはいかがなものかと」

拳を握って力説してしまう幸村に三成は呆れた。

「お前はの父親か」

「お、お館様に守役を命じられて以来、ずっとお守りしていたので、つい」

幸村とは幸村が武田家に仕えていた頃からの付き合いだ。

「と、とにかくですね」

幸村は咳払いしてから一言。

「軽々しく殿方に抱き着くのはよくないと思います」

「…そうか…」

「やはり一度殿には強く言わねばならないです」

「お前がそれでいいのなら、別にかわまんがな」

使命感のようなものが出ている幸村を置いて、三成は一人茶を啜った。



***



「あいつは昔からそうなのか?」

執務中。三成はそばに居た左近に問うた。
もちろん筆は置かずに。

「あいつとは?」

「すまん。幸村…とか」

「幸村と嬢ちゃんですか?何がそうなんですか?殿」

それだけでは流石に左近もわからないようだ。
たびたびすまんと三成は言いつつも、先日の幸村の話を左近に洩らした。
左近はあぁと頷く。
彼も幸村ととは武田に居た頃からの付き合いだ。

「まぁ嬢ちゃんは昔から幸村に懐いてはいますけどねぇ」

「懐く。だけではないだろう?あれは」

「はははっ。そうですね。まぁ幸村もいまだに信玄公から任された事を反故にすることはできないのでしょうが…」

「幸村はに説教をするようなことを言っていたぞ」

「ほぅ。幸村にできますかね?」

「さぁな。言うだけなら奴にもできるだろうが、それを守るかどうかは次第だろう」

「そうですね」

左近は喉の奥で笑った。



***



そもそも、が幸村に抱き着くような嬉しい事を。
幸村がにしてあげているから、彼女は抱き着き喜びを伝えているのではないだろうか?

「本当!嬉しい〜!!ありがとう、ユキさん!!」

「わ。殿!」

今日も同じことが。
ぎゅうっと幸村に抱き着く
顔を赤くし、困惑する幸村。

「あ、あのですね。殿…そう言う事を軽々しくしてはいけません」

「そういうこと?」

「その…わ、私に抱き着く、ことです」

「………」

幸村に抱き着いたままで、きょとんとした顔を幸村に向ける

殿は感謝の意を込めてそうしてくるのでしょうが、すべての方にそんな事をしていては、誤解もされますし…好きでもない男にもやらない方があなたの為だと」

「好きでもない男?」

「もちろん。殿の為を思って言っているのですよ?」

「………」

「か、勘違いされたら困るでしょう!?」

は幸村から離れた。
手で幸村の胸を押し返して。

「ごめんなさい、ユキさん」

殿」

「はしたない所見せちゃって。もうしません、ごめんなさい」

は幸村に頭を下げた。

殿。わかってくださったならいいです」

幸村は安堵する。

「じゃあ。私、行くね。今日は色々ありがとう」

「あ。送ります」

「いいよ。すぐそこだし」

は幸村に背を向け走って行った。



***



「ほぅ…そのようなことになっていたか」

「…うん…私…誰にでもってわけじゃないのにぃ…」

軽く鼻を啜る音が聞こえた。

「そこで引き下がるお前が馬鹿なのだろう」

「煩い、大馬鹿」

は三成を軽く睨んだ。
唇を尖らせ、鼻先を赤くして。
一度泣いたのだろう。

「好きでもない人に勘違いされたら困るだろうって…それはそうだけど…」

は三成に幸村からされた話の事を言っていた。
三成はやって来たを追い返すこともなく、とりあえず室に上げて話を聞いていた。
ちゃんと客扱いして、茶に菓子も用意させて。

「自分だけなのを知らないのだろう、幸村は」

「でも、色んな人にって思われてる〜」

ドンドンと畳を叩く勢いの

「そう思われる何かがあるんじゃないのか?邪な想いでもまき散らしているのだろう」

「ひーどーいー!私、抱き着くのユキさんだけだもん!」

「本能で叫ぶな。聞いているこっちが恥ずかしい」

三成は扇での額を叩く。
しかし、毎度思うが幸村の鈍さにも困ったものだと。
いや、ただ鈍いだけではないだろう。
幸村なりにいまだにを守ろうと言う使命があるからなのだろうが。

(ただの保護者にしか見えんがな…)

言っていることは父親のようなものだ。

「…直接言わないと気づいてもらえないのだろうけど…」

「けど?」

「振られたらと思うと、怖いなぁ…」

は幸村に信玄公からの頼みがあるから、今もこうして居られると思っているようだ。

「お前も大概、面倒臭い奴だな…」

「みっちゃんは言い草が酷過ぎるよね」

「「………」」

直後二人してため息を吐いた。



***



好きな人に、そうじゃないだろうと思われているのは辛い。

あなたが好きです。

そう簡単に言えたらどんなに楽だろうか。
だけど、簡単に言えないのは色々考えてしまうからだろう。
今が良好な関係だから、もし告白して振られてしまったならば。
その後を恐れてしまう…。
周囲には何を弱気な事と言われてしまうだろう。

友達にはあの人が好きだと言えても、本人には言えないし気付いてもらえない。

「ありがとう、ユキさん!」

そう言って、いつも抱き着いてしまう。
そのまま「大好き!」とでも言えばよかっただろうか?
だが。
ただ抱き着いただけで軽々しいと言われてしまうのだ。好きだと勢いで言っても信じてもらえないような気がする。
自分の態度がいけないのだろうか?
そう簡単に人に抱き着くなどないだろうと。
でも、幸村と一緒に居ると、ちょっとしたことでも、好きだと言う気持ちが溢れて来て。
幸村を見ていて、こう…。

「ギューって抱き着きたくなる」

はたと周囲を見回す。
今の発言を誰かに聞かれていたとなると恥ずかしい。

(だけど、やり過ぎたのかな…ユキさんが言うくらいだし…)

時代背景と言うのもあるのかもしれない。
特に幸村みたいな人は奥ゆかしい女性が好みかもしれないし。
自分はどれだけはしたない奴と思われているだろうか。
小言を貰うくらいだ。
だけどそれも、幸村なりに心配などもしてくれているのだろう。

(てかさ…他の人にも抱き着いていると思われるのが心外なんだけど…)

一度たりともそんな事をしたことはないのだが。
でも気を付けるしかないだろう。



その日、幸村からある話を持ち出された。

「お館様の?」

幸村の屋敷。
そこで茶をいただきながら聞いていた

「はい。一度甲斐に行きませんか?私もずっと大阪におりますゆえ、できれば早めにと思っておりました」

は破顔する。

「行く!行きたい!」

思わずは立ち上がってしまうくらい興奮した。

「お館様に会いたいもの!」

王道を夢見てそのあと一歩と言うところで信玄は病没した。
その信玄の墓参りに行こうと幸村が提案したのだ。

「誘ってくれてありがとう!ユキさん!!」

幸村ならば一人で行っても、それか家臣を引きつれていけば済む話なのに。
にも一緒にと言ってくれた。
それがすごく嬉しい。
嬉しいから、つい。

殿に、喜んでもらえてよかったです」

幸村が柔らかく笑う。

「っ……うん。詳しい事が決まったら教えてね」

勢いで幸村に抱き着いてしまいそうになるも、堪える。
もうしないと幸村に約束した以上、我慢しなくては。

「はい。私もなるべく早く調整をしますので」

「いいよ。無理しないで、本当にゆっくりでいいから」

幸村が満足げに頷く。
変わりには口元が引きつりそうになった。



***



「何の拷問なわけ、あれは!!」

「馬鹿か」

三成の屋敷に来ていた
大概、が三成の下を訪れる理由は一つだ。
幸村のこと。

「でも、自分がいかに軽々しいかもわかったけど〜でも、でもあれは辛い!」

ドンドンと畳を叩く
そのうち屋敷の畳はによってダメになるだろうなと三成は内心思っていた。

「何が辛い?」

「ユキさんにギューってできないのが。できないのに、ユキさん…」

「?」

「ユキさん。可愛い顔とか見せるし〜」

「………」

「いいよ、みっちゃん。そのまま黙っていて。言いたい事わかるから」

言わずとも、を見る三成の目が憐れんでいたから。

「私、あとどれくらいで慣れるかなぁ…ユキさんに抱き着かなくなるの…」

「そのうち慣れるだろう。と言うか、そもそもそんな事をしているのはお前だけだ」

「あ、うん。そうですね…」

相変わらずはっきり言ってくれる。
だけど、はっきり言ってくれるから気持ちに整理がつけられるのかもしれない。

「でもねぇ。ユキさん見てると、本当…好きって気持ち溢れてくるよ」

「それを幸村に言えばすべて解決するぞ」

「言えたら苦労していないって」

力なく笑うが相当落ち込んでいると思ったのだろう。
三成が黙って菓子を差し出してくれた。



***



最近、何かが物足りないと思っていた。
それが何かと考えるが思い浮かばない。

「わぁ。可愛い。これいいの?本当に」

と城下を散策していた幸村。
と出歩くのは楽しい。
人々の楽しそうな姿を見るのもいいが、隣でが微笑んでいてくれるのが。

「はい。殿に似合うと思いますよ」

「またまた〜ユキさんお世辞が上手くなったね」

「お、お世辞だなんて、そんな事ないですよ」

通りかかった呉服屋で巾着が売られていた。
可愛らしい柄でが持てば似合いだと思い、も欲しそうにしていたので幸村が購入しに贈った。

「でも、ありがとう。ユキさん」

巾着を手に取り嬉しそうなに幸村も嬉しくなる。
だけど。

「今度甲斐に行くときに使わせてもらうね。じゃあ行こう、ユキさん」

「は、はい」

が軽快に歩き出す。
何かがいつもと違うなと感じた。



その後もたびたびそう感じた。
と一緒に居て、どこか寂しがっている自分が居て。
別に拒絶されたわけでもない、いつもと変わりないことなのに。

「ユキさーん!」

駆けて来た。幸村の目の前で止まる。

「どうしました?殿」

「うん。あのね、みっちゃんが綺麗な手ぬぐいくれたんだよ、ほら」

幸村の目の前で広げる
三成らしい、涼やかな模様の手ぬぐいだ。

「良かったですね、殿」

「うん。こんなに綺麗な柄物があるとは思わなくて。なんか使うの勿体ないね!」

嬉しいと言うに幸村はまたも寂しさが溢れた。

「でも酷いんだよ、みっちゃん。これでしっかり掃除しろって。絶対これ、掃除用じゃないのに」

「そう、ですね」

「あ。みっちゃん来た。みっちゃーん!」

は踵を返し三成の下へ駆けていく。
寂しさが倍増する。
倍増して気付いた。

(距離が遠くなったんだ)

との距離が。
変な話、0に近い距離感だったのに、が自分に一歩引いている感じだ。
抱き着いて来ないからだ。
だが、それは自分がを思って止めた方がいいと注意したのだが…。

(物足りないと思っているのか…内心私の方が喜んでいたのか…)

幸村は情けないと、ため息を吐きながらその場にしゃがみ込んだ。

(自分から遠ざけてしまったのに、今更名残惜しいとか思うのか…)

しかも幸村は言った。
好きでもない奴にそんな事をしては勘違いされて困るだろうと。
自分以外の誰かにが嬉しそうに抱き着いているかと思うと気持ちがへこむ。

殿の周りには色んな方がおられるから…)

自分では到底太刀打ちできないと思えて。

「ユキさん、具合悪いの!?」

足元に影ができたと思ったら、頭上からの声が聞こえた。
顔を上げる幸村。

「い、いえ。そんな事はないです…」

三成もこちらにやってくるのが見える。
早く立たなくては。三成にも気を遣わせてしまうかも。
そう思い立ち上がろうとしたが。

「へ?」

ギュッとに抱き着かれた。

、殿?」

「ごめん。約束破る!」

「え?約束?」

抱き着かれた拍子にそのままその場に座り込んでしまった幸村。

「だって、ユキさんなんかすごく辛そうな顔をしているし。それを見たらなんか…」

「あ、す、すみません」

でも自分もいい加減だと内心笑った。
に抱き着かれてどこかで安堵した自分が居たから。

「ユキさん、本当に大丈夫?痛い所あるなら言ってよ?」

「ないです。大丈夫です、殿」

「本当?」

思わず幸村は腕を伸ばし、そのままの背中に伸ばした。

殿がこうしてくれることに安堵してしまいました」

「え?」

「気づくのが、本当…遅い。よく人から鈍いと言われますが、本当に鈍いですね。私は」

「ユキさん?」

殿、あなたが好きです」

だから、他の誰かの物になって欲しくないな…。
ついでに、他の男に同じことはしないで欲しい。










「なんだ、やっぱり気づいてなかったのか、幸村」

「え?」

三成に言われた。
が喜んで抱き着くのは幸村だけだと。

「お前の中では相当軽い女に見えるようだな」

「ち、違いますよ!」

幸村が慌てたのは言うまでもない。








19/12/30再UP