春に一番近い場所。



ドリーム小説
暦の上では三月で、あぁ、もう春なんだなって思うけど。
実際、まだ肌寒くて。
場所によってはきっと雪がまだ降っていたりするのだろうなって思う。

「んーーーー……はぁ…」

布団の中はぬくぬくしていて温かい。
でも、少しずつ差し込んでくる明るさにそろそろ起きないといけない。
わかっているけど、中々決断できない。

「………あと少しだけ…」

このぬくぬく加減が決断を鈍らせる。
やらなきゃいけないことあるってわかっているけど。
早く起きないと、早く起きないと〜

「っは!」

掛け布団を蹴飛ばしてみた。

「やっぱり、寒い〜でも、動け、私!」

また布団に包まりたくなるけど、我慢だ、我慢。
着替えて、顔を洗って、やる事あるんだよ。
あとどれくらいで、このやり取りしなくなるのかな?




「おはようございます。殿」

「おはよう。ユキさん」

台所に行こうとすると、ユキさんがもう起きている。
本当早いな、ユキさんは。
私がぐたぐだしている間に、すっきり目を覚ましているんだよね。
毎日、朝も早くに庭で鍛錬しているんだよ。

「今日も寒いですね」

「と言われても、そうは見えないよ?ユキさん」

「え?そうですか?」

「そうだよ。だって、体動かしてあったかいって顔をしているよ」

「まぁ…今はそうですが」

ユキさんは苦笑する。
汗とか薄ら掻いているだろうに。
だけど、清々しいって顔をしているユキさんに意地悪してみたくなる。

「いいなぁ。あったかそうで。うりゃ」

「な!、殿!!?」

ユキさんの頬に手を当ててみる。
ひんやりしていた私の指先にユキさんの熱が伝わる。

「冷たくて驚いちゃった?んふふ、ユキさんの驚いた顔ってあんまり観られないから楽しいなぁ」

殿。趣味が悪いですよ…その、私だって普通に驚きます」

「かな?いつも落ち着いているのになぁ、ユキさん」

たまーに、兼続さんと談議に盛り上がってみっちゃんに「煩い!」って叱られるところは見るけど。
さてさて、ユキさんもお腹空いているだろうから、朝餉の準備をしないとね。
ユキさんも汗を掻いたままじゃ風邪をひいちゃうだろうから、着替えるだろうし。
私は台所に向かった。

「…いつもあなたに驚かされてばかりですよ、私は…」

「?」

背後でユキさんが何か呟いたけど、よく聞こえなかった。




ユキさんと二人で暮らすようになったのは、秀吉様が天下を治めるようになってからだ。
今までは武田家にお世話になっていたけど、武田家は残念ながら滅亡してしまった。
その後、ユキさんの実家…になるのかな?信濃に着いて行ったけど、大阪で暮らす事が決まったから、またまた着いて行った。
大好きだった人たちとの別れはとても寂しかったし、辛かった。
もう会えないんだと思うと。
そこに今まで当たり前のようにいた人たちが、もう当たり前じゃなくなって。

でも、自分はそこで立ち止まるわけにはいかないから、新しい場所で生活しなくちゃならなくて。

寂しいけど、ここでまた出会えた人たちもいるから、前よりは寂しくないかも。
本音を言うと、そこにあの人達もいてくれたら言う事ないのだろうけど。
それは無理な話だから…。

ユキさんと二人だけの生活。
家事は私がすべて引き受けている。
最初はまったく何もできなくて、武田家に居た時も、信濃に居た時も、女中さんってお世話してくれる人が大勢いたから、やる事なくて。

ここは違う。
私がやらなくちゃダメで。
うーん。ユキさんならば、そう言う人雇っても可笑しくないのだろうけど。
不思議とユキさんも自分の手でやろうとする人だったようだ。
力仕事なんかはユキさんに任せる事が普通だった。

傍から見れば、若夫婦に見えなくないだろうなって、たまにほくそ笑むこともあるけど。

って、いやいやいや、何を言っているのだ、私は。

「よろしければ、殿も一緒に来ませんか?」

新しい場所で、少し怖いし、知らない場所だから、不安もあったけど、ユキさんが連れ出してくれたから、今の私があるんだ。
信濃での生活も悪くないけど、どこかでまだ寂しがっている私がいたから。




朝餉を食べて、ユキさんを見送った後、洗濯、掃除とやることはいっぱい。
やっていることは本当お母さん、奥さんみたいだけど。
私は所謂「居候」って奴だから、少しでも何かしなくちゃ、ユキさんのお手伝いをしたいなって思って家事を覚えたんだ。
最初はダメダメだったから、ねね様に頼んで仕込んでもらったんだよね。

毎日同じ事の繰り返しかもしれないけど、今の生活は悪くない。
最初は一生懸命すぎて失敗しちゃうことも多かったけど。
気づいたら、あれ?苦手だったこれが普通にできている。って感じで。

できないからどうしよう?って考えるより、どうしたらできるかな?って考えるようになったら少し気が楽になって。
できるようになったら、今度は、どうしたらもっと手際よくできるかな?って考えるようになって。

あ。私も少しは成長できているのかな?って思えた。
最初は本当できなさすぎて落ち込みはしたけど、いつの間にか普通にできているのが自分でもびっくりした。

他人から見れば、まぁその程度?って思われるかもしれないけど、本人にしてみれば、些細なことでも、少しでもできた、変われたかもしれない自分が嬉しいものなんだよね。




午前中にできることはやってしまうのが、私のやり方。
午後になるときっと面倒臭がってしまうから。
昼餉は朝の残りものを食べて済ませちゃうか、たまに誘ってくれる友達と一緒に食べたりもする。

「いらっしゃい、みっちゃん」

みっちゃんは石田三成さん。だけど、なんか「みっちゃん」って呼んでしまう。
最初は煙たがられたというか、馬鹿か、こいつは。って目を向けられたけど。
今では、みっちゃん呼びも慣れてくれたみたいで文句を言われなくなったけど。

みっちゃんはユキさんのお友達。
兼続さんと3人で仲がいいんだ。
色々語り合っちゃうし、けど、たまーにみっちゃんが一人でふらっと訪れてくれることがある。

「まだまだ寒いね」

「そうだな。だが、昼間はそうでもないだろう」

だから縁側でいいみたい。
座り込んだみっちゃんにお手拭とお茶を出す。
お菓子も一緒に出したいところだけど、みっちゃんは甘いものは好きじゃないって。
そんなに食べる方でもないから、お茶だけでも十分みたい。

「もう少ししたら桜も咲くね。ちょいちょい咲いているところもあったけど」

「そうだな」

「梅が見頃なのかな?それとも過ぎちゃったかな?この時期は色々見られていいね」

「そんなものか?あまり目を向けることはないからよくわからん」

「じゃあ、今度からは気にしてみるといいよ。少しでも気持ちが和むし」

多分だけど、みっちゃん。何か嫌な事でもあったのかな?って思う。
用事があってここに来る時って、一人じゃなくてお供に左近さんを連れていたり、兼続さんと一緒だったりするから。
でも、一人だと言うと、決まって何かあったみたいで。
私じゃ何ができるってことでもないから、まぁみっちゃんの気が済むまで好きにさせるんだ。
そのうち、ユキさんも帰ってくるだろうし。

「みっちゃん。この後すぐ帰っちゃう?」

「ん…別に急ぎの用はないが…」

何も考えたくないって感じかな?反応する声が少しうわの空っぽい。

「じゃあ、ご飯食べて行きなよ。私、みっちゃんの分も用意するよ」

「………」

「何?その無言は。そりゃあ、ねね様に家事を仕込まれたけど、ねね様に比べたら未熟ですよ?私は。それでもユキさんは毎日美味しいって言ってくれるし」

「ふっ…惚気か?」

「の、惚気じゃないもん」

「幸村はお前の作るものならなんでもいいだろう」

「そ、そうかな?」

「そうだ。よく聞かされる。いついつ食べた何が美味かったとかな」

うわうわうわ。
みっちゃんを少し励ませたらいいなと思ったのに、私の方が嬉しくなっている。
本当かな?
ユキさん、そんな事話してくれるんだ。
けど、みっちゃんがわざわざそんな嘘を吐く人じゃないから、本当なのだろうな。

「でも、ユキさんも嘘は吐かないから。みっちゃんも食べて行ってね」

ユキさんは嘘が吐けない人だろう。
みっちゃんは必要があれば嘘も使う人かもしれないけど。
私に吐く嘘なんてないだろうし。

「仕方ない。馳走になろう。だが、不味いものは食わんぞ、俺は」

楽しそうに笑ってくれている。
うん。少しはみっちゃんの気持ちは晴れたのかな?
何があったかなんて、私にはわからない事だけど。

普段は、みっちゃんが来てくれる事もあるけど、こっちでできたお友達。
甲斐ちゃんや稲ちゃん達と遊ぶこともある。
稲ちゃんはユキさんにとってお義姉さんだから、稲ちゃんは何かと気遣って様子を見に来てくれる。
甲斐ちゃんも稲ちゃんも武芸に長けている子だから、二人にならって私もやってみたいなと密かに思っている。
少しぐらいこう…護身術的なものがあればいいかな?とも思えたし。
だけど、それをユキさんに話してみたら、なんか、こう…絶句していた。

「それはそうだろうな。が二人みたいになったら困るとでも思っているのだろう幸村は」

「えー、それ二人に酷いよー。って言うか、かっこいいじゃん、二人とも。あとあと、ァ千代さんとかも。一番なのはねね様だよね。ねね様カッコいいよーあ、違う。カッコ可愛いだ!」

家事もできて、強くて、優しくて、でもって、可愛くて。
素敵な奥さんだよなーって思う。
理想の奥さんだと私は思う。
いつか、ねね様みたいな奥さん、お嫁さんになれたらいいのになぁって。

「それは…やめておいた方が幸村の為になる」

「な、なんで、そこでユキさんが出て来るかなー」

「幸村の嫁になるだろう、そのうち」

「い、いや、いやいや…その、ないと思うし、ユ、ユキさんにはもっと素敵な人いるだろうし…」

「たまに、思うのだが…お前のその否定的な態度はなんだ?幸村に対して特に」

「や…別にユキさんが嫌いとかじゃなくて、た、単に…は、話のネタにされるのは恥ずかしいからで…」

実際。ユキさんと私の関係って家族って奴なのかもしれない。
ユキさんはお父さんみたいな、お兄さんみたいな。

「………もっと貪欲になった方がいいな、お前は」

「はい?」

「ここに来てから、お前は変わったと幸村は言っていた。前より笑うようになって、行動的にもなったと。ふさぎ込んでいたお前を幸村は知っていたからだろう。
だけど、まだまだだな。まだ変われる部分があるようだ。特に幸村に関してな」

「みっちゃん…恥ずかしい台詞禁止」

「事実だ。色々なことに成長できているお前ならば、幸村の事に関しても成長できるのではないか?ただ餌付けするだけで満足するのはどうかと思う」

「餌付けって言わないでよー」

むぅ。なんかみっちゃんの態度が本当、いつも通りになってきた。
私をからかうことでストレス解消させているみたいだ。

でも、まぁ…みっちゃんの言う通り。
まだ、どこかでユキさんに遠慮というか、壁というか、なんと言えばいいのかな?
私の事はいいから、大丈夫!って強がっている部分はあるかもしれない。
引け目?
今頑張っている理由が、居候の身だからとか?
まだ、本音をユキさんに言えないって事かな…。
うーん。でもさ、家族でもこう…ぶっちゃけられない部分もあるような?
家族ならば、話してごらんって事かな?

「同じ家に住んでいるからと言って、互いにわかり合えているとは限らないだろうに」

「うぉ。みっちゃん、心の声読んだ!?」

「顔を見ればわかるだけだ。と言うより、俺はお前にそんな家族の部分を期待しているわけではない。一人の女として幸村はどうなんだ?って話だ」

みっちゃん。ぶっちゃけすぎだよ。
恥ずかしい。

「みっちゃんとそんな話をすると思わなかったんですけど?」

「そうだな。俺もそんな話をするとは思わなかった」

一応みっちゃんなりに心配をしてくれているのかな?
だけど、みっちゃんも損な性格だな。
こうして人の心配もしれくれる、いい人なのに。友達思いなのに。
つい、相手を怒らせるような事を言っちゃうんだから。
みっちゃんの場合、売られた喧嘩は買う。じゃなくて、売った喧嘩は売りっぱなし。みたいなところだよね。

「何か言いたそうだな?

「いえいえ、別に」

口でみっちゃんに勝てるわけがない。

「お。やっぱりここに居た」

「なんだよー捜しちまったじゃねぇか、頭でっかちー」

「清正さんと正則さん」

庭からだけど、二人が入って来た。
みっちゃんを見れば、あーあ。あからさまに嫌そうな顔をしているよ。
ふむ。どうやら今日何かあったのは、この二人とみたいだな。

「何か用か?」

「用ってわけでもないんだが、ほら、正則」

「お、おう。そのー…わかんねぇ所からあるから、今度はちゃんと話を聞くから教えて欲しいんだよ」

「………」

正則さんと喧嘩したんだ。みっちゃんは。
だけど、正則さんの方が折れてくれたみたいだ。
多分、清正さんがそうする方向に流してくれたのだろうけど。

「ま、まぁ…お前にやる気があるのならばかまわん」

みっちゃんにしては上出来なのかな?
嫌味の一言でも言いそうなのに。
ま、みっちゃんとこの二人はもっと付き合いが長いらしいから。
その辺わかっているのかもしれない。




「なんだかんだで、仲良く3人で帰って行ったよ」

「そうなんですか」

夕餉の時間。
みっちゃんは結局、清正さん達と帰って行った。
なので、ユキさんと二人だけの夕餉。

「ねね様みたいな方が理想の奥さんだって話したんだけどね、なんだろう、清正さんに女として必要な素養が忍術って言われた。私、本気でねね様に弟子入りした方がいいのかな?」

「り、理想の奥さん、ですか…」

「そうじゃない?だって、ねね様ってなんでもできるすごい人だもん。私もねね様みたいになりなーって」

あれ?
ユキさん、微妙な顔をしている。
そう言えば、みっちゃんもその時呆れた顔をしていたけど。

「ユキさん?」

「あ。いえ、そうですね。おねね様のような方を目標にされるのはよいかと。ただ…」

「ただ?」

「えと…殿がおねね様のようになられたら、少し怖いかなと…」

「え?」

怖い?
家事もできて、笑顔の素敵な、そして強くて、優しくて、みんなのお母さんのような人なのに?

「あ。わかった。お仕置きが怖いんだ、ユキさんは」

「え!あ、その…」

ねね様は秀吉様の為ならば何でもする人だけど、秀吉様の浮気だけは絶対に許さないんだよね。
ま、あんなに素敵な人がいて浮気をする秀吉様に問題があると思うけど。
けど、その度に行われる?お仕置きが中々にすごいらしい。
私もお仕置きをするような人になったら?って事かな?

「別に、そんな事しないよー。ただ、単に憧れているだけだよ、私は」

いつか誰かのお嫁さんになれたとして、ねね様みたいなお嫁さんになれたらなと言う理想だ。

「ま。高望みかな?無謀とも言えるかも」

「そ、そんな事ないです!ですが、その…おねね様のようにならずとも」

「え?」

殿は殿だから、おねね様ではなく、あなたらしいお嫁さんになれば良いと…・」

「私らしいお嫁さん…」

恥ずかしい台詞を聞いたようだけど、なんだかほっこりするような気分だ。
なんだか、自然と笑みが零れる。
ユキさんに笑いかけてしまう。それは照れもあるのかもしれないけど。

確か、この時代って…。
結婚は自由じゃなかったような。
親が決めたとか、主家からの勧めとか。
私はここには親はいないけど、お世話になっている人がいるから、いつかその人達からそう言う話が来るのかな?
相手がどんな人かわからないけど、そしたら。
今みたいに、こうして居られるお嫁さんがいいな。
旦那さんと向かい合って、楽しくお話しながらお食事して…。

逆にユキさんにもそう言うお嫁さんが来るのだろうな。

家督はお兄さんが継ぐだろうけど、ユキさんも分家を守る人だろうし。
それなりの身分の人が、ユキさんの隣にいるのだろうな。

「私も」

「ユキさん?」

「私も…殿にもっと頼ってもらえるような。あなたを守れるような人になりたいです」

ユキさん?
すごく目が真剣だ。
強く、誰にも邪魔をさせない感じで。

殿が、私の妻になっていただけたら…きっととても幸せな事だと思います」

「ユキさんの…お嫁さん…」

「この先、何が起こるか誰にもわかりません。ですが、周りが変わろうとも、あなたが私の隣に居て下されば、私はどんな困難も立ち向かえるはずです」

あ。
花が咲いたみたいな気分。
すごく感動することなんだろうけど、あぁ、ダメだ。
本当。
本当に口が緩む。
心の底から、うわああああ!って叫びたい。

「と、突然で申し訳ない…ただ、なんとなく、今、言わないと後悔してしまいそうで…」

あは、いつものユキさんだ。
顔中真っ赤にして、急に焦り出して。

「ですが、今の正直な私の気持ちです」

「ありがとう。ユキさん」

だって、これってさ。

「私もユキさんと家族になりたいです」

ユキさんと同じ気持ちなんだ。
みっちゃんと話していた時の、家族と同じなようで、違う感じで。
一緒に歩ける。そんな関係なんだろうね。








19/12/30再UP