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秋懐
みんなで見たあの桜。 とても綺麗で、そこだけ別世界みたいだった。 今でも覚えている。 私にとっても、あの人にとっても心地良い場所。 ずっと続けば良いと願っていた。 たとえ、その先を私は知っていようとも・・・・ 秀吉死後、一度まとまった天下は再び崩れた。 徳川家康と、豊臣の世を守ろうと言う石田三成が対立し、戦は避けられないものとなっていた。 諸国の武将たちは家康、三成にそれぞれどちらに着くかを意思表示し始めていた。 真田幸村も友三成と共に進む道を選んだ。 「私は上田で父と兵を挙げます。そして秀忠を迎え討ちます」 「・・・・」 昼間なのに薄暗い部屋。 これから先を物語っているようで苦しく感じる。 は幸村と向かい合って座っていた。 「三成殿は関ヶ原で家康を討つでしょう。少しの辛抱です、殿はねね様のもとへ」 ねね様と一緒ならば危険はありません。 寧ろ一番安全だと言う。 「ユキさん。あのね」 「大丈夫です。何も心配は要りません」 「違う・・・・独りに、しないで・・・・」 「殿・・・」 俯き幸村の袖を掴む。 声が少し掠れていた。 必死で、なんとか発したような。 「ねね様と一緒にと言ったではありませんか、だからあなた独りと言うわけでは」 「独りは嫌なの」 「殿」 「天下なんかどうでもいいよ、あげればいいじゃん、徳川に・・・・・そうすれば、皆戦わなくて済むし」 「・・・・・・それは」 「もう、こんな思いしなくていいと思っていたのに」 「すみません、殿。私は行きます、友のため、自分のために」 何を言っても駄目なのか、無駄なのか。 の胸にチクリと痛みが走る。 は掴んでいた手を放す。 幸村とは目を合わせず立ち上がる。 「ユキさんの馬鹿。嫌い、大嫌いっ」 悔しそうで、泣く一歩手前の顔になる。 はそのまま部屋を出る。 「殿!」 乱暴に閉められた襖。 元々静かな屋敷だから、音は大袈裟に響いた。 「・・・・・・・はは・・・・大嫌い・・・か・・・・」 笑顔で見送って欲しいとは言わないが、これは堪えた。 初めての拒絶。 些細なことでの喧嘩なら今までもあった。 でも、すぐに謝った。 本気でお互い怒っていなかったのだろう、謝った後に照れ臭そうに何度も笑った。 これは違う。 自分からも彼女を遠ざけた。 良かれと思ってのことなのに。 独りが嫌だと言った、だったら一緒に連れて行けばの気は治まるのか? 違う。 そのような事はできない。 これから戦場になるであろう場所になんか連れて行けない。 しばらくの辛抱だ。 少し我慢してくれればまた前のような生活に戻る。 そうしたら、あなたを迎えに行きます。 だから、待っていてください。 ただ。 この言葉を直接言える勇気が幸村にはなかった。 「。迎えに来たよ、しばらく私と一緒にいようね」 ねねがの前に姿を見せた。 「ねね様・・・・」 ずっと泣いていたのだろうう、目も鼻も真っ赤で。 「酷い顔だねぇ」 「す、すみません。ずっと、涙が止まらなくて・・・・」 しゃくりあげながら、鼻を啜る。 ねねの顔を見たら、また涙がこみ上げてくる。 「ほら。泣かないの。幸村はなんて言っていたの?」 「ねね様と、一緒ならば安全だって」 「うん。大丈夫だよ、私と一緒にいれば」 「友だちと自分のために行くって・・・・・・馬鹿みたい」 「そうかい?」 「私は残されるのに。今度こそ独りになっちゃう・・・・」 今度こそ。 蘇る記憶。 大切に思った人たちとの別れ。 「私がいるからでしょうか?私なんかがいるから」 「、落ち着いて。の所為で戦が起こるわけじゃないんだよ?」 「でも、御館様も、信繁様も信廉様も・・・・高坂様も、馬場様も・・・・みんな・・・・・」 ねねはの頭を優しく撫でた。 武田にいた頃もこの子は周囲に愛されていたのだなと、そしても周りを愛していたのだと。 泣くのはいつも女だ。 ねねは自分でも戦場に立ち、大事な人の為の役に立とうと頑張れた。 でも、は違う。 いつも待たされる身で、後から結果を聞かされる。 もし、武田信玄が早くに病死しなかったら世は変わっていただろうか? 彼も民たちが笑って暮らせる世を望んでいたと言う。 だから、彼が天下を取っていれば少し早くに穏やかな世が来ただろうか? が幸村と一緒に笑って暮らせていたのではないか? だが、それは“もしも”の話であって、今考えてもしょうがないことである。 「大丈夫だよ、帰ってくるよ、幸村も三成も、みんなね」 の肩がビクッと動く。 「え?なに?」 小さく聞こえた言葉。 「・・・・・・三成さん、帰ってこないもん・・・・左近さんも・・・・・・」 「?」 「ユキさんは大阪城で・・・・結局徳川の天下になるから・・・・あ」 はハッと口を噤む。 ねねは目を見開いて驚いている。 これは言ってはいけないことだ。 歴史の流れは変えてはいけない。 歴史の授業で何度も習った関ヶ原の戦い、大阪の陣。 簡単な流れしか教わらないが、個人的に小説を読んだりして大まかな流れは知っている。 だから、今までも黙っていた。 武田が滅ぶと知っていても。 でもどこかで期待していた。 これは自分の知る歴史の流れとは違ってはいないかと? 真田幸村と言う存在が武田にいた記述はない。 確かに真田家は武田に仕えていたが、それは祖父の幸隆や伯父たちだ。 「。私やうちの人はがどこの生まれでどこで育ったかなんて今まで気にしたこともなかったよ」 これからもそうだと思う。 でも。 「今のの言葉は聞き逃せない。は何故知っているの?そして、それは本当のことなの?」 「ねね様・・・・」 ねねはの手を取る。 「本当はね、私も嫌なんだ。三成や清正たちが争うこと」 ねねにとって秀吉に仕えた子たちは皆、自分の子ども同然だった。 彼らもまたねねを母と同じように慕っている。 今回のことで加藤清正はわざわざ会いに来てくれた。 でも止めることも何もできなかった。 「みんなが笑って暮らせる世を作る。それがうちの人の夢だった。果たせたはずだった。なのに」 その子どもたちがそれを今壊そうとしていた。 「ねね様。私」 は泣くのを堪える。 涙をグッと拭う。 はねねに自分の出生、知っていることを話し始めた。 本当はいけない事だとわかっていても。 大事な人たちをまた失うのが嫌だったから。 *** 上田では幸村の父昌幸と共に家康の息子秀忠の軍との戦が行われていた。 地の利を利用した策で徳川の兵を打ち倒していく。 そして、更に有利にさせる援軍が上田にはいた。 友直江兼続と前田慶次だ。 彼らの主家である上杉家も豊臣側についている。 ここで秀忠を合流させなければ、関ヶ原では自軍の有利になる。 「幸村!」 「兼続殿。あと少しですね」 ちょうど徳川の兵がひいているので、こちらは補給や負傷者の手当てなどに追われていた。 幸村は辺りを警戒しながら見回りをしている。 「ああ。これで三成が関ヶ原で家康を討てば」 「大丈夫です、きっと」 「お前は大丈夫なのか?」 兼続は小さく笑う。 「私、ですか?・・・・大丈夫とは?」 「戦っている時は気にもならないが、今みたいに一人でいると辛そうな顔をしている」 「え」 「心配なのだろう?殿が」 幸村の顔が曇る。 「・・・・・殿の顔が・・・笑った顔が思い出せないのです」 「幸村」 最後に見た、泣きそうな顔しか思い出せない。 とは沢山の時を一緒に過ごした。 いつも笑顔を向けてくれていた、その笑顔が幸村は好きだったのに。 どうしても、今思い出せない。 「それに、大嫌い・・・と言われてしまいました」 「仕方ないことではないのか?我らにはこの道しかなかった」 「兼続殿」 「私も付き合ってやる、当然三成も連れてだ。この戦が終わったら殿に叱られに行こうではないか」 だけに済めばいいが、ねねにも説教されそうだと兼続は笑った。 「だから勝とう、幸村。お前はまだ終われないのだ」 「はい」 言えなかった言葉を沢山伝えるために。 以前、三成に言われた。言葉にしないと不安か?と。 (この事に関しては言葉にしないと不安です、三成殿・・・・) そう言ったらあなたはどんな顔をするでしょうか? 「申し上げます!」 二人の下に伝令兵がやってきた。 内容を聞いて二人は驚いた。 そして言葉もでなかった。 *** 上田から急いで大阪に戻った。 早馬で最短距離を進み。 兼続と慶次も一緒に。 「三成殿!」 「遅いぞ、お前たち」 「遅いと言われましても・・・・」 「これでも早い方だと思うが?」 不機嫌な顔で出迎えてくれたのは三成。 左近はその後ろで苦笑している。 「俺はこんな屈辱初めてだ」 「確かに聞いたことはありませんねぇ」 三成は幸村たちに背を向ける。 「兼続、行くぞ。お前にも説教が待っている。当然前田にも」 「やっぱ俺もあるのかい。参ったね。で、幸村は?」 「こいつはねね様ではなく、他の者に説教されるべきだろう?ねね様からもそう言われているのではないか?」 「は、はい」 「行ってこい、幸村。あとで私も会いに行く。そして久しぶりに皆で何か美味いものでも食べよう」 三成たちは幸村を残して行ってしまう。 幸村は少し緊張しながら屋敷に向かった。 実に可笑しな話だった。 あの時、伝令兵はこう伝えてきた。 「申し上げます!関ヶ原にて西軍、東軍。両軍共に敗走!上田での戦も早々に止めるようにとのことです」 「・・・・両軍共に、敗走?」 「何故だ・・・いったい」 「三成殿たちは?皆、無事なのか?」 「はっ。石田三成様、徳川家康様。共に」 「?」 「それと、幸村様にこれを預かってまいりました」 伝令兵は懐から文を取り出し幸村に手渡す。 「文?・・・」 急ぎのもので、三成からもしれないと、幸村は文を読む。 「あ・・・・・・」 「幸村、三成か?」 「いえ。ねね様からです。早く帰ってこいと。大事な子を泣かせる子にはお説教だと書いてあります」 「・・・・もしかして、関ヶ原で両軍が負けた相手と言うのはねね様か?」 「そのようです。誰もねね様には頭が上がりませんから」 あの太閤殿下ですらそうだった。 家康が黙るのも無理はない。 その後、両軍は撤退、各地で起きていた小競り合いの戦も同様に終結した。 屋敷の門を潜る。 この屋敷には奉公人などおかず、ずっとと二人で暮らしていた。 家族同然の生活。 たまに賊討伐とかの命で留守にすることはあったが、は渋りながらもいつも見送ってくれた。 「ユキさん、無理しないでね」 帰ってくれば、笑顔で出迎えてくれた。 「おかえり、ユキさん。どこも怪我とかしていない?」 それが当たり前みたいになっていて。 自分のしたいことをいつも反対せずに押してくれた人。 でも、今回は違った。 言葉も行動も何もあげられず出てきてしまった。 「殿。ただいま戻りました」 と言っても反応がない。 仕方なくあがる。 中は以前と変わらず綺麗に片付けられている。 縁側に出ると、庭に干された布団が。 急に生活感が現れた。 「?」 一つ一つ部屋を覗くがの姿はない。 台所に向かうと、鍋に味噌汁が、釜に炊きたてのご飯が。 おかずが数品置かれている。 今度は浴室に向かうと、風呂も沸かされている。 「殿・・・・」 こんなにもいつもと変わらない屋敷の中なのに、いて欲しい人の姿がない。 さっきまでここにがいた痕跡は沢山残されているのに。 幸村は縁側に腰を下ろし頭を抱える。 がここにいないと言うだけで、寂しさ、不安、涙がこみ上げてくる。 やはりまだ思い出せない、彼女の笑顔。 「殿。どこに行かれたのですか・・・・」 隠れているなら早く出てきて欲しい。 それでも姿を見せないのは、自分に会いたくないから? まだ嫌われたままのか? カラカラカラ・・・ 玄関の方で音がした。 ハッと顔をあげるとが歩いてくる。 「ユキさん・・・・早いよ」 「・・・・・、殿・・・・・え、あ、早いとは?」 何か荷物を胸に抱えている。 「まだ出迎える準備してないもん・・・」 「出迎えるとは、私をですか?」 「ユキさんの家じゃないの?ここは」 「・・・・・そ、そうですが・・・・いてもよろしいのですか、私は」 「そう言うの、ユキさんが私に言う立場じゃないの?ここはユキさんが秀吉様から与えられた家でしょ?」 「そんな。私はあなたにそのような事言いません。言おうなどと思いません。寧ろ・・・」 幸村は言葉に詰まる。 言ってもいいのか。 幸村が迷っているとは奥へと姿を消してしまう。 やはり以前と同じようには行かないのだろうか? だが、すぐさまは戻ってきた。 盆を手にして、幸村の隣に腰を下ろす。 「はい、おしぼり。お茶と豆大福」 「え」 「ユキさんの好きなもの。まだ帰ってこないから平気かなと思って買いに行っていたの」 だから屋敷を空けていたというのか。 「おかえり、ユキさん」 「殿。私は」 「良かった、みんな無事で。誰一人いなくならないで。私また残されるのかと思った」 信玄公が亡くなってから、時間があっという間に過ぎて、大切な人たちは皆いなくなってしまった。 今回もそうかもしれないと思って怖かった。 でも、ねねに全てを話し歴史を変えてしまった。 ねねに話した所で何が変わるとも思えないと思ったのだが、ねねは自信たっぷりに言った。 「みんなが笑って暮らせる世を作るためには、みんながケンカしちゃダメなのよ」 「だからって」 「大丈夫。私が行ってみんなにお説教してくるから」 そう言って飛び出して行ったのだ。 ねねにすれば小早川秀秋が裏切るかもしれないと言うのが堪えられなかったのかもしれない。 それで戦況は大きく変わるのだから。 そして本当に関ヶ原の戦いはねねの乱入によって終わりを告げたと言う。 左近が後から教えてくれたのだが、家康や三成を座らせねねは説教をしていたと言う。 中々見れるものではないと笑っていた。 「私のしたことって良いのか悪いのか決められないけど、私はこれで良かったと思う」 「殿のしたこと?」 「あ。そっか。ユキさんは知らないもんね。うん、知らなくてもいい事だよ」 武田にいた頃も歴史については誰にも言わなかった。 遠い場所から来たのですとしか言わずに。 それを信じてくれたかはわからないが、あの人たちはを邪慳に扱わず迎え入れてくれた。 「教えて欲しいのですが・・・・駄目ですか?」 「ごめんね。ねね様と約束したから。もう誰にも言わないって。別にユキさんが知らなくても何も問題はないよ」 「そうですか・・・でも」 幸村は庭へと目を移す。 「良かったことだと、私は思います。ねね様のおかげで殿を独りにせずに済んだのかと思えば」 戦に向かう前に言われた言葉。 三成や自分たちが勝つだろうと信じていたが、の今の言葉だと果たしてそうなったのか疑問に思った。 幸村はおしぼりを取り軽く手を拭く。 が買った豆大福を一口食べる。 「美味しいです」 「良かった。ユキさん、好きだもんね、この店の豆大福」 「はい・・・・あの、殿」 「これからどうなるかな?」 「え」 「ちゃんと義の世の中ってのになるかな?もう戦は起きないかな?」 「秀吉様だけでなく、御館様も望んでいたこと。私はそうであって欲しいと思います」 「そしたら、また来年の春。みんなで桜見よう。秀吉様はもういないけど」 満開の桜を見た。 みんなと一緒に。 ずっと続くかと思ったけどそれは叶わなかった。 でも、またやり直せる、そう思いたい。 「行きましょう。三成殿や兼続殿、皆で」 「うん。絶対ね」 は嬉しそうにふわりと笑んだ。 「あ・・・」 ようやく見れた、彼女の笑顔。 どうしても思い出せなかった好きなもの。 今まで沢山敷き詰められた不安などが一瞬にして消え去った。 「ユキさん、なんで泣いてるの?」 涙がポタリと落ちた。 「嬉しいからです。殿がそばにいてくださるので。独りじゃないと安心しました」 本当に戻ってきたのだと感じて。 「ユキさん」 は優しい目で幸村を見つめる。 「ずっと謝りたかった。あの日、ユキさんに大嫌いなんて言って。私の本当の気持ちじゃないからね」 「殿」 「好きだよ、ユキさんが。ずっとずっと好きだった」 「私もです。あなたを好きでした。そしてこれからも」 幸村はの手を取る。 「もう独りにさせません。ずっと一緒です」 「うん。私もユキさんのそば離れないよ」 来年も一緒にあの満開の桜を愛でよう。 来年だけでなく、ずっと一緒に。 06/05/19
19/12/30再UP
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