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見つめる先にあの人が。
「くのいち、いるか?」 真田幸村がそう言えば 「はいはーい、ここにいますぜぃ」 と瞬時に彼の前の現れる少女、くのいち。 「御館様からのご命令だ、やってもらいたいことがある」 「まっかせてください、幸村さま〜」 「あぁ」 くのいちは本当に影の者かと思うくらいに明るく振舞う。 そして幸村から与えられた命令を素早く遂行するのだ。 幸村がくのいちと声をかければ姿を出すのは彼女。 これをいつも寂しそうに見ている子がいた。 名前は。 はくのいちと同じ忍びだ。 そうくの一。 けれど、幸村に直接仕えているわけでもない。 忍びの術などくのいちに比べればまだまだで戦場に出ているわけでもない。 主に各地の偵察を任されている。 その他大勢に過ぎない存在。 幸村のそばにいることのできるくのいちが少し羨ましかった。 その日、は越後の上杉の動向を探り終えて甲斐へと戻ってきた。 忍びなのだから夜、闇にまぎれて素早く移動すればいいのだが、 今回は商人たちの動きも探れとのことだったので、普通の村娘と変わりない格好で帰ってきた。 旅から戻ってきましたと言うような。 が調べた結果、上杉に不穏な動き、戦を起こすような動きは見られなかった。 他の忍びの仲間とも相談して、一人が先に甲斐へと戻り報告をすることに。 あとは甲斐に他国の間者、忍びが紛れていないかを見て周り頭領に報告だ。 (この活気、甲斐に戻っていたって感じだな) 久しぶりの故郷にの顔は自然と緩む。 信玄が治めるようになってから、国は安定し、商業も盛んになってきた。 今まで行って来た越後は豪族同士の領地問題が堪えずにどこか活気が薄かった。 上杉は今、この問題をクリアしない限り、甲斐に攻める暇もないだろう。 町も特に問題は無さそうだと判断した時、一人の男とぶつかった。 「痛てぇじゃないか、姉ちゃん」 「あ、す、すみません」 とぶつかった男はいかにも感じが悪いごろつきと言うような感じだった。 「あ〜あ〜着物が汚れちまったなぁ。ぶつかった腕も痛てぇや」 「あ、あの・・・」 ちょっとぶつかっただけなのに因縁をつけてくる。 は余計な揉め事を起こしたくなかったので丁寧に謝るも男はニヤニヤ笑うだけだ。 すると男の仲間だろう、数人の似たような格好の男たちがやってくる。 「おい、どうした?」 「この姉ちゃんがぶつかってきてよ。腕が折れちまったようだぜ」 「え!そんな馬鹿なこと」 「そりゃあ、大変だ。医者に見せないとなぁ」 は反論するが男たちは大げさに振舞っての言葉など聞こうともしない。 (どうしよう・・・いつもならば、こんな奴ら軽くのしちゃうけど・・・) だって忍びの端くれ。 普通の男ならば軽く倒すことはできる。 だが、今は昼間で自分たちの周りには多くの人がいる。 なので下手なことはできない。 「そんな顔するなや・・・これさえ出してくれればいいんだよ」 金か。 それで簡単に引き下がるなら渡してもいいが、どうせ高額な値を吹っかけてくるのだろう。 「・・・・・」 こうなれば、男たちの後に素直について行き、誰も見て無さそうなところでのしてしまおう。 (うん、それが一番いい気がする。どうせ人気のないところに連れて行くつもりだろうし) はわざと泣きそうな表情を作る。 「あ、あの・・・私、お金なんてそんなに持ってません・・・」 「金がなきゃ、姉ちゃんが身体で払ってくれてもいいんだぜ」 「え、で、でも・・・」 周りの者は見て見ぬ振り。 まぁしょうがないだろう。 だが、こそこそと話す者の会話から、この男たちはどうやら常習犯らしいことが聞き取れた。 (よし、こんな奴ら悪さしないようにのしてやる!) 多くの人が奴らの所為で泣いているとわかった以上手加減はしないと決める。 「じゃあ、姉ちゃんには付き合ってもらおうか」 「・・・・」 従順な娘の振りってのはちょっと辛いが、後で苛々発散の意味も込めてぶちのめす気満々なので素直に従っておこう。 「いいねぇ、素直ってのは」 だが・・・。 「待て」 「あぁ?」 「?」 の腕を取り連れて行こうとする男たちの前に一人の若者が立ちはだかる。 「か弱い女性相手にみっともないな。見たところお前の腕も大して傷ついてないように見えるが?」 (え!ゆ、幸村様!?) 普段は躑躅ヶ崎の館で信玄のそばにいるはずの幸村ではないか。 は驚く。 「なんだよ、兄ちゃんやるってのか?」 「俺たち相手に勝てると思っているのか?」 「ろくでもない事を平気でするような奴らに負ける気はないがな」 「なにぃ!?」 挑発的な態度の幸村に男たちは完全にきれたようで、幸村を倒そうと一斉にかかっていく。 「あ!」 だが、幸村はこんなごろつきに負けるような人ではない。 戦場で勇ましく活躍する人だ。 簡単に男たちをのしてしまう。 「なんだ、その程度か?しょうがないな・・・・」 「幸村様!」 どうやら彼の配下らしい者が数人駆け寄ってきた。 「あぁ、お前たちすまないがこいつらを取り調べておいてくれないか?どうも城下で悪さをしていたらしい」 「はっ」 のびたままの男たちは幸村の部下たちに連行された。 これで町での治安も少しは良くなるだろう。 幸村の登場、素早い解決には呆然と見ているだけだった。 そんなが怖い思いをしているのでないかと、幸村が思ったのだろう優しい声をかけてきた。 「大丈夫でしたか?」 「・・・・・」 目の前に憧れていた幸村がいる。 は緊張して何も言葉が出なかった。 「もう大丈夫ですよ。怪我などはしてませんか?」 反応が返せない。 「・・・・あ、は、はい、大丈夫です」 「そうですか、それは良かった」 優しく笑いかけてくれる幸村。 (ど、どうしよう〜なんで?なんで?) 早く立ち去りたい気分だ。 「あ、ありがとうございました」 「いえ、当然のことをしたまでです。 もっと早くに気づいていれば、あのような者たちをのさばらせておかずに済んだのですが」 別に幸村が謝ることでもないのだが。 はもう一度深く頭を下げて幸村に礼を言い、立ち去ろうとする。 だが幸村のほうがを呼び止める。 「あの、家まで送りましょうか?」 「え!・・・い、いえ、結構です。大丈夫ですから」 「そうですか・・・で、ではお気をつけて・・・・」 「はい」 は小走りで大通りから人気の少ない場所まで移動する。 「はぁ・・・・びっくりした・・・・まさか幸村さまに助けられるなんて・・・」 いつも遠くからこっそり見ていたのに、会話までしてしまった。 「・・・・最初で最後かな、こんなことは」 幸村がなぜあそこにいたのかは知らない。 それに自分は任務の一つとしてあそこにいたに過ぎない。 また再び影に戻れば会うこともないだろう・・・ 少し時間がかかったが、早く戻って頭領に報告しよう。 *** それから数日、特に命じられる仕事もなく黙々と鍛錬する日が続く。 その中で相変わらず、幸村がくのいちを呼び応じる彼女を見かける。 「くのいち」 「はいは〜い、お呼びですか?幸村さま」 「あぁ、先ほどな・・・」 少し離れた木から二人を見る。 ここからだと幸村は後姿なので表情はよくわからない。 でも、仕事に関係することならばきっと真面目な真剣な顔なのだろう。 くのいちはコロコロ表情が変わっている。 幸村を見上げているのだが、近くでいつも見れる彼女が羨ましく思える。 (駄目だ、こんなの・・・) 二人一緒のところを見て勝手に落ち込む。 なんか最近の自分に嫌気が差してきた。 (・・・真面目に鍛錬しよう・・・) 自分は忍びなのだから影に徹しなくては。 今日の個人の鍛錬は終了。 午後は誰かと一緒に合同でやろうかと考える。 (浅黄か棗にでも頼んでみようかな) 彼女らは自分よりも先に進んでいて戦場でも駆ける子たちだ。 早くそんな二人に追いつきたい思いもあるし。 だが、頭領に町へと行けと言われた。 間者や他の忍びがいないかを探ってくるようにと。 まぁ、いつもの任務だ。 忍び装束から普通の町娘へと姿を変える。 適当にぶらつき、適当な店に入り、民の噂などに聞き耳を立てる。 特に不安や不満はないようだ。 変な噂を流しているような者もいない。 他国からの侵入者はとりあえず紛れていない感じはする。 (特にめぼしい情報もないか・・・あと少し見回ってから戻ろうかな・・・) と、帰りに茶屋でお団子を食べて行くのもいいな。 などと考える。 先日のごろつきを幸村が退治したことで、ここ最近は平穏そうだ。 滅多にここへ敵軍が攻めてくるなどないので平和なのはいい。 こうして民が笑っているのも信玄のお陰なのだろう。 早く自分も御館様の役に立てるように頑張らねばと気合が入る。 (あ、そう言えば・・・) 今、が歩いている通りの先に棗が言っていた美味しい茶屋があるのを思い出した。 ここで浅黄と棗の分も買って帰ろうかと考える。 そうしようと思いが歩き出すと後ろから声をかけられた。 「こ、こんにちは」 「?」 町には特に顔見知りなんていない。 なるべく誰の記憶にも残らないように行動しているから。 不思議に思ったが振り返ると、そこに幸村が立っていた。 (な!なんで幸村さまが???) 「お元気でしたか?たまたまあなたを見かけたので、つい声をかけてしまいました」 少し照れたように笑う幸村。 あぁ、この前の騒動のことで覚えていたのかと思う。 「せ、先日は本当にありがとうございました。何も御礼もでき・・・」 「いえ、礼など。あなたが元気そうなので良かったです」 「は、はぁ・・・」 なんでこの人、ここらをふらふらしているのだろう? 普段は躑躅ヶ崎の館で鍛錬したり、軍議に参加したり、忙しい人なのに。 「あ、どこかへ行く所だったのですか?」 「・・・・そこの茶屋まで。お団子が美味しいと友だちから聞いたので買って帰ろうかと」 隠す必要もないのだが、なぜべらべら自分は話してしまうのだろう。 「そうですか。あ、ご一緒してもよろしいですか?」 「え!?」 「私も食べてみたいなぁと」 「そ、そうですか・・・行きますか?」 「はい、行きましょう」 ニコニコ笑顔の幸村をなんとなく邪険にできずに茶屋まで行くことになった。 なるべく関わりたくない気持ちが大きいのだが、内心嬉しい気持ちもある。 「いい天気ですね〜」 「そ、そうですね・・・」 並んで歩くなんて考えたこともなかった。 いつも遠くから見ていた人だから、それにもう会うこともないと思っていたから。 (あ〜嬉しいけど、今は任務中でもあるのに・・・どうしよう、大丈夫かな?) 忍びとして感情を殺すことなど他愛のないことだった。 なのに今、幸村の隣にいるだけで心臓が早鐘を打ち、段々と身体が熱くなってきている。 緊張しているらしい・・・・ 幸村がたまになにか聞いてくるが、それに関しては「そうですね」「はぁ」みたいな返事しかできない。 そうこうしている内に目的の茶屋へ着いた。 「いらっしゃいませ〜」 茶屋の看板娘が笑顔で出迎える。 「お二人様ですね〜こちらが空いてますからどうぞ〜」 店内は混んでていっぱいのようで、案内されたのは外の縁台だった 並んで座って団子を頼む。 お茶と一緒に出された団子を、二人は黙って食べている。 (なに・・・・してるんだろ、私は・・・) 団子を買って帰るだけのはずだったのに、食べてるし。 「本当、美味しいですね」 「そ、そうですね・・・甘いものお好きなのですか?」 ふと聞いてみたくなった。 は三色団子を食べているのだが、幸村は餡子がのったものを食べている。 「嫌い、ではないですね」 「男性は甘いものが苦手な方が多いと思っていたので」 「そうなのですか?私は全然平気ですね。甘いものはむしろ好きですよ」 「はぁ」 「変ですか?」 「い、いえ・・・変ではないと思いますよ」 「良かった・・・」 幸村は少しホッとしたような顔をし、団子を更に注文して食べているのだった。 「引き止めてしまって申し訳ありませんでした」 「い、いえ」 少しの時間のつもりが長くなってしまった。 はお土産用に多めに団子を買った。 家まで送ると言う幸村に、平気だ、大丈夫ですと断る。 自分が忍びで見回りをしていたなど知られるわけには行かないし 帰る場所なんてもっと知られてはいけない。 ・・・同じ躑躅ヶ崎の館だし。 「じゃ、じゃあ私はこれで」 は幸村に頭を下げて小走りで去っていこうとする。 「お気をつけて・・・・また、会えるのを楽しみにしてますよ」 幸村がそう声をかけた。 立ち止まっただが、振り返ることなく走った。 (次なんて、次なんてないよーー) 自分はあくまで影の者。 武田家に仕える忍びの一人なのだ。 憧れの幸村と時間を過ごせたのは嬉しいが、それ以上は踏み込んではならない。 関わってはいけない。 憧れがもっと形になるのを防げねばならない。 (けど・・・・思った通りのお優しい方だったな・・・) 切ない想いの中にほんのりと温かい想いも感じられた。 の姿が見えなくなるまで幸村はそこに居た。 「いつになったら気づくか・・・・」 幸村は後頭部を掻く。 本当は知っている。彼女がどこの誰かと。 けど、それを自分には悟られまいとしている彼女の為に知らぬ振りをしていた。 「ゆーきーむーらさまっ!またちんにちょっかい出していましたねー」 くのいちが姿を見せた。 ちょっかいと言われて幸村はムッと唇を尖らせた。 「人聞きの悪い事を言うな。たまたま見かけたから声をかけただけだ」 「けど、ちんの仕事の邪魔をしちゃ駄目ですよー」 「お前に言われるとは思わなかったぞ」 特に人の仕事を邪魔しそうなくのいちに。 皮肉を込めたつもりでもくのいちの方はカラカラと笑って気にした様子を見せない。 「あーあー。ちん可哀相〜幸村様に目をつけられちゃって」 「お前な・・・・」 「ま。ちんもボケっとしているから気付かれちゃうんですよねぇ」 くのいちは頭の後ろで手を組んだ。 幸村は苦笑する。 そう。がたまに幸村に視線を向けていた事に、幸村は気付いていたのだ。 嫌な視線、強い視線でもない。くすっぐたく感じる視線に。 幸村も戦場で駆ける武将だ。周囲からの気配に敏感なのだ。 殺意がないとはいえ、あのような熱視線に気付かないわけがない。 「今度、振り返ってみるか・・・どんな反応をするだろうな」 「驚いて慌てて木から落ちるでしょうね」 幸村は声を出して笑った。 忍びが気配を気付かれ、木から落ちるなど困りものだが、その時の彼女の反応を少しだけど見てみたい。 意地の悪い事を思ったと幸村も思うが。 もう見ているだけ、見られているだけでは満足できないから。 あぁ。彼女の反応が実に楽しみだ。 09/10/31
19/12/30再UP
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