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父親。
太閤秀吉。病に倒れる。 噂であって欲しかったが、事実。 秀吉は病で床に就いていた。 政務も五大老である利家や徳川家康らが中心になり、最終決定を秀吉が下すようになっていた。 秀吉の跡取りである秀頼はまだ幼い。 秀頼が取り仕切ることはできず、母である茶々が後ろについているも。 政務に直接かかわることはなかった。 それでも、大半の者は秀吉が病から回復し、以前どおりに政務に励むのだろうと思っていた。 だけど、日に日に秀吉が人前に現れる回数が減っていく。 秀吉と簡単に会うことが叶わなくなってきた。 娘のように育ててもらったでさえ、頼まないと会わせてもらえない状況だった。 そして、今日。 何日かぶりに秀吉と会えた。 「秀吉様…」 「…なんじゃ、…そんなにしょげた顔をして…はは…そんなに心配することないんさ」 またすぐに元気になるから。 そんな風に秀吉が笑う。 が来たから元気になった。と身体を起こして待っていてくれた秀吉。 だけど、見るからに以前とは違い少し小さくなったように感じる。 天下統一を果たした者。 この国を治める者。 そう言う覇気が薄い。 目の前にいるのはただ、病に侵された者…。 (なんか…嫌だな…) そんな風に見えてしまう秀吉に対してではない。 少しでもそう思ってしまった自分が嫌だった。 「そうですよね!秀吉様はすぐに元気になりますよね!」 かぶりを振るようには明るく言い切る。 「おお、そうじゃ。につまらん顔をさせとうないからな」 秀吉が元気に見せようとしてくれているのに、自分が暗い顔をしているのはよくない。 は病を吹き飛ばせたらいいなと思う。 「私でいいんですか?ねね様とか茶々様はいいんですか?」 「ん?そりゃあ二人も大事じゃが、今は目の前にいる娘に対してそんな顔をさせとうないんじゃ」 娘。 そう秀吉の口から言われて胸の辺りがほっこり温かくなるようだ。 娘みたいに可愛がっている。 よくそう言われる。 けど、こうして改めて娘と言われるなんて。 はっきり言ってしまえば、はここの世界、時代の生まれではない。 だから両親もちゃんと元の時代に居る。 けど、そう簡単に会えそうにない。 その事は秀吉やねねは知っている。 二人にはちゃんと話をした。 二人はに言った。 「わしらを親と思えばええ」 と。 あくまで親代わり。 そう自分では思っていただろう。 だけど、清正達も居たから。 彼らと過ごして家とか家族とか、他人同士でも本当の家、家族だと思えたのだろう。 「秀吉様がお父さんで、ねね様がお母さん」 「そうじゃなぁ」 「清正が長男で三成が次男で正則が三男…んー。意外にみっちゃんが三男かな?」 「それもありじゃな。で、が末妹か。賑やかな家じゃな」 「で。利家様とお松様がお隣さんなんです」 実際、過去そうだった。 今も付き合いはちゃんとある。 旦那同士、妻同士が親友だから。 「ずっとみんなで仲良く暮らすんですよ。兄貴達は煩いから本当…」 以前は一緒に暮らしていた。 今は大きな城にはいるが、兄貴達は自分の邸宅で暮らしている。 会えない事はないが、以前とは大きく変わって少し寂しいのは事実。 けど、今を思えばそんなのは…。 「そんな顔せんでもええ。大丈夫じゃ、。わしは娘との約束は守るぞ」 「秀吉、さま…」 約束。 そんな風にはしていない。 単に早く元気になって。 それだけだ。 だからそんなに大層な事にはなっていない。 いないのだが。 明るく振る舞っていても、気付けば笑顔が消えていた。 必死で笑おうとしていた。 「わしはみなが笑って暮らせる世を作りたかったんじゃ。娘を泣かせるような世にはしとうない」 「けど…秀吉様が元気じゃないと、それ、無理です…」 「だから約束じゃ。わしはすぐに良くなる。またねねの作った弁当持ってでかけよう。 そうじゃ。前はの作った握り飯、食えんかったからな。今度はちゃんと忘れずに持ってくるんじゃぞ」 そんな前の話、覚えていてくれたのか。 あの時は単に自分の作った握り飯がねねに比べて不甲斐ないと勝手に落ち込んだからだ。 秀吉はあの時のの小さな嘘を、ただの忘れ物にしていてくれている。 「な?」 「はい。約束、です」 本調子じゃないのに、秀吉は頷き笑ってくれた。 そしての頭を何度も何度も優しく撫でてくれた。 あまり長居をしては悪いし、秀吉には安静に療養してもらわないと。 は退出した。 なんとか涙は出なかった。 泣かずに済んだ。 けど、何度か泣きそうになった。 秀吉の前で泣きたくない。 いや、何か嫌なことがあって泣くなら過去にないわけではない。 けど今回は違う。 秀吉を心配して泣くのはしちゃいけないと思った。 秀吉もに「そんな顔」「つまらん顔」をさせたくないと言ってくれた。 泣いてはいないが、いい顔ではなかっただろう。 次に見舞う日にはできるだけ笑顔でいよう。 逆に自分が心配されてしまうことだけはしないように。 だから今は早く自室に戻って心を落ち着かせよう。 そう、思っていたのに。 「?」 「…っ…」 あと少しで自室だと思っていたのに。 三成が居た。 後ろの左近は手に大量の書物を抱えていた。 政務かな? 単純にそう思って後にすればよかったのに。 「どうした?」 「どうも、しないって」 ダメ。 今はダメ。 誰かに会うと、きっと我慢しているものが我慢しきれなくなる。 しかも、家族と思える人たちの前では尚更。 「忙しいんでしょ?秀吉様療養中だし。ほら、仕事、仕事」 強引だが、三成の後ろに回りその背中を押す。 自分に構わないで。 それを察して。 そう願って。 「左近」 「はい。俺は先に行ってますので」 の願いは叶わず。 寧ろ、三成、左近の間で阿吽の呼吸のごとく。 三成の意を組み左近は立ち去って行く。 「馬鹿が」 左近が立ち去ったのち。 三成は体を反転させた。 そのままは三成の胸に顔を当ててしまう。 「み、っちゃん…」 「無理をするなと言っただろうが」 すっぽり三成の腕の中。 こういう状況、普段ならドキドキして喜ばしいのだろうが。 三成があっさり気づくから。 「だ、だって…」 「秀吉様を見舞ったのだろう?」 は頷く。 「お前が行ったんだ。秀吉様は元気になられるだろう」 「……私、ダメな子だよ…秀吉様に…逆に心配かけちゃった…」 「それは確かに大馬鹿だな」 「本当…大馬鹿だよ…なのに、秀吉様…私と沢山約束してくれて…私の頭、沢山撫でてくれて…本当の、お父さん、みたいで…」 我慢していたのが自分の言葉でぷっつり切れた。 涙が止まらなかった。 「みっちゃん…秀吉様、よくなるよね?」 「あぁ」 「早く元気になって、みんなでまた、お弁当持って、でかけようって…私、今度は秀吉様にもお握り食べてもらうから、頑張るから」 「それで腹でも壊されたらかなわんな」 「酷いよ、みっちゃん」 他愛のない、笑うところなのかもしれないけど。 余計に涙が出る。 止まらなくて困る。 「泣くな、大馬鹿」 「ご、ごめん…」 「いや、いい…泣け。他の奴らも困るだろう、また別で泣きつかれでもしたら」 自分を包んでくれる力が強くなったような気がした。 「秀吉様も、お前が泣いているなどと知ったら、余計に心配なさる」 「秀吉様に、心配かけたくない」 「あぁ。だから、今好きなだけ泣け」 「みっちゃんの、着物…濡れちゃう」 「そんなの気にする事か、大馬鹿…大丈夫だ。秀吉様はお前との約束は守る」 「うん」 そうであってほしい。 自分の知っている、あの未来には繋がって欲しくない。 それは自分のエゴかもしれない。 エゴでもいい。 家が壊れるのは嫌だ。 「秀吉様の手…温かったよ。いつもと変わらないくらい」 「そうか」 「大丈夫だよね、絶対」 「あぁ」 なのに、中々涙が止まらなかった。 だから、約束じゃ。 そう、秀吉は言ったのに。 「…約束…破っちゃダメじゃないですか、秀吉様…」 その知らせを聞いてどうしようもない脱力感に襲われた。 秀吉が死んだ。 と約束を交わしてから、そう日も経たないうちに。 「元気になるって言ったのに…お弁当、お握り食べてくれるって言ったのに…」 深い深い悲しみに襲われる。 だけじゃない、秀吉を慕う者達はその悲しみに襲われている。 「大丈夫か?」 「……うん…」 秀吉の葬儀。 多くの諸大名が集まる。 なにがどう行われているのかにはわからない。 常に誰かの後を着いて行くしかなくて。 今は清正のそばにいた。 「私よりも、清正は?」 「俺はまだいい方さ。誰かがしっかりしないと困るだろ。正則はともかく、三成も動揺が大きいからな」 ついでにの面倒も見てやると清正は言う。 「兄貴が妹の世話をするのは当たり前だけどな」 いつもなら、ノリで返答できそうだが。 兄貴とか妹と言われて、ボロッと涙が零れた。 「…」 「秀吉様と、お話したばかりだったのに…ねね様がお母さんで、清正達が兄で、私が妹で…ひ、秀吉様がお父さん、だって…」 「そうだな。秀吉様は俺達の親父だな。俺達は家族なんだよな」 「秀吉様ぁ…」 子供みたいに涙がボロボロ零れた。 泣いたって秀吉はもう帰って来ない。 けど泣かずにいられない。 きっと自分みたいにこうやって泣けない三馬鹿がいるから。 だから三馬鹿の分も泣くんだ。 「あまりお前が泣いてばかりだと、秀吉様も安心できないだろうな」 わしわしと頭を撫でられた。 少し強くて痛い気もする。 「煩い。兄貴達が泣かないから、私は泣けるだけ泣くの」 「そうかい。そりゃすまないな。3人分も泣くのは大変だ。そのうち涙も涸れちまうぞ」 「涸れたら…もう泣かなくて済むね」 「バーカ。嬉しい時にだって泣くだろうが」 今だけだ。 今だけ泣く。 この先、あの未来に繋がせない為に。 自分はその場合、どうなるだろうか? わからないけど、今選ぶのは、今一緒に居る家族だろう。 わしわし撫で続ける清正の手。 秀吉とは違うはずなのに、あの時を思い出す。 優しく何度も撫でてくれた時。 「清正も…お父さんみたいな手だね」 「それは勘弁だな。まだ嫁もいねぇのに。しかもこんな大きなガキはいらないんだが」 「あれ?妹分から娘に変更?清正パパって呼ぼうか?」 「ぱ…?なんだって?」 「パパ。お父さんって意味だよ」 「遠慮する」 指で額を弾かれた。 涙が止まらないけど、清正に向かって笑みを浮かべた。 11/10/09
19/12/30再UP
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