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月の雲。
綻びが見えた。 「秀吉様!」 は思わず秀吉に駆け寄った。 彼は庭に出て景色を堪能していたのだが、その顔を見てのことだ。 「ん?なんじゃ」 愛娘とも言えるが駆け寄ったことに秀吉の口角も緩む。 だけどすぐさまの顔を見て首を傾げた。 「ん〜どうかしたんか?そんな怖い顔をして」 「あ、あの!」 「誰かに苛められたんか?だったらわしが成敗しちゃる!」 兄貴分たちの三成達か? なんて秀吉は呑気に言う。 「違います。私は、秀吉様を心配して」 「ん?わし?わしは別に心配されるようなことはないと思うが…」 「………」 の目が不安を物語っている。 秀吉は安心させるためか一つ微笑んだ。 「秀吉様…」 「何を心配しているのかわからんが…まぁにそんな顔をさせないように気を付ける事にするさー」 皆が笑って暮らせる世。 それが秀吉の願っていた天下の形。 秀吉は今もそれが続くようにと頑張っている。 けど…。 「秀吉様。ここにおられましたか」 「おぉ官兵衛!」 軍師黒田官兵衛がやって来る。 にはわからない話をし始めるので、は秀吉に向かって軽く頭を下げてからその場を離れた。 *** 「大丈夫…だよね…」 少しだけ違うと思っている。 自分が学んだ事と違う形が見えていた。 けど、不安が出てくる。 「何が大丈夫なのだ?」 「っ!?み、みっちゃん!?」 「なんだ。声をかけたくらいでそんなに驚くことか?」 三成が嘆息する。 「え、あ…ごめん」 「何があった?…」 「………」 の様子が普段と違う事に三成は気づいたのだろう。 けどはそれを三成にどう説明していいのかわからず言葉に詰まる。 秀吉にすら言えなかったから。 「なら…俺に言えずとも清正になら話せるか?」 「清正?」 なぜ急に清正の名が出てくるのだろうか? 「いや…お前はいつも清正にならば話すだろう…だったらと思ってな…」 確かに清正に色々話す事は多い。 多いが、その大半の内容は目の前にいる三成に関してだ。 当然三成に聞かせられるわけもない。 だけど、自分の為を思って言ってくれたのかな?と思えば。 ここは誰よりもまず、三成に相談しようと思った。 「あのね、聞いてくれる?みっちゃん」 「あぁ。俺でよければ聞いてやる」 「ありがとう」 少しだけ不安が小さくなった。 兄貴分としてを心配してくれているのかもしれないが。 ほんの些細なことでも三成が気にしてくれるのがには嬉しかったのだ。 は先ほど見た秀吉の事を三成に話した。 「秀吉様の顔色?」 「うん…なんか…悪いような気がして」 ふらっと倒れてしまいそうな。 そんな風に見えたのだ、には。 「どこか具合でも悪いのかな?って思って」 「………」 「みっちゃん、何か聞いている?」 「いや…いつも通りだと俺には見えたが…」 「でも、秀吉様の性格だもん。多少のことなら我慢しちゃうそうだよ」 「それは否定できんな。だが、それがお前の悩みか…」 「うん……」 襲いかかる不安。 まさかと思うが、秀吉の身に何か起こりそうな気がした。 「働きづめだとは思う。あぁ、おねね様に話せばいいんじゃないか?」 「おねね様?…あ、そっか。おねね様なら秀吉様の体調を一番気遣っているもんね」 自分が気付くぐらいだ。 常にそばにいるねねの方が気付いているかもしれない。 「できる事なら…ゆっくりしていてほしいけどなぁ」 「そうだな」 秀吉の周りには優秀な家臣が沢山いる。 秀吉一人が背負うことなく済めばいいのだが。 「あ。でもね!」 「?」 「それはね。みっちゃんにも言えるんだ」 「俺?」 少し前の出来事だ。 左近が働きづめの三成を心配していた。 できれば何か気分転換になるものでもあればいいなと思い城下に出かけたのだ。 それを聞いたは左近と一緒に城下に向かった。 結果的にはそんな代物はなく、清正達と軽口を言い合っている方が三成の気分転換になったように見えた。 「みっちゃんも誰かが止めないと無理するから」 「別に俺は無理などしておらぬ」 「かもしれないけど、いいの!そこは素直に話を聞くの!」 ただでさえ普段の言動態度で敵を作りやすいのが三成だ。 違う意味でもは三成を心配してしまう。 幸村や兼続と言った理解者もいるようだから多少はなんとかなりそうだが。 「皆の事…心配だよ。戦がなくなったかもしれないけど…何が起こるかわからないじゃん」 否。 わかっている。 頭の片隅に何度も追いやろうとしている出来事。 これから起こるかも知れない事を考えると… それは確実に起こるとは限らない。 そう願っている。 「まったく…」 ふいにの頭の上に三成が手を置いた。 「み、みっちゃん?」 「お前は昔から自分の事より人の事ばかりだ」 苦笑まじりで頭を撫でられた。 「そ、そんな事ないよ?わ、私…すごい我がままで自分の事ばかりだもん」 珍しい事をされたものだとも驚くも、内心嬉しくなってしまう。 やられていることは相変わらず妹のような接し方だが。 「お前のどこが我がままなんだ?」 「わ、我がままだよ?結局は自分の為だもん」 秀吉を心配しているけど、それはこの先を思って。 この先自分はどうなるのか、とか。 あの、小田原での北条との戦い。着いて行きたいと言ったのは。 一人で待っているのが嫌だったからで…。 「俺にはそうは見えんのだが。だがまぁ…俺はそんなお前が悪くないと思う」 「みっちゃん…」 「けど、無理はするな。それは俺…俺達が心配するからな」 清正や正則も含めてなのだろう。 はっきりと「俺が」って言ってくれればいいのに。 (ううん。みっちゃんにとっても豊臣の家ってとても大事なんだよね) そこに自分もちゃんと含まれているんだ。 だからなおのこと。 秀吉の状態が気になる。 *** 「うちの人?…そうだねぇ、最近食が細くなったような気がするけど…」 三成はねねにそれとなく聞いてみた。 ねねも秀吉の変化を気にしているようだが。 「忙しいから。なんて言っているんだよね…」 「おねね様…」 「私じゃ何もしてあげられないのかねぇ…」 「そんな事はないかと…ただ、も気にしていました」 「が?」 秀吉の顔色が悪い様に見えたと。 それを秀吉に上手く伝えられなかったのを気にしていた。 それをねねに伝える。 「本当。優しいいい子だね、は。そんな子に心配をかけちゃうなんて、うちの人はダメだね」 「あいつは…はいつもお二人の事を気遣っております。親のように見ていると思います」 「うん。私にとっても、うちの人にとってもは大事な娘だよ! うふふ。それにね、お松ちゃんにも羨ましいって思われちゃうくらいなんだよ!」 利家の妻お松。 以前も利家から、松もを可愛がるだろう。などと聞いていたが。 利家夫妻にも娘はいるが、それでも羨ましいなんて話が出るとは。 は相当気に入られているのだろう。 これでは、そのうち本当にが利家に嫁いでしまうかもしれない。 「その時は俺がを貰ってやるよ」 「お前らがあまりに意地悪な事を言うしな。いいぜ、どうしてもって時は俺がを娶ってやるから安心しろ」 「まつだったら。を気に入るだろうし。俺ら可愛がるぞ、絶対」 どこまで本気なのかわからないが、半分はそれでもいいだろうと思っているに違いない。 「三成?」 「いえ。なんでもないです」 うっかり別の事を考えていた。 話を戻さねば。 「おねね様がすでに気付かれているのならば、大丈夫でしょうね。俺達が口出すことはないかと…」 「そうかい?けど、三成達も心配していたと言えば、うちの人は多少無理はやめてくれると思うよ。 が娘だとすれば、三成達も大事な息子だからね!」 「おねね様…」 親代わり。なんて口出されて喧しいと何度も思ったが。 今でもそう思ってくれているのは嬉しい事だ。 だけど、三成の性格ではそれを素直に嬉しいとは言えない。 「何か深刻な話か?」 「清正…深刻…かもしれんな」 ねねの所から下がった三成の前に清正が待っていた。 この男の場合。 ねねとの会話の中身より、ねねとのことが重要、気にして居そうな気がする。 「なんだ?」 「…おねね様も気にしておられたが…が言っていた。秀吉様の体調がよくないのではないかと」 「何!?」 あまり広めたい話ではないが。 清正には話せることだろう。 正則にも話はいいが、まだ確定ではない、下手に騒がれても困る。 「俺には秀吉様はいつもと変わらないように見えるが。二人には違うように見えるようだ」 「そうか…俺もあまり気にしちゃいなかったな…」 自分たちが忙しいと言う事もあるかもしれない。 それにはたまにしか秀吉と会えないから。 余計にその変化に気づけた可能性もある。 「なんでもないといいんだがな…」 折角収まった天下。 皆が笑って暮らせる世が築けたと思っているから。 思っているが、それを持続させるのも大変だとわかっている。 その為に秀吉は身を削って動いているのだ。 「俺達も気をつけねばならんな」 「あぁ………それに、それだけじゃない…」 三成が思ったこと。 秀吉のことも気にかかるが。 「も…可笑しい。あいつは必要以上に不安を抱えている」 「が?…なんで」 「さぁな…おねね様ですら、そう深くは考えていないのに。の方が尋常じゃない様子だった」 「そうか…なら、お前が見ていてやればいい」 三成の背中を軽く押す清正。 「俺が?」 「そうだ。お前の言う事ならは素直に聞くぞ」 三成は清正から目線を逸らす。 「それは俺じゃなく、お前だ。清正…。俺が言ったところで素直に聞くか…普段からお前には色々話をするではないか。それにお前だって…」 が頼るのは清正。 に何かあると先に気付き動くのは清正だ。 少しだけそれが面白くない。 面白くない?何故だ? 自分より先に行く清正だから? 「だからお前は大馬鹿だって言われるんだよ、三成」 「っ!何をする清正!」 清正は三成の額を指で弾いた。 「ま。俺の口からは言えないが…今のお前。悪くないな」 「?」 「なんでもねぇよ、大馬鹿」 「なんだ、さっきから!馬鹿に言われたくないのだがな!」 「そうかい。けどぼやぼやしてっと、どうしようもない馬鹿になるぞ」 「清正!」 気分よく笑う清正に三成は怒鳴る。 すると、 「こら!二人ともまた喧嘩しているのかい!お説教だよ!」 と言うねねの声が聞こえたので、急いで二人はその場から退散した。 それから、しばらくして… 不安は的中してしまった。 太閤殿下病に倒れる。 また時代が動きそうな雲行きだ。 11/09/25
19/12/30再UP
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