笑いの絶えない家。



ドリーム小説
それは家康の関東移住が済み、江戸での生活が落ち着いたころの事だった。
直政は家康から呼ばれて江戸城へと向かっての事。

「すまなんだ。忙しいところを」

「いえ。家康様の命とあらばどこからでも参上いたします」

直政は家康に深く頭を下げた。
家康に楽にして良いと言われて、直政は顔を上げる。

「どうだ?殿は元気でおられるか?」

「はい。何事もなく過ごしております」

「以前のように殿に会えぬのはつまらぬな」

府中に居た頃はばったり会う事もあったが、ここでは無理だ。お互い居場所が遠すぎる。

「そうですね。それはも残念だと。家康様とお話できるのを楽しんでいたようなので」

直政にしてみれば、は平然と家康にあれこれ家の事を話してしまうので、恥ずかしいと思う部分はあるのだが。

「それは嬉しい事を。直政、良ければ殿を連れて来てくれ」

「家康様のご迷惑にならないのであれば」

「わしが良いと申しておるのだ。迷惑などとは思わぬよ。むしろ此度も連れてきてくれればと思っておった」

豪快に笑う家康。
主君に妻が気に入られているのは悪くないだろう。
自分に何かあった時、を気にかけてくれるかもしれない。

(…っ…こういうことを考えているのが、に気づかれるとまた怒られるな…)

戦に出れば何が起こるかわからない。
五体満足で戻って来れないかもしれない。
それどころか、もう二度と会えないかもしれない。
ただ。それを覚悟するようにとに言えば、は怒るのだ。

「武家の妻としてならば、その心構えが必要なのはわかるけど。直君の奥さんとしてそんな覚悟したくないの!二度と会えなくなるとか思ったら怒るからね!」

武家の妻としてならば、普通に考える事も、にしてみればすべてを受け入れるわけではないようだ。

「まずは、ちゃんと戻って来る事を考えて!私、簡単に未亡人になるつもりはないから」

時代が時代だから、覚悟はすべきなのだろうし、自分だってそう簡単にそうならないようにするつもりではなる。
だが、戦など何が起こるかわからないものだ。

「それでもなの!もしそんなことにでもなったら、信之様に泣きついてやるからね!!」

それだけは勘弁だ。
妹大事な真田信之に恨まれるのは勘弁して欲しい。
いや、もし万一の場合、そうなってしまう事を確認はできないのだが。
まぁ、実際秀吉の天下になり戦は行われないようにはなっている。
まずは大名同士の私闘が禁じられているのだから。

「直政。お主を呼んだのは一つ頼みたい事があってな」

家康の言葉に現実に戻された直政。
の事を考えていたとは家康に思われたくない。

「はい」

「色々考えてみて、お主に頼むのが一番だと思ってな。いや、殿と言う方が正しいかもしれん」

、ですか?」

なんだろうか?になどと。
あれか?以前冗談で口にした、を欲しいと言う話か?
あの頃は主君に命じられればあっさりと承諾したのだろうが、今は正直あまり受け入れたくない話だ。

「うむ。実はな…」

家康からの頼みごとを緊張して聞いていた直政だが、想像していた事とは違っていたので内心安堵し、引き受ける事にしたのだった。





直政は居城である箕輪城へと戻ってきた。

「お帰りなさい、直君…って、あれ?」

直政を出迎えたは、直政の後ろに一人の女性が居ることに気づいた。

「………新しい奥さん?」

「ば!違う!!」

の一言に直政が焦る。

「お前はなんでそういう事を簡単に口にするんだ。俺には側室はいらないと何度言えばわかるんだ…」

「そうかもしれないど…家康様に命じられたら断れない癖に…」

「そ、それはだな…」

若干。この女性も家康から頼まれた事なのでなんとなく後ろめたく感じてしまう。
だが、別に悪いことはしてない。

「安心してください。私は誰かに嫁ぐ為に来たわけではないですから」

凛とした声に優し気な眼差し。
直政とのやり取りを微笑ましく見ていた女性が口を開いた。

「すまない。春殿。愚妻が失礼な事を申して」

「ぐ、愚妻って…」

「愚妻は愚妻だろうが。こちらに居る春殿(早川殿)は客人だ」

「はじめまして、様。春と申します」

「こ、こちらこそ。初めまして、春様。お恥ずかしいところをお見せして申し訳ございません」

は深々と春に向かって頭を下げた。
ひとまずは落ち着けようと中へと案内した。
広々とした庭の見える一室に春を案内し、直虎も交えて詳細を直政から聞かされた。

「北条家の?」

「はい。秀吉様の小田原攻めの後、私は家康様にその身をお預けする事になりました」

春は、関東一帯を治めていた北条家。北条氏康の娘であった。
自身も小田原の戦いで得物を持ち戦っていたそうだが、北条家が敗北すると弟たちは死罪となり、家臣のほとんどは秀吉の傘下に加わる事になった。
春だけは、家康預かりとなり今まで江戸で暮らしていたとの話。

「今回、家康様がしばらくここで過ごしてみてはどうかと仰ってな」

すでに連れてきてしまっているが、直政は改めてに良いか?と問うた。
にしてみれば、別に拒否する理由はないので頷く。

「春様。好きなだけ居てくださいね」

「ありがとう。様」

春は微笑むも、どこか寂しそうなのが印象的だった。





「実際の所、春様がここに来た理由って何かあるの?」

夜。寝所では直政に春の事を聞き返した。

「深い理由はない。家康様が春殿を案じての事だ。俺と言うより、に頼みたいそうだ」

「私?」

「あぁ。別に何かをしろと言うわけではないようだ。俺もそこまで言われていない。ただ、しばらくここで暮らしてみてはどうか?と言う話だ」

「………暮らしてみて、春様が気に入ったら直君の側室になるとかってわけ?」

「お前は〜」

またそこか。との両頬を軽くつまんだ。

「だ、だって〜直君かっこいいもん。春様が直君に惚れちゃったら私どうにもできないもん」

「お前はどうすれば信じてくれるのだろうな」

の頬をつまんだ手を直政はそのまま包み込むように触れる。

「俺は以外娶るつもりはない。あまり疑われ続けるのは勘弁だな」

「直君…」

そう言って、直政はそのままに口付ける。

「逆にが俺の事を飽きてしまったらと思う事の方が怖いのだが」

「そんな事しないよ。直君以上の人なんていないもの。私は直君しか見てないんだよ」

「だったら、俺も同じだ。だけしか見ていないから」

交えた視線にお互い照れつつも、何度も深く口づけ体を重ねたのだった。





「あの、春様…できれば、私の事は普通にと呼んでくださってかまいませんよ?」

春が箕輪城で生活を始めて数日経った。
不満を言われるわけでもなく、かといって要望を問われることもなく淡々と春は過ごして居る。

「でも」

「ここは春様のおうちだと思ってくれていいんです。確かに…簡単な事ではないとは思いますけど…」

様…」

元々関東は春の父親、一族が治めていた場所だ。色々思う事はあるだろうし、春の現状を思えば不安などもあるはずだ。

「私もここへ来てそんなに長いわけでないのすが、今度一緒に城下に行きましょう。きっと楽しいですよ」

「ありがとう…

様ではなくなり、普通にと呼んでくれたことに嬉しくなる。

「じゃあ、私からもお願い。も私に畏まらないで」

「え?でも、春様は家康様からのお客様で」

「そんなに大したものではないから、私は。ね?お願い。はここをおうちだと思ってと言ってくれた。
それって家族って意味もあるのかな?って私にはもう家族がいないから…嬉しかったの。がそう言ってくれて…」

時折寂しそうな顔を見せる春。
それは家族を失った事に関係しているのかもしれない。
誰にも頼れない状況、一人でいなければならない寂しさ。元気な姿を見せてもどこかで無理をしているように家康には映ったのかもしれない。
だから、家康は直政に頼んだ。きっとと居れば…とでも思ったのだろう。

「わかった。じゃあ春。この後何かしたいことある?」

少しでも春の気持ちが和んでくれるならばとも、畏まるのをやめた。
それから少しずつではあるが、春が達に心を開いてくれ、色んなことを話してくれるようになった。
小田原での生活、家族の事、親友の事など。

「甲斐は自分が秀吉様の所へ行くから、私は関東に残れって。家康様の所にって…」

甲斐とは親友だったそうだ。家族とも呼べる大事な子だった。

「過去形なの?その甲斐ちゃんとの事は…」

「そんな事はないけど…もし、今度出会ったときに敵同士でも遠慮しないでぶつかってきてって…でも、実際そうなったら…私にそんな覚悟があるのかな?って」

その場ではそうしようと約束はしたものの、実際どうなるのかわからないと春は悩むらしい。

「今、悩んでいても仕方ないとは思うよ?今は戦の無い世なわけだし」

「うふふ。そうね」

「そのうちにまた会えるかもしれないし、春が元気ない姿でいると甲斐ちゃんも落ち込んでしまうかもよ?」

「そうね…甲斐も元気でやっているかしら…」

「京にいるんだよね?」

「ええ」

ふとは考える。京ならば幸村とくのいちもいる。

「今度くのちゃんが来た時にでも、その甲斐ちゃんの話してみようか?」

「え?」

「私の兄の一人が京暮らししているの。人質生活なんだけど、本人は家族のようにしてくれるから悪くないって言っていて、たまに私の友達が色々報告してくれるし」

「そうなの…が覚えていたらでいいわ」

「遠慮しなくていいんだよ?」

「うん。ありがとう」

やはり春は家族がいないから寂しいのだろうか?
だったらと思う事をは口にしてみた。

「春は誰か好きな人いないの?」

「え!?急にどうしたの?!?」

「なんとなく。春にも好きな人ができれば…きっとこの先変わると思うよ?」

要は好きな人と結婚をすれば、新しい家族を作る事ができるから。
そうは言いたかった。
春は頬に両手を添えて顔を赤くしている。

「す、好きな人…いないと思うけど…」

北条家の娘ならば誰かに嫁いでいてもおかしくないと思うのだが。
氏康はそうさせなかったのだろうか?

「あ!」

「な、なに!?」

「直君はダメだからね?」

「だ、大丈夫よ。最初からが直政殿を大事に想っているのはわかっているし」

直政もそうなのだろう?と春は言った。

「でも。直君かっこいいもの。春は惚れちゃうかも」

「ないわ。それは」

「え!?直君を否定するの?」

。なんかおかしいわよ。惚れてほしくないのでしょ?」

春にしては珍しくうろたえてしまっている。
直政の事になると、は少々思考が可笑しくなるらしい。

「そうなんだけど…自分の旦那様が人様から見て大したことないとは思われたくない」

「そうなの…難しいものね」

「稲ちゃんからも文で惚気られるし…普通だと思っていたけど」

の義姉にあたる人だと春は聞いていたが、中々変わったことをしているのだなと春は思った。

「あ〜でもでも…春だったらいいかなぁって思ってしまう部分もある」

「何を?」

「側室」

「春が側室でも、私はきっと変な争いを起こさずにいれそう。きっと仲良くできるよ!」

春は瞠目してしまう。
平然とそういうことを言えてしまうがすごいなと思い。

「ふ…うふふ。あははは」

春が珍しく声を出して笑った。
いや、にしてみれば初めて見た光景だ。
お腹を抱えて笑っている。

「春?私変な事言った?」

「へ、変な事って言うか…うふふ…なんか笑いが止まらなくて」

「春が楽しいならばいいけど…」

笑っている春に釣られてか、も笑顔になる。

「なんだ?どうかしたのか?」

その楽し気な様子に直政が気づきやって来た。
直政も春が声を出して笑っている事に少し驚いていた。

「私は変な事を言ったつもりはないんだけど、春がずっと笑うから」

「あぁ。お前が笑われているのか」

「なに、それ酷くない?」

「笑われるようなことをしたのだろう?」

「別にしていないよ。単に春が直君の側室になってもいいよ。って話をしただけ」

…お前は…」

直政は額に手を当て大きく息を吐いた。

「毎度毎度…」

「家の中の雰囲気が悪くなるよりいいと思うけど」

「お前はまた好き勝手に言う…何度言えばわかるんだ」

「わかっているけど、春はもううちの家族だし」

「そうか。春殿ならば良いのか。そこまで言うのならば、家康様に頼んでそうしてもいいんだな。春殿を側室にしても」

「え!…う、うん…いいけど…あ〜やっぱりダメかも…でもでも」

「悩むくらいならば簡単に口にするな」

そんな二人のやり取りを見て、ますます春は笑いが止まらなくなっている。

「もう、二人ともやめて…笑い過ぎてお腹が痛くて困るわ」

「春殿…」

「なんて言えばいいのかしら…あなた達って本当面白いわ」

お腹が痛い。笑い過ぎて涙も出たと春は目元を拭っている。

「こんなに笑ったのは久しぶりと言うより、初めてだわ」

「春」

「大丈夫。最初に言ったでしょ?そう言う目的で私はここに来たわけじゃないもの。でも、が私を家族だと認めてくれたのは嬉しいわ」

普通は友達。という扱いなのかもしれないが、それを通り越して家族と呼んでもおかしくないとは言う。
きっと稲に対する気持ちと似たようなものだと。
稲は義姉ではあるが、友達でもあると。
だから春も同じだと。

「きっとならば甲斐とも仲良くできると思うわ。一層賑やかになるわね」

「そのうち会えるよ。それとも、一緒に会いに行く?その方が手っ取り早いよね」

「あら。それもいいわね」

春が両手を合わせて喜んだ。
そんな日が来るかわからないが。楽しみだと。






「やはり、殿に頼んで良かったか」

「…俺としては頭の痛くなることが何度もありますが…」

直政は家康に春の事を報告していた。
日に日に元気のない姿を見せるようになった春を家康は不憫に思ったのだ。
本当ならば春が秀吉の下へ送られてもおかしくないのに、彼女の親友が己を犠牲にして彼女を庇った。
そんな親友、家族を思って春は毎日悔やんでいたのだろう。
だが、ならばきっとまた春に笑顔を戻す事ができるのでは?と家康なりに思ったのだ。

「して、直政。本当に春殿を側室にせんでいいのかな?」

「しなくていいです。家康様まで何を言いますか」

「ははは。冗談だ。そのような事を命じればきっと殿に嫌われてしまうだろうからな」

「………」

家康まで人をからかって楽しいのだろうか?
直政は笑う家康の前で何とも言えない表情をしてしまうのだった。








15/10/25
19/12/29再UP