夫の不満。



ドリーム小説
直政とが府中の井伊家に戻ってくると、義母である直虎がを力強く抱きしめた。

「良かった〜さんが戻って来てくれて本当に良かったです〜」

「な、直虎ちゃん」

大袈裟なくらいに泣く直虎。

「二人が仲違いしたまだったらどうしようって、私は。でも、でも本当に良かったです」

自身も戦場に立っていた直虎だから、武将としての力強さでを抱き込み、豊満な胸に顔を押し付けられてさすがにも苦しくなってしまう。

「ま、待って。く、苦しい、直虎ちゃん」

「義母上。それではが潰れます」

夫婦からの非難に直虎は慌てて、を解放した。

「す、すみません!大丈夫ですか!?さん!!」

は呼吸を整えつつも、すぐさま直虎に向かって笑んだ。

「うん。大丈夫。でも、私の方こそごめんなさい。なお、義母上に沢山心配、ご迷惑をおかけしました」

は深々と直虎に向かって頭を下げた。

「そんな!さん。私の方こそ、その…きっかけを作ってしまったから…」

「ううん。直虎ちゃんが悪いわけじゃないもの。だからもういいの」

ね?と直政に同意を求める
直政は静かに頷く。
以前とは違う二人の雰囲気を感じ、直虎はそれ以上言うのをやめた。
代わりに、一言。笑顔で言った。

「お帰りなさい。さん」





ひとまず、一件落着。という事で、家中で騒ぐ者もおらず、関東移住の準備は着々と進んだ。
が戻ってきたことで、その作業はあっという間に行われて行く。

「一着も繕えなかったが、まさか三着も作りあげているとは思わなかった」

ある晩、改めてが仕立てた着物に直政が袖を通していた。

「だって、頑張ったもの」

「そのようだな」

「でも良かった。旦那様にぴったりだ」

着ている姿には満足気に見上げている。

「色は井伊家の赤でもいいとは思ったけど、渋い紺色でもきっと旦那様に似合うだろうなって」

「俺にはわからないが…」

「大丈夫。似合っていますよ、旦那様」

が笑顔を向けてくるので直政も悪い気はしない。
そしての向かいに腰を下ろした。

「ま。でも自分でもここまでするとは思わなかったんだけど」

「ほぅ」

「武家のお嫁さんとして、針仕事ぐらいはできないと。って思ってまずは自分用に仕立ててみようと思っていたのに、直虎ちゃんが旦那様に!って言うから」

「嫌だったのか?」

「嫌というか…変なものこさえて、旦那様に嫌味でも言われたら嫌だなぁって思ったから練習がてら…」

から見て、自分は相当ねちっこい男なのだなと直政は嘆息した。
あぁ、わかる。わかるさ。
が嫁いで来た当初、周りが呆れるくらい小言をに告げていたし、扱いも丁寧とは言えないものだった。
そんなのがそう簡単に変わるはずはないだろう。

「旦那様?」

が何も言わなかった直政の顔を窺っている。

「いや、なんでもない」

直政はそのままを抱き寄せ、彼女の肩に顎を乗せた。

(なんでもないのだが…少し面白くないな)

ここ最近になって感じるものに対して。

「旦那様?本当にどうかした?」

「なんでもない」

「本当?」

疑っているかのようなの声音に直政は小さく笑い、手をの背中に回した。
そのまま体重をかけてしまう。

「旦那様、重いんですけど?」

「そうか。嫌か?」

「嫌じゃないけど…珍しいなぁって思って」

「そうか」

今までの自分ならばしない事だなとはわかっている。

「でも、嫌じゃないよ。旦那様が私に甘えてくれるているのかなぁって思うと」

言っている自分が恥ずかしいとが笑う。

「ね。旦那様」

「ん?」

「私も我慢しないから。旦那様もちゃんと言ってね」

「あぁ。そうしよう」

男女の差。と言うのがあるだろうが、直政はの言葉に頷いた。





我慢しないで、言いたい事は言ってくれ。
はそう言いたいのだろうなと直政は思った。
だが、すべてを言えるかと言えば、それは無理だろうと感じる。
男が、しかも武士たる自分が妻に我がままばかり言うのはカッコ悪いことだと思うし。
女々しさや、情けなさを感じると思う。
ただ、が言いたいのは。
先日のような、相手を想いつつも、本心を隠したままだとすれ違うから、言える事は言おう。という事ではないだろうか?と。
それは直政にもわかっている。
あれは、ほぼ自分が勝手に納得して解釈したことにすぎない。
に伝えた言葉も短絡的な事だったから、ちゃんと彼女には伝わらなかった。
あのようなことは二度とすべきではないと自身に誓う。

ただ。まぁ。一つだけ思う事が今、あるのだが。
それを口にするのは、少々困難だと思えてしまっていて…。

「良かった。ユキさん秀吉様からお咎めもなしだって」

府中から関東へ移住が完了した。
家康は今まで関東を治めていた北条家の居城小田原城ではなく、江戸城に入った。
中でも有能な家臣を重要な支城へと配置し、その他百万石余りの直轄地にも有能な家臣を代官へと大抜擢し治めた。
その支城の一つ。上野国の箕輪城を直政に与えられたのだが。

「…お城住まいにになるとは思わなかった…前みたいなお屋敷だと思ったのに…」

「それのどこが不満なのだ?お前は」

の言葉に直政は苦笑する。

「不満ではないですよ。旦那様大出世みたいなものでしょう?」

「まぁ、一応な…」

徳川家家臣の中でも10万石以上を与えられたのは忠勝、榊原康政、そして直政の3人だけだそうだ。

「だが、別に城住まいが初めてではないではないか。真田では元々城での生活だったじゃないか」

「そうなんだけど。あの頃は守られている感が強かったから。でも、これからは私も旦那様と一緒に守っていく側になるわけだし」

武家の妻とはそう言うものでしょう?とはいう。
それに関して直政にしても異存はないし、心強いとも思える。

「その心意気は嬉しいが無理はするなよ」

「はい。大丈夫ですよ、直虎ちゃんもいるし」

「そうだな」

ただ、この先、直政自身が家康付きの公務の事を考えると、そんなにここでのんびりはしていられないだろうが。
話は戻り、の下へ京に居る幸村から文が届いていた。
文を読みながら、は本当に安堵したように言った。

「良かった。ユキさん秀吉様からお咎めもなしだって」

と。
が里帰りをした時、たまたま幸村も居た。
少し滞在してから京へ戻るつもりだったが、の事が心配で予定よりも長居してしまったそうだ。
一応人質生活である幸村だから、秀吉に変に疑われたら大変だと思ったが、それも杞憂だったようだ。
それでも幸村からそう報告されてようやくも安心できたのだ。

「ユキさんにも沢山心配かけちゃったしなぁ…あのね、旦那様。もしあの時旦那様が迎えに来なかったから、私がユキさんと府中に行くつもりだったんだよ」

「二人で?」

「そう。信之様にユキさんと京へ行きなさいって話で、私もどうしようか迷っていたらユキさんが信之様に内緒で府中に寄り道して行こうって」

「そうか」

「でも良かった。行き違いにならなくて」

「そうだな」

は本当に嬉しそうに幸村からの文を何度も読み返している。
自然にの表情を柔らかいものにできるのは、真田の者だけなのだと直政には見える。
それだけ心を許している家族なのだろうと。

「くのちゃんにも感謝だよね」

の親友とも呼べる忍び。わざわざ府中にまで直政の様子を見に来て、状況を報告してくれた。
あれがなかったら、直政はを迎えに行こうとも思わなかっただろう。

「そう言えば、直虎ちゃんが稲ちゃんに文を出すって言っていたら、私も一緒に届けて貰おうかな」

信之の妻となった稲にもは大層感謝しているそうだ。
一応義姉と言う関係なのだが、稲に対してもお互い友である認識も湧いたそうだ。

「稲ちゃんとぼた餅作ったりして楽しかったよ。また一緒に何か作れたらいいけど」

「………」

「あの。旦那様?どうかした?」

「いや」

「なんか私が大きな独り言を言っているみたいで恥ずかしいんだけど…」

直政の反応があまり良くない事が、には気になるのだろう。
直政は珍しく肘をつき横になっている。

「前にも言ったよね!言いたい事があったら我慢しないで言ってって!旦那様なんか変だよ?」

は文を置き、直政の下へささっと近づく。
直政に顔を近づけ、どこか必死だ。
直政は小さく笑いつつも、ここ最近の感じたものについて白状することにした。

が誰かと親しくすることは悪いとは思わない。良い事だと思う。それもの人柄だろうし」

「?」

「ただな…幸村殿はユキさん。義母上や稲殿の事も気安く呼ぶだろう…だが、俺には旦那様って…」

「え?旦那様は旦那様だし…」

キョトンとするに対し、直政の顔が珍しく若干赤くなっているようで。

「少し前は名で呼んでくれただろう」

「あ…うん」

「だが、戻ってきたらまた旦那様に戻った。別にそれが悪いわけではないが…あと、」

言い淀む直政。
だがは追及を止めず、さらに直政に顔を近づける。

「あと、何!?」

「っ〜〜…」

直政は目を泳がせつつ、から顔を背けたかと思うと体を起こし、すぐさま頭をの膝の上に乗せた。

「こういうのは、流石に義兄達にもさせていないのだろう?」

「し、しないよ」

「ならばいい」

どこかで自分だけの特別な部分を感じたかっただけなのだ。

(それに言えるか。いちいち真田に嫉妬してしまうなどと…)

直政にしてみると、信之が好きでした。とに言われた時も驚いたが、信之よりも幸村との親密さの方が気になるのだ。

(どちらにしても、あの二人は脅威だ)

でも口が裂けたって言うものか。

「旦那様?」

「…別にいいだろう。忙しくなったらこんな時間は滅多にとれないだろうから」

「嫌なんて言っていないよ。旦那様が疲れている時に、私にできることがあるならなんでもするし」

「別に特別な事はしなくていい。だ。俺のそばにいてくれるだけでいいんだ」

「そう?嬉しい事を言ってくれるなぁ」

の笑う声が直政にも届く。
そして直政の頭にその手が触れた。

「直君」

「は?」

耳を疑った。何と言った!?

「旦那様が名前で呼んで欲しいみたいな感じに言うし、ユキさんや稲ちゃんみたいな感じがいいんでしょ?だから直君って呼ぼうかなぁって」

「い、いい。呼ばなくていい」

「直さんって感じでもないし…うん。やっぱり直君って感じ」



そのよう人前で呼ばれでもしたら、なんかこう…今までの威厳とか何かが全て吹っ飛びそうな気がする。

「直君って嫌?」

に顔を覗き込まれ、まっすぐに見つめられると、流石の直政でも嫌だと言えず。

「……あまり人前で呼ぶなよ…二人の時ならばいい」

と結局直政が折れた。
これが、天邪鬼だと言っていた最近の夫婦だ。
天邪鬼などはもうどこにもいないのだが。

ただ。

「直君。榊原様がいらしたよ」

「げ、元気そうだな。直政」

「ば!な!!!?」

必死に笑いを堪える同僚の前で焦る直政の姿があった。
二人の時ならば。なんてのはすぐさま忘れられ、どこに居てもからは「直君」と呼ばれる事になるのだった。







番外編のようなもの。
15/10/12
19/12/29再UP